プラチナブロンドのドラゴンじょせいに抱きかかえられ――ではなく、途中から自らの足で立ち、
彼女に手を引かれたどり着いたのは、上部が止まり木のようになっている石碑――
…ではなく、神道コチラ的に言うところの磐座いわくら、もしくは神籬ひもろぎと呼ぶモノの前、だった。
 

 磐座せきひの周りには石畳が敷かれ、そこへ至る道も簡素ながら石畳が布かれていて、
いわゆる「社」としては、たいぶシンプルな作りだけれど、石畳の隙間に草どころか苔さえ生えていないところを見ると、
まめに手がかけられている――この森の住人たちからの信仰しんらい集めていることが伺えた。

 ――…ただ、この獣神と呼ばれる神は、
この手の信仰・・じゃあまったく賄いきれないくらい燃費の悪いそんざいなんだけど――…ぁら?
 

 視界の端、火が灯るかのように姿を現したのは、ボルドーの髪を緩く束ねた男性。
…おそらく彼もまた人間ではなく、そしてあの磐座せきひを守る神職しんかん的役割に就く存在なのだろう――
…けど、その服装はプラチナブロンドの彼女、
そしてその娘である赤のドラゴンが姿を変えた女性と同じく、質素……というかラフなもので。
…おそらくそれだけこの磐座もりの主は、彼らにとって気兼ねない――もとい、そういった部分に対して寛容な感覚の持ち主なのだろう。

 ――もしくは、かつての神子に対して余程の思い入れぎりがあるのか――

 

「――神子様、どうぞこちらへ」

 

 ボルドーの男性に促される形で前へ――磐座せきひに向かって足を進めると、
それと入れ替わるようにして彼は後ろへと下がり、石畳で区切らせいびされた区画に立っているのは私だけになっていた。

 …ただ、だからといってなにがどうなるわけでもなく、ただ黙って時が来るのを待っている――と、

 

『…呼んであげたらどうだい?』

「へ?」

『賢梟は本来・・鳳凰直轄――だからね、そーゆーところを重視・・するのさ』

「へ…ぇー…?」

 

 訪れない出会いときに疑問を覚えつつ、礼儀として沈黙していた――所にかかったのはノイ姐さんの声。

 このの主たる賢梟ノ神が降りてこない理由に心当たりがあるらしいノイ姐さん曰く
「呼べばいい」とのことだけれど――…それこそ「呼べばそれはいい」として、
鳳凰直下だからそーゆーところを重視する――…っていう嗜好性じょうほうは……
…もっと早めにっていうか事前に教えておいて欲しかったよ……。
 

 並ではないという自負、そして実績があるとはいえ、
いきなりホレと促さいわれても簡単にはできない――…ことも、ない。
けれど、やっぱり万全の出来じょうたいで応えたいのが芸者の本懐なのです――が、
…今求められているのは巫女としての奉納げい、なのですよねぇ……。

 

「…………………中途半端に本式でるのも失礼だから――まずは・・・、略式でいいかな?」

『……お前なら、許される傲慢へりくつじゃないかねぇ?』

 

 屁理屈と釘を刺しながらも、問題にはならないだろうと判断したのか、ノイ姐さんの気配が遠のく。
…確かに、コレは傲慢――自己中心的な理屈、だった……というか、巫女としてはあり得ないレベルの不敬、だった…。
 

 なにがなんであれ、常に獣神かみに対して最大限の敬意を払い、
礼節を持って粛々とその道理に沿って儀式を行うのが神職みこの役割――
…なのに、その道理を巫女ひと感覚つごうで勘定するなんて、なんとまぁ罰当たりなことか…。

 …さっきまで、知らぬ神気けはいに畏れを覚えて、らしくなく緊張なんてしていた私は一体どこへ行ってしまったのか――…
……まぁ…らしくない、って思う時点で持続する性質モノじゃない――もう私は神子であって巫女ではない、…んだろう。
…ただその理屈は、元の世界むこうではどこまでも・・・・・通用したけれど、ここでは相手の寛容性にその是非が委ねられるわけで――

 

「…んぇ?」

 

 不意に感じた神気けはいに、半ば反射で顔を上げる――
――と、目の前にある碑石、もとい止まり木“そ”の上に座しとまっていたのは、現実離れした大きさの真白なフクロウ。

 考えるまでもなく、この巨大な白いフクロウが、賢者の森の守神ぬし――獣神・賢梟ノ神、なのだろう。
…しかし――…なんでこのタイミングで出てきたの???

