ファンタピアを運営――好演を重ね、資金と名声を得ることが「目的」の達成――
――元の世界へ帰るための手段であったなら、私がNRCに入学する必要はない。
資金や名声を得ることが、目的の達成につながることは間違いない――のだけれど、これはあくまで「情報を得る」手段に過ぎない。
故に、いくらファンタピアに力を注いだところで、私たちの願いが成就することはないのだ。

 いくら金を、権力を積み上げたとしても、それで賄えるのは――他人の力。
最後の最後、自分自身の力で以て困難を突破しなくてはならない――可能性を考えると、
学ぶことで知識を蓄え、切磋琢磨することで心身を鍛える学生生活というのは、知識と強さを求める私には渡りに船といえる機会だった。

 ――とはいえ、真面目に授業やらなんやらを受けても仕方がない。
NRCがTWL屈指の魔法士養成学校だとしても、
「世界」という深淵に挑もうとしている私からすれば、エリート校の授業であっても理解ないようは足りない。
しかし、だからといってNRCに蓄えられた「知識」が足りていないということはない。
覗き込めば吸い込まれてしまいそうな知識の坩堝が、図書館そこには存在する――
――のだが、悪びれることなく図書館に通い詰めるサボるのは私の矜持プライドに反するワケで。

 ――ただ、だからといって、授業を欠席することに抵抗がある――わけじゃない。
色々なことを考えて、物事の収支がマイナスに傾かなければ、
授業を無断で欠席する――サボりを行うことも、私の判断かんかくとしては問題なかった。
だから、教師じゅぎょうを選んで適宜、図書館で自学に励もうと思っていた――
…のだけれど、思いがけない躓きに、私はド頭からずっぽりと嵌まっていた。
 

 切り揃えられた芝の上に置かれているのは――箒。
しかしそれは清掃に使用するモノではなく、空を飛行する魔法の触媒となる「飛行術用の箒」と言われるモノ。
人を乗せるという用途ゆえか、清掃用の箒よりも柄が太くがっしりとした作りをしている――
――が、基本的なフォルムは清掃用の箒と何ら変わりない。
この、一見何の変哲もない箒に跨り、空を飛べ――なんて、異世界人わたしの常識で考えれば、まったくもって馬鹿げた話――
…なのだが、運動場の空をスイスイと飛び回るクラスメイトたちの姿を見ては、屁理屈あくたいは呑み込むしかなかった。

 いきなり箒に跨ることはせず、地面の上に置いた箒を宙に浮かせるところから始める――が、それはものの一瞬で「失敗」する。
…いや、ある意味では成功している――箒を「宙に浮かせる」という事実は、成ってはいた。
だけれど、私が命じそうぞうしていたのは箒が「宙で停止する」という構図モノ――であるのに対し、
現実は想像それに反して、だただたっかーーーく箒を打ち上げた・・・・・だけ、だった。
…これではさすがに失敗というほかない――…ただ、初回に箒を爆散させた私からすれば、
箒を打ち上げたにしても破壊せずに済んだのは、一応の進歩が見える結果ではあった。

 

「(…なんて虚しい自己分析……)」

 

 快速で青空を飛び回るクラスメイトたち――に、
運動場の中心辺りで低い位置をゆっくりと飛行しているクラスメイトたち――
――からグーンと離れた運動場の端で箒を打ち上げている私。
トンでもない落ちこぼれを授業から排除している――といった構図だが、
これはクラスメイトを危険から遠ざけるための処置、でもあった。

 …何度も言うようだけれど、初期の私は箒を打ち上げると同時に破壊――爆散させた、のである。
最初期などは箒が文字通りに木っ端微塵となり、飛散する破片も無く、逆に危なくなかった――のだけれど、
進歩が見られるようになると飛散する箒の一片が大きくなったことで周囲への危険度が増してしまい、
また箒を破壊せずに済んだ場合であっても、「打ち上げる」という形容がしっくりくる速度で箒が前触れなく空へ向かって飛び上がる――
――のだから、他生徒に危害が及ばないようその輪から遠ざけられるのは当然のことだった。
 

 およそ半月程をかけ、私の飛行術に関する技術(?)は進歩している――が、箒に跨り空を駆けるなど、遠い先の話だろうと思っている。
一応の進歩は成っている――のに、その手応えというのが私にはまったく感じられていないのだから訳が分からない。
力の強弱を意識しているのに、その結果が経験として感覚に残らない――
…所謂トライ&エラーが成立しない状態――…イヤな表現になるが、常に運任せで力を使っているような状態だった。

 

「箒で空を飛ぶ――…その真似事は、できなくないんですけど……ねぇー…」

 

 極論を語れば、ハロウィーンウィークに身につけた人形師の技能を用いれば、
箒で空を飛ぶ――という絵面まほうを再現することはできる。
そしてそれはまともに飛行術の授業を受けるよりも、魔法士としての魔力運用スキルを向上させることができる――
…のだけれど、残念ながら心身に掛かる負担が生易しくなくて。
体力育成が週一回くらいの頻度だったならよかったのだけれど、心身の消耗具合からいって連日は避けたい手段――
――であればこれはリスクを負ってまで解決きょうこうすべき問題ことじゃなかった。

