さすが――と言うべきか、やはり経験者OBというのは凄い。
経験の上に成るアドバイスは、驚くことに現役の生徒のそれよりも確か――
……いや、コレに関しては、頭脳派と肉体派って時点で論点ハナシが違うか。

 OBたちのアドバイスを胸に、在校生のフォローを受けつつ過ごした人生初の学校生活は、
不自由も無ければ問題が起きることもなく全日程を終了し、
私は無事、学生の青春タイムじゆうじかんである放課後を迎えていた。
 

 ――本来なら、オンボロ寮に戻って、
今夜の練習の下準備やら今後の公演のプログラムそうあん作りやらをするところ――なのだけれど、今に限っては事情が違う。
二週間後に控えた期末テストの範囲の知識ないようの半分以上を持ち合わせない学生に「平時ほんらい」などと語る資格はない。
明らかな異常事態を前に、平常心を保つことは大切ではあるけれど、
だからといって平時いつも通りに過ごしていては――問題いじょうに呑み込まれるだけ。
では、そうならないために取るべき行動とは――

 

「いやはや暗記で対処できる教科が多くて助かりますねぇ」

「……そんなことを言っていると、証明きじゅつ問題でミスをしてしまうよ」

「…いえ、数学以外は答えが定型なので丸暗記問題あんけんです」

「……」

 

 綺麗まとめられたノートから一旦目を離して横に顔を向け、
親指を立てて「問題無い」と答えを返す――と、隣に座っているリドルくんに思いっきり呆れられた。
…いや、まぁ、私も平時ほんらいならそんなやり方を自信満々に語られては呆れ果てる――のだけれど、
如何せん先のハロウィーンウィークの時と同じく、ノルマ達成のためには手段は選んでも、方法にまでこだわってはいられないのですよ…!
 

 結果によっては、ファンタピアの運営に致命的な支障をきたすことになる――定期試験。
合格ラインは満点――ではないけれど、ほぼそれに近い水準てんすうの上に、全てにそれを求められるのだから、一か八かのヤマなどもってのほか。
取りこぼしがほぼ許されない――となれば、範囲の全てを網羅するのが最善解。
とはいえ効率的ではないし、付け焼き刃は現実的ではない――としても、リドルくんはその「勉強法」で結果を出しているわけで。

 リドルくんと同じ勉強法を今から実践しても遅い――が、
彼と同じ範囲をカバーしていれば、同等の点数けっかを得ることができる――のでは?という仮説は立つ。
本来なら、日々勤勉に勉学というものと向き合っていれば――という積み重ねぜんていの上に成る結果ではあるけれど、
結果だけに焦点を当てて乱暴に理屈を立てればこの方法は成立する。
およそ二ヶ月をかけて学ぶことを二週間で網羅する――のだから、
並々ならぬ努力をしなければ結果に結びつかない、無謀に等しい目論みほうほうではあるけれど――

 

「覚えて答えるだけ――なら、やることは一つで済みますからねぇ」

「………筆記はそのスタンスで問題ないとして――…実技は、どうするつもりだい?」

「それは――家庭教師の元教員OTさんに指導いただくので心配無用です」

「………」

「……元教員の勘でヤマ張ってもらおう――とか、思ってませんよ?ちゃーんと全部仕上げてきますとも」

「………そうだね。…キミの実力を考えれば、心配なんて不要だったね」

「いや………うーん……実戦それ試験コレとでは前提はなしが違うんですけどねぇ…………」

「……まぁ…課題に挙げられる魔法は――」

「何事もない状況下で魔法を使おうとすると、緊張感が無さ過ぎて暴走しがちなんですよねぇー…
…いやー習う前に慣れるのも善し悪しですね!」

「…」

 

 筆記試験に比べれば、実技試験に抱える不安はかなり薄い――けれど、それでも全く無いわけではなくて。
つい流れで、内に抱えていた不安要素を口に出した――ところ、リドルくんから返ってきた反応は「はぁ?」と言いたげな怪訝な表情モノだった。

 …ある意味で、リドルくんの反応はありがたいというか嬉しい反応――ではある。
私が魔法を暴走させる――という現実が予想外いがいだということだろうから。
…とはいえ、私の「万能」とは努力の上になっている成果モノ
才能センスによる習得ブーストがあるとはいえ、何でもかんでも初めから「完璧」にできてしまう――ほどの神子バケモノではないのです。
……プレッシャー・・・・・・の差によって、仕上がりに差は生じますが。

 

