一晩経てば、大体の物事は落ち着く――としても、大体それ以外は落ち着かない、ということでもある。
そして、今回のユウの一件は――大体以外こうしゃ、なのだと思う。…ただ正直言って、ユウが私を避ける理屈りゆうが未だに腑に落ちないのだけれど…。

 嫌悪ではなく好意から相手を避ける――…その感覚は分かる。
憧れこういがあるからこそ、緊張や不安を覚えて尻込みしてしまう――
…つい最近目にしたチェカ君の幼馴染み・リウちゃんの躊躇はんのうがまさにそれだった。
相手の前に出て行くことにさえ不安を覚えてしまう――のは、相手に近づきたいという気持ちが強いからこそ。
しかしその不安は、往々にして「会いたい」という原点の願いに塗り潰され、払拭できる不安モノ――の、ハズなのだけど、
……ユウの心境ばあいは、往々ふつうの枠内に収まらなかった……らしい。……まぁ、色々色と前提も事情も特殊だから……なぁ…。

 

「……」

 

 好きなアーティストとの対面――それに緊張と不安を覚えるのは普通の事。
だけれど、それが過ぎてその機会を棒に振る人――は、そういないと思う。
であればやはりユウの面会拒絶はんのうは――…やはり、おかしいだろう。

 私が何者であるか知らなかった――とはいえ、既に私と顔を合わせている――通り越し、同じ屋根の下で生活してきた間柄だというのに、
同居人わたしが「好きなアーティスト」だと知ったことでそれまでの友好度がリセットされてしまうなんて――
…さすがに「仕方ないよねー」と頷くことはできなかった。

 接点が少なかった、2〜3日そこらの短い期間だった――なら、疑問もない。
だけれどもう二ヶ月近く生活を共にして、更にあれだけのすったもんだの末に「関係」を築いたというのに、
少しばかり前提が変わったというだけで、ここまで崩れてしまうなんて――…
……、噛み合うものがあったという感覚にんしきは、私の一方的な思い込みだったんだろうか――…いや、違うと思うけど。

 

「――ア…レ?…姐――サンっ?!じゃ――ないスか!!?」

「エ、うそぉ――ア?!ホンっ――オっ、おはよーございまっス!!!」

「ェェェきゅ、急にどうしたんスか?!…ま、まさか……抜き打ち視察?!」

 

 サバナクロー寮は高台に造られたマジフト場に足を踏み入れる――
――と、私の存在に気付いた寮生たちが「ギャア!」と恐怖と喜びが混ざった声を上げる。
そしてそれによって私の存在を認知した寮生たちは、私の来訪に怯えた様子を見せ――ながらも、
躊躇した様子もなくこちらへ駆け寄ってくると「急に」「どうして」と私に来訪のワケを問うた。

 

大会アレ以来、様子を見に来ていなかったので――…今更ながら、様子を見に来ました」

 

 レオナさんに対して思うところがあった――そのついでにサバナクロー寮のボスの座を奪い、
その立場を名分にサバナクロー寮の選抜チームに手を入れて、
それによって寮対抗マジフト大会に一石を投じた――ことで、もうサバナクロー寮このけんに関する私の目的は達成されている。
だからもう、目的を達成するためのツールであったサバナクロー寮に用はない――…のだけれど、私には「事情」というモノがあった。

 情とはこちらの一方的な厚意の押し付け――
――だから、不要と撥ね付けられない間は、サバナクローチームの成長に関わらせてもらおうと思っていた――
…のだけれど、タイミング悪くというのかハロウィーンの無茶アレ苦茶ソレので、情に絆されてる状況じゃなくなって。
不義理ひじょうを理解しながらも、私は大会アレ以来サバナクロー寮かれらの様子を見に行くことさえしていなかった。

 準優勝――よりも、ディアソムニア寮を追い詰めるまでに至った健闘を称え、その努力を労いたいと思っていた――けれど、それをしなかった。
…休憩時間を使えば、いくらでも顔を出す時間は作れたはずなのに――

 

「――…いや……今更というか………のタイミングでよかったっていうか……」

「………はい?」

「イヤ、あの、一応…大会の後も朝練続けてたんスけど――…その内容ってのがグタグタで……」

 