 

「…箒でなければ飛べるのに……」

「基礎無くして応用無し――ってお嬢の口癖じゃんヨ〜」

「――…………………」

「ぎょブっ!」

 

 唐突に背後、というか左肩から聞こえたのは――聞き慣れたマキャビーさんの声。
サバナクロー寮で仕事に当たっているべき駐在組の一員であるマキャビーさんが運動場にいる――ことは、とりあえず置いておく。
更に普段から私が口にしているセリフを引き合いに出して上げ足を取ってきた――ことについては苦いものを呑み込もう。

 だがしかし、こればかりは黙っていられない――誰が「お嬢」だって?

 

「いぎギギぎギ!イヒぃー!?」

「元諜報員ほんしょくなら、徹底しましょうね?」

「い、イエッサぁ〜!!」

 

 自分の肩に乗るマキャビーさんの顔面を鷲掴み、
アイアン・クローよろしく指に力をかけながらマキャビーさんに注意の言葉を向ければ、
マキャビーさんは元気よく「Yes,sir・・・」と応えてくれる。
満足の行くお返事に「うむ」の頷いて私はマキャビーさんの顔から手を離した。

 人の輪からは十二分に離れている――が、どこでなにが綻びになるかは、崩壊が始まるその時までわからないもの。
だからこそ崩壊のきっかけとなる「綻び」に対する警戒は徹底しなければならない――
…なんてことは、敵地のただなかに潜入するなどの任務を果たしてきた諜報員マキャビーさんならわかっているはず。
――であればこそ、マキャビーさんが気を抜いたのだから、ここは気を張らずともいいところ――なのかもしれない、
が、さして苦になるようなことではないのだから徹底しつづけていただきたい。

 

「……ご機嫌斜めかい――マネージャあ〜」

「……そうですね、虫の居所は悪いかもです」

 

 少しばかり呆れを含んだ調子で私の機嫌を尋ねてくるマキャビーさん――を前に、平時よりも気が立っていることを自覚する。
…しかしまぁ、状況が状況だけに苛立つのも仕方がないだろう――ただそれを、自分以外たにんにぶつけてしまったことは反省すべき悪行ことだが。

 

 NRC生となってまだ半月――ではあるけれど、
ハーツラビュルの一件だの、サバナクローの一件だの、極めつけにハロウィーンウィークの一件があって――
――良くも悪くも、私は生徒たちの好奇ちゅうもくを集める存在となっていた。

 ただ現状、私にとって最も親しい間柄にあるのがサバナクロー生――
――ガタイの良い肉体派な生徒が多いこともあってか、遠巻きに其々さまざまな視線を向けられはするものの、
楽しげに私を囲むサバナクロー生の輪を押しのけてまで、私に接触を図ろうとする生徒はいなかった――…わけではなかった。

 気持ち強面の生徒が多いサバナクロー生たちの輪を割り、私に声をかけてきたのは――ハーツラビュル生。
彼らはいつかの私の虚像ゆうし――だけでなく、少なからず私の平時じったいも知っているクラスメイトたちで。
そんな彼らが、サバナクロー生を前に息を飲みながらも、私に声をかけてきたのは――部活動の勧誘ため、だった。
 

 欧米諸国のハイスクールにも、クラブ活動というモノは存在する。
しかし日本の高校の部活動とは違い、学校でのクラブ活動自体がそこまで推奨されておらず、
多くの場合、それぞれの目的に応じた校外のクラブに通うのが一般的。
なので学校が要するクラブに所属することを強制される――なんて、日本の高校でさえないというのに、
なぜかNRCでは部活動クラブへの所属が義務ずけられていた。
……まぁ、リスク管理の観点から考えれば、クラブ活動で生徒の行動を制限かんりしようという魂胆は、わからなくもないけれど。

 学園NRCの思惑ともかく、NRCに生徒として所属している以上は、
学園が擁しているクラブに所属しなくてはならない――という義務ルールに例外はない。
王族であろうと、成人済みだろうと、たとえスケジュールがタイトなスーパーモデルであっても――
――そしてファンタピアを立ち上げたOBたちもまた、なにかしらのクラブに所属していた。
…となれば当然、私もそれらの例に漏れることなくクラブに所属しなくてはならない――わけだが、

 

「結局のところ、クラブ活動は『オマケ』でしかない――というわけだ」

 

 植物園の奥――通称・管理人の園と呼ばれる小さな一角に設置された、庭園用きんぞくのテーブルセットのイスに腰を掛け、
種の選別をしていた私の横でそう言ったのは、私の所属するクラブの顧問である――ゴーストにわしのダンさん、だった。