「……いや、待ってくれ――…本当に、暴走した…というのかい?キミの、魔法が??」

「ぁ、いえ、制御から外れる――という意味での暴走ではなくてですね?
求められた以上の現象が発現する――という意味でなんですよ。羽を浮かせようとしたら、羽が鳥になって自翔した――なんて具合に」

 

 ぎょっとした表情で「暴走」の真偽を尋ねてくるリドルくん――
――を前に、自分の不適当な表現を反省しつつ、伝わらなかった事実を説明する。

 発現した魔法が術者わたしの制御を外れて暴走したためしは――あるにはある。
ミルさんの下で人形師としての魔法スキルを習得しようとした時には、正直しっかりやらかした。
でも、その前後で行っていた実践魔法の出前授業ではそこまで――というか文字通りの意味での「暴走」を起こしたことはなかった。
やりすぎ――との不合格してきを受けるの現象を起こすことは、多々あったけれども。

 

「……キミが失敗するのは意外だけれど――…その内容が…『らしい』ね…」

「…なかなか難儀してるんですよ、コレ…――試験までには完璧に仕上げてみせますが」

「まぁ…効果が過ぎているというのなら、出力を下げればいい――という話ではあるからね。
魔法が発動しないとか、全く違う事象が発現している――なんていうよりは、修正は難しくないと思うよ」

 

 リドルくんの見解に頷きつつ、目に映る文字列を自分のノートに書き写していく――が、その内容・・はほぼ理解していない。
ただノートの内容を書き写すだけの行為に何の意味があるのか――
――と、普段の私なら文句をつけるところだけれど、暗記が目的なら書き写しているだけでも意味はある。
…普段なら、理解する過程で「物事」を覚えていくのだけど――…ホント、今回ばかりはムリだ。色んな意味で。

 

「………簡略化したい…」

「…それはまだ先の課題だよ」

 

 元の世界へ帰るため――に、ファンタピアを再興する必要が(たぶん)あって、
ファンタピアを再興するため――に、期末テストでの好成績が必要で、
期末テストを突破するために――は、ファンタピアへの時間を割かなくてはならなくて。
文面にしてみると、なんとなく本末転倒なことをしている気がする――が、それは私より下の人材が無であった場合の話だ。

 知識も経験も十分な部門長ぶかたちがいるファンタピアにおいて、
監督者トップが機能停止した程度は、運営に障る問題ではない――が、この再起動したばかりという状況で、団長の不在は問題だろう。
…というか、関係生徒しゃの不合格は、そのままファンタピアの活動不許可となるのだから――

 

「……………………普通に…勉強したぃ………」

「……」

 

 初登校から早一週間が経過した今日――
――だが今日も今日とて私は、リドルくんのノート――と一緒にリドルくんまで携えて、図書館にてテスト勉強に励んでいる。
この七日間、テストを突破するためにコツコツと、暗記という名の勉強を続けてきた――…のだけれど、
ここにきて少しばかりこの日々――…というより、私はこの「勉強」に嫌気がさしはじめていた。

 

「…知りたがり脳味噌が、勉強の足を引っ張ることになるとは………」

 

 知的好奇心は勉学における良き友である――…が、この度の「勉強」においては正直、害悪と言っても言い過ぎではないように思う。
だって、人が台本のセリフを覚えるようにノートの内容を覚えようとしている――のに、
思考が疑問という名のしこりに逐一引っかかるんだから、堪ったものじゃなかった。己が性分とはいえ。

 

「……そんなに、…なのかい?」

「…いえ、今のところは予定通りに進んでいる――…んですけど、
…今後、我慢することに神経を回す関係で、ペースが落ちるだろうなー…と」

「……学びたい、という衝動こと自体は…間違ったものではないのだけれど………」

過ぎたるは猶及ばざるが如しModeration in all things.――ですね」

「…………」

 

 自分自身を嘲り「過ぎたるは」と言った――のに、なぜかリドルくんが不満げな顔をする。
自ら己を嘲ることで予防線を引く臆病さに対しての非難――ではなく、
私を見るリドルくんの顔に浮かんでいるのは、まるで嫌味を言われたかのような苦さだった。

 …限度を知らずやらかすのと、限度を分かっていてやらかすのでは、そもそも問題の原因が違う。
もし限度を知っていたなら弁えられた――のであれば、それは「知識差」でしかない。
それに対し、限度を分かっていながらそれを弁えられないとなれば――それはもう「気性」の問題。
生まれ持ったモノを、後付けの社会ルールに準じて理性でセーブしなければならない――
――と言うと、選ぶことのできない気性という要素が原因なだけにに「仕方ない」と思えるかもしれない――
――がしかし、それでいいのだろうか。知性と理性を携え生きる人間がそれで。