 頭やら頬やらを気まずそうにかきながら、自嘲と呆れ混じりに自分たちの事情を語るサバナクロー寮生たち。
…曰く、しっかりと檄を飛ばしてくれる監督者がいなくなったことで緊張感が無くなった――
――上に、統率が乱れたことによって小競り合いが起こって練習が滞ることもしばしばあり――
…監督者不在ではじめた朝練は、だいぶグタグタな練習ないようだったのだという。
…でも今は、そうではなくなっていて――

 

「…パレードのリハーサル見て思ったんスよ――今のままじゃ、なにも言えねーって」

「――…」

「根性叩きなおしてもらったはずなのに、相変わらず誰かの意思しじで動こうとしてる――
…そんなんじゃ、なにを言ったって見限られるって思ったんだ――俺たち・・・は」

「………ん?」

「……みんながみんな、あのパレードを見て感じるモノがあったワケじゃなかった――
…けど、オレたちはあの時の姐さんたちを見て、またこの人と一緒になにかやりたいって思ったんだ――だから…!」

「――レオナ殿下を担ぎ上げて団結・・しちゃうんだから――…大したもんッスよ」

 

 不意に会話に加わってきたのは――少しばかり呆れた様子のラギーくんだった。

 益はあっても得をしそうにもない理由で徒党を組んだ上に、その大将を自分たちの中からは選ばず、
間違いなく扱い難いだろうレオナさんをあえて選んだ――代償を払ってまでレオナさんを引っ張り出しかつぎあげるという彼らの選択は、
レオナさんの傍に身を置くラギーくんだからこそ呆れを覚えるものだったんだろう。
あの一件で、一番のビンボーくじを引いたのはラギーくん――…だもんねぇ……。…自業自得ではあるのだけれど。

 

「…ラギー、お前はそれで得した側だろ」

「いや〜まぁそうなんスけどぉ」

「……得…?」

「そーッスよ〜!今はオレたちもいて、寮長の仕事をラギー一人が引き受けなくてよくなった――んだから!一番得してんのお前じゃんヨー!」

「でもさぁそれって逆に言えば今まで苦労したってことで――」

「…自分から寮長んとこに売り込み行ってたヤツが何言ってんだか…」

 

 ラギーくんが呆れを漏らした――と思えば、それに返ってくるのも呆れ。
…だけれどラギーくんの性格を考えれば、呆れを覚えてしまうのも仕方がないとも思った。

 自分で行動を起こさずとも勝手に仕事が減って余裕ができた――からこそ、
その原因――わざわざな負債めんどうを負った彼らに対してラギーくんが疑問あきれを覚えるのも当然だと思う――
――が、別の問題してんから考えると、新たな派閥を作った上に新たなボスを据えた――場合、十中八九今よりずっと面倒なことになっていたと思う。
弱肉強食を謳うサバナクローの個性ほうしん的に――もだし、他者からの干渉を嫌うレオナさんりょうちょうの性格的にも。
…だから、彼らの行動の理屈は理解する――…のだけれど、まずそれ以前に彼らを動かした「動機」というのが……ちょっと、こう……呑み込み難いというか…。

 

「…みなさんを指導した身としては、その自主性こうどうは嬉しい成長コト――
…なんですが、個人的なことと言うと……申し訳ない、というか………」

「「申し訳ない??」」

「…いや………姐さんが気にすることじゃないだろ??俺たちが勝手に思ってるんだ」

 

 申し訳ない、と言った私――に向けられるのは、寮生たちの不思議そうな顔。
彼ら曰く、私についていきたいという気持ちは自分たちの勝手――だと言う。
…確かに、それはそうだ――けれど、その前に彼らを率いると啖呵を切ったのは――私。
そしてその前提の上で成った信頼関係――そしてそこから発展した動機きもちなのだから、彼らのその気持ちは一方的かってなモノじゃない。
これは双方の信頼から生じた思いなのだから――…それに対して十分に応えることを選ばない・・・・私が申し訳なさを覚えるのは――……偽善、だな。

 

「みなさんのその気持ちは、自分が想っひきいたからこそ成ったモノ――
――そうして成った信頼モノに応えることが我が矜持――…ではあるのですが、…矜持ソレにも優先順位があるわけです」

「「……」」

「…よーするに、サバナクローおれたちよりもファンタピアの方が大事――ってことッスか」

 

 どこか愉しげに、ラギーくんは耳の痛いことを言う――が、それに返す答えは肯定一択。
私にとってサバナクローかれらよりもファンタピアの方が大切な組織モノ――であることは誤魔化しようのない事実で、仮に誤魔化せたとしても益のないことだ。
揺るぎなく、絶対的な決定稿じじつ――なだけに、誤魔化せば誤魔化すだけ問題うみを孕むだけ――
――だからこそ、応えきれない信頼モノにはその決断こたえを返すことが、裏切り者の誠意なのだ――……けれど?

