必要最低限の挨拶回りをこなし、
あとの応対こと兄さんオーナーに任せて一人向かった先は演者控室。

 先の生徒相手の公演の時とは違い、有料がいぶの観客を前に緊張やら不安やら、
一部の団員たちは落ち着きなくそわそわしていた――が、それを部門長を中心とした古参方が宥めてくれたことによって、
舞台裏の雰囲気は落ち着いていると言っても差し支えない空気ていどを保っていた。

 

「マネージャ〜おせェよぉ〜〜」

「…遅参失礼いたしました――…思いのほか、ゲストが多くて……」

「これでもかなり絞ったんだぜー?――ま、最終的にオーナーとパー坊で片すってことで大体呼んだが!」

「………ぇ」

「あーなに、気にするこたぁねーさ。パー坊にとっても利のない仕事コトじゃあねーからな」

「……というと?」

「投資家としての情報収集と、篤志家としての人脈強化のための挨拶回り――ってな♪」

「………なる、ほど……。
……だと、すれば――…その胸、お借りても…いい、でしょうかねぇ…」

 

 自分のあずかり知らないところで、先達の手を借りていた――上に、
ゲストに対する礼儀も微妙に欠いていたという事実にぎょっとした――ものの、
パーシヴァルさんあいても一応の利の上で請け負ってくれているというので、とりあえず今は問題なしとなっとくする。
…それに、招待ゲストうんぬんについてはハーロックさん――もとい兄さんに全任せだったのだから、今更私が慌てるのもおかしな話だろう。

 さて、そうと腹積もりが決まったのなら――

 

「早速、本番に向けて最終確認と参りましょう――美術部と演出部もよろしいですかー?」

 

 控室に集まっているオーケストラそうしゃパフォーマーえんじゃに改めて声をかけ、
更にここにはいない美術部と演出部うらかたに向けて確認の言葉を投げる――
――と、間もなく部屋に設置されたスピーカーから各部門長からの同調の声が返ってくる。

 ゴーストたちかれらから静かに湧き上がってくる興奮ねつに、
胸の底から湧き上がってくる傲慢の笑み――を、ぐっと底に圧し留め、
あくまで顔には平静を貼り付けて「では」と切り出し、
今夜の公演演目について事務的に――今更確認するまでもないようなことを、改めて確認していった。
 

 当然――のように、そこに新たな気付きはなく、確かめる内容はこれまでに何度も重ねた練習と何ら変わりない。
そう、いつも通りに、練習通りに演ることができれば、初公演こんやはそれだけで十二分。
誰も、この段階こうえん練習いま以上のモノは求めてはいない――とはいえ、
時に舞台の上に巣食う「魔」が悪さをするから、油断につながる余裕は与えるべきではない――
――が、かといって必要以上に緊張感を持たせても、の空気に呑まれてロクな結果にならないのが大概だけれど。

 

「気負う必要はありません。
先のプレと同様、まずは今夜の公演を楽しんでください――それが、成功につながりますから」

 

 新生ファンタピアによる初の本番こうえんは、「成功した」と言ってもいいだけの歓声を得て、終幕した。
もちろん、前もって準備しておいたアンコール演目も滞りなく披露して――だった。
だからきっと、この公演――そして新生ファンタピアが何かしらのニュースきじになるとすれば、
おそらく七割方はプラス評価の内容になることだろう。

 そうでなければ「不自然」なだけの歓声を、新生ファンタピアわたしたちは得ていたのだから。
 

 正直なところ、今回の公演が失敗するなんて思ってはいなかった――
――し、観客たちの反応というのも、想定していた範囲から少しばかりはみ出たものの、それでもその範疇にギリ収まる程度だった。

 そして有料ほんものの本番を始めて経験した団員たちについても、
興奮しすぎるヒトは若干いたものの、委縮するヒトはいなかったと言っても過言ではないくらいで――
――最終的には落ち着き過ぎていた、というくらい想定外イレギュラーなんてものはなかった。

 本当に、本当に――ほぼ、全てが想像の範囲内の結果だった。…マイナスの反応も含めて。

 

「(…リュゼさんには、露骨に嫌な顔されそうだなーぁ………)」

 

 大歓声に沸くホールの中、一際静かな一角があった。
そしてその一角エリアとは、主にOBを中心とした来賓用の座席で――…。

 …端から、有識者かれらの不興を買うだろうとは思っていた――し、ヴォルスさんからも「不興を買うそうなる」と警告を受けていた。
でも、それでも、新生ファンタピアが迅速かつ着実に「評判」を上げていくには――…初めから、算段・・を組んで活動を重ねて行く必要があった。
 

 ファンタピアこれはゴーストたちの心を満たすための娯楽――ではあるけれど、
それと同時に、私たちが元の世界に帰るため――この世界の深層なかに入り込むための武器つめでもあって。

