「……ホントに、いいの?」

 

 心配そうな表情――ではなく、どこかつまらなそうな表情で「本当に」と確かめてくるのはシュテルさん。
二週間後に控えた期末テスト突破のため、
魔法実技他の教員免許を持つシュテルさんじぶんが家庭教師として勉強を見てあげる――と提案されたのだけれど、
既に稼働している楽団の長が一週間以上も不在になるのは問題だろう――ということで、厚意だけを受け取ることにしていた。
一応、楽団を抱えるリゴスィミ劇団の長であるフェガリさんからも「問題ない」とは言われたのだけれど――

 

「校内に頼る先アテがありますので――心配には及びません」

 

 ――と言って断っていた。
頼る先が近くにあるにもかかわらず、わざわざ遠くの役職持ちを頼る理由――がない。
もしも私の記憶力なり要領なりが悪かったなら、恥を忍び、罪悪感を呑んで「お願いします」と頭を下げるところ――
――だけれど、幸い私の頭は記憶力も要領もそこまで悪くはなくて。
であれば、より他人に負担のかかる「わざわざ」な方針を執る理も利もなかった。

 

「…――世話の焼き甲斐のない後輩だね」

「………え」

「思ってないから。学生時代とうじそんなこと思ったためしなんてない――から、俺たちの代で終わっやめたんでしょーが」

「…ぇ?」

「…ゼッちゃん、ヒトの気持ちって変わるんだよ――でなかったら、俺が教員免許を取る道理が立たないでしょ?」

「…は?単に封本閲覧と魔法行使権限が欲しかっただけでしょ」

「………それも、あるけど――さ?」

 

 後輩の世話を焼きたかったと言うシュテルさんの言葉を真っ向から否定したのはリュゼさん――
――で、それに対するシュテルさんの反論はほぼ無いに等しい――…ところを見ると、リュゼさんの動機いいぶんが正しいらしい。

 なるほど、魔法学関連の教員免許にはそういう付加価値とくてんもあるのか――と感心しつつ、
わざわざ理由を付けてまで世話を焼こうしてくれるシュテルさんの面倒見の良さをありがたく思いながら――

 

「シュテルさん、大丈夫です――今回は・・・記憶力勝負なので…!」

「「あー……」」

 

 要領あたまの悪い努力家しゅうさいの禁じ手――ではあるものの、
今一番の問題はボーダーラインを超えられるか否かなのだから、手段は選んでも方法は選んでいられない。
そしてこの丸暗記ほうほうでことを推し進めていく――のなら、優秀な教師の有無は大きなプラス要素にはならない。
教師の手腕が問われるのは生徒に新しいわからない事柄を理解させる事――なのだから、
理解を捨てて暗記を選んだ今回に限ってはほぼ無用の能力モノだった。

 

「……そんなに世話焼きたいならヤマ張ってやんなよ」

「あ〜確かにシューくんのヤマソレ、優秀だよねぇ〜」

「…はーー……ソレは実際に授業受けてたから――日々の人間観察のタマモノ、だよ」

「………なるほど…」

「「「……」」」

「…なら可能だろうさな――二週間もありゃあ」

 

 テスト範囲を丸暗記すれば間違いない――のは事実だけれど、無駄が多いのもまた事実。
だけれど事前カンニングなどという不正を犯すなど許されることではないのだから、
大人しく全てを頭に叩き込むしかない――と思っていたけれど、そういえばヤマを張ると“そう”いう手があった。

 一対一――こちらの全てを知り尽くした教師あいてとのヤマはらの探り合いとなれば、二週間程度ではとても情報が足りない――
――けれど、私の事を知らない上に、多数の生徒を対象あいてにした教師の問題テストであれば、それなりの精度のヤマが張れるだろう。

 これなら――

 

余裕きぼうが見えてきました…!」

「…授業を教師の品定めに使おうとしてる生徒がいるぞー」

「…フン――そういうつもりなら受けて立つまでだ」

「――あ、魔法薬学についてはダンさんからご教授頂いているので真面目ふつーにやります」

「…」

 

