一度は収まりがついたと思ったユウとの関係――だったのだけれど、
おそらく私の無思慮によって、ユウは再び私に対して隔たりを覚えてしまった――がために、
のんびり過ごせるはずの休日の朝から清掃活動に出かけ、
そのまま昼食時を過ぎてもオンボロ寮へは戻ってきていない、という状況だった。
 

 先の公演で披露したうたが使われた映画は、識者の中で話題になった――とはいえそれは狭い業界かいわいでの話で、
更に言えば私の歌はあくまで映画を構成する一要素でしかなくて、あまつ映画それは4年も前の作品はなし――
――って以前に、知っている人間がいる・いないなんて考えもしなかった。
だってここ、異世界ですし――…しかし、実際には「知っている人間」いたわけです。それも、なにも不思議じゃない理由で。

 端から分かっていた――というか、
「そう」だからこそ同じ「目的」を持つ者同士として協力し、それを果たすために共同生活を送っている――
――というのに、ユウかのじょが私と同じ世界、そして国に生まれ、育った存在であることを失念するなんて――
…いや、失念していたわけじゃあない。ただただ「誰も覚えていしらない」と思っていたのだ。
流行り廃れの激しい芸能界せかいに身を置いていたが故に。

 ハロウィーンパレードウィークのことでいっぱいいっぱいになっていた私――のはたで、
ユウのことを気にかけてくれていたシュテルさん――とフェガリさん。
そしてファンタピアの元団員であり、ユウが席を置く1−Aクラスの担任教師であるデイヴィスさん――
――からも「そっとしておけ」と言われてしまった。

 …おそらく、ユウの気持ちの問題なのだから、私が私の勝手で動いては、ユウを苦しめるだけ――…なのだと思う。
だからこそここは、飛びだして行きたい気持ちをぐっと堪えて、待っているべきなんだろう――
…が、それは違う理由イミでままならなかった。

 

「………牢球使ったら?」

「ヤダ!」

「……その意地は、張るだけ無駄だと思うなぁ〜…」

 

 ハロウィーンを終えたNRC――と言わず、多くの教育機関が11月に迎える行事とは――期末テスト。
寮対抗マジフト大会、ハロウィーンウィークといったイベント目白押しの10月を終え、
一息落ち着いた頃に、期末テストは実施される。

 お祭りイベント終わりの気だるさに身を任せていれば結果は凄惨たるものになり、
月と一緒に気持ちも切り替えてテストもくひょうを見据えれば――後者かれらを待つのは楽しい冬休みウィンターホリデー
そして怠惰が故に凄惨な結果を生んだ前者かれらを待つものは――

 

「……お前がもうだいぶ、不出来だったらコイツも楽できたんだがな」

「…いやいや俺とじゃ前提じじょうが違うじゃん?俺、入学へんにゅう9月からだからね?
一応二ヶ月と二週間の自由な下積み期間があったんです?」

「……………サボりじゆうが過ぎたがな」

「授業受けるより本読んだ方が早い――が持論だったもんだから」

 

 新年を控え、故郷おやもとへと帰る――ウィンターホリデー。
本来であれば家族と共に過ごす休暇モノ――なのだけれど、
期末テストにて俗に言う「赤点」というものをとってしまった生徒は、
その貴重な期間をNRCで、なおかつ補習授業によって消費するつぶすことを決定付けられる。
…ただそれは、勉強を怠ったがために起きてしまった事――であれば自業自得でしかないのだが。
 

 …しかしまぁ私の場合へんなはなし、そもそも故郷おやもとへ帰れなくて困っている身なので、
NRCに留まりウィンターホリデーを補習授業に費やす――ことなっても、ある意味で寂しさ辛さも無い。
なにせ赤点を逃れたところで家族の元へは帰れはしないのだし。

 ただ、赤点を取ってしまったという事実には、何とも言えない感情を覚えることになるだろうけれど――
――「異世界人だし」「入って二週間だし」と気持ちを納得させられるモノはある。
…それに、実際取ってしまったなら、私に知識が足りていないことのなによりの証明なのだから、
それを補うための授業なんて寧ろ望むところ――…なのだけれど、

