マジフトのフィールドを選手が駆け、時にその上空を飛ぶ。
そして空を裂くディスク――魔法によって打ち放たれる選手の渾身のシュートに、コロシアムに詰めかけた観客たちは大きな歓声を上げる。
その盛り上がりのほどは、さすが世界が注目する大会――ではあるが、これはその本戦メインではなくデモンストレーション・・・・・・・・・・――
――今年度より新たに取り入れられた制限ルールについて説明するために組まれた、サバナクロー寮とオンボロ寮によるエキシビションマッチ、だった。

 本来であれば組まれることのない試合だが、今回のすったもんだの調査・解決の報酬として、
オンボロ寮生が学園側に言質せいとうなりゆうを以て要求した「試合への出場権」が受理された結果、
今年度より採用されることとなった特別しんルールについての説明のため――という建前の上に、この特別試合エキシビジョンマッチは組まれることとなった。
…しかし、この試合エキシビジョンに含まれた「意味」はそれだけではなく――

 

「…ぅわ…相変わらず容赦ないなー…あの3人……」

 

 なんとも複雑な感情のこもった声音で容赦うんぬんと口にするのは、VIP観戦部屋の最前列に陣取っているロレンスさん。
相変わらず――と言うことは、おそらくロレンスさんも3人組かれらとかつて相対した経験があるのだろう。
生前かつ、青年がくせい時代の姿と能力に実力しゅつりょくを制限した、旧セクション・サバナクローのTOP3――
――ジェームズさんをボスとした、マキャビーさんとエーランさんのトリオに。
 

 このオンボロ寮のためエキシビジョンの試合相手としてサバナクローが選ばれたのは、
それが今回の事件いっけんにおいて彼らが犯人であったことに対する――内々のペナルティだから、だ。

 NRCがくえんのメンツを保つためにも、今回の問題を明るみにすることは避けたい――が、正当な理由なくしてサバナクローの出場停止はありえない。
しかしサバナクローかれらから損害を被った被害者からすれば、そんな大人がくえんの身勝手な都合は許容できたものではない――
――が、彼らが被った「損害」が無くなった・・・・・なら、彼らのその正論いいぶんは成立しない。
そしてそうなれば、プライドの高い彼らだからこそ、その主張いきは格段に弱まる。
だからここは、ロイドさんとかデイヴィスさんとか、更にはヴォルスさんにまでご助力いただいて――欠損を完治させたなかったことにした
 

 …現実的・・・に考えれば、まぁなんとも荒唐無稽な話――だが、
これがこの世界の常識げんじつなのだから、それに倣うことに間違い・・・はないだろう――理屈上は。
それにしても・・・・・・力の無駄使いが過ぎる――とは思うけれど、
私がそこで自重できる人間なら――…そもそもこんな現実コトになっていないだろう。色んな意味で。

 …ただそう考えると、ユウさんの存在というのはなんとも――

 

「――ぁ」

 

 オンボロ寮の攻撃から再開となった後半戦――その開始直後、文字通りの速攻で、単身で攻勢に出たのはグリムくん。
しかし、連携のとれたサバナクロー陣営――固いディフェンスを誇る敵陣に単身で挑むほど、グリムくんも無謀バカではなかった――
――のだけれど、ディスクを操る能力に関しては過信バカだったようで、
自陣の中腹から投げ放たれたグリムくんのシュートは、豪速であらぬ方向へと飛んでいく――…そしてその先に居たモノは。

 

「――――」

 

 魔力を纏ったディスクが飛んだ先――
――そこに居たのは、エキシビジョンだからととくれいで選手として出場していたユウさん、だった。

 オンボロ寮の寮生いちいんとして、フィールドの上に立っている彼女だけれど――選手として、その役割を十全に果たせているわけではない。
学園での立場あつかいと同じように、ユウさんかのじょはグリムくんとの一人と一匹が揃って初めて一人・・の魔法士の卵として認められる存在――
…グリムくんの存在を欠いた彼女は、本来ならマジフトのフィールドに立つしかくを持たない人間――無力なただの人間だった。

