とりあえず「期末テスト」は終了した。
想定外の問題は発生せず、ほぼすべてのテストの内容が、想定の範疇に収まっていた。
ここでボーダーラインの突破を確信するのは早計かもしれない――が、解答欄が一つずつずれていた、とか、
そんなとんでもないケアレスミスでも犯していない限り、私のボーダーライン突破は固い。
だから、私のことについては心配ない――し、ユウについても心配いらなかった。
ユウが中間のテストで赤点を取ったという話は聞いていないし、
先達であるクルーウェル先生が「任せろ」と言ったのだから心配は無用――
…なのだけれど、デイヴィスさんの言葉があっても心配だったのが――グリムくんだ。
テスト前の一週間、テスト勉強を促す周りに対して「イヤだ」「必要ない」と拒絶を繰り返し、隙あらばバックレようとしていた――
――上に、赤点もとい補習授業のレギュラーメンバーだと聞いていただけに、不安を抱かずにはいられなかった。
グリムくんの勉強について、手を出すことは不可能ではなかったし、それも無理を犯すというレベルの負担にもならなかった――と思う。
だけれど、ジェームズさんに「まず自分の面倒を」と言われ、とどめに「ユウが頑張っている」とまで言われては――
…自分の勉強を優先し、傍から彼らの様子を覗うしかなかった。
…いや、本気の本気でグリムくんの事が信用ならなかったら、
ジェームズさんの厚意もユウのやる気も無視して手を出していた――…はずなのだから、たぶん大丈夫。
嫌々でも一週間勉強を続けていれば、たとえ赤点常習犯なモンスターくんであっても30点以下は回避できるはず…!
「(そもそもモンスターに人間教養を求めている時点で前提がおかしい――としたら、
そもグリムくんが学校似通っていること自体がおかしいという話になる――し、そうなるとユウの在籍までおじゃんって話になるからなぁ……!)」
もし仮に、グリムくんが赤点を取ってしまった――として、その事実をご破算にすることは難しい。
モンスターに他の種族と同等の教養を求めることが無茶だ――というのなら、
魔法士の適性を持たない一般人を魔法士養成学校に在籍させることもまた、道理の通らない無茶な話。
前者が無理な前提だというのなら、後者とて同じ話――とされては困る。
………いや、今となっては私も色々と権限等あるので仮にユウとグリムくんが退学になったとしてもファンタピア職員として雇える――………あれ?
…寧ろそっちの方が保護者的には好都合なのでは…?
「…でも、ユウからすれば――…苦痛、か――…」
ユウたちがNRC生ではなくなる――クローリーさん管轄でなくなれば、彼女たちの身柄は完全にファンタピアが預かることになる。
そうなればユウたちがクローリーさんから面倒事を押し付けられることもなくなり、彼女たちの身に危険が及ぶ可能性は低くなるだろう。
それは、武器を扱える男ばかりの環境に身を置く、丸腰の少女の身を守るためには重要な事――…ではあるが、
異世界という事情もわからなければ、既知の存在もいない環境において、
心を許せる友人、そして彼らと過ごす時間は、ユウの精神衛生を保つためになにより重要に思えた。
ユウたちがNRC生でなくなったからといって、
トラッポラくんたちが彼女たちとの縁を切るとは考えにくい――が、今まで通りの関係を保つことは難しいだろう。
今まで当たり前に共有していた時間を、限られた自由時間から捻出して、
なおかつお互いの都合を擦り合わせなくては、時間を共有できなくなってしまうのだから。
「(…今のユウにとって、心の拠り所だろうから……なぁ…)」
順当に考えれば、私はユウにとって同じ異世界人という近い境遇で、なおかつ異性ばかりの環境下において貴重な同性、そして年上でもある。
このように、要素だけを言えば私はユウにとって一番寄りかかりやすい存在――のはずなのに、実際は頼られるどころか遠慮され続けている惨状で……。
…それでも、すったもんだあってハロウィーンウィーク中はだいぶ距離が縮まったはず、だったのだけど――……
さすがのさすがに、アレから半月近くが経過している――…というかジェームズさんの説得の甲斐あって、ユウは私の前に姿を見せてくれるようにはなった。
ただ、以前のように自然と声をかけてくれたり、他愛のない会話に花を咲かせる――…ことはなく、必要最低限のコミュニケーションしかとらない、という状態だ。
…対面を避けられた日々を思えば、幾分とマシな状態――…ではあるけれど、そもそもが底辺だったし、以前を思えば大後退だしー??
