強要をされるままがに受容し、押し付けられたモノを押し付けられたまま再現し、
絡繰り人形のように歴史げいを再現していたのは――はて、いつまでの事だったか。
 

 過去の再現――古典の保持と継承の必要性は理解している。
古典とは、流派の始まりにして個性それを成す核たる基礎であり、長い歴史の中で洗練されてきた極みの一例――
――でもあるのだから、これを保ち、伝え、繋ぐことは、先人の成した益の上に生きる後人の義務、だろう。
――ただ、保ち、伝え、繋ぐことに拘ったがために、本来そもそもの存在意義である「美の追及」が停滞しているようでは、
いくら偉大な始祖――の子孫たちであろうと、見限られるその時は、きっと呆気ない手切まくぎれになることだろう。

 我が家が氏守神と祀る彼の皇神は、其の中でも群を抜いて気まぐれかつ利己的むじひ獣神かみ
それでいて、かつての神子への親愛――その想い一点で、その子孫たちを云百年と見守ってきた愛情深い一面もある――けれど、
その「慈悲」も結局のところは、先人たちが血の滲む研鑽どりょくによって常に磨き続けてきた奉納げいの賜物――それがあったから繋ぎとめることができていただけ。
だから今の安泰を維持し続けるためには、詠地家われわれは常に進歩し続けなくてはならなかった――彼の神に、見限られあきられないために。
 

 …なーんて、語ってみたけれど――正直なところ、私にはあんまり関係のない理屈ハナシ、だったりする。
確かに私の戸籍しょざいは詠地預かりだけれど、まずそもそも名乗っている姓は御麟――だし、その時点で詠地の人間・・の枠から外れている、し。

 

「――ビックリした」

「フフ、それは光栄です」

 

 持ち上げた私の右手に留まっているのは、真白なフクロウ――の姿をとった賢梟ノ神。

 正直な感想を、包み隠さず「想定外ビックリ」と伝えた――
――が、それに対するマイナスの反応は無く、それどころか「光栄」とまで言われてしまった。
…ただ、お世辞・・・の可能性も、考えられなくはない――が、だったとしたらもっと色々楽だったのではないかと思う。兄さんが。

 

「…これで、NRCここでもエオニオ牢球が使えるんだよね?」

「ええ――そしてファンタピアについても、私の領域テリトリー内に捉えました。
あとは術式の再構築と再施行――と、獣神スポンサーとの再契約、ですね」

「…………ぇ」

「もちろん、私一人で賄える規模モノではありませんが、私をメインにしなくては――術式の施行に無駄が生じるでしょう?」

 

 平然と、さも当然といった様子で言う賢梟ノ神――だけれど、それは、ちょっと、待って欲しい。

 彼の言っている理屈ことは、解る。
施行したい――組み込みたい術式きのうの内容的に、彼をメインに据えた方が、魔力のロスを少なくできる――
――術式を短縮シンプルにすることができるのは、解っている。それは、解っている――けれど、ね?
だからって先代から今の今までメインを張ってきた功労者たちを、そんな利己じむ的な理由で筆頭メインから降ろすなんて――

 

「………ブレシド」

「はい」

「…それ、は――無理、ではないんだよ…ね?」

「ええ、無理ではありませんよ?ただ、お勧めはしません――し、気分も良くはないですが」

「!?」

 

 ニコと笑みを浮かべ――ながらも、その顔にほの暗い色を纏わせ「良くはない」と言う賢梟ノ神――呼称・ブレシド。
穏やかで理知的な笑み――のその奥に見え隠れする、
なんとも覚えのある性質の悪い重さ・・に、背筋に変な寒気が奔った――その刹那、

 

「――まったく、賢梟とは思えぬ発言だねぇ?」

 

 不意にスルと、下ろしたままの腕に巻き付いたのは――白いノイ姐さんライオンの尾。
自分の側に引き戻すようなノイ姐さんの行動に、何とも説明し難い安堵感を覚えている――
――と、反対の腕に留まったままのブレシドが小さく、笑みを漏らした。

 

「フフ、同列となった今、ノイ様に遠慮する道理はありませんし――なにより、我がぬしの愛子を囲える絶好の機会ですよ?
そんな貴重な機を、私が見逃すワケがないでしょう――それこそ、賢たる私が」

「ぁあー……そーだねぇ〜…そういう男だったねぇー…お前というヤツは…」

「………ぇ?」

「…なーに昔の話――って以前に、『賢梟』なんて称さよばれていようが、結局は鳳凰一派・・・・のNo.3――って結論コトさ」

「……………」

「……貴女の言い分ことばに嘘はありませんし、否定するつもりもありませんが――
悪印象けいかいしんを植え付けるのは止めてもらえますか…」

 

 何度も同じことを言うようだけれど、本番ハロウィンまで時間が無くて、やらなくてはならないことが山ほどある。
移動だの、術式のアレコレだの、その合間合間でどうするべきか、どういった方針で構築するうごくべきかを考えてはいた――
――けれど、私一人ではどうしても見通しというものが立たなかった。

