木々が群れを成す森の中、ぽかりと開けた一画で、
異様と言ってもいいほどの存在感を放つのは――立ち入り禁止の警告かんばんだった。

 この森は私有地であり、所有者の許可なく森へ立ち入ることは許されない――
――そして、そのルールを無視して森へ入ったモノの命は保証されない。
命の危険を警告する文言に加え、昨年の行方不明者の名前まで掲載されていて――

 

「………」

 

 怖いもの見たさ――恐怖スリルを楽しむ感覚は、知能が高い生き物だけに許された、高度な娯楽である。
そう、動物的せいぞん本能でさえ解析する知性と、その是非を見極められる理性があるから可能な、
ただの動物にはできない悪戯あぞび――…なのだけれど、これだけの情報を提示されてなお、
この森の危険性を理解できないというのは――……賢いんじゃなくて危機感知能力がバカになっていただけだと思う。

 

「……」

 

 行方不明者の名前の横に記載されていたのは、失踪したであろう日付。
…そしてその日付は、ものの見事にNRCのハロウィーンウィークと重なっていて――………

 

「………対策、何か講じた方がいいでしょうか…」

「……いや、そこは心配しないでいい。今年は別件も含めて既に藍の師団オリナにいさんが動いている」

「………………――ぇ、…藍の師団は事務か――人事担当のはずじゃ…?」

「…近年、ハロウィーン期間になると生者もゴースト並みに羽目を外すようになっていてな…。
…そしてその気に当てられたゴーストが暴走して、ポルターガイスト現象を起こして物的被害が上がっている――
…だけでなく、…羽目を外しすぎた魔法士・・・も出てくるようになって――
…ここ数年、地元の公的機関で対処しきれなくなったイベントに応援を派遣していてな…」

「………」

 

 …脳裏をよぎるのは、人でごった返した某交差点――と、非常識行動に走る若者たちニュース姿えいぞう
不思議――なようでいて、結局という顛末はなしなのか、行き着く先は――…どこの世界も、そう変わらないらしい。

 かつての世界と変わらない部分に、思わず安堵を覚える――…わけはない。寧ろ、嫌な予感しかしない。
どこの世界でも、若者が走る先に変わりはない――のであれば、元の世界あちらで起きたことは、異世界こちらでも起きえること――というワケで?

 

「…………」

「……藍の師団――オリナ兄さんの手腕を信じてくれ」

「………ヴォルスさんがそう推すのおっしゃるなら……」

 

 若者かれら非常識こうどうによって、直接的な打撃を喰らった事例コトはない――
――が、詠地わが家の関係各所では、ハロウィンに限らず被害を被っている。
だから、NRCで某交差点レベルの数の若者が集まり、祭りの熱気に当てられたなら――…ぞっとする光景しか思い浮かばない。
…しかも、それが朝から晩まで………――と、いったところで思考を断った。
 

 ヴォルスさんが「心配するなしんじてくれ」と言うのだから、そうしよう。
それに藍の師団――アネルヴァス師団長の人間性は間違いない。
ああいう人に限って、情のないテキトーな仕事しないはず――であれば、そちらの心配は無用だろう。

 …まぁ、それ以前に私がこの案件に関してできることなんてないんですけどね!そもそも!

 

「(そしてそこまでの面倒を見る余力があるかと問われればなんとも言えないわけで………)」

 

 目を向けた先――フェンスの向こうに広がる深緑の森を前に覚えるモノは、
緊張とも焦燥とも違う、なんとも言えない不安感だった。

 招かれざる者を無邪気に森に誘った精霊たちが恐ろしい――わけでは、全くない。
でもこの感覚は、きっと怖れと呼ばれるモノに近い――……ああそうか。
今私が覚えている不安感は、欠落して久しい畏れ――超常のそんざいに対する畏怖の感情かんかくだ。

 

「(あー…………)」

 

 理解した畏怖ふあんに――罪悪感と自己嫌悪が沸き上がる。
ああ、ああ、もう――…!みんな、こんな感覚ふあんの中で……いや、きっとこれ以上の不安感を感じていたなんて…!
…常に、ではないにしても――って、ア゛〜〜〜………!リドルくんたち…どころかユウさんにまでなんという負担を…………。
……いや、それ言い出したらエーランさんたちの方がよっぽど…?
 