 わざわざなことを――デイヴィスさんを煽るようなことを言ってくれるフェガリさん――ではあったものの、
実のところデイヴィスさんが受け持つという魔法薬学に関しては、既に私はそれなりの知識を備えていたりした。

 ファンタピアのあれこれの合間を見て足を運んでいたのは植物園。
暖かな日差しを浴び、草花を愛でる――息抜きのために訪れていたのだけれど、
その中で「いずれNRCに通うなら」とダンさんが魔法薬学に関する事柄をポツポツと教えてもらっているうち――勉強そっちがメインになっていたという。
…元々薬学については感心も知識もあったから、ダンさんが感心するくらい理解が早くて――
――「問題ないですな」と基礎については太鼓判を頂いている次第だった。

 そして――

 

「……錬金術も、ふつーにやれる知識量レベルだと思うぞー…?」

「……――なんっ…だと…?!」

「あー…偏りあるカモだけど、ヴォルス兄さんの指導のもとルーファスの研究日誌読み解いたんなら――…ねぇ…」

「……今更思えば、テストコレを見越していたんだろうなぁ――…わざわざなくらい、基礎から解説してたから…」

「ぅわあさっすがあ」

 

 ――そう、実は錬金術に関してもちょっと自信があった。

 錬金術に関する基礎知識はパーシヴァルさんの言う通りヴォルスさんから懇切丁寧に教えてもらって――自分のモノにした。
そしてシュテルさんからざっくりとではあるけれど今回のテストの内容はんいについて解説してもらったところ――ざっくり理解った。
おそらくこの感じなら二週間と言わず授業に追い付き、テストのボーダーラインを突破できる可能性も――極めて高いだろう。

 ――あああと、実践魔法と魔法解析学、それと魔法史については、ワースさんから大まかにだけれど基礎は教えてもらっているので、
知識ゼロでスタートする残りの教科よりはきっとボーダーラインの突破は困難ではないだろう。
…とはいえゼロスタートの教科の方が多いからなぁー………。

 

「………ジョンの赤点回避よか簡単な気がしてきたな」

「…ちょっ――ダンチョー!!?」

「「ぁあ〜」」

「ニ、ニヤニヤすんなし…!!」

「…昔は・・、偏ってたからなぁー…ジョナサンの知識は……」

「しっ、しみじみ言わないでクダサイよ…!」

 

 なんとも言えない呆れ交じりの笑みを浮かべフェガリさんが「ジョンの赤点回避」と持ち出せば、
ジョン――が愛称なのだろうジョナサンさんが非難の声を上げる。
フェガリさんの発言に、シュテルさんとリュゼさんがやや意地の悪い色を含んだ声音で同調し、
パーシヴァルさんは苦笑いを浮かべながらもどこか懐かしそうに肯定を返すと、
それに対して件のジョナサンは制止だろう言葉を返す――けれど、否定の言葉を口にしなかった。
…意外なことだけれど、本当にジョナサンさんの知識は偏っていて――赤点を取りかねない点数せいせき…だったようだ。

 先代及びリゴスィミ劇団において、舞台装飾などの制作を担当しているジョナサンさん――が学生時代かつて所属していたのはイグニハイド寮。
イグニハイド寮は、オクタヴィネル寮とスカラビア寮のように明確に「頭脳派」とは言われてはいない――ものの、
死者の国の王の勤勉な精神に基づく寮――だけに、知能派寮に次ぐインテリ寮で通っている。
おそらく、そのフレコミに間違いはない――…のだろうけれど、
ジョナサンさんの場合は才能に付属するひぼんの知識故に学力テストには反映されなかった――のだと思う。
…にしても赤点回避――……って?

