ついに――というかでやってきた初登校。
見慣れていても着慣れてはいないNRCくろの制服に身を包み、
つい先日一週間に亘って毎日3度のパレードを行った道――を、その時とは逆にNRCの本校舎に向かって、私は一人歩みを進めていた。

 最初の内は誰に会うこともなかったけれど、鏡舎を過ぎたところで他の生徒たちとすれ違うようになった――
――が、本来なら遅刻寸前といった時間であることもあり、私の存在に気付かないで通り過ぎていく生徒もいた――が、
やはりと言うべきかで、ぎょっとされたり奇異の視線を向けられることもあった。

 …ただ、この比率は遅刻間際のこの時間帯だから成立している数値モノだと思う。
その理由としては、すれ違う生徒がサバナクロー寮の寮生しょぞくである率が高い――ということは、
接点のある寮に所属する生徒の数が多かった、ということなのだから、これを平均と楽観するおもうのはあまりに浅はかだろう。

 

「……」

 

 たった数百メートルを歩いただけで、様々な感情しせんを向けられた。
…まぁ、こういった「視線」には色々あって諦めがついている――
…けれどそもそも体質的に苦手なこともあって、可能な限り避けて通ってきたもので……慣れてもない、んだよねぇ…。

 でも、不幸中の幸いといったところで、
現状私に向けられる視線は「学生の興味こうき」――その多くがマイナスの感情を含まない視線モノだった。
これならば日々不快感に苛まれて精神を摩耗するようなことにはならない――と思うけれど、
それも今後一切、彼らの反感を買わなければの前提ハナシ、ではあった。

 

「(――ま、ポムフィオーレとディアソムニア相手なら…呑み込めるだろうけど)」

 

 向けられた感情しせんに感じる不快感――その原因は相手の感情の動機りくつを理解できていないから。
知らないモノ、わからないモノに不安や恐怖を覚えるのは、動物にんげんとして自然な事――
――であれば、理解かってしまえばどうということはないのだ。逆説的にりろんじょうは。

 …とはいえ、この感情というのは理屈の枠内に収まるものではなく、
たとえ動機りくつが分かったところで不快なモノは不快――ではあるけれど、理解が不快感の軽減につながることもまた事実で。
故に知った感情りくつで向けられるだろうマイナスしせんには多少理解めんえきはある。
芸能、そして名家エリートの世界で飛び交う――負の感情には。

 

「(学校生活は社会生活の予行練習――…なぁー……)」

 

 家庭という小さな社会しか知らない「子供」は、学校に通うことで家庭以外の社会を知り、
その中で外の世界しゃかいにおける自身の身の振り方というモノのを学ぶという――が、私はその過程を経ていない。
…そも家系かていが小さな社会じゃなかった――ことに色々な要素が加わって、教育機関がっこうに通うことなく大人そとの社会に混じってしまったから。

 同世代の学校しゃかいをすっ飛ばし、大人たちに囲われたり突き放されたりしながら世界しゃかいで生きてきた――
――だけに、社会における身の振り様というのを私は既に修めている。
異世界のこととはいえ「実績」と呼べるモノもあるものだから、知らぬ世界しゃかいであっても渡り歩いていくことに不安はない――
…が、それを修めていない学生にんげんと同等の立場で付き合っていく、ということが未知の経験せかいでして…?

 既に一端の社会人として社会に出ているとはいえ、同世代の人間と関わりがない――わけではない、というかなんなら関わりの多い方だと思う。
ただその接点ばめんにおける私の立場というのが、プロデューサーというアイドルあいてにとって
絶対的に上の立場での関わりなものだから――…普通とは程遠い経験せってんなのです…。
……っていうか、私が接点を持ってるのって詠地ウチの学校に通うアイドルせいとなんだから――
…そもそも「一般人」ですらなかった、なぁ゛ー…。ァあ゛〜〜…本格的に混沌としてきたァ……!

