今一度改めておくと、先のエキシビジョンマッチにおいて勝利を掴んだのは――オンボロ寮、だった。

 …ただそれは、観客の99%が予想もしていなかった展開ではあった――が、
そこから更に観客からNRCうんえい関係者までの99.9%が予想していなかったオンボロ寮への助っ人・・・の参戦があったから――
――であって、アレの乱入が無ければ、それに匹敵する想定外でもない限り、
サバナクロー寮が勝利をおさめ、本戦を勝ち抜くための意気いきおいを得るはずだった――のだけれど、

 

「………」

 

 ワヤガヤと騒がしいのはサバナクロー寮の選手控室。
思いがけない敗北に動揺を隠せず慌てている――…よりは幾分もいいけれど、
思いがけない有名人OBとの試合、そして接戦に持ち込めたことへの興奮に浮足立つのも――…それはそれで問題だった。

 興奮によって個々の意気が上がり、それによってチーム全体の能力値が上昇し、それによりおそらく初戦は難なく突破することができるだろう。
――ただそこで、余計なエネルギーを消耗することになり、更にその勢いのまま試合を重ねて行けば――
…決勝戦を迎えた時には、サバナクローの選手たちのコンディションは万全とは言い難い状態になっていることだろう。

 …万全の状態でも勝てるかどうか怪しい相手を前にして。
 

 サバナクローかれらが先のエキシビジョンしあいで、格上を相手に引き分けた――のは、事実ではある。
相手が能力を同等にしげんたいさせて、更に試合終了ギリギリまで最大戦力が攻撃に参加していなかった――とはいえ。

 ――ただそれでも、素直に褒めるべき部分もあって、
その最大戦力の防衛を突破してゴールを決めたことは――素直に凄いと思う。
あれなら、ディアソムニア寮打倒も本当に可能性が見えてくる――
…が、もう・・あれでは、その可能性を手繰り寄せることはできないだろう。…なにせ、既にその策は相手に披露してしまったのだから。
…そしてその現実は、賢い賢い司令塔殿下なら気付いてらっしゃるだろうに――…何故にこの無駄な意気を放置するのか。
 

 無言で司令塔殿下――レオナさんを睨んでみるものの、
まるで自分は無関係だとでもいうかのように平然とした表情で――顔をまで逸らされた。

 レオナさん、あなた無関係じゃあないんですよ…。
これまでは「ボスとその他」っていう上下そしきの構図でしたけどね、今はそうじゃないんですよ――
…とはいえ、ボスがいる場で副ボスが仕切るのもまた何か違うか……。

 

――パンッ…!

 

 色めき立つ空気を割ったのは私の柏手。
我が家流において浄化の意味を持つそれは、獣人である彼らの意識を改めるには効果てきめんだったようで、
一瞬にして浮ついた空気感は消え失せ、誰の号令もなく彼らは整列し、背筋を正した。

 

「先の試合、お疲れさまでした。大方の予想に反し――負けてしまいましたが」

 

 負けた――その指摘に空気がズンと重くなる。
…どうやらさっきの浮つき具合はその事実から目を逸らすための意図もあったのかもしれない――…いや、成長してないな?お前たち。

 

「前半戦の動きは、悪いものではありませんでした。
――ですが、後半で取り返せばいいという油断が見て取れました――…昨日言いましたよね、油断だけはするなと」

 

 息のつまる緊張感に、私の指摘しかんじたものは的中していたと理解する。

 …とはいえ、彼らが油断してしまうのもわかる。
これまでに何度を彼らに土をつけてきたジェームズさんトリオたちはともかく、
一年生コンビ+一匹トリオに対して判断が甘くなってしまう心理はわかる――が、アレはそこに付け込まれての失点だった。

 

「油断を悟られ、意表を突かれて動揺を晒し、それによって反応が間に合わず失点――…
…ここ一週間の頑張りとは何だったんでしょうねぇ…」

 

 私の指摘とも、叱責とも――愚痴ともとれる発言に、場の空気がどんよりと淀む。
しかしそれは彼らが私の言葉を素直に受け取って落ち込んでいる証拠――…だとすればそれは、ある意味ではいい傾向だった。