 

「…せめてもう少し、範囲を絞ることができれば…ここまでの苦労はないんですけどねぇ…」

「……ヤマを張る――というのかい?」

「そうですね、あと一週間あったら――ですけど」

 

 苦笑いしながら「そうですね」と倒置法でリドルくんに答えた――ら、不機嫌というか迷惑そうな表情のリドルくんに軽く睨まれてしまった。
私の特殊な事情を鑑みた――としても、リドルくんにとって「ヤマを張る」という方法は許容し難いらしい。
――でも、それもそうだろう。その方法は正攻法ではない――学びの本義から外れ、結果だけを追求した手段なのだから。

 教科書はんい内の事柄を重要度に順じてソートし、テスト制作者の性格と過去に出題された問題を加味して、
出題される問題はんいに当たりをつける――ことは、できる。能力的には。
そして今回、もし自ら張ったヤマに一か八か賭けたとしたら――その成功確立は80%ほど。
パーセンテージで考えた場合に「80」という数字は悪いものではない――けれどその対抗馬である範囲丸暗記の成功率は90%近く――
…となれば、5回に1回失敗する可能性があるヤマに頼るのは、確実とは言えなかった。

 90点以下を、一教科でも取ったら、それで不合格おわり――
――という失敗の許されない条件しけんである以上、少しでも確実性の高い手を取りたいのが人の性――

 

「おや、リドルさんが図書館で歓談とは――珍しいこともあるものですね」

 

 不意に聞き覚えのある声がリドルくんの名を口にした――半ば反射で声の聞こえた方へ視線を向ければ、
そこに立っているのは自分たちと同じ黒の制服を着ている――が、腕につけた腕章がオクタヴィネルのちがう生徒が二人。
クセのあるシルバーの髪とスクエア型の眼鏡が印象的な彼――
――と、ショートカットに整えたターコイズの髪に一筋黒のメッシュを入れた長身の彼――声と同じく、彼らの顔には覚えがあった。

 ハロウィーンウィークにおいて話し合いうちあわせを行った相手――であったことに加え、
オクタヴィネル寮の寮長と副寮長である彼らの顔を忘れるわけがない。
肩書で人の顔を覚えているわけではない――けれど、オクタヴィネルかれらに関しては少し事情が違うので、顔と名前は既に私の頭に定着していた。

 

「…なにか用かい」

「いえ、用というわけではありませんよ――編入したばかりのリュグズュールさんのお力になれたらと思いまして」

 

 綺麗な笑みを浮かべたオクタヴィネルの二人組の顔――と、「どういうことだ」と若干怪訝な表情のリドルくんの顔がこちらに向く。
とりあえずこちらに笑顔を向けている二人は置いて、怪訝な色を向けてくるリドルくんに「実行委員の方とは」と彼らとの接点を語ると、
リドルくんは一瞬きょとんとした表情を見せた――ものの、表情を平静のモノに戻して「ああ」と納得してくれた。

 さて、私が友人からの不審を払ったところで――彼らは一体どう払うするのだろうか。

 

「…なにか、良案をお持ちですか?」

「良案――かは分かりませんが、ボクがまとめたテスト対策のノートは、いかがですか?」

「…――?」

「…授業の内容をまとめたノートなら、ボクのもので十分だよ」

「ええ、ですから、ボクのノートは単純に授業の内容をまとめたノートではなく、
テストを制作する教師の性格、そして過去100年分のテストから傾向と、その対策をまとめた――テスト対策のためのモノ、なんです。
このノートの内容を覚えさえすれば90点以上は確実――リュグズュールさんであればボクたち・・・・と肩を並べることも可能だと思いますよ」

「………ボクたち?」

「フフ、それは『たちボク』ではなくリドルさんのことですよ」

 

 「ボクたち」とくくった眼鏡の青年――アズール・アーシェングロットくんの言葉に倣い、
彼の横にいる長身のターコイズの青年――ジェイド・リーチくんに視線を向ける。
しかし私の視線を受けたリーチくんは小さな笑みを浮かべて「違う」と言い――またしても、不機嫌そうに表情を歪めているリドルくんの名前を上げた。

 