 

「…そもそもこのボーダーを設定したのは――…2月とうきの中間試験、だったと思うんだが……」

「ファンタピアの設立がスプリング・ブレイクの開始とほぼ同時だったから――」

「――だとしても、俺たちの決め事ルールはファンタピアの矜持ルールだろーが」

 

 どこか同情的なパーシヴァルさんとグレイさんの言葉を、ぴしゃりと切って捨てたのは、フェガリさんだった。

 大人が総てをつぎ込んでも破綻することもある劇団じぎょうを学生が興そうとしている――
――それに対し、学生の本分は学業である――と、尤もが過ぎる正論を盾に、
NRC側が難癖くちを挟んでくることを見越し、兄さんたちは教師陣NRCに対し、
学力テストの結果によってファンタピアの活動を制限する――という旨の誓約を立てた。
NRCに学生として在籍する全団員キャストが、選択した全教科の学力テストにおいて90点以上を獲得することができなかった場合、
学業を優先するためファンタピアは活動を停止する――…なんて、無茶苦茶が過ぎて笑うしかないボーダーラインないようの。

 11年前――なら、おそらく学園長は今と同じくクロウリーさんだったと思う。
――であれば、正直言って口を挟まれたくない気持ち――も、考えもわかる。
だからそのために、相手側が何も言えないだけの「結果せいせき」を交渉のための武器に選んだのは正しいと思う――のだけれど、
…にしても全科目90点以上って厳しくないです?入学へんにゅうして二週間の異世界人にはなおさらに??

 

「旧体制を嫌うロッカーとは思えない発言…」

「……まずロッカーじゃねーわ…――で、お前も俺に食い付かないでテキストに食い付け」

 

 シュテルさんの興味深い発言に、思わずフェガリさんに視線を向けた――ら、
呆れと迷惑そうな色が混じった表情のフェガリさんに「勉強しろテキストにむかえ」と促された。
…大変に、フェガリさんのお言葉はご尤もなのだけれど――気にするな、というのはあまりに酷な話だ。

 学生時代かこに、フェガリさんがロック音楽を追求していたことは――既に知っている。
…だけれど、なにせ私自身が今――いや、厳密に言うと元の世界でかつて
「ロック音楽」というモノを探求している最中モノだった――からこそ、
興味しかないフェガリさんの「ロック」に対して無興味を貫く――なんて、はっきり言って到底無理な話。
ただ、だからといってフェガリさんが「仕方ない」と折れて、あれやこれやを語ってくれるわけもない――
――のだから、とりあえずここは引き下がるしかなかった。ロックそれについては。
でも、テストのアレコレについてはその限りではなく――

 

「……まぁ教えてみた感じ、なら問題ないとは思うけどさ――普通にやったら」

「………」

 

 普通にやったら――シュテルさんが言う「普通」が指すところは分かっている。
一年生として、人と同じペースで学んでいけば――という話。
そしてシュテルさんの見立てでは、その環境ペースであれば私のボーダー突破は問題なく叶う――のだろう。
…ただ、その環境ペースに私が甘んじるかと問われれば――答えは間違いなくNO!なのだけれど。

 

「あとはアレ――事前カンニングだね」

「!?」

「あー…アレ、なぁー……半分悪ノリでやったけど……効果てきめんだったワヨねえ〜」

 

 シュテルさんによる「事前カンニング」という衝撃的な提案――は、耳を疑う内容だけれど、実績ある方法…らしい。
この場にいるほとんどのOBぜんいんが苦笑いを浮かべているけれど。
…しかし超常の力たる魔法が使えるのであれば事前カンニング――事前にテストの内容を盗み見ることも不可能ではないだろう。
…ただ相手――テストを作ったまもる教師もまた魔法が使える――
――それもひよっこなどではない熟練の魔法士を相手取るとなれば机上の空論にもほど近い――
…が、これだけの人材が集まっていたのであれば、難しくとも不可能ではなかったのだろう。

 事前にテストの問題を把握しておく――それは間違いなくどんな手段よりも確実だろう。不正以外の何でもないけれど。

 

