テスト期間が終了して数日が経過し――…私の手元に、全てのテスト用紙が返ってきた。
返却されたテスト用紙に書き込まれた赤文字の数字――その二桁目が基本「9」でなければ、
これまでの努力と、これからの計画の全てはおじゃんになってしまう――わけだが、
ニ教科ほど9ではなく0が書き込まれた教科もありつつ――無事、私は全ての教科における試験ボーダーの突破が叶っていた。

 これで、ファンタピア運営における難関を一つ突破することができた――そしてそれが、今回の試験における私の目的すべてだ。
だからそれ以外の事、特に総合結果ランキングなどには興味が無かった――のだけれど、
いつかの「常に満点を取っている」というアーシェングロットくんの発言が気になり、
興味本位で廊下に張り出されたテストのランキング表を見にやってきた――のだが、アーシェングロットくんの点数よりも目を引く事実があった。

 

「おー……さすがエリート校…?」

 

 掲示物の右側にずらと並んでいるのは「500」の文字――
――これは基本五教科のテストにおいて、満点を獲得したという生徒が十数名近く存在しているという結果ことを現している。
生徒の能力を計る意図の元ために作られた「テスト」とは、満点が取りづらいよう作られている――
――でなければ差が生まれず、生徒の出来を測ることができないから。
…だというのに、五教科全てにおいて満点をとってしまう天才なり秀才なりが、
NRCにはこんなにも多く存在している――……なんて、ホントだろうか?

 満点を獲得するなんて異常いぎょうを達成できる実力があるのなら、
良くも悪くも噂の一つも語られるはず――なのに、500の文字の横に記載された名前のほとんどに、覚えがなかった。
…まぁ、編入して半月そこら――であることに加えて、
テスト対策でいっぱいいっぱいだったモグリである私が知らないだけ――…という可能性は十二分に考えられる。
――が、私の横でランキングを見ているリドルくんが酷く不機嫌かつ怪訝な表情を浮かべているところを見るに、この結果は「いつも通り」ではないのだろう。

 

「…随分と、険しい顔ですね?」

「……キミは、この結果をおかしいと思わないのかい?」

「…おかしい――とは感じていますよ?自分の実感として、テストに減点の意図いやらしさは感じましたから」

「……ん?」

「満点が取り難いよう作られている――のに、
五教科全てで満点を取っている生徒がこれほどいるのは、おかしいですよね――二大魔法士養成学エリート校とはいえ」

 

 魔法士としての適性を持つだけでエリートと言われるTWLにおいて、
国宝級の魔法具である闇の鏡によって選りすぐられた者だけが入学できるNRCの生徒――
――ともなれば、普通では考えられない成績コトが成せても不思議はない。
…というかその最たる例が――基本五教科にとどまらず全教科のテストで満点を獲得したリドルくん、だ。

 NRCに、リドルくんの様な逸材が在籍しているのであれば、
他にも同じ成績こと――とまでは言わずとも、それに匹敵する点数せいせきに至る逸材がいても不思議はない。
選りすぐられた「魔法士の卵」が揃うNRCであれば――…ただ、その数は多くないだろう、と思っていたワケですが。

 

「………集団カンニング?」

「――にしちゃあ寮もクラスもバラバラなメンツッスね」

「!」

「おや、ラギーくん――なにやら訳知り顔ですねえ」

 

 安直な可能性を口にした――ところ、不意に後ろからかかった指摘はラギーくんのもので。
薄らニヨと嘲笑の色が浮かぶ彼の目を見て、穏やかな笑顔を浮かべ「おや」と言葉を促せば――
――ラギーくんはニッコーと現金な笑顔を浮かべて「まあ」と肯定だけを返してきた。

 

「一体これはどういうことなんだい、ラギー」

「お勉強のできるリドルくんには縁のない話ッスよ――」

「――…逆に言えばお勉強が苦手な生徒が多いサバナクロー寮には縁がある――と?」

 

 どういうことだと問うリドルくんに、ラギーくんが返した答えは「縁がない」――
そして「サバナクロー生に縁があるのでは」という私の指摘に対するラギーくんの答えは「そうッスねこうてい」だった。

 

「――ま、どっかの誰かさんのおかげで想像より少なかったッスけど」

「…少な……かった?」

「そ、マジフト大会こないだは喰う側だったサバナクロー――が、学力テストこんかいは喰われる側だったってハナシ」

 

