オンボロ寮の裏手――いつかの日、ジェームズさんがトラッポラくんたちに稽古をつけていた裏庭――
――というより空き地と言った方がしっくりくる更地エリア――から更に北に進んだ林のおく
そこにはついさっき見たレベルの既視感を覚える光景くうかんが存在していた。

 …これは、かつて兄さんたちが試行錯誤した時の名残――賢梟ノ神とオンボロ寮一帯このちを繋ぎ、
其の神の力を幽霊劇場ファンタピアの機能拡張に使おうとした――が、上手くいかず、放棄されることになった神域――の、候補地だった場所。
約11年前に整備された――と思ったら放棄され、その後は手入れが入ることもなく10年以上放置されて荒れ放題――だったのだろうけれど、
既に兄さんの根回ししじによって草むしりやら紙垂の新調やらが済んでいた――もとい、獣神かみを呼ぶに適う最低限の整備は・・・完了している状態になっていた。

 …ただ、環境は整っていたのだけれど、ある意味で今回の儀式のしゅやくとも言える存在たちが未だ顔を揃えておらず、
「さぁ始めよう」とはいかず――…といっても、予想的中という事態ところなので、今更慌てたり混乱したりはしなかった――
――が、一度引っ込んだ焦燥感がじわと息を吹き返して――変に背筋が伸びた。

 

様」

「!――オーヴェスさん…もしかして?」

 

 空白くうかんの中央、そこに設置された磐座もどき・・・の横に立っていたのは、
マリンブルーの髪をサイドだけを伸ばした長身の男性――オクタヴィネル寮内にある船着き場の管理人であるオーヴェスさんで。
船着き場で初めて会った時には「マネージャー殿」だった呼称が様付けになっていた――ことよりも、
今となっては覚えのある気配・・になんとなくの察しがついて「もしや」と疑問符を投げてみると、
オーヴェスさんは苦笑いを浮かべながらも畏まった様子で一礼した。

 

「先の礼節を欠いた振る舞い、どうかお許しください……」

「いえいえ、ただのマネージャーには十分でしたよ――だから問題ありません」

 

 先の非礼を詫びるオーヴェスさんに、「非礼ではなかったもんだいなし」と返した――のだけれど、
真面目なのか心配性なのか、それでもなおオーヴェスさんは私にことの是非を確かめてくる。
…ちょっと、神子わたし機嫌そんざいに対して過敏なような気がしたが、彼ら・・の場合は尚更なのかと呑み込んで、重ねて問題ないと伝えて――

 

「それより…オーヴェスさん以外の方は……?」

「…それは今――…内の一人が、残りの二人を探している状況です…」

「………あー…特定の場所に留まっていない…んですね…」

「……いえ…二人ともこの森のどこかにはいるはずなのですが――
…片方はほぼ常時寝ているので招集が届かず、もう片方については………性格的問題で招集に応じず………」

「………」

「我々はNRCここに在ればいいだけの存在――…という認識が、
長い時間を経て定着した結果、個の集まりという関係性カタチになってしまい………。
…かつてはマスター――ルーファス様を主と、シャルルと長と仰ぎ、協調を保っていたのですが………」

 

 ため息交じりに語るオーヴェスさん――
…だけれど、その申し訳なさそうな声音から察するに――彼自身も一因・・だという自覚はあるのだろう。

 彼らの個性はおろか、性質さえ知らない、解らない立場では――以前に、彼らにとって何者でもない立場わたしでは、彼らに対して何を言う権利はない。
そしてそもそも、百年以上も必要とされなかった「協調」が、今更こんご彼らが存在する上で必要になるかと問われれば、
だいぶ疑問を覚えるところで――…今更、それを求める必要はおそらくないだろう。
――ただ、あった時には要求するけどね。神子たちば的に。

 

「ぇえと……もう少し、時間に余裕があるってことでいいですか…ね?」

「……はい…」

「…ではその間に禊ぎを済ませてしまいますね――………姐さん、どう思う?」

 

 できた時間で禊ぎ――更に環境を整える旨を伝えると、オーヴェスさんは落ち込んだ様子ながらも了解してくれる。
そんなオーヴェスさんの反応に苦笑いしつつも、彼から視線をずらしてノイ姐さんに見解を求める――と、

 

「……」

「お前が思っているほど、お前の力は穏やかな力ではないのさ――この世界においては、ね」

「………」

 

 不意に、淡い光と共に私の背後――私とその後ろにいる人たちを別つように、線を引くように姿を見せたのはノイ姐さん。
…変な話、一線それを引いてくれるのが、他ならぬノイ姐さんであるなら、それは最上の安全あんしんを得たも同じ――
――なのだけれど、私の禊ぎちからがそうまでしなければならないほどの力だということに、合点がいかなかった。

 ゴーストジェームズさんたちにとっては――というなら、
その理屈いいぶんは当然に呑み込めるのだけれど――全員という線引きが、どーにも腑に落ちなかった。
…ただここで、追及する必要のある疑問モノでもないので、この場は疑問を呑み込んで、
ノイ姐さんに真意を訊くのはハロウィンこんかいの事が終わってから――に、しよう。
 