「………その話を教師おれの前でするとはいい度胸だな?」

「……いや…さしものウチの妹でも一人じゃムリだと思うよ?」

「…それはどーだかな。四精霊の力を借りればいくらでもやりようはあると思うが?」

「あー……それは確かに……」

 

 賢者・ルーファスによりNRCの守護を任された四柱の精霊――エストさんたち。
彼女たちの力を借りれば、私一人であっても荒唐無稽な事前カンニングは可能だろう――と言うのは、
おそらくカンニングそれを受けて立つ立場にあるだろうデイヴィスさんだった。

 エストさんたちの能力ちからの詳細は知らないけれど、
NRCの守護を任されるほどの精霊なのだから、人の範疇を超える特別な力があっても不思議はない。
であれば、その力を頼ることができれば事前カンニング――もとい、期末テストの突破は難しくとも「不可能」の三文字は消えるだろう――が、

 

「だとしてもそんな不正コトしない――…というかそんなことエストさんたちにさせられないよ」

「…頼まれた方は二つ返事で応じるだろうけどねぇー」

「……精霊…だから、なあー……」

 

 不正を働くつもりはない――以前に、エストさんたちを巻き込むのは筋が通らない。まして不正を犯すという上で。
――がしかし、その善悪かんがえこそ精霊たちには知ったことではない、らしい。

 まぁ……利己のために他者に危害を加えるとかいうワケじゃなく、
子供がくせいの学力試験でズルをするだけ――…と考えれば、人の常識の枠外に在る精霊ならかるーく応じてくれそうな気はする。
ただだからって、その感覚のズレに甘えて不正を犯すつもりはない――し、

 

「二週間、本気でやれば――全範囲、丸暗記できます」

「「「…………」」」

「……頭良いんだか悪いんだか…」

「…いや、常人の記憶力アタマじゃあ到底真似できない荒業でしょ…」

 

 学ぶということは、知識を自分のモノにするということ――であって、テストで高得点を得ること、なんていうのは本義ではない。
それはあくまで過程オマケであって、知識を蓄えることで自身の可能性を広げる――ことが、学ぶ事の本義――だと私は思っている。
…だから、テスト範囲を丸暗記・・するというのは「学習」という観点において、下の下もいいところのアホな方法ハナシ――なのだけれど、
だからといって真面目ゆうちょうに学んでいては、知識は身についてもテストの点数がボーダーラインを超えることはない。
…それではここまでの無茶が無駄になる――当初の計画通り11月に正式な公演を滞りなく行うためにも、この「不正」ばかりは避けて通れなかった。

 

「…クルーウェル先生・・、テストを丸暗記で済まそうとしてる生徒ヤツがいるんだが?」

「……入学して、一年と二ヶ月が経過している駄犬なら躾けなおすところだが――…
…一応、努力じりきで乗り越えようとしているし…な」

「……ハッ、俺たちの事前カンニング“コト”を思えば十二分に真っ当か」

「…まったくだな…」

 

 軽く笑いながら過去を語るフェガリさん――と、それに何とも言えない表情で肯定を返すデイヴィスさん。
若き日の自分たちの行いを笑う二人――…それは良いこと、なのだけれど――

 

「…………事前カンニングそれって……フェガリさんたちも噛んでたんですか…?!」

「…まぁ――」

「――なぁ?」

「てか言い出しっぺ俺だけど、最終的に指揮おんどとったのフーさんよ?」

「――緊張感のかけらもない教師ぐうたらどもには、イイ灸になると思って――な?」

「ほ……は、ふぇ……」

 

 急に剥き出されたフェガリさんの傲慢さじゅうせい――に、思わず間抜け極まりない声が出た。

 端からフェガリさんが所謂「優等生」ではないと知っていた――
――とはいえ、悪戯に不正を犯すような人はないと思っていた。…いや、ある意味で私の想像は当たっていた――
――緊張感のかけらもない教師ぐうたらどもへの灸、という生徒が謳うには幾分思い上がった理由があっての行動だったのだから。

 …ただだからって、思うところがあったとしても生徒の立場で普通は行動に移さないだろう――が、
…そこは神子バケモノの気性なのかなぁ………。

 