 爪はがむしゃらに研いだところで、武器にはなり得ない。
ちゃんと自分の立ち回りやりかたを考えた上で用意しとがなくては、それまでに重ねた苦労じゅんびが無駄になってしまうモノ。
相手の肉に爪を立て、その首に食らいつく――つもりが、爪を研ぎ過ぎたがために相手の肉に刺さらず、
皮を切り裂くだけで逃げられてしまったのでは――成果えものは得られないのだ。

 だから、間違いなく成果えものを得て、力を積み上げるためにも、私の計画は間違っていない――
……のだけれど、…やっぱり、面と向かって否定の感情を向けられるのはキツい、のです。
相手が、どーでもいい相手ではないからなおさらに。

 

「………でも……そもそも打ち上げに顔、出してくれるかな……?」

 

 ファンタピアOBシュテルさんたちの不興を買ったことは、間違いない。
私のしたことは、ある意味で芸術家ひょうげんしゃとしての本義に反している――私自身が「表現者」であるというのに。

 おそらく、これがまったくの商売人シロウトだったなら、おそらく不興を買うことはなかった。
だって表現者の本義それは利益度外視の「こだわり」でしかない――
――利益に重きを置く商売人うんえいからすれば、芸術家のこだわりワガママにしか映らないモノだから。
そしてその芸術家えんじゃ商売人うんえいの価値観を違いを、シュテルさんたちが経験していしらないとは思えない――
…からこそ「はァ?」となると思うのだ。同じ不満を味わっただろうに――…と。

 一目惚れとは引き算の好意れんあいである――なんて言うように、人は期待を裏切られると普通の倍、がっかりする。
…だから、たぶん――…私は、シュテルさんたちをがっかりさせたと思う。…公演2回分くらい。
「この程度」と実力を疑われた――か、それとも「こんなやり方」と失望した――か。
ヴォルスさんの予想が当たただしければ後者だけれど――…どっちにしても「ロクなもんじゃねぇ」だろう。最終的なげんざいの結論ひょうかは。

 ――であれば、わざわざ自身の時間を割いてまで、ロクでもねぇヤツの打ち上げに参加したりはしないだろう。
仮に兄さんオーナーに対する義理があったとしても、そこに義理を立てる理由はなのだし。

 

「(背水の陣――…というか、自業自得だからねぇー…)」

 

 OBせんじんの知識や経験を借りられないというのは、正直なところを言えば痛手――
…ではあるけれど、それが無ければことが成り行かない――と、いうほどの大事もんだいではない。
ただこの不協和が、根を深くした末にイジワルに発展したなら一大事も一大事だけれど――
…それは、たぶんないと思うのだ。表現者かれらプライドきょうじ――も、そうだけれど、兄さんが私の前にいる限りは。

 ――ただこのやり方が、本当の本当にシュテルさんたちの矜持やりかたを唾を吐く行為だとしたら――
…きっと、彼らは打ち上げの会場に足を運んでいるだろう。私を否定するために。
…ご尤もな言い分過ぎてぐうの音も出ない――「尤もです」受け止めるしかないけど、ね。

 

 打ち上げの会場である小ホールのドアの前で一呼吸を置く。
だけれど改めて呼吸をはじめた先から脳裏に湧き上がってくる嫌な想像――に、嫌気が勝って考えるより先に行動に打って出る。

 居ないのなら嫌われたそういうことで、睨まれたのなら否定されるだけしかたない――…よくよく考えてみれば、私の運営じんせいに否定は常について回ってきているモノ。
ならそれが目の届く範囲で発生しているのなら――それは、寧ろ不幸中の幸いラッキーだ。

 

「……」

「「「「…………………」」」」

 

 ドアを開ける――その勢いが過ぎて、楽しくワイワイと盛り上がっていただろうホールが、私の入室によってしんと静まり返る。

 不安かんじょうを圧し留めるために出た行動――だったがために、圧し留めて余った感情の分がドアを開く手に乗ってしまった――
――上に、眉間にしわを寄せての登場だったこともあって、完全に不機嫌丸出し――といった風での合流になってしまった。
……まったく全然、憤っているとか不満があるとかいうわけではないのに。特に自分以外に対しては。

 凍るように膠着した空気に、思わず顔に苦いものが浮かぶ――が、
はたとそれは逆効果と気付いて慌てて「すみません!」と謝罪の言葉を上げれば――

 

「フフン、どーせ大方、一人でうだうだ考え込んでたんでしょ」

「ぅ…」

「ククっ、お嬢ァほんっとに――欲張り、だなァ?」

「………」

「まぁ自覚して、自戒してるだけマトモじゃない――ねぇオーナー?」

「…………………自覚して自戒してそれでもなおやらかしちゃう方が性質悪くない?」

「ぅ゛…!!」

「アア〜オーナーがお嬢なーかせたァ〜〜」

「っ…泣いてませんがっ?!」

「フーン?それじゃあオーナーの指摘はアンタにとって痛くも痒くもなかったってワケ?」

「っ………それ、は……」

「――…それくらいにしてやってはどうですか。若者いびりはアナタの悪い癖ですよ、イレーネ区長」

 