 嫌味混じりの訳知り顔――を引っ込め、ラギーくんは呆れと諦めの混じった苦笑いを口元に浮かべ「たちばが変わった」と言う。
…その言葉から読み解けることは、マジフト大会では他寮を喰い物にした肉体派サバナクローが、
学力テストでは搾取される側に転じてしまった――そしてそんな彼らを喰い物にするのは勉学それを得手とする頭脳派寮、なのだろう。

 さてここで指す「頭脳派寮」とは――十中八九、オクタヴィネル寮だろう。
商家ふごうの息子を寮長とするスカラビア寮ではあるけれど、かれらの本質は商売そこじゃない――
――のに対し、オクタヴィネル寮は寮の特権とくしょくとして「商売」を認められているほど商売と親和性が高い。
そんな頭脳派かれらからすれば、まさにテスト期間は稼ぎ時だっただろう――
――テスト対策の虎の巻を、寮長が率先して作っていた――くらいなのだから。

 

「……………まさか――………サバナクローだけ、じゃない…?」

「シシシ、そりゃそーじゃないッスか――俺たちだって、あいてを選ばなかったんスから」

 

 ふと脳裏をよぎった嫌な想像に「まさか」と投げれば、ラギーくんは愉しげいやな笑みをニヤと浮かべて私の不安を肯定する。
だが、たしかに「それはそう」だ。これがオクタヴィネル寮の目論みなら――相手は誰でもいいはずだ。
テスト対策に苦労している――ことさえ、おそらく必須の事柄ではなく、本当の本当に、誰であっても――利になるいいのだろう。
彼らの目的は頂点に立つこと――ではなく、あくまで搾取しょうばいであるのなら。

 ――…となると真っ先に心配になるのは――

 

「………ぅン…?……いや…よく考えたら――……問題、に…ならない?のでは??」

「ェ」

ファンタピアうんえいとして心配しているのはグリムくんが赤点を取ること――
なので、とりあえずそれが回避できたのならそれで問題ない――かなーと」

 

 そう――なのである。
期末テストにおいて心配していたのは、グリムくんが赤点を取ってしまう事――
――なので、とりえあず赤点それを回避できたなら、ファンタピアの運営を妨げる問題にはならない。
――ただ、グリムくんをネタにオクタヴィネル寮がファンタピアに対して交渉を強いて・・・きた――となれば、
その時はそれ相応の措置を取らせてもらうが、そうでないのなら――まったく全然マネージャーわたしが関知するところではない。
…それでも、ユウりょうちょうに助けを乞われれば――

 

「……待ってくれリュグズュールっ…あれだけの勉強どりょくをしたキミが、その努力を嗤う真似をした連中を許すというのかい…?!」

 

 不意に、声に怒りをにじませたのは――リドルくんだった。

 日々、真面目に勉強を重ねてテストに挑んだリドルくんそんざい――
――からすれば、その成果どりょくを売った存在も、他人の努力を買った存在も許せたものではないだろう。
慈悲こういの下、求めるモノ無くその努力を他者に分け与えた――のなら、
自分の事でいっぱいいっぱいで他人を顧みることのできなかった己を恥じ、大いに感服も尊敬もするところ――
――だが、それが「商売」であるなら前提はなしが違う。

 …しかし、我々と同様、もしくはそれ以上の努力――
――交渉の材料うりものになるまでに「テスト対策」というモノを突き詰めた売り手の努力には認める部分がある。
……ただもし、それがどっかのOBたちのように大それたカンニング行為の上に成った成果ことであったなら――…という以前に、
どこぞの一件と同様、他人を貶めて自身の利を得ているというのであれば、肯定できた行いことではないのです――
――が、問題はそれ以前の相手はなしだ。

 

「一番に我々をバカにしているわらった連中が、一番に苦しんでいるなら――
――というか、我々が声を上げて一番得するのは問題くだんの連中、ですよ?」

「………」

「自分を嗤ったヤツを理由なく助けるほど、自分は人格者ではないので」

 

 なんとも心中複雑そうなリドルくんに、作りに作った穏やかな笑みを浮かべて「人格者ではない」と答えれば、
リドルくんは眉間にしわを寄せ、酷く恨めしげな表情で私を見た――が、それを向けるべきは私ではないと考えを改めたようで、
小さなため息を吐くと表情を元に――戻せてはいないが、表情それはいくぶん落ち着いたものに戻っていた。

 

「……キミは…不正を許さない人だと思っていたよ…」

ハーツラビュルいつぞやの一件よろしく、自分が許容しないのは不正ではなく『気に入らない事』ですよ」

 