 下がっていくノイ姐さんとオーヴェスさん――を最後まで見送らず、私は紙垂を下げた注連縄が巻きつけられた岩の元へ向かう。
そしてぺちとその岩に触れてみれば――…間違いなく、この岩はただの岩でしかなかった――が、
それと同時に、この場所がオンボロ寮を含む周囲一帯において特別な場所・・であることも、また理解した。
――ただ、その辺りについては、私が今更あれこれと改める必要のないこと――…だとは思うけれど。

 場に、問題がないことを確かめてノイ姐さんうしろに顔を向ければ、ノイ姐さんの後ろ――から一間空けたところにずらと集合しているギャラリーたち。
彼らの顔に浮かんでいる表情モノはそれぞれ――だけれど、全員が一様に含んでいるのは畏れの色。
だけれどそれでいてこの場を離れないところを見ると――…畏いモノ見たさ、という欲求ヤツなのだろう。

 

「…さて、ここからは気持ちを切り替えないと――ね」

 

「お」

 

 ガサと音を立てて木々の間から顔を覗かせたのは、
ブラウンの長い髪を一つに束ねた男性――…の姿をとっているオーヴェスさんの仲間の一人だろうヒトの姿。

 おそらく、今までに経験したことのないだろう浄化の力に、驚き――以上に異常性を感じて、慌てて現場に駆け付けた――のだろう。
おかげで、目があった途端に思いっきり顔を背けられてしまった。

 

「――…スリュド、神子様を前になんだその態度は」

「……」

 

 仕方ない――けれど失礼と言えば失礼に当たる行動をとったブラウン髪の男性・スリュドさん――
――に、苦言を向けたのは、カツカツと中央こちらへ足を進めるオーヴェスさん。

 苦言を向けられたスリュドさんも、自身の行動の非を自覚しているのか、オーヴェスさんに反論することはない――が、
同時に仕方なりふじんさも感じているようで、彼のオーヴェスさんを目には不満の色がありありと浮かんでいた。

 

「まぁまぁオーヴェスさん。前置きなくあんな浄化コトしたわけですから――…変な感じになるのは当然ですよ」

「…、それ、は……」

「それにそう・・でないと――…私の沽券に関わるような??」

「「………」」

 

 別段、沽券に関わるとそうは思っていない――けれどよーく考えると、
畏れられないというのは、姫巫女のを冠すモノとしては、問題があるような気もした――が、
もし問題があるとすれば、それは私の不出来故――なので、どの方向から考えてもスリュドさんに非はなかった。否一般常識わたし的には。

 

「…できればコレが、目覚ましもしくは呼び鈴の役割を果たしてくれたら話が早いんですが――」

「――アナタが、想像した通りの成果けっかになっていますよ――
…寝坊助のエストが跳び起きた上、自らノールを探すとすっ飛んでいきましたからね…」

「……すっ飛んで…だ、と…??」

「…あんな活動的なエストを見たのは――……百年以上ぶりの気がしますね…」

 

 心底驚いた様子でうわ言を呟くかのように言葉を漏らすオーヴェスさん――と、
どこか呆れた様子でため息を吐きながら中央こちらに近づいてくるスリュドさん。
百年以上の付き合いになるらしい彼らを驚かせるほどの行動力を以て、こちらに合流しようとしているらしい件のエストさん――だけれど、
そんな状態になるほどの圧力しげきをかけたのかと思うと――…さすがに気が引けた。自分の力の種類が種類で、相手の種族が種族だけに。

 ――…とはいえ、今更あれこれ思ったところで後の祭り。
スリュドさんと同じく――もしかすればそれ以上に悪いへんな印象を与えてしまった可能性はあるけれど、それも全ては自分の配慮の浅さが引き起こしたこと。
…故にこれはちゃんと反省、自戒した上で、汚名返上に努めなくてはならない――が、…それで間に合う・・・・んだろ――

 

「リュ〜ドぉ〜〜〜!!ヴェ〜スぅ〜〜〜〜!!!」

 

 頭上斜め上から聞こえた声に、半分反射で顔を上げる――と、

 

「とぉ〜〜ちゃくっ!

「ぅわああ!!?」

 

 ドンッと、スリュドさんの隣に軽やかにしてパワフルに着地したのは、
柔らかなメドウグリーンの短い髪を風に揺らす少女――の姿をとっているのだろう彼女。
パワフルな彼女の登場に思わず呆然としていると、オーヴェスさんがまた呆れた様子で「神子様の前――」と苦言を呈し、
それを受けたメドウグリーンの彼女はハッとした様子で私に視線を向けた――が、それはものの数秒で無邪気な笑みに変わった。

 

「わあ!女の子!女の子だぁ!」

 

 ペカーっと笑顔を見せた――と思ったら、その次の瞬間には目にも留まらぬ速さで距離を詰め、
更に手を取られた――上に、ぶんぶんと楽しげに握られた手を、右へ左へと振り回される。
熱烈歓迎――というよりは、男子校NRCでは極めて珍しい女子に喜んでいる風に見えた――が、その気持ちはなんか物凄くわかる。
男所帯に文句なんて一つもない――が、女子が居ない環境というのは、それはそれで淋しかったりする。その、場の潤い的な意味で。

