新生ファンタピアによる初の本番は、「成功した」と言ってもいいだけの歓声を得て、終幕した。
もちろん、前もって準備しておいたアンコール演目も滞りなく披露して――だった。
だからきっと、この公演――そして新生ファンタピアが何かしらのニュースになるとすれば、
おそらく七割方はプラス評価の内容になることだろう。
そうでなければ「不自然」なだけの歓声を、新生ファンタピアは得ていたのだから。
正直なところ、今回の公演が失敗するなんて思ってはいなかった――
――し、観客たちの反応というのも、想定していた範囲から少しばかりはみ出たものの、それでもその範疇にギリ収まる程度だった。
そして有料の本番を始めて経験した団員たちについても、
興奮しすぎるヒトは若干いたものの、委縮するヒトはいなかったと言っても過言ではないくらいで――
――最終的には落ち着き過ぎていた、というくらい想定外なんてものはなかった。
本当に、本当に――ほぼ、全てが想像の範囲内の結果だった。…マイナスの反応も含めて。
「(…リュゼさんには、露骨に嫌な顔されそうだなーぁ………)」
大歓声に沸くホールの中、一際静かな一角があった。
そしてその一角とは、主にOBを中心とした来賓用の座席で――…。
…端から、有識者の不興を買うだろうとは思っていた――し、ヴォルスさんからも「不興を買う」と警告を受けていた。
でも、それでも、新生ファンタピアが迅速かつ着実に「評判」を上げていくには――…初めから、算段を組んで活動を重ねて行く必要があった。
ファンタピアはゴーストたちの心を満たすための娯楽――ではあるけれど、
それと同時に、私たちが元の世界に帰るため――この世界の深層に入り込むための武器でもあって。
爪はがむしゃらに研いだところで、武器にはなり得ない。
ちゃんと自分の立ち回りを考えた上で用意しなくては、それまでに重ねた苦労が無駄になってしまうモノ。
相手の肉に爪を立て、その首に食らいつく――つもりが、爪を研ぎ過ぎたがために相手の肉に刺さらず、
皮を切り裂くだけで逃げられてしまったのでは――成果は得られないのだ。
だから、間違いなく成果を得て、力を積み上げるためにも、私の計画は間違っていない――
……のだけれど、…やっぱり、面と向かって否定の感情を向けられるのはキツい、のです。
相手が、どーでもいい相手ではないからなおさらに。
「………でも……そもそも打ち上げに顔、出してくれるかな……?」
ファンタピアOBたちの不興を買ったことは、間違いない。
私のしたことは、ある意味で芸術家としての本義に反している――私自身が「表現者」であるというのに。
おそらく、これがまったくの商売人だったなら、おそらく不興を買うことはなかった。
だって表現者の本義は利益度外視の「こだわり」でしかない――
――利益に重きを置く商売人からすれば、芸術家のこだわりにしか映らないモノだから。
そしてその芸術家と商売人の価値観を違いを、シュテルさんたちが経験していないとは思えない――
…からこそ「はァ?」となると思うのだ。同じ不満を味わっただろうに――…と。
一目惚れとは引き算の好意である――なんて言うように、人は期待を裏切られると普通の倍、がっかりする。
…だから、たぶん――…私は、シュテルさんたちをがっかりさせたと思う。…公演2回分くらい。
「この程度」と実力を疑われた――か、それとも「こんなやり方」と失望した――か。
ヴォルスさんの予想が当たれば後者だけれど――…どっちにしても「ロクなもんじゃねぇ」だろう。最終的な結論は。
――であれば、わざわざ自身の時間を割いてまで、ロクでもねぇヤツの打ち上げに参加したりはしないだろう。
仮に兄さんに対する義理があったとしても、私に義理を立てる理由はなのだし。
「(背水の陣――…というか、自業自得だからねぇー…)」
OBの知識や経験を借りられないというのは、正直なところを言えば痛手――
…ではあるけれど、それが無ければことが成り行かない――と、いうほどの大事ではない。
ただこの不協和が、根を深くした末にイジワルに発展したなら一大事も一大事だけれど――
…それは、たぶんないと思うのだ。表現者のプライド――も、そうだけれど、兄さんが私の前にいる限りは。
――ただこのやり方が、本当の本当にシュテルさんたちの矜持を唾を吐く行為だとしたら――
…きっと、彼らは打ち上げの会場に足を運んでいるだろう。私を否定するために。
…ご尤もな言い分過ぎてぐうの音も出ない――「尤もです」受け止めるしかないけど、ね。
打ち上げの会場である小ホールのドアの前で一呼吸を置く。
だけれど改めて呼吸をはじめた先から脳裏に湧き上がってくる嫌な想像――に、嫌気が勝って考えるより先に行動に打って出る。
居ないのなら嫌われたで、睨まれたのなら否定されるだけ――…よくよく考えてみれば、私の運営に否定は常について回ってきているモノ。
ならそれが目の届く範囲で発生しているのなら――それは、寧ろ不幸中の幸いだ。
「……」
「「「「…………………」」」」
ドアを開ける――その勢いが過ぎて、楽しくワイワイと盛り上がっていただろうホールが、私の入室によってしんと静まり返る。
不安を圧し留めるために出た行動――だったがために、圧し留めて余った感情の分がドアを開く手に乗ってしまった――