 勇気を持って声をかけてくれたハーツラビュルの彼の勧誘も、
「そういえば」とその場の流れで勧誘してきたサバナクローの面々の勧誘も、
その他様々な場面でかけられた勧誘も――すべて断り、私が所属したのは「園芸部」。
その名称の通り園芸――花卉や野菜、果樹といった植物を栽培し、成熟したそれらを活用する――ことを主な活動とするクラブだ。

 

「大所帯のサイエンス部を、部員一人の園芸部が追い出せる――とは」

「民意によって決まる権利など浅はか――理屈と責任せいかを以て権利は与えられるべきではないかな」

「…机上の、理屈と責任せいかでなければ――ですが」

「ふふ…耳が痛い――まぁ、今代の我が部には無縁の話だが」

 

 一応、名誉のために言っておくのだけれど、サイエンス部を追い出す――なんて、無茶苦茶なことをした例はない。
私とダンさんが話していたのはあくまで権限けんりそのものの話であって、これは実際にそれを行使した――後の会話ハナシではない。

 この園芸部はNRCにおいて、クラブ活動が導入されたばかりの頃から存在する古参のクラブ。
しかし顧問の個性ねつりょうが悪い方に災いし、ほぼ部員が在籍していた期間ことがなく、今となっては名前だけのクラブ――だったのだが、
いつかに先んじて得た植物園使用の権利は、部として成立していれば未だ有効――
――多くの部員を抱える文化部の筆頭・サイエンス部の要請であっても、その使用けんりを撥ね付けることが可能なのだという――優先順位の上では。

 多くの部員を抱え、なおかつ魔法薬学べんがくにも通ずるものがあるサイエンス部の権利かつどう――よりも、
同じように勉学に通ずるものはあっても、部員が一人しかいない園芸部の権利かつどうの方が優先順位が高いのは――かつてそのように決定した順番だから。
しかし、多くの生徒の生活を充実させ、なおかつ学校としての成果ひょうばんを上げることは、教育機関として最も優先すべきこと――
…とはいえ、齢500歳オーバーのゴーストただいなろうりょく説得ししはらったところで、学生生活における本業ではないクラブ活動――
――加えて大きな成果ひょうかを得難い文化部では、なおさらに顧問きょういん給与ひょうかに大きくは関わらない。
――となれば、保護者せいとから正式そうおうの苦情が出ない限り、わざわざ重い腰を上げてダンさんなんだいに挑む教師は――いなかった、結果ワケである。

 

「――でもそういう意味では、クルーウェル先生のリアクションがないのは意外、ですね」

「ふふ、彼は既に懲りているからな――生徒に任せることの危うさに」

 

 改善のための改革に積極的であるクルーウェル先生が、
埃の積もったこの古い権利たいせいに対してメスを入れないことが不思議だった――のだが、クルーウェル先生は既に「生徒の危うさ」に懲りていると、
なにかを悟ったような穏やかな表情ながら、僅かな憤りを目に滲ませているダンさん――に言われては、察しはついた。

 長い時を経て、大体のことは笑って流せるはずのダンさんが、
僅かとはいえ怒りをにじませている――ということは、余程のことがあったのだろう。植物園で栽培している植物たちの身に。
そしてそれほどのダンさんそんがい怒りせきにんを、監督不届きという尤もなようで理不尽な理由で、
問題を引き起こした生徒に代わり引き受けなくてはならなかったのが――

 

「………なんとも…言い難いですね……」

「なに、己に対する怒りはあれど、生徒に向ける怒りは無かったろうさ」

「………ぇぇー………デイヴィスさんって……そんな仏様じんかくしゃ、なんですか………?」

「くく…若者の失敗を、大人がフォローする――いつの時代も、当たり前の事ではないかな」

 

 理屈は通っている――が、それが「生徒のミス」で「教師」であるというだけで、
他人せいとの不出来の咎を受けなくてはならない――というのは、少しばかり思う部分がある。
…壮大に仕出かしておきながら、無関係であるかのようにしれっとした態度で振る舞う輩が少なからぬが故に。

 ――しかし、そんな正論ただしさを、未熟な生徒こどもに求めるのは――大人気ないのだろう。
教育者としての矜持せきにんを弁えていれば、生徒に代わって――ではなく、
生徒の未熟さを自身の不足と受け止め、第三者からの咎めも呑み込むことができるのだろう。

 …とはいえ、そんな矜持かくごを持つ人間きょういんなんて、そういるものではない――としても、決していなかったわけではないのだろう。
今、デイヴィスさんという志し有るわかき教師がいるという事は。
ただ、だとすると――ちょっと腑に落ちない部分がある。

 

「………件の教師おとなとは?」

「ああ、良い教師が過ぎて――仕事と責任に押しつぶされNRCを退職した」

「…ぅわ」

 

■あとがき
 当初の設定では、夢主の部活はオケ部で幽霊部員に――と思っていたのですが、
プロとアマの線引きを明確にしている夢主に限ってそれはないなーと考えを改め、園芸部所属となりました。
おそらく特段園芸には励まず、勉強会と称したお茶会を優雅に開催しているかと思います(笑)