 ざっくりとしたアイディアはあって、そこからのプラン――そして成功のビジョンというものも見えてはいる。
が、それは実現可能な計画なのか、そして仮に実現できた場合のクオリティは如何ほどなのか――と、
現実的じゅうような部分の当たりがつけられていないのだから――妄想の域さえ脱せていない机上の空論でしかなかった。
 

 それでも状況は好転しているし、ちゃんと進行している――
――が、段階で言えば第一段階も達成できていないし、パーセンテージで言えばその進行度は10%にも届いていない。
…ただ、目耳に水の問題発覚から現実・・は半日も経過していない――と思えば、現状の進行速度は妥当と言えば妥当だろう。
本番までに今日を含めてあと一週間しかない――という状況でなければ。

 

「………」

 

 やるべきことが多くあるのに、残された時間は多くない――という状況下、
何をどう考えたところで今即すぐ動き出す必要がある――…のだけれど、私は談話室のソファの上で横になっていた。ユウさんの膝を枕にして。
 

 日中は各自業務がある――という正当な理由により、
部門長たちを集めての運営会議は彼らの用務員としての業務が終業となる夜からとなり、
幽霊劇場ファンタピアへの術式の施行についても夜の方が良いとのことで先送りとなり、
それまで休息をとること――が、今の私に課せられた仕事となっていた。

 …本当なら、ざっくりしたアイディアでしかないプランを、イメージを伴う企画書プランに仕上げたいところ――
…なのだけれど、しっかとユウさんかんとくやくを付けられてしまっては、大人しく休息をとるしかなかった。

 

「……、さん」

「はい?」

 

 緊張した声音で、何か意を決した様子で私を呼ぶユウさん――
――に、答えると同時に寝返りを打ち、仰向けになれば、目の前にはどこか気まずそうな表情のユウさんの顔。
どうやら私が向き返るとは思っていなかったようで、一瞬その顔には驚きが奔る――ものの、
すぐにまた気まずそうな表情になり、その視線は私から逸れてしまった――が、ほんの一間の内に視線それは私に戻ってきていた。

 

「あの…その――……今朝、のこと……なん、ですけど………」

 

 気まずそう――だけれどその目には意を決した意思つよさの感じられる表情で「今朝の」と切り出すユウさん。

 ヘンルーダさんの乱入――ハロウィン騒動によってうやむやになってしまった気まずい話題を、
あえて二人きりの場面で掘り返してくるあたりが――…なんというか、ユウさんらしいと言えばらしい気がする。
…ただ、一ヵ月と半月そこらで彼女ヒトのなにを如何ほど知れているというのか――とも思うけれど。

 

「…私が、さんの心配をするなんておかしな話だって、分かってはいるんです。
……でも、一緒に生活していると…どうしても――………近い、感覚に……なってしまって…。
…私なんかが心配しても、仕方ないのに――…」

「…なら、ユウさんはご両親に何かあっても心配、しないんですか?」

「!」

「ぁあいや、ご両親は言い過ぎましたね。学校の先生――辺りが適当ですかね」

 

 誤魔化すつもりはない――けれど、冗談を言うように笑いを含めてユウさんにそう尋ねてみれば、
私の問いかけを受けたユウさんはなんとも複雑そうな表情で私を無言で見つめている。
色々と、言いたいことはあるけれど、否定いいたいこと肯定いいたいことが打ち消して、言いたかったはずの言が無くなってしまった――…そんな、ところだろうか。

 頭では、相手の言い分の正しさを理解していても、心がそれを正しさと認めない――
――それは私にとっても覚えのある経験だけに、思わず苦笑いが漏れてしまった。

 

「自分より優れている人間を心配するなんて道理が通らない――でも、心配って常識どうりでするものじゃないじゃないですか」

「…それ、は………」

「間違いなく相手が自分よりも優秀で、強い人だったとしても、心配するしないはその人の自由――
…そして、それを受け入れるかどうかも相手そのひとの自由だと思うんですよ」

「―――」

 

 自分の面倒すら満足に見れない人間に心配される――
――それを、どう思い、どう感じ、どう受け止めるのかは――個々の自由だろう。相手を思うしんぱいすることが自由だというのなら。

 その心配を不敬と弾ずる者もいるだろう。
その心配を親愛と感謝する者もいるだろう。
そしてその心配を――枷、と感じるのが私だった。

 

「心配されている――…それは、ある意味で嬉しい事なんです。好意のおもう気持ちがなければ起きえないことですから。
――でも、『心配をかけている』という事実が、自分を思ってくれる優しい人に不要な心労をかけている――そんな自分が、気に入らない」

「…………」

「ユウさんに心配してもらえるのは嬉しいこと――だけれどそれは私にとって正道まっとうか。
不安を拭いたいと思っている相手に心配をかけている状況が」

 