 

「お初にお目にかかります――姫様」

「…………んん??」

「…我らの主の声は聞けずとも、白獅子――…いえ、ノイ様よりお話は伺っておりますよ」

「………ぁあ…そっか…そういうこと、か…」

「…ふふ、それもそうですが――幽霊劇場ファンタピアでの不敬なナメた真似、お忘れですか?」

 

 小さく笑みを漏らしながらも、「不敬なナメた真似」と、棘のある言葉を口にする賢梟ノ神――
…だけれどそこに、怒りマイナスの感情は一切なかった。

 ちぐはぐとも言える彼の言動に不安いわ感――と言うほどでもない単純な疑問を覚えて、
思ったまま「怒ってないの?」と尋ねてみると、賢梟ノ神はまた小さく笑って「まさか」と言い――

 

「この程度の事で憤っていては、世界が持ちませんからな」

「ぉぅ……」

 

 にこりと、柔らかな笑みを浮かべ、賢梟ノ神は穏やかに言う――…けれど、なにか、ゾッとするものがあった。

 賢梟ノ神の言葉に他意は感じられない――のだけれど、その悟りけつろんに至るまでには「何事」があったのか――
…そしてもし、その「大事なにごと」がルーファス様“みこ”の失踪だったなら――………今は触れるべきではないだろう。巫女的に。

 

「事の概要――澪一の意図については既にノイ様より伺っております」

「……ぇ」

「…では、庵へ戻る道すがら、貴方がまず・・成すべき計画ことを教えましょう――」

 

 そう言って、賢梟ノ神は碑石とまりぎから飛び立つと同時に光を放った――と思ったら、
次の瞬間には中空からその真白な巨体は消え、代わりにとでもいうように、
私の肩にはシロフクロウ――にしては小さな白いフクロウがちょこんと留まっていた。

 

 時間を欲しがった私に対する兄さんの答え――兄さんが私を賢者の森ここへ送り込んだ目的いととは、
精霊とドラゴンによって守られるもりに秘匿された大賢者の秘術――エオニオ牢球げんそうくうかんの制作方法、だった。
 

 現実から切り離された空間を構築し、またそれを保持する――と同時に、その中に「モノ」を留めることは、現代の魔法士でも可能ないき
しかし異空間“そ”の中の時間経過は、夢を見ている感覚に近いため個人によって大きく差があり、
また時間げんじつから切り離された空間という性質上、中に収めたモノに対して物理的な干渉ができないなど、
様々な制約があるため、別荘的な使い方はできないのが相場――というのが、空間魔法それをユニーク魔法とするパーシヴァルさんからの解説だった。

 げんそう空間を構築すること自体は、難しいことだけれど魔法士クラスでもできること――
――だがしかし、そこに時間操作と物理・・が絡んでくると、
一気に賢者クラスでも手の届かない難度――というか条件げんじつの壁にぶち当たるという。

 現実を覆す超常まほうの発現にはそれ相応の魔力が必要――で、
現実にない空間モノを作り、それを時間げんじつから切り離し、それでいてその中での物理げんじつ的な進行を可能とする――
――なんて、無茶苦茶な大業コト、マトモな人間ではできるはずがなかった――まず、魔力の消費量からいって。

 大賢者・ルーファスが残した秘術――の研究ノートは、極めて緻密な魔法理論によって確かに構築されていた。
これは、空想じみた術式りくつではなく、すべての条件が揃えば間違いなく現実のモノとなはつげんする、魔法だけれど極めて現実的なモノ――
……ただ、その発動条件がひたすらに荒唐無稽――それだけが、非現実的たまにきずだったけれど。
 

