編入前日に聞かされ、真っ向からぶち当たることになった期末テスト――は、既にもう明日に迫っていた。

 通常の授業を受けながら、さっくりとマネージャーの業務を処理しつつ、
それ以外の時間のすべてを暗記べんきょうにつぎ込む日々――を、休みなく二週間続けた。

 …因みに、睡眠時間を削って――とかはしていない。当初こそ、そーゆー算段でいたのだけれど――
…ジェームズさんが「ユウが心配する」なんて釘――通り越して杭レベルのキラーワードを初日に打ち込んできたもので……。
ただ、そのせいで時間が足りなくて――なんて、無様は犯していない。
早寝して、きちんと脳味噌を休め、その上で早起きして暗記に打ち込んだおかげで、効率よく覚えることができたくらいだった。

 …まったく、急がば回れとはよく言ったものですよ――。

 

「模擬テストも全部合格――……悪意よほどがなければ大丈夫、だな」

 

 ファンタピア活動停止の危機――ということで、
NRCはOBからOT、更に他校OTであった団員たちが「対策」として作ってくれたのは、全教科分の模擬テスト。
範囲がそこまで広くないこともあり、似通った内容のテストたちだった――
――が、だからこそ確実に押さえておかなければならないポイントを知ることができた。
それによって確実に得られる点数に当たりがつき、その確信から心にも余裕ができて――私のテスト対策は、更に確実性せいどを増していた。
巡り合わせが良ければ、満点も夢ではない――くらいに。

 

「……………」

 

 ふと、頭に浮かぶのはアーシェングロットくんが作ったテスト対策ノート。
差し上げると言った彼の都合こういを断り、その代わりに寮生たちへの働きかけ――
――用務員だんいんの業務の軽減を願ったのだから、当然テスト対策ノートそれは私の手元に無かった。

 別段、やっぱり合格できるか不安だ――と、不安に駆られているわけではない。
油断、慢心は何事においても大敵――だとしても、今の私にはこの期末テストしれんを突破できる自信がある。
オンボロ寮の仲間たちに支えられ、ファンタピア団員たちの理解と援助を受け、友人にクラスメイトに先輩後輩に励まされ――
――と、多くの力の上に成り立った実力モノなのだから。
だから、自分の「対策」を疑ってはいない――のだけれど、
だからこそアーシェングロットくんの「対策」には興味があった。おそらく、一人で練り上げただろう彼の努力たいさくが。

 

「………アーシェングロットくんとも、仲良くできる気がするんだよなぁー――………リドルくんができてるってことは」

 

 とりあえず「期末テスト」は終了した。
想定外の問題ことは発生せず、ほぼすべてのテストの内容が、想定の範疇に収まっていた。
ここでボーダーラインの突破を確信するのは早計かもしれない――が、解答欄が一つずつずれていた、とか、
そんなとんでもないケアレスミスでも犯していない限り、私のボーダーライン突破ごうかくは固い。
だから、私のことについては心配ない――し、ユウについても心配いらなかった。

 ユウが中間かこのテストで赤点を取ったという話は聞いていないし、
先達たんにんであるクルーウェル先生が「任せろ」と言ったのだから心配は無用――
…なのだけれど、デイヴィスさんの言葉があっても心配だったのが――グリムくんだ。
テスト前の一週間、テスト勉強を促す周りに対して「イヤだ」「必要ない」と拒絶を繰り返し、隙あらばバックレようとしていた――
――上に、赤点もとい補習授業のレギュラーメンバーだと聞いていただけに、不安を抱かずにはいられなかった。

 グリムくんの勉強について、手を出すことは不可能ではなかったし、それも無理を犯すというレベルの負担ことにもならなかった――と思う。
だけれど、ジェームズさんに「まず自分の面倒を」と言われ、とどめに「ユウが頑張っている」とまで言われては――
…自分の勉強つごうを優先し、傍から彼らの様子を覗うしかなかった。
…いや、本気の本気でグリムくんの事が信用ならなかったら、
ジェームズさんの厚意もユウのやる気も無視して手を出していた――…はずなのだから、たぶん大丈夫。
嫌々でも一週間勉強を続けていれば、たとえ赤点常習犯なモンスターグリムくんであっても30点以下あかてんは回避できるはず…!