「………ドラコニアに正式にまっこうから喧嘩売ったバカが利口ぶってんじゃねーよ」

「っ、バッ――ぃ、いや違っ…!喧嘩なんて売ってませんよ?!」

「…お前につもりもなかろうと、周りはそう思わねーってハナシだ」

 

 寮対抗マジフト大会における試合ルールの改定において、
マレウス殿下の圧倒的が過ぎる実力を「問題」として取り上げた――けれど、マレウス殿下個人をどうこうという話じゃなかった。
あくまで「成人の試合参加」という不公正さを主張するにあたって適当過ぎる人物であったというだけで、
マレウス殿下こじんに対してこじん的な思惑はまったく無かった――が、…フェガリさんの見解は正しいだろう。

 

「………」

「いや、おにーちゃんはノー問題よ?茨の谷とは職務的に接点無いから」

「ぇ………なのにアロガンスの関係者ってだけで敬遠される事実りゆうって……」

「ん?だからそういうことよ――アッチが先入観にがていしきで敬遠してるの」

「ぇぇ――………………ぇ、ぁ、も、しや――…事を荒立てたんです?私…」

 

 接点はないが、その経歴と評判から敬遠している紅のアロガンス――
――その関係者によって寮対抗マジフト大会への成人マレウスでんかの参加を「問題」にされた・・・――と、
茨の谷あいて側が解釈したのなら、これは先手けんか打たふっかけられたと思われても仕方がない。
問題はマレウス殿下そこじゃない――としても、ことこういう問題コトにおいて確認じじつが蔑ろにされるのが常だから。

 …しかしそれはともかくとして、不可侵的なことで不和でも平和を保っていた――
――のに、当事者でも何でもないまったんが開戦ののろしを上げちゃった感じ……ですか、コレ…?

 

「…もーフーさんってばウチの妹イジメないでくださるー?」

「へ?」

「…イジメてねーわ。コイツが向こうの猜疑心煽ったのは事実だろーが」

「猜疑心、ねぇ――…俺には窮鼠・・の虚勢にしか思えんのだケドねぇ〜」

 

 その通りだろうフェガリさんの見解を、茨の谷あいてが抱いただろう猜疑心を、
愉しげな笑みをニヤと浮かべて「虚勢」と言う兄さんの姿は――…どうしようもなく自然体だった。
歯牙にもかけない相手――というのではなく、おそらくなんであれ文句があるならかかってこい――というスタンス、なんだろう。
ただそれは、逆を言えば――

 

「……アロガンス団長、滅多なことは言わない方がいいぞ――ほら、シヴァがお冠だ」

「ぇ?は、ちょ、ま゛っ、シヴァちゃ――ォあ゛っつゥーーー!?!!?

 

 穏やかな笑みを浮かべてパーシヴァルさんが兄さんに警告の言葉を投げた――とほぼ同時、
パーシヴァルさんの肩から兄さんの顔面目掛けて飛びかかるのは、パーシヴァルさんの警告通り――
――纏う炎をパチパチと散らすサラマンダーのシヴァ、だった。

 精霊使いの適性うんぬんで熱さ冷たさは無効化されると聞いているけれど――…たぶんコレはそういう理屈コトじゃあないだろう。
…妖精族と精霊族は親しい関係にあるのか、それとも国家間的なハナシなのか――
…いずれにしても、私はもうだいぶ名前ちからの使い方に気を付けないと…!だな…!

 

「! は、はい」

「先の寮対抗戦の一件で、茨の谷が紅のアロガンスに対する警戒を強めたのは事実――
――でも世論は『ルール改定は英断だった』って評価しいってる。
のやり方は確かに強引かつ乱暴だった――けど公正だった。だから――積極的にケンカ、売っていきなよ」

「…――だから?!喧嘩売ってませんってば!」

 

■あとがき
 兄世代は、夢主とは違う意味でだいーぶやんちゃな面々でした(笑)
大概言い出しっぺはオニーチャンなものの、事を大きくするのは興が乗ったか、癪に障った前団長殿(笑)
基本的にファンタピア一派は保守的な旧体制的組織に対して否定的なのでやんちゃが止まりません(笑)