 

「――なにやら、お悩みのご様子だな?」

 

 あれこれと考えながらも歩みを進めて校舎の正面玄関までやってきた――ところで不意にかかった声は知ったゴーストの声。
ほぼ反射で声の聞こえた方へ顔を向ければ、そこには一人のゴースト――警備課の課長であるロンゴーさんの姿があった。

 こちらの胸中を見透かしたような自信と余裕に満ちた表情で佇むロンゴーさんを前に、思わず気が緩んで――

 

「出て……ましたか」

「……クク――ああ、我々・・にはわかる程度、ではあるが」

「…」

 

 留めた上に隠していた弱気――を、顔に出して更にボロと吐き出せば、
それを前にしたロンゴーさんは苦笑いを浮かべて――なんとも微妙な答えを返してくれた。
…ロンゴーさんの言う「我々」とはいったいどこまでを指すのか――…ってまぁ生徒のみなさんにバレなければとりあえず問題ないんですけど……。

 

「子供ばかりの学び舎になにを気負うことが?」

「…ワケ知らぬオトナ子供と同位の立場で生活しなくちゃならないんですから気も張りますよ…」

「――ああ、猫の輪で生きる獅子の生は難儀、というワケか」

「…――お獅子・・・なら、難儀なことはないですよ――…だからこそのの立場だと思うのですが」

「………フっ…!確かにオーナーそれはそうだった――では、マネージャーのお心持ちとは?」

「……血統書付きの犬の輪に放り込まれたチャンピオン犬」

「ふむ――であれば強者チャンピオンとして毅然として振る舞っていただきたいものだな」

「……正論過ぎて返す言葉がございませんぅー…」

 

 ロンゴーさんとのやり取りの末、一周回ってたどり行き着いた答えは――わかりきった正論コト
おいそれとは登れぬ段階かいだんを、早く登って来い――という主張はあまりにも恥知らずおうぼう
何事、登るよりも降りる方が容易なのだから、上が下に合わせる方が建設的――
――ただそこで、自分のラインを下に合わせてしまってはもう上も下もない――から、大変なのだ。
……ただ大体全部私の自己満足だから自業自得――自分で自分の首絞めてるだけ、なのですけれどッ。

 

「美徳も過ぎれば悪徳――だな」

「……いえ、動機から結果までただの自己満あくとくですが」

「…ククっ、ならばマネージャーの認識は相も変わらず甘い・・、というワケか」

「…………ぇ、甘――…ぃー???」

 

 私の認識を、ロンゴーさんは「甘い」と言った。そしてその指摘は、間違っていなかった――と思う。
でも私の「認識のズレ」を指摘する形容として「甘い」という言葉は適当ではなかったと思う。
…まぁ、学生かれたちへの理解が足りていなかった――とえば確かに「甘かった」のだけれど。

 己の理解が及ばない存在、自分と違う存在を、人は多くの場合嫌忌し――自身のコミュニティーの中から排除しようとする。
だけれどその衝動――自身の平穏を守りたいという思いに悪は無い。
分からないモノに不安という不快感を覚えるのは誰だって同じで、それに苛まれ続けることが苦痛であることも、また同じなのだから。
だから、私が排除の対象になってしまうのはやむを得ないこと――なのに、

 

「やった勝ったッ」

「もうクラス対抗とか負ける気しね〜〜」

 

 二年次はB組の教室にて私を歓迎してくれたのは、知った顔ばかりのサバナクロー寮生たち。
…まぁこれは、さすがに予期してはいた。
寮対抗戦さきの一件で、サバナクロー寮は肩身の狭い立場になってしまった――というわけではないのだから、
彼らが自然体で振る舞えば「ワーイ」と迎えてくれるだろうとは思っていた。

 うん。だからここまでは本当に想像の範疇。
だって彼らにとって私は別世界に生きる偶像――ではなく生きしった人間だから。
…でも、サバナクローかれら以外はそうじゃない――のに、

 

「(サバナクローのテンションに面食らってるという風でも……)」

 

 正直なところを言えば、ハーツラビュル寮生に関しては、好感寄りの感情を向けれらるのでは――と思っていた。
リドルくんの一件がどう転ぶかはそれぞれ――とはいえ「白薔薇」なんてわざわざな呼称を付けられているなら、敵意を向けられる可能性は低いだろうと。
だから、何か話したそうにチラチラと気にされるのは――…まぁ、不思議ではなかった。

 …そしてそれは、プレ公演の時にコンタクトを取ろうとしてきたオクタ&スカラずのうは寮についても同様。
何かしらの思惑があって「ファンタピアのマネージャー」との接点が欲しくてそのきかいを伺っている――と思えば彼らが私を気にしていることに疑問はない。
…そういう意味で、ポムフィオーレ寮生の視線が控えめなのが不思議だった。

 

「――おい、先生来るぞ」

「は?来んの早くね?」

「いーから散れ散れっ。初日からセイラーに目ぇつけられたらどーすんだっ」

「はいはいはいはい」

 