「なるほど、これはまぁなんというか」

 

 思うところがあり、リドルくんとラギーくんについていく形で、放課後に足を運んだのは――運動場。
マジフト部をはじめ、放課後には多くの運動系部活が練習のために集っている――はずなのだが、

 

「…ウチのクラスは、くんの勇姿と補習おこぼれのおかげで、ほとんどのヤツが踏み止まったみたいッスけど――」

「……寮どころか……学年さえ関係ないなんて……!」

 

 平時なら、熱気はなくとも活気はある運動場――のはずなのに、
寮も学年も関係なく、とにかくどこの部活も集まっている部員の数が減ってしまっている。
人数が足りない状態では活気――なんて以前に練習もままならない――…
…までの状態ではなさそうだけれど、どこの部も主力級の部員を1〜2名は欠いているように見える。
そしてそれは、個人競技であれば大きな問題ではない――けれど、団体競技で主力が抜けた状態で行う練習では、不足もんだいありだろう。

 ――…しかしそんな中でも、主力の不在それをチャンスと見て練習に精を出している部員たちは、
本当の努力家――と、前回かこの犠牲者たちなのではないだろうか。

 

「…勉強は苦手だし嫌いだし?そう思われてもしかたねーとも思うけど――オレ、カモられてねえから!!

 

 方々から同情、もしくは咎めるような視線を浴びながら、腹の底から否定の言葉を叫ぶのは、
ラギーくんと寮も部活も果てに学年とクラスも同じである犬系獣人――ミックくん。

 そう、私の横で「居眠りしない」と宣言し、またそれだけで「優等生」だと語り、
あまつ授業を聞けと言った私に他意くもりのない疑問のまなざしを向けた彼である。
…故に、彼の発言には少々の疑念を覚えてしまうのだが――

 

「ああ、ホントホント。確かに一年の時アーシェングロットに声かけられてたけど、自分で断ってたよ」

 

 全力でアーシェングロット――オクタヴィネル寮の現寮長である彼の策略に嵌まっカモられたためしはないと主張するミックくん――
――の横で、彼の主張を肯定するのは、ミックくんと同じく犬系獣人でまたこれラギーくんと色々がほぼ一緒のウィリスくん。

 ミックくんと色々共通点の多いウィリスくん――だけれどその本質はだいぶ、普通とは違っている。
何事もそこそこできるが特徴がない――そう周りから評価さみられているウィリスくんだが、
それはウィリスくん自身が「そんな自分」を演出しているから――であって、
その実力は――…実力主義のサバナクローで、わざわざなことをしている時点で色々と察するものがあるだろう。

 ――とにかく、そんなウィリスくんが肯定するのであれば、眉唾なミックくんの発言にも信憑性が出てくる――…のだけど、

 

「……にわかには信じがたいなあー」

「だーっマジだって!こー見えてうさんくせーヤツ見抜くイロハ知ってんだってー!」

 

 正直なところ、良くも悪くも素直なミックくんの普段の行動を見ているだけに、
策士だろうアーシェングロットくんの口車さそいをかわす光景すがたは想像がつかない――
…が、ミックくん――よりもウィリスくんがこの場面で嘘をつく利が無いわけで。
それを考えると、本当の本当にミックくんはアーシェングロットくんの勧誘を自力で断った――という事になるわけだが、

 

「アーシェングロットくんがダメで、レオナさんがOKだった理屈とは?」

 

 ミックくんの言う「うさんくさいヤツを見抜くイロハ」が有効――であるのなら、レオナさんのことも見抜けたと思うのだ。
アーシェングロットくんの底知れなうさんくささとは毛色が違うけれど、
過去さきのレオナさんもレオナさんで、何とも言い難い信用ならなうさんくさい感じがあった。
なのにこれを見抜けずレオナさんに追従したミックくん――が「見抜ける」と言っても説得力は無い…と思うのですが、

 

「「………」」

「いや姐さん…それは……」

「…寮長とアーシェングロットじゃ……前提ハナシ違うじゃん…」

 

 …このように、なぜだか残念な子扱いされてしまった次第です。

 

「……姐さんは…さ、今回の一件での寮長の姿かおしか見てねーから…仕方ない、のかもだけど……」

「…バルガスの脳筋こんじょう指導りろんで潰されるところだった俺たちを掬い上げてくれたのが――…寮長、なんだ。
あの人が善意やら厚意やら、まして仲間意識で俺たちに助け舟を出したとは思ってない――
…でも、理屈りゆうのないトレーニングで体を壊す事を考えたら――なあ?」