 全ては不安の根源たる異世界から脱するため――…と言いきれたなら、まだ「生みの苦しみ」とか言い訳も立つのだけれど、
なにせこれまでに私がユウさんにさせた不安しんぱいの大体は自分都合の無茶に因る。
そんな事実の上で立つ弁解などは無く、また言い逃れの余地もない。
誰が何と言ったところで、私が正しくなかったという事実に揺るぎがない以上、行いを改めるべきは私――の他には誰もいないのだ。

 

「普通に考えれば、大した傲慢――独善的な考え方だとは思います。
…でも、これが身に染み付いた統率者わたし在りいき方で、譲れない部分なんです」

 

 心配される一方だった立場わたしが、他人の心配をする立場ようになったのは――たった、数年前の事。
だけれど実践えいさい教育の賜物か、その立場ありかたは私の中にすんなりと馴染み、
そして深く根付いて――…気づけば、そう在ることが絶対とうぜんになっていた。

 旗頭である以上、揺らぐことは許されない――
他人の人生ちからを預かる以上、その責任は背負わなくてはならない――
――その恐ろしさを呑み、その重さを抱え、それでもなお前へ進む。
この狂人染みた在り方が、私にとって苦痛となりえなかったのは――私を心配する他人・・がいなかったから。

 私を心配するのは身内・・だけで、他人はみんな暗愚に栄光せいこうを信じて従って――相応、それ以上の成功けっかを成せば文句さえ言わない。
だから、私にとって他人の面倒を見ることは割と簡単なことだった――…だって、相応の成果を上げれば彼らはそれで納得するんだから。
 

 ――でもだからこそ、私にとって心配してくれる身内だれかは、なによりも重い枷だった。
私が、浮世を棄てはなれたバケモノにならないための。

 

「あなたにこれ以上を望むなんて、無恥にもほどがあると思います。
でも、それでも、お願いします・・・・・・――私を、心配してください」

「――………………ぇ?」

 

 起き上がって姿勢を正し、ユウさんの隣に座る形で真正面から無恥おねがいを口にする――
――と、それを受けたユウさんはしばらくフリーズした後、
あ然とした表情で小さいけれど疑問がいっぱいに詰まった言葉になっていない声を漏らした。

 …この反応から察するに、たぶんユウさんは拒絶されると思っていたんだろう――
――うん。ユウさんじゃなかったら、拒絶してたろうね。

 

「誰に心配されたところで、私の向く先は変わりません――
…でも、その心配がブレーキになるんです。私が統率者わたしであるための」

「…、……? ぇと…あの……それは、どういう……?」

「……ユウさんみたいな存在ヒトがいないと――私、独裁者になっちゃうんです」

「!」

「――ま、今も十二分にその気は見えているとは思いますが」

 

 率いるもの無き支配者――を、私は独裁者と考える。
そしてもし、私がただ一人の神子であったなら――独裁者そうなっていただろう、と確信に等しいモノがある。
独裁者となった私の統率しはいはアリかハチかの社会性――おそらく作り上げる組織せかいはディストピアじみたモノ。
そしてそれは今の私が思い描く理想とはほぼ真逆の組織カタチだった。

 目的の達成――それを最大の目的とするのなら、独裁というやり方は私のようなバケモノにんげんには最適だ。
でも、達成することの価値いぎを最大の焦点とするのなら――独裁それは酷く稚拙――低能やばんとさえと言えるやり方だ。
個を認めず、他人を尊重することなく、ただ一人で作り上げる「モノ」の可能性など限界たかが知れている――
――のなら、他人を認め、そしてその上で相手の全てを呑み込み、己がモノとする――それが真たる強者の組織やりかた

 …まぁ、あくまでコレは理想論――…どうあっても、私では到達できそうにもない境地というヤツ・・、なんだけどね。

 

「…大見得を切っておいてなんですが、他人・・の全てを背負えるほど私はタフじゃないんです――
…だから、ユウさんにはこちら側に来て欲しいんです。今以上の心配を、これ以上の面倒を承知した上で」

「―――」

 

 無恥を、無茶苦茶を自覚した上で、それでもユウさんに求めるコトは――コチラ側へ踏み入るコト。
この異世界で、彼女の人生を見守るだけなら、私が一歩踏み出せば――それで済む。
だけれど、私たちの目的はあくまで元の世界へ帰ること――
――そして私にとっての最優先のじんせいは、なにがどうあれ――家族のソレ、だった。

 目的と優先順位を変える気がない以上、その達成と保持のためとあらば、私はいくらでも他人を喰い物にする。
大切なモノを守るために大切ではないモノを差し出す――…それが、今の私ができるコトの限界。
だからユウさんは、他人のままではいけない――コチラ側に引き込んで、最後まで「大切なモノ・・・・・」として、私の傍にいてもらわなくてはならなかった。

 ――他人など、簡単に切り捨ててしまう私なのだから。

 

「………――……考える…時間を、ください――…」

 

■あとがき
 相手を助けることができない立場で心配をするというのは――どう、なんでしょうね。
「してあげられることがない」とただ成り行きを見守り続けるのも、薄情かもしれませんが……
…案外、結果ではなく、心配する――相手を思う気持ちを持つことが、大事なのかもしれませんね…。