現実じかんの流れから切り離された幻想空間――を、構築・保持する魔法具【エオニオ牢球】。
その機構りくつ幽霊劇場ファンタピアに組み込むため、
ヴォルスさんとパーシヴァルさんと共にエオニオ牢球の中で丸一日頭を突き合わせ――
――たおかげで、なんとかその理論じゅつしきについては、完成させることができた。

 そして、それに付随する細々とした準備についても、ほぼすべて算段が付いた――…のだけれど、

 

「ははは、心配のし過ぎだぞ?」

「そして逆を言えば、お前はどれだけ精霊を信用していないんだ?」

「っ――そ、そういうつもりではっ…!」

 

 ルーファス様の小屋いおりを出る折、私の背中をポンポンと叩きながら励まし――
――と、指摘か嫌味かもわからないほど衝撃的な見解を口にしたのは、
見目麗しい男性――の姿をした白と灰褐色の二柱ふたりの精霊。

 賢者の森の真の守護者ぬしたる――賢梟ノ神直轄の精霊ぶかである彼らの発言ことばに、思わずハッとして慌てて弁解を返した――ところ、

 

「オイオイ、あまりからかってやるなよ」

「からかったつもりはないんだがな――…こので心配など、あまりにも馬鹿げているからな」

「ぅっ…?」

「あーあーだから気を付けろってのに…精霊のことをそのあたり、お嬢はまだよくわかってないんだ。異世界こっち常識とうぜんを押し付けるなよ」

「――だが、こうした方が覚えが早いだろう?」

「……あの、なぁ………はぁ〜…それ・・はな、マスターだから通用したんだよっ。軽々しくマネするなっ」

「…問題ないと思うがな――彼女・・に関しては」

 

 含みのある笑みを薄らと浮かべ、私に視線を向けるのは、灰褐色の髪を三つ編みにして緩く結った男性――の姿をとった精霊・ヴァイン。
そして彼の視線に倣うように、僅かに紫がかった白髪をショートで整えた男性――の姿を執る精霊・ネージュの視線も、私に向いた。

 人ならざるクオリティのイケメンに見下ろされ――ているのはこの際置いといて、
何かを見透かしたような精霊たちの視線は――…どうにも、居心地が悪い。
しかしかといって、その視線から逃れるのはもちろんのこと、逸らすことも礼儀として許されできない――ので、大人しく彼らの視線を耐えうけるしかなかった。

 

「………そういう理屈ハナシ、かぁ…?」

「でなければ、逆に問題だろう?彼女にはマスターの遺品・・を託すんだ。
――それに、俺の行動が問題だったなら、すぐその様に応え・・が出ていただろうさ」

「……それもそーだが……」

「フフっ、ネージュったらいつまで経っても心配性ね!」

「―――……お前たちのせいだぞぉ…お前たちのぉ………」

 

 ネージュさんの懸念しんぱいをよそに、平然と尤もな事実ことを返すヴァインさん――と、
しんぱいそれをどこか懐かしげに笑い飛ばすプラチナブロンドの女性――賢者の森の守護龍にして、ルーファス様の義娘・エトワールさん。
――そんな、相変わらず・・・・・なのだろう彼らの反応に、ネージュさんも無理を悟っ“おれ”たようで小さくため息を吐き、苦笑いを浮かべながらもそれ以上言葉を続けなかった。

 

「…ネージュ様、ヴァイン様。あまり神子様をお引き留めするのは…」

「…そうだな、今生の別れというわけじゃない――からな」

「……」

「あー…真に受けないでくれ。ただの言葉のアヤだ」

 

 今生の別れ、なんてヴァインさんの単語ことばに思わずハッとした――が、ネージュ曰く「言葉のアヤ」。
…おそらくこちらの反応を想定してだろう選択はつげんに、思わずヴァインさんにジト目で視線を向ける――
――と、一瞬ヴァインさんはきょとんとした表情を見せた――が、それはすぐに懐かしげな色を含む苦笑いに変わっていた。

 

「さぁ、早く戻るといい――一分、一秒も惜しいのだろう?」

「……話を引き延ばしたお前が言うかねぇ…――だが、その通りだな。
アイツらがキミの呼びかけに応じないということはないだろうが、準備に時間てまが要ることに変わりない」

 