 

「…いや、そんなモン当たり前だろ?こっち学生の集まりで、あっちは大人――ってか社会と金…大事なモンがガッツリ絡んでるんだ。
…そんな大事と同レベルに面倒見て欲しいなんて誰も――…とは言い切れないが、組織としてサバナクローは思ってない」

「………そりゃア大会前みたいに練習見てもらえたらな〜とは思うッスけど…それで姐さんに無理させて、ファンタピアの評判が落ちる…――とか!
ぜってーヤダし!…てか姐さんとマキャビーさんたちなら全然こなせるとも思うんスけど――公演ショーってこなすモンじゃないジャン!!?」

「おうっ」

「――あーハイハイ、個人の意見丸出しだから一回引っ込もうなー?」

「…本音を言えば、前みたいに指揮してもらいたいとは思ってる――けど、それは高望み。
今の俺たちに、姐さんがわざわざ時間を割くまでの価値はないって俺たち自身が思ってる――…
…だから、姐さんが俺たちに対して『申し訳ない』って思ってくれるのは不謹慎だが嬉しいよ――」

「――でも、気に病ませるのは不本意なんだよ。あくまでコレは、オレたちの勝手な願望だからさ」

 

 …なんとまぁ……都合のいいことを言ってくれるんだろうか。
私がわざわざ時間を割くまでの価値はない――それは確かにその通り。
私と共にまた一波乱起こしたいという願いは彼らの一方的な願望――それもまた正しい。
自分たちのことを思ってくれるのは嬉しい、けれど気に病ませるのは不本意――…なんて、都合が良すぎるだろう。私にとって。

 彼らもまた彼らで思うところがある――なら、それを加味して自身の身の振り様を決めるのが妥当だろう。普通は。
でも、私はそれに甘えていい存在じゃない。勝手に手を出した以上、求められずとも手も目も離すことは許されない――
――本来なら選ぶすすむはずのない未来みちに、彼らを引き込んだのは私なのだから。……でも――

 

「――…マネージャー?」

「、エーランさ――……ん?」

 

 馴染みのある声に慣れた役職で呼ばれ、半ば反射で声の聞こえた方への主の名を口にしながら顔を向ける――
――と、そこにいたのは青白いゴースト――ではなく、生前――それも全盛期だろう姿を模しとったエーランさんの姿があった。
思ってもみない状況に「え?」と首をかしげると、なぜかエーランさんまで首をかしげて「お節介でしたか?」と尋ねてきた。

 

「……お節介?」

「……寮生たちの練習を見るとおっしゃっていたので、が必要かと思ったのですが…」

「ぁ、あー…なるほど……応援有り難いです」

 

 人型の姿で現れたエーランさん――の目的は私の手伝い、だった。
サバナクローの練習を見ていた間中、エーランさんには常に指導の手伝いをしてもらっていたのだから、
私が「様子を見に行きます」と伝えた時点で、同時に「お手伝いお願いします」と言われていると思うのも当然ではあった。
…とりあえず、今朝はそこまでガッツリの練習を見るつもりはなかったんですよねぇ――…けじめをつけることが、私にとっては本題だったから――

 

「マネージャー」

「っ…はい」

「……今後も、サバナクローの練習を見るのですか」

「……そう…ですね――……許されるなら、抜き打ちの意味も含めて不定期に顔を出したいと思っています」

「…毎日は、来られない――と」

「………はい」

「…――では、マネージャー不在時には自分が彼らを監督してもいいでしょうか」

「、」

「「え゛」」

 

 極めて平然とした表情で、エーランさんが口にしたのは――彼らしからない申し出、だった。

 そもそもの前提として、ゴーストようむいん生者せいとたちに対し、
「指導」という意味で干渉することは自重するよう指示されている――かつて幽霊監獄を管理していた死霊狩りリーパーの組織から。
それもあり、仮に思うところがあっても、基本的によっぽどのことがない限りは、用務員ゴーストたちは生徒たちに干渉しようとしない。