 落ち込むということは、「だって」と他人や状況に責任ろんてんをずらさず、自分の非を認めている――ということ。
簡単なようでいて、個性を尊重されて育った現代っ子じんには難しい「自身の非を認める」という行為。
これが素直にできるようになったというのは――…ある意味、大きな進歩かもしれない。
失敗から学び、立ち上がることのできる心構えが整った――ということは。

 

「――しかし、後半戦のイレギュラーへの対応は立派でした。
…どこぞの紅いのが乱入した時には抗議しようかと思いましたが――…寧ろ、決勝へ向けてのいいウォーミングアップになりましたね」

 

 精神的な油断みじゅくさが見受けられたのは事実――だけれど、
彼らの「力」が強者に対抗しうるレベルに到達していることは、疑いようのない事実でもあって。
それを認め、自信として笑みを浮かべる――と、場の空気に一瞬熱が奔る。
その程度で納まっている「熱」に自信えみを深め、今まで引っ込めていたねつを突き立てた。

 

「では、見せつけるとしましょう――サバナクローの新たな流儀ちからを」

 

 既に祭りは終わり、熱を帯びた興奮も日暮れと共に鎮まり――…世界はゆっくりと、平静を取り戻していた。

 勝敗けっかだけを言えば、寮対抗マジフト大会は――ディアソムニア寮が優勝し、三連覇という偉業を達成するに至った。
それも、これまでのようなしらけるようあっとうてき内容しあいではなく、誰もが手に汗を握り、興奮に声を上げる――白熱の決勝戦の果てに、だった。
 

 監督わたし役割しごとサバナクロー寮チームを勝利に導くこと――だが、私はその役割を果たすことができなかった。

厳しい練習であっても逃げ出すことなく熱意をもって、
自らの全てを賭ける勢いで取り組んでくれた――サバナクロー生かれらは私の指示に応えてくれたのに。
偉そうに好き勝手言って、あちらもこちらも盛大に巻き込んで、
汚名返上と啖呵を切っておきながら――出せた「結果」はこの程度。

 …たぶんこの「顛末けっか」を悪く言う人はそういない。
プロの試合にも見劣りしないハイレベルな試合だった、全選手が本気で試合に臨んだ試合だった――以上に、
それまで三年間無失点であり続けたディアソムニア寮のゴールを割り、一点を奪い合う大接戦を繰り広げた――
――これまでに積み上げてきたディアソムニア寮のイメージつよさが故に、彼らと競り合った準優勝者かれらは凄い――となるのだから。
 

 人間という動物は、ただ一つの種族――だけれど、生活してきた地域によって差異がある。
肌や目、そして髪の色に、身長や手足の長さや細さといった外見的特徴――から、筋肉のつき方や心肺機能といった内部的特徴まで、
一括りに人間といっても、俗に言うところの「人種」によってその特徴は様々――
――であり、時にその「違い」は覆しようのない「差」として現実に浮かび上がってくる。
そして、この世界におけるの差は――…より、顕著なモノのようで。

 齢百年を超えた妖精ドラゴン相手に真っ当な学生が敵う理屈ハズがない――これは、私がそう思って自分で言ったコト。
でも、齢18年そこらの妖精ドラゴンが相手ならなんとかなるのでは――と思って、アレコレ周りを巻き込んで、
策を講じて、徒党を組んだのだけれど――…コレは、そういう次元ハナシではないようだった。
 

 マレウス殿下の精神年齢や知識までは制限されていなかった、
他の妖精せいとたちに制限ハンデがなかった――とはいえ、最終的に決着をつけたものをいったのはマレウス殿下の魔法ちから、だった。

 策を練り、仲間と協力してその喉元へ迫ることができた――…としても、その息吹ひとつで今まですべてが覆される。
ドラゴンとは、虚しさを覚えるほど、人間にとってはただただ圧倒的な力の存在――
…それは、既に身をもって知っていたコトなのに――…どうして、こんな当たり前のかんたんなことが、脳裏さえよぎらなかったんだろうか。