 何やら一人で納得して、私にNRCへ戻ることを促すヴァインさん――
――のマイペース加減に、呆れたようなセリフを口にしながらも、ネージュさんも私に帰還を促す。
そんなデコボコ――だけれど底に根差すモノは同じなのだろう精霊たちに「ありがとうございます」と頭を下げ、改めて前へ視線を向けると――

 

「ジェダ、ネフのこと、くれぐれも頼みましたよ」

 

 小屋の前、木々の生い茂る森の中で開けた場所で、
明るいボルドーの髪をミディアムに整えた女性――の姿をとった赤のドラゴン・リュビさんが心配そうに声をかけるのは、
灰色の鱗を持つ前足のないドラゴン――に言うところのワイバーンの特徴を持つ「ジェダ」と呼ばれた飛竜ドラゴン

 リュビさんの懸念しんぱいを察しているのか、ジェダと呼ばれた灰色のドラゴンは彼女の言葉に小さく頷くと、
おもむろに顔を自分の隣に立っているオフホワイトのワイバーンドラゴンに向けた。

 

「…ネフも神子様の手前、身勝手な行動はとらないと思いますが…」

「つーか、んな余裕ヒマねー――てか、まず・・死にたくねーし」

「「………」」

 

 自分に心配の視線を向けるジェダ――と、同じ心配おもいを抱いているリュビさんを前に、
平然とした様子で尤も――だけれどまぁ物騒な結論しょけんを口にするネフ――ことネフラ。
事実かつ、ご尤もなネフラの発言に、リュビさんとジェダも沈黙する――…が、二人の表情は若干、と言わず苦いものだった。

 …おそらく、ネフラが真面目――かはともかく、ちゃんと自分の役目を果たすだろうという確信を得られたのはよかった――
――のだろうけど、まずそもそも彼らに任された「役目」の重さに頭痛が奔った――のだろう。
………ところで……重いのは役目だけ――…だよね?私自体・・・は重くない、よね??ドラゴンにとっては――さ?!

 

「神子様」

「ッ!」

「……どう…されましたか?」

「っ…に、荷物の精査をした方が――…いい、のかなぁー…と……」

「…?……時間が惜しい――…のでは…?」

「…かと、いって…ジェダたちに無駄な負荷をかけるのも忍びないので………」

「あ゛〜?荷物が減ったところで負荷おもさなんて変わんねーっての。…大体重いのは荷物じゃなくて――」

「…籠、なので……」

 

 そう言うネフラとジェダ――に倣って、全員の視線が向く先は、彼らと同等の大きさをもつ籠。
太い細いだいしょう様々な蔓によって編まれたそれは使い込まれている――相当の年月を経ているようだけれど、
また同時にそれだけの手入れもされているようで、古びた印象――心許なさというものはなく、寧ろ頑丈そう――…重量があった。

 

「フフっ、元は私やリュビの飛行訓練に使っていたモノだから――二人にはちょっと重いのよね〜」

「……」

「わ、私が同行できればよかったのですが……っ」

「…………」

 

 あっけらかんと笑顔で言うエトワールさん――に、僅かに不機嫌そうな色を含んだ視線を向けるのはネフラで、
申し訳なさそうに「同行できれば」というリュビさん――に、どこか安堵の混じりに小さく息を吐くジェダ。

 …なんとなく、彼らの心情――そして彼女たちの個性になんとなくの当たりが付き――とにかく、これ以上の追及・・はやめる。
もし、仮に、私が彼らにとって物理的に重かったとして――も、訓練ってことで我慢してもらおう。それがきっと彼らのためだ――たぶん、きっとね!

 

「…一人では重くとも、二人であれば問題ありません――ただ、騎龍としては半人前なので背中・・はご容赦を」

「……………――……ことが落ち着いたら練習に参加しても?」

「ッ――ダメです!!そんなことをしたら――神子様の首が圧し折れてしまいます!!!