――上に、眉間にしわを寄せての登場だったこともあって、完全に不機嫌丸出し――といった風での合流になってしまった。
……まったく全然、憤っているとか不満があるとかいうわけではないのに。特に自分以外に対しては。
凍るように膠着した空気に、思わず顔に苦いものが浮かぶ――が、
はたとそれは逆効果と気付いて慌てて「すみません!」と謝罪の言葉を上げれば――
「フフン、どーせ大方、一人でうだうだ考え込んでたんでしょ」
「ぅ…」
「ククっ、お嬢ァほんっとに――欲張り、だなァ?」
「………」
「まぁ自覚して、自戒してるだけマトモじゃない――ねぇオーナー?」
「…………………自覚して自戒してそれでもなおやらかしちゃう方が性質悪くない?」
「ぅ゛…!!」
「アア〜オーナーがお嬢なーかせたァ〜〜」
「っ…泣いてませんがっ?!」
「フーン?それじゃあオーナーの指摘はアンタにとって痛くも痒くもなかったってワケ?」
「っ………それ、は……」
「――…それくらいにしてやってはどうですか。若者いびりはアナタの悪い癖ですよ、イレーネ区長」
的確に私の痛いところを突いてくるイレーネさんに、
返す言葉が見つけられずただ苦さを呑んでいた――ところで、助け舟を出してくれたのはデイヴィスさんだった。
イレーネさんに対して敬意を払いつつも、はっきりと彼の行為を悪癖と言い放つデイヴィスさん――
――に対し、イレーネさんはニヤと愉しげなその笑みを深めた――けれど、
不思議なことにイレーネさんはあっさりと「そうね」とデイヴィスさんの苦言を受け入れ、
私に「悪かったわね」と言ってその輪から離れていってしまう。
…その、イレーネさんの引き際の良さがどうも合点がいかず、思わず「ぅん?」と首をかしげる――と、
「おい、消灯時間まであと一時間もないぞ」
「!」
横から刺さった指摘にハッとして兄さんを見れば、
私の「焦り」を兄さんも理解してくれたようで、苦笑いしながら「はいはい」と言ってホールの上座――簡素な壇の上へと移動する。
そして兄さんに合流する形で私も壇上へと上がれば――
「公演お疲れさんでしたー。客受けは上々、新生としては良き塩梅だったかと思います――
――ま、だからこそ演者組にはマネージャーの方針が気に入らないヤツもいたと思うんだ――最初は。
でもあの公演を見るに、その不満を呑めるだけの『なにか』がマネージャーにはあるんだろう――
――ってことで俺、新生ファンタピアの運営についてはマジで口出さないつもりなのでそこんとこよろしくー」
「……」
聞いてないんだが――の方針に、思わず兄さんを見る――が、冷静に考えれば当然の話だった。
確かに兄さんは幽霊劇場のオーナー――だけれど、それ以上に灰魔師団の象徴の一人でもあって。
部隊を率いる――部下の命を預かるという重い責任を負う立場を考えれば、
…いや考えるまでもなく優先順位なんて端から決まりきっている――
…というか色んな意味で、ファンタピアに首を突っ込んでいていい立場じゃない――だろう。
…今の今まで、兄さんの考えを聞く機会がなかった――話す機会さえなかったんだな――と、今更ながら思う。
支配人と管理人という立場なのだから、本来であれば誰より意見を交わし、意思をすり合わせをするべきはずなのに――
……ただまぁ…11年も会うことのなかった義妹の才能を信じて運営を任せてくれたというのであれば、それは重くとも嬉しいプレッシャーではあるけれど。
ファンタピアの運営には口を出さない――と、兄さんは平然と「あはは」と軽く笑いながら宣言する。
その宣言に対する反対――はなく、それどころか動揺さえほぼ見受けられなくて。
…それは、前向きに受け取っていいものなのか、ある意味での危険因子なのか――
…たぶん、たぶん前者で間違ってないとは思うのだけれど――…
「突然の重責に驚きました――が、それでも私のやること、目指すところは変わりません。
実績を重ね、ファンタピアを世界に通用する力とする――…オーナーほど、思い切りのいい選択はしませんが――………」
「「「「…………」」」」
私を見ていたゴーストたちの顔に、なんとも言えない複雑な苦笑いが薄ら浮かぶ。
…それは、おそらく否定――これまでにも思い切りのいい選択してきたがな、という表情なのだろう。
いや、うん。確かに「思い切りのいい選択」はこれまでに何度かしてきましたよ?
それは私も自覚してますけど――ね?それ、マネージャーとしてじゃあなくて私個人のでしたし??
「と、とにかくっ、これからも着実なランクアップを前提とて、堅実な運営で参ります!」
「あ、因みに表現者上がりの運営の思う『堅実』だからナ、
演者組は特に覚悟しといてね――ウチの妹、フーさんよかヤバいかもだぞー♪」
「……………」
ニヤニヤと愉しげに笑いながら、私を前団長よかヤバイ――と言った兄さん。
…11年も離れ離れで、再会はしたもののほとんど今日までロクに顔を合わせていなかった――
…というのに、何故にこのヒトは訳知り顔で妹を語るのだろうか。
………ただ、まぁ……たぶんそこまで的外れなことは言っていない気がするから、
その辺りのついての追及は後日ゆっくりすることにしよう。
まずはとにかく――
「それではー新生ファンタピアの始動を祝して――かんぱーい!」
――打ち上げを始めなくては、だった。
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