「………寮長のマジフトプレーヤー――それにゲームメイカーとしての実力は本物だった――
…強くて、賢くて、理不尽にも立ち向かう『寮長』の姿見たら……さ…」

 

 ミックくんたちの言葉を聞き、そういえば――と思い出すのはジャックくんのこと。
過去にNRCで行われた寮対抗マジフト大会――その中継しあいで活躍するレオナさんに憧れて、
レオナさんと肩を並べてプレーできるよう、最後には彼を超えるため、
NRCへ入学するまで――そして今までも努力を重ねてきた、とジャックくんは言っていた。

 自他共に厳しいジャックくんが憧れを覚えるほど――なのだから、
過去いつかのレオナさんはきっとマジフトに全力を注いでいたんだろう――…その本意もくてきはともかくとして。
そしてそんなレオナさんの姿を間近で見て、なおかつ救われもしたミックくんたち――
――が、彼をキャプテンボスと認め、追従するのは――…道理、とさえ言える。
…なにせ対抗馬あいて悪さ・・は私も心身を以て知っている――…って待て。だとしたらおかしくないか――

 

「(……自暴自棄になるほどには努力した――………なら、なんであの程度で済んだ?)」

 

 努力を厭いだ挫折が如何ほどのモノか――その考えに揺るぎはない。
だけれど彼らの話を聞くに、少なからずレオナさんは状況を変えるための「努力」というものをしていた――
…なのに、いつかに吐き出されたあのうみは――私に向けられた憤りどくは――

 

「…なるほど。レオナさんの前提ばあいこうどうがあった――から信用するに値したと」

「……そーゆーことじゃねーけど…………そもそも、寮長は俺たちになにも求めてねーからさ…」

「…………ぁー………」

 

 ミックくんの結論こたえに、酷く納得した。なるほど、これは確かに信用するに決まっている。
だって彼らが信用したのはレオナさん――というより自分の判断を、だから。
うーむ…これは上手くやったもの――…ということでは案外ないのかもしれない。

 もし一連のレオナさんの行動が、我らがお獅子の自分勝手ごうまんな行動の影響を受けてのコト――
――だとすれば、レオナさんの行動には思惑はあっても他意はなかったはず。
であれば、ミックくんたちがレオナさんを信用したのは――利害りくつ、ではないということだ。

 

「…確かに前提――…というか比べるまでもないハナシでしたね」

「いや、まぁ…いつかの寮長しか知らなかったら――…信用できねーって気持ちが先立つのは当然だと思う…」

「――それまで・・・・が無かったら、さすがのラギーも寮長の指示には従ってなかったんじゃないか?」

「………そッスねえー」

 

 いつかのレオナさんの決定こうどうは信用できるものではなかった――
――その肯定はレオナさんの行動が間違っていたと肯定するものであり、同時に彼に従った自分たちの間違いを肯定するものでもあって。
でもそれに――自分の間違いに対して異を唱える者はいない。
ミックくんもウィリスくんも、そしてラギーくんも自分の間違いを自覚し、呑み込んでいる――が、その上でレオナさんへの信用は失われていないらしい。
それが自己弁護のためなのか、それとも本当に罪を犯すそれに値するだけのかんめいを受けたから――なのかは、わからないけれど。

 

「………」

 

 そしてそんな彼らを少しばかり難しい表情で見ているのは――リドルくん。
生真面目で、品行方正なリドルくんからすれば、彼らのかんがえは分からないだろう――
――が、誰かの命令に従って間違いを犯した者同士としては、なにかしら思うことがあっても不思議はない。
まして、リドルくんは母親それから自立しようと決心した――のに、
ミックくんたちは変わらずレオナさんそれを信じているのだから、疑問を覚えるのも当然だと思う。

 ――…ただ、あえて疑問を口にせず、黙って考えを巡らせているところを見ると、
リドルくんもレオナさんが「信用に値する人物」であるとは、少なからず思っているのだろう。
それが、それまでを踏まえての事なのか、それともこれまでの事があっての認識なのか――は、やっぱりわからないが。

 ――しかし、その話はとりあえず端に置き、

 

「――して、信用もなく商売人と利害で結ばれたすっとこどっこいどもの行く末とは?」

 

■あとがき
 ようやっとテスト勉強地獄から解放された夢主です――が、解放された途端に余計なところに首を突っ込む(笑)
この人、本当に元の世界に帰りたいのか些か疑問を覚えてしまいますが――気が多いモンでなぁ(目逸らし)