「………いや、そもそもオレらそこまで速く飛べねーし…」

 

 白と濃緋の緋袴に、アレンジと装飾が多量に、だけれど上品に施された式服みこふく――
――それは、私が異世界TWLに落ちた時に身につけていたモノ。そしてそれに、私は今一度袖を通していた。

 尤もな話、ノイ姐さんの力を借りれば、わざわざ現物コレに袖を通さずとも、
これを再現す“き”ることはできる――…のだけど、なんとなく、それでは気が入らなくて。
だから、精神統一も兼ねて――とか言って、私は着替えなんて当たり前のいまさらなことをしていた。
 

 オンボロ寮から賢者の森へ向けて出発し、賢者の森そこであれやこれやで第一まずの問題の解消方法の発見――と、
その方法の再編を終え、賢者の庵から資料に道具、そして素材にお土産までを積んでもって、私たちがオンボロ寮に到着した頃には――

 

「………」

 

 全ファンタピア団員の同意が揃い、リゴスィミ劇団せんだいへの応援要請も通り、最終日の公演の確認と調整は現在進行中――で、
最も難航するだろうと思っていたクロウリーさんの謝罪――までもが、既に得られている状態だった。
…ただ、それと同時に――…兄さんが離脱したあと、だったけれど…。

 現段階いまとなっては、兄さんの不在はそこまで計画の進行の妨げにはならない――と思う。
もちろん、居てくれたなら心強いし、運営側の役割しごとを全任せできる分、時間の短縮と更なるクオリティアアップが望めただろう――
――が、人の命に勝る価値えきは無いのだから、離脱それはしようの無いことだった。

 ――だから、離脱それについては当然と、本当にしようのないことだと納得している――…のだけれど、
いつまでっても兄妹二人、膝を突き合わせそれぞれの事情コトを話せる余白きかいが無いことが、どうにも釈然としなかった。
………まぁ、その場面きかいをことごとくおじゃんにしているのは、他の誰でもない――私!なんですけどね。ね!!
 

 …血は繋がらずとも、私にとって兄さんは家族にいさんで、兄さんにとって私は家族いもうと――…だと、思う。
これまでに兄さんとは何度も言葉も意見も交わしている――けれど、ふと思い返してみれば兄妹らしい会話・・――
――なんて、再会した時のワガママ全開のなさけないあの一回だけ、だと思うのだ。

 家族きょうだい特有の気楽さはありながらも、互いに役職やくわりの上、一線を引いた上での応対かいわ――…必要なコトだった、とはいえ――

 

「(――しごとスイッチぃ〜〜〜……!!!)」

 

 頭を抱えてヘドバンをかました――くなるほどのやるせなさを、理性と根性で圧し留める――と、
とんでもない不快感が胸の底、胃の奥から沸き上がってきて――その息苦しさに、気が遠くなった。

 …しかしここはぶっ倒れてもいい場面などではまったくなく、寧ろそれは不出来に無様を塗り重ねる、バカもアホも、愚かさえ表現ことばが足りないほどの所業。
本気で、兄さんに対して申し訳なく思っているのであれば、この自責ふかいを呑み、尚且つ不快感それ生むなすモノ――
――目的やくわりのために家族を犠牲にする――とうそつしゃとして、計画そしきを指揮していくことが、私が兄さんに対して返すことのできるモノ、だった。
 

 なんとも矛盾した――というより、堂々巡りと言うべき行為だけれど、
…ここまでされ“し”て不満足で終わるなんてことは――許されない、のだ。
兄妹かぞく――などよりも、ずっと重く、高い次元の矜持かんけいの問題で。

 

「…………………――……はっ――…ぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜……………」

 

 なにか、そこで心が折れてしまいそうな気がして、ずっと堪えてきたため息を――思いっきり、吐いた。

 胸一杯、なんなら体一杯に溜まった不安やら嫌気やらのマイナスを吐き出す――のと一緒に、
捨てなげてはいけない希望とやる気も一緒に手放してしまいそう――というか、実際手放した観もあった――
――が、それを手放したところで、私のすべきことは揺るがかわらない。

 ――であれば、余計・・なモノは全て吐き捨ててしまえばいい――勝てば官軍、終わり良ければ総て良し、だ。

 

「――――」

 

 ただそれも、余計・・なモノだとしても手放せないほしがるほど、私が強欲でなければ――の前提ハナシだけれど。

 

■あとがき
 安易にボコボコとオリキャラが増えていますが、今後の展開に関わってくるのは二人くらいです。
じゃあなんでそんなに増やしたの――と問われれば、バックボーン構築時に生まれちゃったんだよ、という…。
 ホントのホントに異邦人であれば、こーゆーことにもならなかったんですが……(苦笑)