 …あの傲慢いこうに、散々翻弄されてきたというのに――。
 

 後悔があるのか――と問われれば、それはその通り――だけれど少しニュアンスは違う。
この一週間、やれる限りのことはやってきた――が、その選択がそもそも間違っていたのではないか、という疑問こうかいがあって。

 戦略とはジャンケンのようなモノ――出したによって場の優劣が決まる。
…だけれど戦略コレは運任せの勝負ではなく、情報を読み合い流れしょうぶを決める頭脳・・戦。
そう、だから私は読みを間違えて監督ずのうとして負けてしまった――…こと以上に、
サバナクロー生かれらの足を引っ張る形になってしまった事が、何より申し訳なくて、悔しかった。

 彼らの実力が、100%発揮できる試合ぶたいを作るのが、私の役目だったというのに――…。

 

「――まだ、黄昏れてるのか」

 

 不意にかかった声に、反射で振り返れば、日が陰り薄暗いコロシアムの通路の奥から姿を見せたのは――
…こちらを小ばかにしたような笑みを薄ら浮かべているレオナさん、だった。
 

 …レオナさんから、マイナスの視線を受けるのは自業自得――
…ではあるけれど、だけれど小ばかにされるのは、なにか釈然としない。

 私の失策に対し、怒りや不満をぶつけてきた――のであれば、それは尤もな言い分ハナシ
…だけれど、私の失策を嗤うということは――…。

 

「……納得、してるんですか」

「ハッ、納得も何もあるかよ。端からわかってたことだろ、アレは正攻法でどうにかできるモンじゃない――…ヒト風情には、な?」

「……」

「お前にとっては悔しい結果だろうが――…俺たちは、この現実けっかを受け入れるしかねーんだよ」

 

 現実を嘲笑いながら諦めの言葉を口にするレオナさん――
…だけれど、その目に宿っているのは自嘲でもなければ諦めでもなく、欲に燃える獰猛な色。
その、熱を宿した瞳は、これまでの彼を思えばらしくない――
――けれど、きっと不屈の野心家“コレ”こそが「レオナ・キングスカラー」という人物の芯――そこに根ざすモノ、なんだろうと思った。

 ――…それに、よくよく考えればあの事件こうどうも、目標を達成するために考え、行動した結果――ではある。
状況の悪さに白旗を上げて、何もせずに不満ばかりを並べる選択ことを思えば、現状を打破するために行動を起こしたこと自体は、立派なことだ。
……ただ、ルールを犯した上に、他人を傷つけた時点で――底をぶち抜くマイナス評価だけれど。

 

「――言うまでもないだろうが、お前の後悔は俺たちに対する侮辱だからな?」

「……それ、は――……思い上がり、ですよ」

「オイオイ、言ってくれるじゃねーか。マジフト歴一週間のシロウトが」

「……」

「結局、足りなかったのはお前の経験と俺のスペック――…悔やみようがねーだろ」

 

 やっぱり人を小ばかにしたような笑みを浮かべてレオナさんは諦めのような納得を口にする。
…つい一週間前まで、敗北や否定といったモノを拒絶していたというのに、
まさかそれを自ら口にして受け入れるなんて――…正直、ブロットが取り払われた効果けっかだけとは考え難い。

 …ただまぁリドルくんぜんれいと違って、歳月は重ねてきてるわけだし…なぁ……?

 

「……なんだよ」

「…いえ……急に物分かりが良くなられて、どーいった心境の変化があったのかと………」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら疑問を促してくるレオナさん――の言葉に甘え、思ったままを口にする。

 現実の壁にぶち当たって心が折れ、現実すべてに対して投げやりになってしまった――というわけではなく、
超えることも、打ち破ることも叶わなかったげんじつを事実として受け入れ、その上で現実と向き合おうという意気――
一週間前かつてとは真逆と言っていいほどの変化だけに、その転換にはどうにも合点がいかなかった。
…悪い変化、と思ってるわけではないんだけど…ねぇ……。

 私の疑問しつもんに、レオナさんはきょとんとした表情を見せる――が、
それはほんの一間の事で、瞬き一つでレオナさんの表情は――呆れと不満を湛えた、不機嫌そうなものに変わってしまっていた。ぇ、何故か。

 

「……」

「…………」

 