 野球ボールだろうと、サッカーボールだろうと、無防備な人間に当たれば――惨事になる。
なのに今、無防備なただの人間に向かっているのは魔力を纏った金属製のディスク。
そんなものが……ただの人間あのこに当たろうものなら――………

 

 

 

 

 脅威を前に、呆然と立ち尽くすユウさん――のその前に、
迫るディスクきょういとの、その間に割って入ってきたのは――巨大な黒の獣。

 …最近いつか見た、ブロットおでい化身けものとフォルムはよく似ている――が、
決定的に違っているのは、彼には顔があるということ。

 凛々しい顔立ちに、悠然とした色を湛えた紅い瞳の巨獣――
黒色の雄獅子は、まるで何事もなかったかのように踵を返す――過程でなぜかユウさんの首根っこ咥えて中空へと跳びあがった。

 

「オーイオイオイオイ。天下のサバナクロー相手に欠員とか――ハンデが過ぎんでしょーよ」

 

「はぁ〜〜〜〜〜〜………」

 

 ユウさんを抱きしめると同時に、
今まで抑え込んでいた恐怖やら絶望やら悲嘆やら、
だいぶ穏やかではない感情を、どデカため息に含めて吐き出した。
 

 既にエキシビジョン――オンボロ寮対サバナクロー寮の試合は、オンボロ寮の勝利で決着しゅうりょうしている。
試合を終え、以後の試合への出場予定のないオンボロ寮の選手たちは、専用の控室――は用意されていないので、
仮の控室として宛がわれた用務員スタッフ用の詰め所に集まっていた。

 

「…………」

「…っぁ、ぁのっ…さっ……!」

「…………怒ってないです…。
……ユウさんも、グリムくんも、ジェームズさんたちのことも――…怒ってません。
…もちろん、トラッポラくんとスペードくんについてもです」

 

 いつになく慌てた様子で私を宥めようするユウさん――…だけれど、ユウさんの心配はある意味で杞憂だ。

 私はまったく全然彼らに対して怒りを覚えてなどいない――…そもそもあれは不慮の事故というもので。
…強いて言うなら、未熟なコントロール力で無茶なロングシュートなんて狙ったグリムくんが悪いとは言える――
――けれど、スポーツの試合においてこういった事故はままあるもの。
もちろんそれが故意であったなら、堪忍袋の緒どころではないモノがブチ切れていたところだけれど――
――そういうワケではまったくない、正真正銘の不慮の事故だったのだから――…当事者せんしゅたちに向ける怒りはない。当事者せんしゅたちには。

 

「…ところで――…ちゃんと、謝ったんでしょうね。…グリムくん?」

「ヒッ…!」

「ぁぁの…!さん……!」

「……試合中に、死球デッドボールの謝罪をしないのはそういう慣習モノですが、
試合後にその謝罪しないのはスポーツマンとしてどうなんでしょうね」

「ぅ゛っ…」

 

 感情を抑え、冷静に正論――野球における例えを返せば、ユウさんは苦しげに小さく呻いてそのまま押し黙る。
今回のことと、野球における死球デッドボールでは、ことの被害者と加害者がチームの内と外にいるかの事情が違う――
――が、危険なプレーをしたことについて謝罪をしないのは、まずスポーツマンシップ的にどうなのかというハナシだった。

 ユウさん自身はスポーツマンではない――が、その兄弟たちがスポーツマンそうだったというのであれば、
ユウさんもルールそこを犯すことは、簡単には許容できないだろう。スポーツマンかられの真摯さを、努力を見守ってきた家族にんげんなのだから。
……ただまぁ…そこで更なる「そもそも」を言ってしまえば、「モンスター」にスポーツマン・・シップを求めること自体、
前提が破綻している――…のだけれども、それはそれとして、郷に入ては郷に従え――なのです。
 

 グリムくんに対して個人的な怒りはない――が、やはりそれはそれとして、
自身の無茶なプレーによってチームメイトを危険にさらした以上、その謝罪と反省はあって然るべきだろう。
…変な話、ユウさんとグリムくんでは「トラブルギブアンドフォローテイク」が当たり前になっているような気もする――
――が、だからこそここはきちんと謝罪ケジメを付けておく必要がある。…この先見据えたら、なおさらなっ。