 罪悪感でいしきが潰されそう――だけれど、自己嫌悪が引き起こす鈍い頭痛がそれを許さない。
最悪のコンディションだが、絶妙に好都合・・・な状態に、思わず自嘲えみが漏れる。
ああまったく、自分で自分がイヤになる――でも、この最悪に拗れた状況をどーにかできるのは、たぶん私だけ。
――なら、好き勝手しこじれたた分はどーにかするのが――最低限の筋だろう。

 心と頭を切り替え、改めてフェンスで隔たれる森に視線をやり、
侵入者を拒む看板けいこくを無視して、出入り口として機能する金網の扉に手をかけようと歩き出す――
――その刹那、ガショという耳障りな音と同時に、手元が暗くなった。

 

「…………………………ド、ラ……??」

 

 反射で顔を上げた先――フェンス、というか看板の上にドンっと陣取っていたのは、…ドラゴン。

 濃い赤色の鱗。首が長くて、腕は細いが、脚はガッシリ。畳んでいるが、翼があって。
トカゲとは全く違う突起物の生えた顔に、こちらを見る眼は金色の虹彩に、爬虫類的な縦長の瞳孔。
……どー見ても、ドラゴン、である。
ファンタジー作品では強キャラ当たり前にして、当然のようにレギュラーとして君臨する最強きょうてきの一角――ドラゴン、なのである。
…………ただ、二次元ぞく的知識で言うと、レッサードラゴン、と思われるサイズだと思われる…。
………あと、この子――……………純粋な、ドラゴン――かね??

 ダンッと赤いドラゴンがフェンスを蹴り、ドンッと私の背後に降り立つ。
小さいレッサーいましたが――…人間サイズには十二分にデカいです…ね……。
上体起こしたからなおさらにデカぁ………。

 

「………」

「…………………」

 

 なぜか?赤いドラゴンとの睨み合い――
…いや、睨み合ってるわけじゃないんだけど、かといって見つめ合うって表現もなんだかしっくりこないわけで……。

 良し悪しなく、ただ無言でお互いを見合っている――
――ドラゴンあいての反応を待っている状況が、ややしばらく続いているのですが――

 

「――アネキ、いつまで黙ってんだよ」

「!」

「……かといって、お前が口を開く場面でも無かったと思うぞ…」

 

 不意に、ひょこと赤いドラゴンの背から顔を出したのは、めっちゃ小っちゃい2体の――…ドラゴン。
…ただ、顔の作りやらは幼いモノではないところを見ると、幼竜――子供のドラゴン、ではないんだろう。
……口調も声質も、そういう感じ・・ではなかったし…。

 自身の背に向いていた赤いドラゴンのしせんが――今一度、私に向く。
…ただ、先ほどとは違って、あからさまに不安・・の色が見て取れた。…………待て、不安・・、とな??

 

「姐さん??」

『ハハハ、それは濡れ衣というものだよ――
――彼女が恐れているのは単純にお前の機嫌を損ねることさ』

「はん?」

「!」

『――ほらね?』

「…」

 

 ノイ姐さんからの指摘に、思わず出た怪訝な声――に、
ビクと肩を震わせたのは――件のドラゴンかのじょ、だった。

 …よくよく考えれば、兄さんがこの場所を訪れたことがあるということは、
同時にノイ姐さんも訪れたことがある――ということにもなる。
そして、賢者の森ここ賢梟ノ神じゅうしん神域テリトリーであるのであれば、
初訪問の折には姐さんが仲介役になっていた――と考えるのが妥当だろう。

 …もしくは、もう一方・・が――だが。

 

 サラマンダーシヴァの背に乗り行く空の世界も、幻想ロマンに溢れていた――
――が、シヴァには申し訳ないけれど、ドラゴンコレは別格だあぁぁ……!!!
 

 背に人を乗せた時点で、ドラゴンにとっては低速なのだろう――けれど、それでもその飛行速度は人の域をいとも容易く凌駕する。
頬――どころか、体に感じる風――というか圧が違う――
…そもそも、ヴォルスさんたちもそこまで速度を出していたわけではなかった――にしても、別物だった。
油断したら首折れそう――以前に、風圧に体を持っていかれて、ギャグ漫画じょうだんみたいに落ちるぶっとぶと思います。

 そんな油断ならない状態――という以前に、空を駆るが為の強烈な風圧によってまともに声が出せない上、
更に風の音によって音という音が掻き消されてしまい、会話もとい情報交換ができずにいる――
…のだけれど、ドラゴンの飛行能力すいしんりょくは、それを補ってなお余るものだった――
………ただ、欲を言うともうたいぶドラゴンの背中ファンタジーくうかん楽しみたかったな!!
 