「(歌手への憧れ――が反転したならおかしいでしょ、ここまでの拒絶は)」
遠慮と謙遜は日本人の美点である――が、にしてもおかしいと思う。
……いや待て、もしユウがその極致にあるのであれば、拒絶は逆におかしい。
謙遜から私に対して遠慮するのであれば、日本人は自身が抱える不満を全て呑み込んで、仮面を被ってこれまで通りに振る舞うはず。
…であれば、拒絶は――…
「――お!ホントにいたっ」
「…ん?」
図書館で音楽史に関する書籍を吟味していた――
――もといアレコレと考え込んでいた私の思考を不意に現実に引き戻したのは、ここ数週間ですっかり聞き馴染んだ――クラスメイトの声。
声に導かれるまま顔をそちらへ向けるとそこにいたのは、三角の赤茶色をした犬耳をピンと立て笑顔で駆け寄ってくる青年・ミックくんと、
同じく三角の犬耳――けれど赤褐色のそれと眉を僅かに下げて苦笑いを浮かべている青年・ウィリスくんだった。
「…どうしました?」
「練習のお誘いにっ」
敬礼と共にミックくんから返ってきた答えは「練習の誘い」。
そして彼らが言う「練習」とはおそらくマジフト部のソレのことだ。
サバナクロー所属の選抜選手が行っているマジフトの練習は現在朝練のみで、
基本的に校内大会が近いなどの理由が無ければ、彼らが放課後に集まって練習を行うことはない。
既に校内大会は終わり、学園対抗戦に関しては半年も先の事――と、考えるまでもなくコレは部活動の練習の声掛け――なのだが、
「…マジフト部に首を突っ込むのはハナシが違うんですが……」
「だいじょーぶ、だいじょーぶっ。練習見てくれーってハナシじゃーなくて、部員のデータをとってくれってハナシだから」
「……ぅん?」
「…部長がチームの方向性を見直すにあたってデータが欲しいって言いだして…」
「いちおー体力測定の結果をまとめたデータを部のヤツがブチョーに渡したんだけど――違う、んだとさ」
部外者を練習に参加させる――のではなく、客観的なデータを採集するために練習を見て欲しい――というのは理解はできる。
…しかし、今回に関しては――というか、マジフト部の部長殿下が欲しいと言っているモノは――…そもそも単純な「データ」じゃあない気がする。
その辺りの気付きも含めて、彼も部内に指示を出したのかもしれないけれど――…その期待に十全に応える曲者はいなかった、のかもしれない。
――…にしても、私にお鉢が回ってくるのが早すぎません?テスト期間が終わった今日の今日ですよ??
「……レオナさんの指示、です?」
「え――あ、いや全然?部のヤツがブチョーにデータ突き返されて半ギレしてるトコ見たから、こりゃ姐さんに頼んだ方が早そうだなーって」
一切の悪気なく、けろっとした様子でミックくんは私の質問――
――レオナさんの指示であるのかという問いに対し、その答えと共に自身の見解を寄こす。
…まぁ、彼の考えに対して突っ込みたいところはある――が、それはそれとして頼られるのは悪い気はしなかった。
単に便利使いされてるだけじゃ――と問われれば、まぁその可能性もゼロではないけれど、
そこは私の感覚に因るところなので、傍の認識は問題じゃあない。
――そう、私が納得した上でのことであれば、利用されることもやぶさかではないのだ。
「なるほど――お断りしますね」
「えー!」
「こう見えて、暇じゃないんですよ――明日から」
「明日っ?!な、なら今日はヒマってことじゃん!」
「……だから、今日が最後の余暇日ってことだろ…」
僅かに呆れと諦めが混じった苦笑いを浮かべながらウィリスくんがミックくんを宥めれば、
彼の解説を聞いて納得する部分があったのかミックくんはあっという間に静かになる。
…しかし納得はしても諦めきれないものがあるようで、なんともいえない複雑なモノを含んだ不満げな表情で私の顔をじぃーっと見つめてくる――が、
「急を要する案件――としては、コチラの都合の方が重いんですよ」
「………」
「ほら、バンダーも言ってただろ?これから忙しくなるって」
「…………」
私とウィリスくんの説得を受けたミックくんの表情は不満を湛えたままほどんど変わらない――
――けれど、僅かに下がった眉と犬耳を見るに、既に諦めもしていれば納得もしている、のかもしれない。
ただそれを、呑み込みたくない――から、こんな複雑な表情なのだろう。
「資料作成のアドバイスなら、間を見てお手伝いしますよ?」
「――……………ぶっちゃけそれ口実だし――…それにかこつけてオレがアドバイス貰おうとしてだけだし」
「…………左に同じく」
「…まぁ、そんな気は――してましたよ。
………自分も、当初の予定では体力育成の授業に何かしらできればと思っていたんですが………」
「「………」」
本音を口にするミックくんたちを前に、私も本音――というか、思っていたことを返すと、二人の表情は鎮痛に沈む。
…しかしまぁ、それも仕方ないだろう。
あんな、あんなどうしようもない惨状――飛行術の授業にて箒を暴走させた末に爆散させ、
挙句の果てに高所から意識のない状態でヒモ無しバンジーをものの一瞬で決行するという――
――私のトンチキっぷりを目の当たりにした彼らなのだから。
「『飛べ』と言われれば飛べるんですよ?ストールは必要ですが飛べる――いえ、触媒が無くとも宙を跳ぶことはできるんです。
多少燃費は悪いですが、それでもできる事に違いないのに…!」
「うん…それはもう基礎とっこして応用のトップクラスの域に到達してるけど――」
「……破天荒な風で、授業に関してはマニュアルだからなぁ……バルガス…」
「飛行術と言うなら、飛行できたらそれでいいじゃないですかぁ…!」
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