 

「……」

「ああうん。裏方は部活と同じ扱いで赤点取ったら活動停止――ただウチはファンタピアはこごと」

「ファ?!」

「ぇ……………ぁー…ぅん…?…もしかして…グリちゃん…筆記試験、受ける…の?」

「…一人と一匹で一人前の生徒――だが分業制ではないぞ」

「ぅわ」

「くっ…!自分より不安なヤツ出てきた…!」

 

 聞いてない――し、訊いかんがえてもなかった。でも活動に関わる縛りが、演者だけに課される――なんて、冷静にならずとも不自然な話だった。
平等――まで言わずとも、全員に何かしらの「制約しばり」が生じて然るべき。
だから、運営部門うらかたにも活動すための「条件」が発生するのは当然の事――なのだけれど、

 

「…――グリム――…と、ついでにユウのテストことに関しては、担任である俺が預かる」

「!」

「担当クラスから赤点を出したとなれば――俺の評価に関わるからな」

「………素直でないのぉー」

「…本心――だッ」

 

 ニヨと笑みを浮かべながら「素直じゃない」と言う兄さん――の尻に、デイヴィスさんは否定の言葉と共に蹴りを入れる。
そしてそれはしっかり本気だったようで、その一撃を貰った兄さんは「ぎょえ!」と情けない声を上げた――
――けれど、そこは荒事担当ほんしょくといったところのようで、体勢を崩すこともなく「も〜」と不満を漏らしながら自分の尻をさすっていた。

 …たぶん、デイヴィスさんの本心ひていに嘘はない――自身の評価を保つために生徒の成績に気を配るのは教師として当然の事だから。
ただ、生徒のためではなく自分のため――という点については教え導くきょういく者としてこころがまえにマイナス評価だろう――
――けれど、成績それさえ気にもしない教師がいる現実を思えばマシ。
でも、兄さんの指摘が間違っていないのであれば、デイヴィスさんの教育者としての心構えこころざしは十二分だ。
生徒の将来みらいを想って――時間じしんを費やすことを厭わない、というのだから。

 ――さあこれで、二週間後さきへ向けての不安の種が無くなった――わけだけれど、

 

「月末の公演、呼ばれずとも見に来るからな」

 

 ファンタピアと外界を別つロビーのゲートに向き直り、フェガリさんが宣言したのは――新代の公演観覧の旨。

 新代のお披露目公演にはワケあって足を運ぶことができなかった先代リゴスィミの団長殿が、
ついに新代の品定めこうえんにやってくる――となっても、腕によりをかける必要はない。
そして気合いとて、既に入っているのだから「だから」と入れ直す必要はない――
――が、同列どうぎょうの挑発を呑み込めるほど、私は冷静でも温和でもないのです。

 

「では、招待状を送らせていただきますので――必ず、来てくださいね?」

 ファンタピアのロビーにて、兄さん及びパーシヴァルさん&グレイさんきょうさんしゃ、そして先代リゴスィミ劇団メンバーの帰還を見送り――
――その足で向かったのはオンボロ寮の食堂兼ダイニングキッチン。

 …とうしょの予定では、夕食は兄さんたちを含めてのはずだったのだけれど、
事情が変わって――というか、兄さんたちが事態を鑑みて遠慮したため、夕食前の解散と相成っていた。

 個人的にはありがたく、マネージャーとしては申し訳なく、そしてオンボロ寮生としては――気まずかった。正直言って。
――とはいえ、それを誤魔化すのみこむ程度はワケもない。
頭の中を面倒くさいアレコレが駆け巡り、苦い感情が顔に浮かぶ――が、それもダイニングへとつながるドアに手をかけた瞬間にはリセットされた。
 

 間違いなく、現状に対して多くの悩みを不安を抱えているのはユウの方――だというのに、
私がユウの対応ことで悩んでいると察さおもわれるのは、大変よろしくない。
年上わたしの自負――とかいう問題ではなく、
人を思えるユウなのだから「自分のせいで」なんて思ったらなおさらに思い悩むはず………私の自惚れでなければ、だけれど。
…いっそ、自惚れ“そ”の方が気も話も簡単なんだけどナー…。

 

「ただいま戻りました――……………ェ…」

 