 不満げに私を見下ろすレオナさん――に対し、睨み返すはんこうするようなことはせず、
黙ってその不満しせんを受けている――と、不意にレオナさんがなにやら愉しげな笑みを漏らす。
…なにか、本能的にその笑みの性質の悪さにイヤなものを覚えて、半ば反射で後ろへ一歩下がる――が、

 

「ぬお?!」

「ぉおっ!?」

 

 刹那、ズドムとレオナさんを背後から押し倒したのは――黒の雄獅子。
昼間見た巨大なそれとは違い、今前にしている黒獅子は標準的なライオンと同等の大きさ――
…だけれど、現実にはあり得ない黒の毛並みと紅の瞳は昼間の彼と同じで――

 

「っ……退けよっ…ダスク…!!」

「ゥグルルルル……」

 

 自身の背の上に陣取る黒獅子――ダスクと呼んだそれに、
レオナさんは苦しげかつ不快そうに「退け」と言う――が、
言われたダスクほうはレオナさんの発言など知ったこっちゃないといった様子で、
どこか不満げにポスポスとレオナさんの頭を前足で叩いていた。

 …考えるまでもなく、黒獅子かれの存在というのは、
パーシヴァルさんにとっての使い魔シヴァに近い――のだろうけれど、その根源はまったくの別物のようだ。

 

「…――ダスク」

「! ゥグー♪」

 

 確証はなかったけれど確信に近いモノはあって、黒獅子に向かって「ダスク」と名前を呼んでみる。
すると私の呼びかけにダスクは耳をピクリと反応させると、すぐさま私の方へ顔を向ける。
そしてパッと表情を明るくしたかと思うと嬉しげに喉を鳴らし、その大きな体を躍動させ、コチラに跳びかかってきた――
…のだけれど、その過程でダスクの体はぐんぐん縮んでいき――

 

「…伸縮自在………いや、変幻自在??」

「ぅぐるるる〜」

 

 私の腕に収まった時には、ダスクは大体子ライオンサイズまで小さくなっていた――
――が、小さくなっても雄獅子の象徴たる鬣は失われておらず、
その姿はデフォルメされた雄ライオンの成獣といった風――要は現実にはありえない姿で存在していた。

 しかしダスクかれ存在カタチを成しているモノがモノだけに、この程度のご都合ゆうずうはさしたる問題ではないのだろう――
問題そもそもを語るならまずダスクかれの存在自体が規格外もんだいだろうから…ねぇ?

 

 夕日は既に地平線の下に沈み、
それでも僅かに空に残る日の光が世界を薄ぼんやりと照らしている――
…あと数分の内に日の光は完全に失われ、夜が始まる。

 そしてそれは――幽霊劇場わたしたちの、開場はじまりの時間でもあった。

 

「――じっくり拝ませてもらうぜ、お前の本領・・を」

「…」

 

 気付かぬうちに立ち上がり、そして不意にそう言って――レオナさんは去っていく。
嫌味だったのか、発破だったのか、それとも他意のない声かけだったのか――
…ぐるぐると、頭を回せばその真意こたえに当たりもつきそうだけれど、
果たして今、それに時間を割くことが有意義だろうか――という話だった。
 

 …なんともすっきりしない――が、いまの私が一番に思考を割くべきことは決まり切っている。
これは私だけの計画ことではないし、私だけが背負う結果ことでもない――以前に、本領ここでの失策は絶対に許されない。

 一表現者としての自負と実績、そして信頼を受ける「指揮者」としての責任きょうじ――
――それを果たすまもるためにも、今夜の公演は「成功」以外の選択肢けっかは無いのだ。

 

「…――さて、公演の前に一仕事と、行こうか」

 

■あとがき
 統率者としては、常に無茶はあっても無理はない運営をしているだけに、敗北や失敗の経験が少ない夢主です。
 過去に派手にやらかした経験があるがための堅実さなのですが、臆病故というよりも責任感故の堅実さです。
信頼の上で預けられた力を――彼らの努力を無駄にするわけにはいかない――下手すると強迫観念にも近いのですが、
挫折の経験が少ないのでまだ責任感の枠に収まっているかと思います(苦笑)