 的確に私の痛いところを突いてくるイレーネさんに、
返す言葉が見つけられずただ苦さを呑んでいた――ところで、助け舟を出してくれたのはデイヴィスさんだった。

 イレーネさんに対して敬意を払いつつも、はっきりと彼の行為を悪癖と言い放つデイヴィスさん――
――に対し、イレーネさんはニヤと愉しげなその笑みを深めた――けれど、
不思議なことにイレーネさんはあっさりと「そうね」とデイヴィスさんの苦言してきを受け入れ、
私に「悪かったわね」と言ってその輪から離れていってしまう。
…その、イレーネさんの引き際の良さがどうも合点がいかず、思わず「ぅん?」と首をかしげる――と、

 

「おい、消灯時間まであと一時間もないぞ」

「!」

 

 横から刺さった指摘クギにハッとして兄さんを見れば、
私の「焦り」を兄さんも理解してくれたようで、苦笑いしながら「はいはい」と言ってホールの上座おく――簡素な壇の上へと移動する。
そして兄さんオーナーに合流する形で私も壇上へと上がれば――

 

「公演お疲れさんでしたー。客受けは上々、新生・・としては良き塩梅だったかと思います――
――ま、だからこそ演者組にはマネージャーの方針やりかたが気に入らないヤツもいたと思うんだ――最初は。
でもあの公演しあがりを見るに、その不満を呑めるだけの『なにか』がマネージャーにはあるんだろう――
――ってことで俺、新生ファンタピアの運営についてはマジで口出さないつもりなのでそこんとこよろしくー」

「……」

 

 聞いてないんだが――の方針けっていに、思わず兄さんを見る――が、冷静に考えれば当然の話だった。

 確かに兄さんは幽霊劇場ファンタピアのオーナー――だけれど、それ以上に灰魔師団の象徴だんちょうの一人でもあって。
部隊を率いる――部下たしゃの命を預かるという重い責任を負う立場を考えれば、
…いや考えるまでもなく優先順位なんて端から決まりきっている――
…というか色んな意味で、ファンタピアこんなことに首を突っ込んでいていい立場じゃない――だろう。

 …今の今まで、兄さんの考えを聞く機会がなかった――話す機会さえなかったんだな――と、今更ながら思う。
支配人オーナー管理人マネージャーという立場なのだから、本来であれば誰より意見ことばを交わし、意思ほうしんをすり合わせをするべきはずなのに――
……ただまぁ…11年も会うことのなかった義妹の才能を信じて運営すべて任せなげてくれたというのであれば、それは重くとも嬉しいプレッシャーきたいではあるけれど。

 ファンタピアの運営には口を出さない――と、兄さんは平然と「あはは」と軽く笑いながら宣言する。
その宣言に対する反対――はなく、それどころか動揺さえほぼ見受けられなくて。
…それは、前向きに受け取っていいものなのか、ある意味での危険因子ふあんようそなのか――
…たぶん、たぶん前者で間違ってないとは思うのだけれど――…

 

「突然の重責に驚きました――が、それでも私のやること、目指すところは変わりません。
実績を重ね、ファンタピアを世界に通用するモノとする――…オーナーほど、思い切りのいい選択コトはしませんが――………」

「「「「…………」」」」

 

 私を見ていたゴーストだんいんたちの顔に、なんとも言えない複雑な苦笑いが薄ら浮かぶ。
…それは、おそらく否定――これまでにも思い切りのいい選択コトしてきたがな、という表情ことなのだろう。

 いや、うん。確かに「思い切りのいい選択」はこれまでに何度かしてきましたよ?
それは私も自覚してますけど――ね?それ、マネージャーとしてじゃあなくて私個人のでしたし??

 

「と、とにかくっ、これからも着実なランクアップを前提とて、堅実な運営で参ります!」

「あ、因みに表現者げいじゅつか上がりの運営マネージャーの思う『堅実』だからナ、
演者組は特に覚悟しといてね――ウチの妹、フーさんよかヤバいかもだぞー♪」

「……………」

 

 ニヤニヤと愉しげに笑いながら、私を前団長よかヤバイ――と言った兄さん。
…11年も離れ離れで、再会はしたもののほとんど今日までロクに顔を合わせていなかった――
…というのに、何故にこのヒトは訳知り顔でわたしを語るのだろうか。

 ………ただ、まぁ……たぶんそこまで的外れなことは言っていない気がするから、
その辺りのついての追及は後日ゆっくりすることにしよう。

 まずはとにかく――

 

「それではー新生ファンタピアの始動を祝して――かんぱーい!」

 

 ――打ち上げうたげを始めなくては、だった。

 

■あとがき
 約半年をかけ、ようやっと2章が終幕となりました〜。
オチ辺りが大幅に別物になってしまいましたが……後悔はしておりません。これでよかった、とも思ってませんけどね!(笑)
 さてこの後はより酷いオリジ臭の中でのハロウィン閑章となりまーすっ(脱兎)