 

「………」

「……」

「…………っ…」

 

 胸に湧く感情ねつを抑え、空気に纏う感情いろも抑えて――感情をフルフラットにして沈黙する。
無感情で、ただグリムくんあいての次の発言を待っている状態――なのだけれど、
どうやら無言それが彼らにとっては恐ろしいようで、場の空気は不穏な色を孕んでいる――が、んなことは私の知ったこっちゃないのである。
確かに促したのは私だけれど、問題コトの当事者は私ではないのだから。

 

「…っ……ユウ!」

「は、はいっ」

「っ……っ……!ぉっ……お……!っ……、…!……っ……………悪かったんだゾ…

 

 なにか決心した様子でユウさんを呼び、自ら彼女の傍へ近づいて行くグリムくん――だったけれど、
それからしばらく口篭もり、悪態まみれだったろう逡巡の末に口にした謝罪は――小声な上に早口で、激しく聞き取りづらいものだった。

 そしてそれは、まともな人間の聴力では謝罪ことばとして聞き取れるものではなかったようで、
グリムくんたちから少し離れた位置にいるトラッポラくんとスペードくんは「なんて言った?」「わからなかった…」と苦笑いしていた。
 

 被害者に受け入れられない謝罪とは、加害者の自己満足――自戒でしかない。
とすれば、グリムくんの謝罪コレは、自己満足は愚か、自戒にすらなっていないだろう。

 一応グリムくんも、罪悪感プレッシャーに耐え切れず謝罪の言葉を口した――のだろうけれど、そこにおそらく反省の色はほぼ無い。
謝らなければこの重圧から解放されない――から、謝罪のセリフことばを言わざるを得なかっただけで、自分が「悪かった」とは認めていないだろう。
…さて、こんな口先だけの謝罪に、なんの意義いみがあるのか――という疑問ハナシだけれど、

 

「わ、私も…!どんくさくてごめんね…。
…私が反応できていれば…こんな大事にならなかったのに……」

「そっ、そ――」

「いや、ユウがどんくさいとかって問題じゃないだろう」

「そーそーってゆーか回避それができてたらグリムが・・・・可哀そうだっての――
――アレ、一応グリムの渾身ひっさつシュートだったんだからさー」

「ぁ…」

「ノーコンはともかくとして、ユウでもかわせる必殺シュートとか――可哀そすぎるだろ、全世界に中継されてるのに♪」

「……まぁ…可哀そうとそう思うのはユウの運動神経を知っているヤツだけだが……」

「……………ぇ、ちょっと待って。二人の中で私の運動神経ってどうなってるの??」

「は?良くはないだろ」

「……運動オンチとまではさすがに思ってないが……良いとは…正直言いにくいところだな…」

「…一応言っておくと、トラッポラくんたちの基準値が高いだけで、ユウさんは普通ですよ、普通」

「……………やっぱり…良くはないんですね…」

「それは……自己申告済みのことじゃないですか」

「そっ……それはそうなんですけど……!」

「んんー?もしや実力アップ――特訓をご所望ですか?それなら――」

「アーアーやめナやめナやめときナ〜。まともな人間じゃア潰れるだけだゼー」

「…失礼ですねぇ…潰しませんよ――覚悟を以て臨んでいるなら、ね?」

「「「………」」」

「…――まずは朝のランニングから始めてみます」

「おやあ」

 

 すっぱりと特訓をお断りしてきたユウさんを残念に思いながら――
その輪の傍で、どこか不満げな表情で黙っているグリムくんの姿を視界の端に捉えつつ、
それに気付かぬフリをして――

 

「とりあえず、ユウさんの無事は確認したので――もう一方・・の様子を見に行ってきます」

 

■あとがき
 この連載におけるグリムんは黒い石を食べていないのですが………
それを考えると、グリムんのセリフや行動も改めていかないといけないかなー…と思っております。
……ただ当方、未だイグニ編どころかポム編さえくずしてないんですがね!!(汗)