 大賢者の庵で私が譲り受けたのは、
幻想空間を構築・保持するマジックアイテム【エオニオ牢球】の研究と開発の進捗が記録されたノート――
――と、ただ一つだけ制作されていたエオニオ牢球の現物・・だった。
大賢者印の現物ほんものがあれば、これで「まず」の問題は解消される――と思ったけれど、現実は、そう甘くなかった。

 ルーファス様が制作し、所持していたエオニオ牢球は、
現実の時間から切り離された――厳密には時間の進行が極端に遅い、精神・・空間を構築・保持することを目的とした仕様モノで。
その研究日誌の最後には「自分一人ではこれが限界だ」と、これ以上のスペックアップは不可能だという結論に至っていた――が、
神子じぶんが複数人いれば」という可能性かせつも残されていて――そのページに付箋がついていたところを見ると、
おそらく兄さんたちもこの仮説に希望を――出鱈目トンデモエオニオ牢球完成の可能性を見出したんだろう。

 ……ただ、兄さんたちでは色々・・足りなかったようで、
最終的には完成の「か」の字がよぎる前に「無理」の二文字にぶつかってしまったようだけれど――

 

「ここの式は――こう、した方がロスが少ない」

「ほぅ」

「そしてこちらもここに合わせて、こう、すれば――」

「あ、スッキリした!」

「「…そういう理論コトではないんだが……」」

 

 大賢者のもりで秘匿されていたエオニオ牢球――の中で、ヴォルスさんとパーシヴァルさんの指導を受けつつ進めているのは、
大賢者も、兄さんたちも完成に至ることができなかった幻のエオニオ牢球――ではなかったりする。
厳密に言うと、それもアリではあるのだけれど、わざわざ新しい触媒を一から作る――のではロスの方が多いので、
兄さんたちと同様にそれはやめることにした。

 ルーファス様の残した開発日誌――に綴られた術式をベースに、
ルーファスかつての時代よりも更に最適化された理論じゅつしきへ整え、魔力のロスを生む不要な式を可能な限り取り除いていく。
…おそらく、ルーファス様が書き残した仮説じゅつしきのままでも、
先の公演で得た「力」があれば、その発動と維持に必要な魔力を賄うことは可能――だろうけれど、
二度あることは三度ある――という以前に、かけられる保険はいくらでもかけておきたいのが、今の私の本音だった。

 …それに、どーせ書き換え無くてはならない部分――
幽霊劇場ファンタピアの様式に適合した術式に書き換える必要がある――上に、丸一時間いちにちエオニオ牢球ここに缶詰なのだから、
細かい部分のブラッシュアップに割ける余裕じかんは十分にある――のだから、最善を尽くすやるのが当然だった。
 

 灰魔師団でもトップクラスの魔法技師であるヴォルスさんと、
空間を操るユニーク魔法を使うパーシヴァルさんのおかげで、
まほうの基礎となる術式の再構築は24時間いちにちもかからず完了するだろう。
そして、この術式しくみの要となる賢梟ノ神を神降ろすよぶ方法、
そしてその概念そんざい磐座やしろに定着させる方法にも調べがついた――…のだけれど、
その儀式に必要な精霊そんざいに、当たりさえついていないのが不安だった。

 …そして更に言うと、その問題についてはリアルタイムで対処しなくてはならないから大問題――
――更なる状況の圧迫を生みそうで……この上なく恐ろしいのです…。
…とはいえ、これ以外の方法はない――に等しいのだから、選り好んでなんていられないけれど……。

 

「………」

「――ブォフ」

「ゥわぁちィ!!」

 

 無言でじぃーっと、パーシヴァルさんの肩に陣取っているシヴァを見つめていた――
――ら、シヴァがニヤと笑って炎を吹いた。

 ここは現実から切り離された夢の世界――のようでいて、魔法という超常の理屈・・で構築された精神世界だけに、
その法則は極めて現実にほど近い――のだから、炎は熱いし、それに当たったモノは焼ける。
……なので、前髪が若干焼け焦げました――いえ、自業自得でしかないのですが。