 教室に一時限目の担当教師が近づいていると報が上がると、私の周りに集まっていたサバナクロー寮生たちが足早に散っていく。
その解散の早さに思わず「そんなにですか?」と隣に座っているサバナクロー寮生に尋ねれば、
犬耳の彼は笑みを引きつらせて「そんなにッス」と呆れ混じれに答えを返してくれる。
…まぁ、教師陣に関しては、二週間後になんとしても口出し無用の結果を申請するので、
一人や二人に目を付けられたところでどうということはないだろうけれど――

 

「既に目ぇつけられてるお前が隣にいる方がメーワクじゃね?」

「あ!ナイスアドバイス!よしっ、席代われ代われっ」

「は?!ヤダし!今日俺は姐さんの隣で生まれ変わるんだよ――授業中だろうと眠らない優等生になァ!」

「……お前の優等生の基準…さすがに低すぎないか…??」

「………居眠りを悪いことと自覚して、改善しようという気持ちは買います――ので、大人しくお勉強してくださいね」

「…え、勉強まで?」

「綺麗な目をしてなにを言っているんだ君は」

 

 サバナクロー寮は肉体派が揃う運動強豪寮――だと知ってはいたけれど、ここまでとは思わなんだ。

 教育機関で学ぶ知識――いわゆる一般教養というものは、多少欠落していたところで多くの場合、社会生活・・の足枷にはならない。
その欠落が足枷になるのは、学歴が大きな物差しとなる就職活動、及び結婚活動。
…しかし彼の場合、その欠損を補う個性がある――マジフトスポーツ選手としての道も夢ではないのだから、
「勉強ができない」という要素ことは彼の人生において大きなマイナスにはならないだろう――が、

 

「自分の隣に座る――というなら、なんであれ怠慢は許しません」

 

 サバナクロー寮のマジフトの練習を見ていることの延長で、寮生たちの勉強なりを見る――気はない。
けれど授業を受けられる体力キャパがあるのに、それを気分で放棄する怠惰こうどう――を、真横でされるのは、さすがに我慢ならなかった。
別の事に全力を注いだ結果、勉強そっちのけで大居眠りをかましてしまった――というのなら、いっそ清々しく受け入れられるが、
理由なく気分で努力を放棄する――端から成長の可能性を棄てることが、私には気に入らなかった。

 誰が誰の傍にいようと当人の勝手――なら、他人の存在を拒否すること、そして傍にいる相手を選ぶこともまた当人の勝手。
――であれば、私は自分の傍にちゃんと授業を受けない存在を置くのは嫌だった。精神的にも、視界ぶつり的にも――気が散るから。
勝手な言い分――だが、譲るつもりはなく、「いいですね?」と念を押せば、

 

「――ぅ、うッス!」

「ん――ウィリスくんもですよ?」

「、はーいっ」

 

 思いがけず返ってきたのは素直な了解こたえ
反発されるとも思っていなかったけれど、それでも不満を含んだ苦い声が返ってくると思っていただけに、
不満を呑み込んだ彼らの返事は正直意外な反応こたえだった。

 返ってきた応えこえを良し良しと嬉しく思う――と同時に、どうしても過ってしまうのは「なぜ」という疑問。
彼らのマジフトにおけるプレー、そして練習での立ち回りを見た限り、彼らの地頭というのはけして悪いモノではない。
だから勉強をする癖が身につけば、そこそこ以上の成績につけるはずなのに――…なぜ、誰ものそ可能性を拾い上げなかったのか。
…まぁ、得意に極振りして、それ以外全部を捨てるというのも、ナシではないけれど――…それで「エリート」とは笑わせる。

 

「(――…やっぱり、一番おかしいのはディアソムニア……だな)」

 

 教室へと入ってきた教師の姿を横目に感情しせんを探れば――私に向くソレは知ったものばかり。
…プライドが高い上に、関係者のアレコレがややこしいディアソムニア寮――の寮生ならば、
かなりはっきりと敵意なり対抗意識なりを向けてくるだろうと思っていたのだけれど、その予想に反して彼らの視線はほとんど私に向けられていなかった。
……アレ?これってアレか?自意識過剰ってヤツです??

 

「(……まぁ…気にされてないなら、摩擦も起きないだろうから――気楽でありがたいけどね)」

 

■あとがき
 初登校とクラスでの様子(?)でした。サバナ勢との接点が(悪い方向に)活きております(苦笑)
今回夢主の隣に着席した二名は、今後も本編にゴリゴリに登場予定です。…ラギーくんが絡んでくれないから(目逸らし)