 

「(そもそもモンスターに人間いっぱん教養を求めている時点で前提がおかしい――としたら、
そもグリムくんが学校ここ似通っていること自体がおかしいという話になる――し、そうなるとユウの在籍までおじゃんおかしいって話になるからなぁ……!)」

 

 もし仮に、グリムくんが赤点を取ってしまった――として、その事実をご破算にすることは難しい。
モンスターグリムくんに他の種族せいとと同等の教養を求めることが無茶だ――というのなら、
魔法士の適性を持たない一般人ユウを魔法士養成学校に在籍させることもまた、道理の通らない無茶な話。
前者が無理な前提だというのなら、後者とて同じ話――とされては困る。
………いや、今となっては私も色々と権限等あるので仮にユウとグリムくんが退学になったとしてもファンタピア職員として雇える――………あれ?
…寧ろそっちの方が保護者わたし的には好都合なのでは…?

 

「…でも、ユウからすれば――…苦痛ふつごう、か――…」

 

 ユウたちがNRC生ではなくなる――クローリーさん管轄あずかりでなくなれば、彼女たちの身柄は完全にファンタピアわたしたちが預かることになる。
そうなればユウたちがクローリーさんから面倒事を押し付けられることもなくなり、彼女たちの身に危険が及ぶ可能性は低くなるだろう。
それは、武器まほうを扱える男ばかりの環境に身を置く、丸腰の少女の身を守るためには重要な事――…ではあるが、
異世界という事情ワケもわからなければ、既知の存在もいない環境において、
心を許せる友人、そして彼らと過ごす時間は、ユウの精神衛生を保つためになにより重要に思えた。

 ユウたちがNRC生でなくなったからといって、
トラッポラくんたちが彼女たちとの縁を切るとは考えにくい――が、今まで通りの関係を保つことは難しいだろう。
今まで当たり前に共有していた時間を、限られた自由時間から捻出して、
なおかつお互いの都合を擦り合わせなくては、時間を共有できなくなってしまうのだから。

 

「(…今のユウにとって、心の拠り所だろうから……なぁ…)」

 

 順当に考えれば、私はユウにとって同じ異世界人という近い境遇で、なおかつ異性ばかりの環境下において貴重な同性、そして年上でもある。
このように、要素だけを言えば私はユウにとって一番寄りかかりやすい存在――のはずなのに、実際は頼られるどころか遠慮され続けている惨状で……。
…それでも、すったもんだあってハロウィーンウィーク中はだいぶ距離が縮まったはず、だったのだけど――……

 さすがのさすがに、アレから半月近くが経過している――…というかジェームズさんの説得の甲斐あって、ユウは私の前に姿を見せてくれるようにはなった。
ただ、以前のように自然と声をかけてくれたり、他愛のない会話に花を咲かせる――…ことはなく、必要最低限のコミュニケーションしかとらない、という状態だ。
…対面を避けられた日々を思えば、幾分とマシな状態――…ではあるけれど、そもそもが底辺だったし、以前を思えば大後退だしー??

 

「(歌手アーティストへの憧れ――が反転したならおかしいでしょ、ここまでの拒絶は)」

 

 遠慮と謙遜は日本人の美点である――が、にしてもおかしいと思う。
……いや待て、もしユウがその極致にあるのであれば、拒絶コレは逆におかしい。
謙遜から私に対して遠慮するのであれば、日本人ユウは自身が抱える不満を全て呑み込んで、仮面えがお被っうかべてこれまで通りに振る舞うはず。
…であれば、拒絶コレは――…

 

「――お!ホントにいたっ」

「…ん?」

 

 図書館で音楽史に関する書籍を吟味していた――
――もといアレコレと考え込んでいた私の思考を不意に現実に引き戻したのは、ここ数週間ですっかり聞き馴染んだ――クラスメイトの声。
声に導かれるまま顔をそちらへ向けるとそこにいたのは、三角の赤茶色をした犬耳をピンと立て笑顔で駆け寄ってくる青年・ミックくんと、
同じく三角の犬耳――けれど赤褐色のそれと眉を僅かに下げて苦笑いを浮かべている青年・ウィリスくんだった。

 

「…どうしました?」

「練習のお誘いにっ」

 

 敬礼と共にミックくんから返ってきた答えは「練習の誘い」。
そして彼らが言う「練習」とはおそらくマジフト部のソレのことだ。

 サバナクロー所属の選抜選手ゆうしが行っているマジフトの練習は現在朝練のみで、
基本的に校内大会が近いなどの理由が無ければ、彼らが放課後に集まって練習を行うことはない。
既に校内大会は終わり、学園対抗戦に関しては半年も先の事――と、考えるまでもなくコレは部活動の練習の声掛け――なのだが、

 