 

「…不愉快な思いさせてごめんね」

『――そうだな。テキトーに縋られるのは大変に不愉快だった』

「ぇ…そこ?」

『それはそうだろう。わたしシヴァではどうすることも叶わない――と理解した上で、だったのだからな』

「そ……そこまでの認識はなかったんだけど……」

 

 パーシヴァルさんの肩から泳ぐように宙を移動して、シヴァは私の首に巻き付くように身を預け――
――私の不安を見透かした様子で、うっすらと笑みを浮かべながら「不愉快」の要因を口にする。

 …どーゆーことやら私以上に私の内心ことを分かっているらしいシヴァに、
失礼な無意識を申し訳なく思う――半面、その余裕たっぷりの慈愛の笑みに若干ムッとした。
…ただ後者それに関しては、八つ当たりに近い感情だという自覚もあったけれど。

 

「――だからといって、彼女に火を向けるのはやりすぎじゃないか、シヴァ?」

『フフ…やりすぎ――ではないさ。
でなければ我ら・・は今頃消し炭――も残らず焼失しているはずであろう?』

「…それは……結果オーライの屁理屈だろう……」

 

 シヴァの行動を嗜めるようにパーシヴァルさんは「やりすぎ」とシヴァに言葉を向ける――
――けれどそれに対してシヴァはムフンと自信満々といった様子で顔を上げ、
パーシヴァルさんの指摘を否定する――が、それに対して更にパーシヴァルさんが言葉を重ねると、
シヴァはやれやれといった様子で軽く首を振ると、私の肩の上でぐるりと方向転換して――…パーシヴァルさんに、尻尾そっぽを向けた。

 

「ぁあ…ぇぇとぉ…………」

「ハハハ…気に病むことはないよ。俺とシヴァは大体こういう関係かんじだからな」

「――だが、悪いと思うなら自身の無思慮を反省する――か、睡眠をとるべきと思うが」

「…へ?」

「ここでは肉体的疲労しょうもうは発生することはない――が、長時間の思考は間違いなく俺たちの精神しこうに不具合――消耗をもたらしている。
思考能力の低下は主に脳への負荷が原因――しかし現実にくたいから切り離された精神体であれば、理論上は機能低下は起きえない――
――はず、なんだが……お前を含め俺自身も思考能力が落ちているように感じる」

「…………ぶっ通しで6時間――も、ありますけど…ここまで・・・・の、精神疲労もありますし…ねぇ……」

 

 自覚した途端にずんと重さを増す疲労からだに、思わず弱音混じりの所感こうていが、苦笑いと一緒に漏れ出る。

 …たぶん、術式どうこうという内容ハナシは、そこまで私の精神しこうに負荷をかけてはいなかったと思う。
知らない要素ことがこれでもかというほど出てきたけれど、それでもヴォルスさんたちの解説のおかげで理解が及ばないことはなかったし、
既に確かなかんせいした術式だけに仮説――不確定要素が少なかったことも、負担が少なかった要因だろう。
…だから、このどっと圧し掛かってきた疲労感は、それ以前から蓄積していたストレスモノ――…なのかもしれない。

 

「……精神を整える方法が睡眠しかないっていうのは……ちょっと考えものですねぇ…」

「…………サウナ?」

「…用意できないことはないですが、今試すと突っ伏したのぼせたままタイムアウト――の、気が……」

「……でも、根を詰めすぎないようにするためにもそういう施設はあった方がいいかもですね――缶詰は決定稿なので」

「うん…まぁ………今回ばかりは避けようがない…な」

 

■あとがき
 まだまだ続く作者しか面白くないオリジナル小説回ー。
 公式の魔法設定が夢の国仕様――というか開示情報がほぼ皆無なので、理屈をつけるためにこちらの設定に寄せております。
理屈をぶち破るのが獣神サマの専売特許なので、端から無いとご都合展開に歯止めがつかなくなるんだよネ!!