 心の中で意を決し、ドアノブを回してそれを押し、ダイニングキッチンへの足を踏み入れた――ところ、
私を迎えてくれたのは、職長のジェームズさんと調理担当のペニーさんと、二分の一寮生であるグリムくん――だけ、だった。

 ぇ……ちょっと待って欲しい…。ぃやうん…。正直なところちょーーーっとだけホッとしたような感情があるのもホントなんだけど――ちょっと待って。

 

「……」

「頑張りすぎて疲れたようです」

「…………そ、れは………方便、ですか……」

 

 いるだろうと身構えていた存在かおがない――故に奔るモノは戦慄。
まさか、そこまで敬遠されているのか――と、口からボロと漏れる本音といはストレート。
体が冷える感覚を覚えながら問いを投げた相手――ジェームズさんの答えを待っていると、ジェームズさんは少しも表情を変えず――

 

「…いえ、疲れたのは事実でしょう――現にグリムもこの有様です」

「ふなぁ〜〜〜…………」

「ゎ…あ〜……なんと満足げな寝顔……」

 

 いつもの定いちに座り、満足げな笑みを浮かべたかおをテーブルに預け、
フォークを片手によだれを垂らしているのは――完全に夢の世界へと旅立っているグリムくん。
おそらく文句を言いながらも、言いくるめられてなんやかんやでハロウィーンウィークの片付けに参加し、
その報酬ねぎらいとしてテーブルに並べられたご馳走の数々をたらふく食べて――満腹感に酔いしれるうち、睡魔に誘われ眠りの海へと沈んだのだろう。

 ――だとすれば、ユウもグリムくんと同様に疲れていて、
空腹よりも睡魔に勝つことの方が難しくて部屋に引っ込んでしまった――としても不思議はない。
…違和感はあるけど……ねぇ…!

 

「…食事についても、適当に見繕って届けてあります――心配ありません・・・・・・・

「……」

 

 きっちりねん打っおしてくるジェームズさん――に、思わず渋面になる。
ユウが疲れて食事よりも睡眠を優先したのなら――心配ない。
そして仮に空腹で目が覚めたとしても、部屋に食事が届けられているのなら――心配ない。
確かに、ジェームズさんのおっしゃる通り、現状ユウを心配する要素はない――表面上は。
だけれどその裏側に潜む不安の影は色濃いはずで――

 

「…飼いならす覚悟があるのなら、止めはしませんが」

「っ――……そーゆー言い方しますか……」

 

 ジェームズさんの方針に倣う気配を見せなかった私に、ジェームズさんが投げた条件ことばは「飼いならす覚悟」――なんて、物騒なモノ。
…だけれどそれは道理の通った言い分だけに、跳ね返すことは――己が矜持を犯すが故に許されない。
釈然としない――が、覚悟じょうけん決められのめない以上は、黙って引き下がるしかなかった。

 …厳密なことを言えば、覚悟を決められずこれは引き下がるのもこれで我が矜持を犯す情けない選択――
――なのだけれど、だとしても私の矜持みがってのためにユウの可能性を喰ってのんでしまうのは――…あまりにもつまらもったいなかった。

 

「――では、グリムは自分が運びます」

 

 そう言って、テーブルの上で気持ちよく爆睡しているグリムくんを抱き上げるのは――ペニーさん。
瞬間、女々しいセリフが脳裏をよぎった――けれど、それをなんとか飲み下して笑顔を作り「お願いします」と返せば――
――ペニーさんから返ってきたのは実にシンプルな苦笑いだった。

 

■あとがき
 OB陣が、ようやっと帰って行きました。もう、しばらく出てこな――…ぁ、月末公演のくだりどうしよ…(汗)
これでオリキャラ大放出が収まる――…と見せかけて、今後はオリ生徒とオリゴーストがニョキニョキ出てきます。なんでだよ!!
…公式主と行動が重ならないってなるとね、その間(ストーリー)を埋めてくれる相手がどうしても欲しくなってしまうのですよ…(苦笑)