 ――なんて、能天気な私好しこうドラゴンかのじょの背から降りると同時に彼方へと捨てる。
そうして、改めて目の前にある現実――大賢者ルーファスの庵だろう小屋の前に、聳え立つ要塞の如く座して待つ、
レッサードラゴンかのじょを遥かに上回る巨躯を持つ――この森の守護者ぬしなのだろうプラチナブロンドのドラゴンの前に立った。

 

「(………ひょーじょーが、まるでわからないー………)」

 

 思いっきり顔を上げ、やっと見ることができる巨大なプラチナブロンドのドラゴンの顔――
――だが、20m以上は離れた先にある顔からは、正直表情というのは全く読み取れなかった。

 …ただ、こちらに対して警戒とか嫌忌とか、そういったマイナスの感情がない事だけは確かだった。
表情が読み取れないのは事実だけれど、それと同時に、私に向かって真っ直ぐ降り視線にそういったモノの気配がないのも事実で。
……ただ、だからこそ不穏というか――…フラットすぎて不自然、なんだよなぁ………。
 

 ――不意に、ドラゴンが動く。
遥か高い位置にあるあたまを、どうやらこちらに下ろしているようだ――が、物理的にそれは可能なのだろうか?
その、ドラゴンの骨格的に、体格的に――距離感ぶつり的に…!
 

 瞬間、某ゲームの中で何度も喰らったドラゴンの、ボディプレスが、脳裏をよぎる。
…いやはや、やはりアレはゲーム――物理法則げんじつを無視した非現実げんそうなのですね。
ドラゴンコレボディプレスアレ喰らってものの数秒で立ち上がれるって――…って、以前の話でコレ、喰らったら普通に死ぬよね??

 

「――…ほハ?」

 

 降りてくるドラゴンの顔に、死の想像がよぎった――が、それは私の過ぎた悲観ひがい妄想だった。
ドラゴンの巨躯が――どころか、その顔さえ、私の前に降りてくることはなく、
実際に降りてきた――ドラゴンと入れ替わるように姿を現したのは、プラチナブロンドの髪を持つ人の姿をした女性、だった。

 

「……――やぁっと会えたわ〜〜〜〜!!!

「っ――ぎょえーー?!

 

 ニヘと笑みを見せたと思ったら、誇張なく目にも留まらぬ速さでこちらとの距離を詰めた――
――上に、がばちょと抱き着いてくるプラチナブロンドの彼女――…おそらく巨躯のドラゴンの仮の姿だろう女性。

 見た目は人並みよりも少しばかり美人だけれど、それ以外は人間とほとんど変わらない――
……が、その腕力はドラゴン水準のようでございましてェ………!!?!

 

母様!ストップ!ストップです!!

「ぅん?」

「っ……!あ…相手は…人間っ…ですよっ!!」

「………ぁ…ああ〜〜…………」

 

 赤いドラゴンむすめの制止を受けたことによって進行しなくなった抱擁――が、更なる指摘によってふわと緩む。

 …本気で、上半身の骨の大体を持っていかれると錯覚する――
…いや、制止が入らなかったら大体の骨がへし折られていただろう抱擁が緩み、
圧倒的安堵感に全身から力が抜けてしまい――

 

「あ、あら?も、もしかして…どこか痛めてしまったの…?!」

「いや、ちがっ………ほっとしたら…力が、抜けて……」

「そう?それならいい――……のかしら?」

「…怪我がねーならそれでいいんじゃねーの?てかよくなかったらかーさんが無事で済んでないだろ」

「……それもそうね!」

 

 白いミニドラゴン“むすこ”の指摘にプラチナブロンドのドラゴンかのじょは笑顔で納得する――
――と、不意に私を横抱きに抱えなおすと、屈託のない笑顔で「行きましょう!」と言って、
彼女は小屋いおりの前を通り過ぎ、どこへ向かうやらやっぱりだが――とにかく歩き出していた。

 …おそらく、彼女――なのか、彼女たち・・なのかの中で、段取りというものがあるのだろうけれど、
その辺り一切の説明を受けていないわけで――…すが、
この流れを遮ってまで、確認するべきことかと問われれば、疑問を覚えるところだった。

 今訊くのも、目的に到着してから聞くのも、
そう心境的に違いはないような気がするのです――……彼女の性格ふんいき的に。

 

■あとがき
 なんでこうなった?さてな!気づいたらこんなコトになってたんでなァ!(脱兎)