先の私の演目を見たユウが、なにかしらのショックを受けて、
私のたちの間にはまた溝ができてしまった――…それは、大変に今後に関わる問題――
…なのだけれど、だとしても目の前の障害を崩さなくては前に進めないのだから――
「蔓俊兄さんの映画……」
「…より厳密に言うと、詠地だけで制作するって方針――
――で、お祖母様のOKサインが付いて誰も断れなくなった企画」
「ぅひやーぁ……」
私のデビュー話――というか、
おそらく兄さんはその経緯が引っ掛かったんだと思う。
神子で巫女の立場にある者は、大衆の目に晒されるような事柄は避けるが原則。
そして私も神子で巫女なのだから、大衆の目に晒される歌手デビューなんて本来なら許されなかった――というか、
そもそもデビューするのは「作曲家として」という依頼で、
歌い手の「う」の字分のつもりさえ、私――どころか蔓俊小父さんにもなかったのだけど、
「…歌唱を依頼した歌い手は全拒否。
…デビューオーディション的なことで掴ま――…採用した子も、直前で『無理です!』とドタキャンし………。
…納期的ににっちもさっちもいかなくなって――…止む負えず………」
「……あの曲が難曲なのはわかるが……かといって、プロが拒絶するレベルでもねーだろ?」
「…正直言うと……彼女たちに渡した楽譜はもっと穏やか――…もっと難のない仕様だったんですが……」
「「が?」」
「………デモテープが……良くなかったみたいで…」
「ああ〜…」
「……」
シュテルさんが、物凄い納得した声を上げ――その端で、フェガリさんがおでこを押さえてため息を吐いた。
……どうやら、こちらの兄弟はこの一件について共感を覚えてくださるようです。
…まぁ、だからといって何がどうなるものでもないけれど。
「…でも最後の子はデモテープ聴いても断らなかったんでしょ?」
「いえ、オファーが全滅してからデモテープがイカンと思い至って聴かせなかった――んですけど…
…オファーをかけた歌い手の一人がその子と近い親戚関係にあって………どうやら善意のリークがあったようで…」
「……デモテープがヤバかったって?」
「………この曲書いたの、当主秘蔵の孫だぞ――と」
秘蔵の孫――…かつては「隠しておきたい恥」ということの揶揄で言われていた――
…ものの、今では本当の意味で秘蔵――「切り札」というような意味で詠地内に限らず浸透している。
そして当時も、既にそちらの認識の方が広く浸透していた――のだけれど、
その頃に上げていた「実績」というのが、現代からやや離れた世界線にある伝統芸能系や、
詠地であっても秘匿事項の多い奉納芸能系だったものだから――
「畏れが怖れに替わって、得体が知れないために賞賛も悪評に変わって――狂犬扱いに」
「…〜〜……良化してんだか、悪化してんだか……!」
神子で巫女であったがために、秘匿された大社の奥に仕舞われ、破天荒な噂ばかりが流れて独り歩きした――
――結果、一族であっても根拠もなく漠然と怖れられる存在になってしまった――ことも、まぁあった。
しかしそれも、今となっては昔の話。
この映画の件をきっかけに、裏方としての活動を始めたことで、
出鱈目だった噂は実績を成し、狂犬と恐れられたバケモンは分別のある猟犬と認識を改められ――
――今では才能と能力、そして信用と実績を認められた上で、内外問わず仕事を任せられる立場になった。
…だから、この映画に携われたことは、
私にとって天啓とも言える出来事だった――のは、本当の事なのだけど、
「……小学生が…わざわざ映画館に見に行く内容じゃあないんだよなぁ……
………親が…サントラ買った、かなぁ……?」
「…サントラ?」
「ぁあ、歌い手として世間に歌声を披露する=デビュー――という認識で、
世が言うところのデビュー――アーティストの名義で楽曲リリースはしていないんです」
「……じゃあ、あの歌が収録されてるのは映画本編とサントラ盤だけ――ってこと?」
「ええ――……手前みそながら、サントラ盤としては異例の大ヒット――
…ではあったんですが、だとしても当時小学生だったユウの耳に入る……いや、残るとは…………」
「………テレビ番組なりで歌ったことは?」
「ないです。そーゆーことは一切しないという約束だったので」
「…じゃああの曲の音源は一つしかない、の?」
「そうですね…一族の感謝祭で歌ったことはありますけど――…全部ひっくるめて機密レベルSなので漏洩…