「…キミの作ったノートの内容を覚えるだけで満点が取れる――と言うのかい?」

「もちろん、理論上は――全てを覚えられれば、という前提での話ですが、
常に満点を取っているボクが、満点を取るために作ったノート――であれば結果は保証済みのようなものでしょう?」

「…それは………」

「――とはいえ、あくまで結果は当事者次第ですから、テストの点数を保証することはできません――
――ですが、対策の精度・・はボクの成績を以て保証します」

 

 自身のテスト対策の精度ノートの確かさを「保証する」と言うアーシェングロットくん。
そんな彼の瞳に宿るのモノは――絶対的な自信、だった。

 ハロウィーンウィークにおけるアーシェングロットくんのマネージングは全体的に保守的――失敗を排除した方針を執る印象を受けた。
そんな彼が自信をもって「保証する」というのであれば、アーシェングロットくんが作った対策ノートの効果せいどに間違いはない――
――すべてを覚えれば、へんにゅうせいであっても満点を取ることは夢ではないだろう。

 ――しかし、それが本当にテストを突破するための、虎の巻となるだけの価値のあるモノ――
――であるのなら、ただリドルくんのノートを借りるのとはワケが違う。
過去100年分のテストから傾向を探った――それが事実か過大広告かはわからないが、
それをさておいてもこの「ノート」の制作のためにアーシェングロットくんが大きな労を払ったことは事実だろう。
であれば、その労に見合う支払いを求められるのは当然の話で――

 

「どうぞボクのノートをリュグズュールさんの勉強に役立ててください――
――ああ、もしわからない部分があればお教えしますよ。テスト期間中はラウンジも営業を停止しているので時間に余裕がありますから」

「………ご厚意に、預かってもいいんですか?」

「ええそれはもちろん!リュグズュールさん――いえ、ファンタピアのおかげで今年のハロウィーンウィークは想定を超える大盛況!
実行委員、そして一生徒として感謝しています――けれどそれ以上に、モストロラウンジのオーナーとして、ボクはご恩を受けたんです」

 

 高揚した声音で「ご恩」と笑顔で口にするアーシェングロットくん――…ではあるけれど、その顔に浮かぶ感情いろはより一層不透明なモノになっている。
顔に浮かぶ表情は笑顔なのに、その顔には色も熱も宿っておらず、無機質な印象を受けてしまう――から、どうにも不信を覚えてしまう。
だってその笑顔は――私が「他人」に対してつく仮面えがおなのだから。

 

「受けた恩には報いるのが道理――ですから、どうぞ遠慮なくボクを頼ってください。あなたにはその権利があるんです」

 

 これは、アーシェングロットくんの気持ちつごうの上で成り立っているコト――なので、損得無しの善意こういに因るコトではない。
相手の思惑ともかく、恩を売られた――もとい貸しを作った、という構図にあることが、おそらく彼にとって不快なのだろう。
だからこの「価値ノート」の提供は、恩を恩で相殺する――お互いの立場をリセットするための行為コト、なのではないだろうか。

 相手に恩着せがましいそんなつもりがなかろうと、今後のつもりことはわからない。
不意に不利を突かれないためにも、関係をフラットに保つことは重要――という考えは分かる。
だけれど、そういう「道理」で動いている相手に対し、相手の思惑つごうのままご恩ゆうりを返してしまうのは、果たして得策だろうか?こちらの立場として。

 

「……恩に、と言うのであれば――寮生の、生活態度に目を配っていただければ」

「――…………………は?」

「オクタヴィネル寮の特色・・は承知の上――ではありますが、
服装の脱ぎ散らかしみだれやら食事の好き嫌いかたよりやらが看過できないレベルに到達しているとか」

「「………」」

「寮区長曰く、毎年の事――ではあるそうですが、
寮長であるアーシェングロットくんから新入生たちに働きかけてもらえれば――ウチの団員の負担が減りますので」

「………そんなことで…いいんですか?」

ゴーストかれらも、疲れ知らずではありませんから。
楽をできるなら楽をして欲しいんですよ――でないと、公演に支障をきたしますから」

 

■あとがき
 オクタ組−1との本編での初邂逅でしたー。でも背景からもお察しの通り、リドルくん夢の気の方が強かったかと思います(笑)
 一週間に亘り夢主がリドルくんを独占していた――ようで、ハーツ・サバナ合同勉強会を催してたり(笑)
真面目に勉強していても、人数と質問等の数が多くて騒がしくなり、注意しにきた司書――も巻き込んで、賑やかに勉強しておったかと思います(笑)