 その上で、このエーランという人物は出しゃばることはせず次席に控え、上官の指示に応えながらフォローまでこなす――
――自主性はあっても、上官の意思の枠外までは手を伸ばさない、というスタンスの人物なのだ。
そんな人だけに、この申し出は――…

 

「……どういった心境の変化…です?」

「…ある意味、無責任な考えた方ですが――…貴方の下でなら果たせると思ったんです。コーチの役目を」

 

 エーランさん曰く、マジフトというスポーツを知ったのは死後――ゴーストとしてNRCに勤めるようになってからのこと、だという。
しかし云十年もサバナクロー寮で寮生たちを見守っている内――に、興味と共に相応の知識を蓄えていった――が、
サバナクロー寮特有の不干渉のルールから、寮生たちへの干渉アドバイスは許される――というより受け入れられるものではなく、
またエーランさんが指導者としての免状しかくを持っていないこともあり、
これまでずっと見ているだけ、考えを巡らせるだけだった――ところに降ってきたのが今回のコーチ役おてつだい、だったそうだ。

 願ってもない偶然ことに、エーランさんは悔いを残さぬよう、自身の持てるもの全てで今回任されたコーチの仕事に取り組んだのだという。
……しかしサバナクローが掲げた目的――打倒ディアソムニアゆうしょうは叶わずに終わり、エーランさんの胸には悔いが残ってしまった――…というわけじゃないのだそうな。

 

「結果に、納得はしている――けれど、満足はしていない。
だから『もっと』という欲が生まれてしまった――もっと強い後輩サバナクローの姿が見たいと」

「…」

「…このタイミングでの申告は、マネージャーの気を病ませると理解はしています――
…ですが、だからこそ今しかないと思いました――自分が覚悟を決める上で」

「――……はぁ…」

 

 真剣な表情で、私に向かって「自分」の「覚悟」と口にするエーランさん――…に、思惑とか貸し借りとか、ややこしい考えモノはないと思う。
おそらく本当に、自分の都合で自分の「願い」を口にしているんだろう。私の心境など鑑みることなく――…まぁ、それがなによりの気遣いなんですけどね!

 誠意を尽くさない私をサバナクロー寮生たちは受け入れてくれて、
それでも納得できない私のフォローにエーランさんが名乗りを上げてくれた――なら、彼らの提案に応じるのが最適解だろう。
全員が妥協の上での納得とはえい、誰が強い不満を抱えることなく決着がつくのならそれは「悪い」答えじゃはない――
…若干、エーランさんの一人勝ち感が否めないとしても。

 

「イ、イヤ〜…ちょーっとまってくださいよぉー……エーランさんが姐さんの代わりってのはちょーっと話が違わねー…?」

「……コーチが監督に代わって練習を仕切る程度、ままあることだろう」

「尤もッス――それに、エーランさんが監督役コーチについてくれれば不届き者が減って――声掛けおれたちの手間が減る」

「…シシ、一番の不届き者はそれでも相変わらずでしょうけどね〜」

「…まぁ…寮長を引っ張り出すより、俺たちが寮長のレベルについていけるようになることの方が急務さき、だろ。…叶うかどうかはともかく」

「…そこは、我々の役割しごとですね――監督マネージャー

「…」

 

 …一応、まだ私は答えは出していない――のだけど、もう彼らの中では話はまとまった、らしい。

 寮生たちのうちの不届き者いちぶは、エーランさんのコーチ就任を敬遠しているようだけれど、
その理由というのが真っ当な理由ではないのだから、考慮する必要はないだろう。
そして、未だにこの結論を呑み込めていない私の事も――彼らが気にする必要はなかった。

 彼らの中でどういった決着こたえが出たところで、私の認識こたえには関わりない。
私は自分が納得できるよう、サバナクローかれらに不誠実な情をかけるだけ――…彼らが拒絶を示さない間は。

 

「では、まずはウォーミングアップからお願いします――…自分も、寝坊助寮長殿――と、寮区長叩き起こしてを入れてきます」

「あ」

 

■あとがき
 (一部)サバナ生とのお話でした。今後数名がオリキャラ生徒(主にクラスメイト)として、本編に登場予定です(苦笑)
あまり、オリキャラを増やしたくないとは思っているのですが、学校パートが版権キャラだけで進めようとすると不自然でしてな…(目逸らし)