…って以前に仮に漏洩していたとしても『一般家庭の少女』が目にする可能性はまずないかと……」
映画のために作ったあの曲は、録音のためにしか歌ったことはない――…わけでもない。
しかし最初から世間の前に出るつもりは一切なかったので、
公共の電波に乗るような形では一度たりとも披露したことはなかった。
ただ、映画以来一度も――なんてことはなく、
一族を支える勤労者たちへの感謝祭――という趣旨で行っているライブコンサートでの歌唱を打診され、
当時既に他人を使う立場にあった――協力してくれている関係者たちが観客として参加すると聞いては………歌うしかなかったよねぇ…。
――そんな、内輪オブ内輪なコンサートは内密に、
そして厳重なセキュリティの上に開催され、遺された記録映像も厳重に管理されている――と聞く。
そんな異常に、ユウが触れたことがあるとはとても思えない――
…もし仮に触れていたなら、もっと前に彼女は詠地を前に畏怖なりを見せていたはず。
でも、そういった動揺を見せなかったということは――
「好きだった音源一つのアーティストの歌声が目の前に――………うん。だとしたらユウの動揺もとーぜん」
「ぇえー……?…あの映画…文学的かつ感傷的でかなり人を選ぶ……というか常人には呑み込み難い作品なんですが……」
「……なのにヒットしたのか?」
「…ぁあいえ、観客動員数はさしたるものではなくて…
後から専門家のからの好評、非公式ながら賞を授与された――影響で、上映終了後に関連商品が売れた、んです」
「…ならやっぱり親なりがCDを買っていて――って線が妥当でしょ」
「まぁ……映画の内容を知らない方が……逆に抵抗なく聴けますかね…」
たまたま親が持っているCDを聞いてみたら、好みの曲を見つけた――
…なんてことは、偶然だとしてもそう珍しいことではないと思う。
そう考えれば、ユウがあの曲を知っていたとしても、なにもおかしいことはない。
…ただ、だとしても、顔を合わせたくない――というリアクションに関しては合点がいかないけれど…。
…仮にユウがあの曲を好き――その歌い手についても好感を持っていたなら、避けるだろうか?対面を。
それも、初めて会う相手――というわけでもないのに。
…かといって逆――あの曲を嫌っていたなら、おそらくシュテルさんがもっと確信を持った情報を寄越しているはず……。
「………」
「…まぁ、そういうあれでそれで頑張るのは――向こう、だから」
「………そッスねーぇ…」
私の肩を叩き、苦笑いしながら言う兄さんが指さす先にいた――
――のは、前ファンタピア劇団で舞台装飾などを担当しているジョナサンさん。
兄さんの失礼な発言――というよりは、その確信につながるだろう過去を思い出しているのか、
同調を返すジョナサンさんの不機嫌そうな視線は――彼自身の足元に向いていた。
「………とりあえず放っておいてやれ。…遅くとも、夕食までには帰ってくるだろ」
「……その途中で、デイヴィス先輩が保護したら――」
「…微妙にあり得そうな上に、クッソ面倒くさそうな可能性を提示しないで頂戴リュゼちゃん。
…信頼がおけるが故にデイヴィスが反対に回った時の手強さたるやフーさんよりきっついのよ?」
「――それはなんだ?俺が頑固だと言いたいのか?」
「……………………お洒落さんは総じて頑固なモノですし!」
不意に増えた気配――不機嫌、ではなく冷静に兄さんに問いを投げたのは、丁度話題に上がっていた――デイヴィスさん。
その視線を真っ直ぐ受けた兄さんは無表情でしばらく沈黙した――後、
フォローなのか釈明なのか、それとも開き直りなのかよくわからない持論を展開し――
――「そうだな」の一言と共にデイヴィスさんから尻に一発蹴りを貰っていた。
……これはたぶん学生時代にすったもんだあったんだろうなぁ………。
絶妙にOBの視線が生温い……。
「…――ところでリュグズュール」
「! …はい?」
「寮長が清掃活動に勤しんでいるというのに、一寮生のお前が暢気にOBと歓談とはいい身分だな」
「………あ」
「……まぁ、お前が実際にNRCの制服に袖を通す…
登校は明日からだが――紙の上では、今月からお前もNRCの生徒だぞ」
デイヴィスさんに言われて、はたと思い出す――今日から、私もNRCの生徒の一人になるのだと。