 

「っ…エストッ、その方は神子だと……っ」

「も〜ヴェスってば失礼だよっ。
ブレシド様が認めたヒトがそんな狭量なわけないじゃん――ホラ!ノールも顔出して!」

 

 オーヴェスさんの注意も何のその――どころか、逆に注意し返したのはメドウグリーンの少女――件のエストさん。
ただ単に無邪気なのか、それとも生来持つ聡さが故に素直なのか、
顔のシワしぶさを濃くするオーヴェスさんを気にした様子もなく、エストさんは私の手を離すとクルと背を向け――

 

「………」

 

 背を向けたエストさん――の、フードからひょこと顔を覗かせたのは、
中型犬ほどの大きさの背中にトゲを生やした茶褐色の――……たぶんハリモグラだろう姿を模している、エストさんに「ノール」と呼ばれた存在。
あまり馴染みのないハリモグラの姿に思わずビックリしてしまい、あまつそれを引きずったまま「はじめまして」と声をかけたものだから――
…気を悪くさせてしまったようで、私の声に応えることなくノールさんは無言でエストさんのフードの中にもどってしまった。

 ――が、

 

「もー!ノールってばー!恥ずかしがってないで――出てこーいっ!」

「!!」

 

 一体どーゆーカラクリやら、エストさんの「出てこーい!」の掛け声に合わせてポーン!と彼女のフードから打ち上げられる――ノールさん。

 ハリモグラという生物すがたの本能――か、宙に打ち上げられたノールさんの体は内側へ巻き込むように丸まり、
スパイクボールの如き姿は太陽――そして花火を思わせる――が、太陽のように宙に留まるわけでも、まして花火のようにそこで爆散するわけでもないのだから、
地面に落ちる前になんとかキャッチしなくてはならない――のは、彼女がそのまま・・・・だった場合の話だった。

 

「………」

 

 宙から地へ落ちる最中、一瞬の強い光を境に姿を現したのは、
上着のフードを目深に被った、エストさんよりも少し年上といった風の少女――の姿となったノールさん。
…エストさんは「恥ずかしがって――」と言っていたけれど、まったく全然視線が合わない――どころか、視線すら向けられない現実を考えると――
………相当の、悪い印象を与えてしまったんだろう…。先の禊ぎアレも含めて…。

 事務的なことを言えば、これから構築しよおこなおうとしている術式ぎしきに、
私と彼らの信頼関係というものは多少悪くとも大きな影響は及ぼさない――
…ただそれも、賢梟ノ神という絶対的な存在があっての義理コトなのだけれど。
だから、厳密なことを言えば、彼らとはきちんと友好を結んで、義理ではなく直接の信頼関係の下に、儀式を行うべき――………なんだけど、…背に腹は代えられねぇのです。

 

「――…神子様、改めて自己紹介を。
我々は大賢者ルーファス様よりNRCの地の守護を申し付かった精霊――水のオーヴェス」

「…火のスリュド」

「風のエスト!」

「……………土のノール」

「……この地と賢梟ノ神様を繋ぐことは、我々にとって願ってもない事――
――彼の獣神かみのため、どうぞ我ら四柱を有意義にお使いください」

 

 かつて放棄された磐座になるはずだった岩の前、そこに一堂に会したのは、賢者ルーファスからNRCの地の守護を任された4柱の精霊。
…おそらく、彼らの思いはそれぞれだろう――けれど、それでもなお彼らのおもいにはルーファス様あるじへ対する想いがあるようで、
私に対する反応には微妙な色がある――としても、自身の負った役割を放棄するつもりは、誰一人としてないようだった。

 その存在を失ってなお、精霊たちに慕われ、尊敬され続けている神子けんじゃルーファス。
その人となりとはいったいどのようなものだったのだろうか――と、興味は湧きはしたけれど、それはすぐに胸の奥底に仕舞い込んだ。
先人を知り、その経験を学ぶは賢きこと――だけれど、その賢さ・・は今必要なモノじゃない。
…もしかしたら、色々無理を押してハロウィンのパレードを成功させるよりも、
地道にルーファス様の偉業ちしきの後を追った方が確実かもしれない――が、それでは――の名に瑕をつける所業だろう。

 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ――と言うが、未曽有の非常事態に前例などない以上、
リスクを呑んだ上で経験こうどうを重ね、その中で新たな方法みちを切り開いていくしかない――のも、そうだけれど、
それ以前にただの人間の一生というのは、気長に待ってまなんでいられるほど長くないのです。

 そして更に、私はせっかちかつ強欲なので――

 

「では、これより神呼びの儀式を始めます――みなさん、磐座ここを中心に5mほど離れてください」

「ぇ――5m?そんなに??」

「…呼ぶ神の規格サイズがサイズですからねぇ…
…ホントは狭いくらいなんですけど――そこは、賢梟ノ神が上手いこと調節してくれると思うので!」

「ぇえー……」

 

■あとがき
 因みに、LSAにも四柱の精霊さんたちがおったりします。