「…マジフト部に首を突っ込むのはハナシが違うんですが……」

「だいじょーぶ、だいじょーぶっ。練習見てくれーってハナシじゃーなくて、部員のデータをとってくれってハナシだから」

「……ぅん?」

「…部長がチームの方向性を見直すにあたってデータが欲しいって言いだして…」

「いちおー体力測定の結果をまとめたデータを部のヤツがブチョーに渡したんだけど――違う、んだとさ」

 

 部外者を練習に参加させる――のではなく、客観的なデータを採集するために練習を見て欲しい――というのは理解はできる。
…しかし、今回に関しては――というか、マジフト部の部長殿下が欲しいと言っているモノは――…そもそも単純な「データ」じゃあない気がする。
その辺りの気付きことも含めて、彼も部内に指示を出したのかもしれないけれど――…その期待に十全に応える曲者はいなかった、のかもしれない。
――…にしても、私にお鉢が回ってくるのが早すぎません?テスト期間が終わった今日の今日ですよ??

 

「……レオナさんの指示、です?」

「え――あ、いや全然?部のヤツがブチョーにデータ突き返されて半ギレしてるトコ見たから、こりゃ姐さんに頼んだ方が早そうだなーって」

 

 一切の悪気なく、けろっとした様子でミックくんは私の質問――
――レオナさんだれの指示であるのかという問いに対し、その答えと共に自身の見解を寄こす。
…まぁ、彼の考えに対して突っ込みたいところはある――が、それはそれとして頼られるのは悪い気はしなかった。

 単に便利使いされてるだけじゃ――と問われれば、まぁその可能性もゼロではないけれど、
そこは私の感覚はんだんに因るところなので、傍の認識は問題じゃあない。
――そう、私が納得した上でのことであれば、利用されることもやぶさかではないのだ。

 

「なるほど――お断りしますね」

「えー!」

「こう見えて、暇じゃないんですよ――明日から」

「明日っ?!な、なら今日はヒマってことじゃん!」

「……だから、今日が最後の余暇ヒマな日ってことだろ…」

 

 僅かに呆れと諦めが混じった苦笑いを浮かべながらウィリスくんがミックくんを宥めれば、
彼の解説けんかいを聞いて納得する部分があったのかミックくんはあっという間に静かになる。
…しかし納得はしても諦めきれないものがあるようで、なんともいえない複雑なモノを含んだ不満げな表情で私の顔をじぃーっと見つめてくる――が、

 

「急を要する案件――としては、コチラの都合の方が重いんですよ」

「………」

「ほら、バンダーも言ってただろ?これから忙しくなるって」

「…………」

 

 私とウィリスくんの説得ことばを受けたミックくんの表情は不満を湛えたままほどんど変わらない――
――けれど、僅かに下がった眉と犬耳を見るに、既に諦めもしていれば納得もしている、のかもしれない。
ただそれを、呑み込みたくない――から、こんな複雑な表情なのだろう。

 

「資料作成のアドバイスなら、間を見てお手伝いしますよ?」

「――……………ぶっちゃけそれ口実だし――…それにかこつけてオレがアドバイス貰おうとしてだけだし」

「…………左に同じく」

「…まぁ、そんな気は――してましたよ。
………自分も、当初の予定・・・・・では体力育成の授業じかんに何かしらできればと思っていたんですが………」

「「………」」

 

 本音を口にするミックくんたちを前に、私も本音――というか、思っていたことを返すと、二人の表情は鎮痛に沈む。

 …しかしまぁ、それも仕方ないだろう。
あんな、あんなどうしようもない惨状――飛行術の授業にて箒を暴走させた末に爆散させ、
挙句の果てに高所から意識のない状態でヒモ無しバンジーをものの一瞬で決行するという――
――私のトンチキっぷりを目の当たりにした彼らなのだから。

 

「『飛べ』と言われれば飛べるんですよ?ストールしょくばいは必要ですが飛べる――いえ、触媒が無くとも宙を跳ぶことはできるんです。
多少燃費は悪いですが、それでもできる事・・・・に違いないのに…!」

「うん…それはもう基礎とっこして応用のトップクラスの域に到達してるけど――」

「……破天荒な風で、授業に関してはマニュアルだからなぁ……バルガス…」

「飛行術と言うなら、飛行できたらそれでいいじゃないですかぁ…!」

 

■あとがき
 「問題」が多すぎて、あれやこれやに思考が回りまくっている夢主でした。
 最後の件についてはガチです。あわや死亡事故というレベルの惨事でした(笑)
因みに飛行術のテストは神業的裏技で無理やり突破したようです(笑)