プレ公演から復活公演、そしてハロウィーン記念公演――が終わった11月で入学を、
という話になっていたのだから、確かに私は11月からNRC生だった。
…なんかもう色々その辺りの事を全く考えていませんでしたが。
…――しかしまぁそれはともかく、
「………そうですね。寮長が汗水垂らして――」
「――しかし今代のオンボロ寮の寮長は寛大だな。
これまで2週間も3週間も働き詰めた寮生を労いたい――とは」
「……………」
「……あからさま?」
「…いいや。本人は隠しているつもりだろうが――…仔犬の嘘だからな」
「……デヴィちゃん、その辺りホント鼻利くもなぁ〜…」
「…お前ら二人には、相当鍛えられたからなぁ?」
「「………」」
知りません――とでも言うかのように、デイヴィスさんの問いかけから顔を背けるのは――兄さんとフェガリさん。
そしてそれを見守るOBたちの視線がやっぱり生温いところを見ると――…おそらく、デイヴィスさんの言葉が正しいのだろう。
当人に隠している認識があったかどうかは別として。
「……あの、デイヴィスさ――」
「クルーウェル先生」
「…あ」
「今日のところ――と、オフはいいが、仕事中は線を引け。お互いのためにならんぞ」
「…――はい」
「ん――で、なんだ?」
「……、………、……………ユウ、のこと…なんですが………」
「………とりあえず放っておけ。今、お前がユウにしてやれることは――知らん振り」
「……」
なんとなし、分かっていたことではあったが、いざ実際に面と向かって言い渡されると――さすがに渋面になった。
お前にできることはない――と言われては。
だけれど、デイヴィスさんたちが言うように「放っておく」というのが、とりあえずの最善解だということもわかっている。
…ユウ――に限らず、頭の中なり、心の奥なりに抱えたモノを整理するための時間は必要だ。
…私も私で来月――じゃなくて、今月から上演予定の演目を仕上げきれてないし――
「…――ところでクルーウェル先生?うちの妹の教科書って……」
「……学園長が手配している――はずだったが、お忙しい学園長の手を煩わせるのもどうかと思って――」
「…部屋にあるから取ってくる」
私がNRCで学んでいくにあたっての必需品――教科書の手配について兄さんが尋ねると、
デイヴィスさんが学園長を敬っているんだかそうじゃないんだか怪しい言葉を口にしながら――グレイさんに視線を向け、
それを受けたグレイさんはどこか焦ったような表情で立ち上がり、「取ってくる」と言って足早に食堂を出て行った。
…………もしや――…いや、当たり前の事といえば当たり前の事かもだけど、
異世界人――持ち合わせて当然の前提さえ頭に入っていない人間が、
一年次分の魔法の知識が備わっていることが前提の二年次から魔法学校に通うのって――結構な無茶なのでは?
「………………」
「……いや、俺が苦労しなかったんだから、が授業で苦労することはないと思うけど――……」
「…ど?」
「………テストが…さ?」
「……あー…実技試験が難関?」
「イヤイヤイヤ!なにを言ってるんだいっ、それこそ心配無用だろう?賢者の特訓に平気な顔で付いて来ておいてっ」
「…それは火事場の馬鹿力――…立場にかけてやり遂げなければならないこと――
――故の集中力100%のパフォーマンスであって、さすがにアレを常時は……」
「……いや、俺が心配してるのポテンシャルじゃないから」
「はん?」
兄さんが、何かおかしなことを言いだした。
生徒の学力を測るために教育機関で実施される試験の心配をしている――
――のに、私の実力の心配はしていないとはどういうことか。
…それともなんだろうか?魔法士養成学校の名門たるナイトレイブンカレッジの授業というのは非常にユルッユル――
――なのに試験は意地の悪い応用問題が乱舞するという、
自学心を養うことこそが本義――というスパルタなテストだから心配、なのだろうか?
………いや、自立心だとしたらなおさら心配ご無用ですけど???
自立心どーたら――っていう以前に、そういう家庭教師の試練を突破した実績があるからね!
…おそらく、教師の性格を読んで出題傾向や範囲に当たりを付けることも、難しくはないと思うのだけれど――
「――テスト、二週間後だぞ?」
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