「なる、ほど……」

 

 オンボロ寮の談話室のテーブルの上に並べられた資料を確かめながら納得する――と同時に、自分の視野の狭さに奥歯を噛んだ。

 

「オレたちのは最終日の夜に一回だけ――で、
ただ『ハッピーハロウィン』って言ってお菓子を配るだけのパレードだからー……このままだと、拍子抜けだしまらないと思うんだよね〜…」

 

 そう言って苦笑いするのはハーツラビュルの寮服を着た――ダイヤモンドさん。
確かにこのままでは、ダイヤモンドさんのう通りの終幕になるだろう――
…ただそれは、ファンタピアウチの準備が間に合えば、の話ではあるけれど。
 

 ユウさんの退室した談話室で一人ぼーっとしていたところ、ノランさんに伴われてオンボロ寮にやってきたダイヤモンドさん。
いつもの一年マブコンビではない上、わざわざノランさんと一緒という構図に最初は首を傾げた――
――が、「ハロウィーン運営委員」という肩書を聞けば疑問は霧散した。
…ただ、それと同時に新たな問題の浮上の気配を感じて――思わず眉間にしわを寄せてしまったが。

 ダイヤモンドさん曰く、そもそものそもそもは、NRCにパレードというイベントはなかった――
――が、ファンタピア――もといオンボロ寮がスタンプラリーの会場として参加できない代わりに、
パレードそれを寮の出し物としたこと、そしてそれが好評であったことから、
それ以降ハロウィーンウィークのイベントの一つとして定着したのだという。

 そして現在では、寮の区別なく運営委員を中心にフロートを制作し、
最終日には生徒がキャストとしてパレードに参加し、
ハロウィーンウィークのゴールであるパーティー会場までパレードを行う――というカタチになっているそうだ。

 

「ハロウィーンウィークの目玉はスタンプラリーだし、最終日のメインイベントはパーティーだし、
生徒にとってのメインは自寮の会場・・――だからパレードはオマケに近い扱いなんだー…。
…ただ今年はヴィルくんが委員長になった影響かんけいで、これまでの中では気合入ってる方なんだけど……本業から見たら――って感じだとは思うんだけど…?」

「…というより、コスト・・・をかけてないって感じですね。最終的なリターンを考えれば適当な判断だと思いますが」

 

 ダイヤモンドさんのスマホの画面に表示されているのは、装飾の一切がされていない――が土台ディティールにはこだわりが感じられるフロートの写真。
ハロウィーンウィークのメイン企画であるスタンプラリーの会場――もとい各寮の会場の準備がなにより優先されるため、
パレード用のフロート制作は滞るのが毎年の事――で、今年も例にもれず後回しにされ、完成には遠い段階で作業がストップしているという。
…ただ、例年からすれば早い方、らしい。運営委員長の美術チェックが厳しい影響で。

 ハロウィーンウィークのパレードは、フィナーレを盛り上げる一つのイベント――
――ではあるけれど、そこに多大なコストをかけるのは賢いとは言えないだろう。
終わり良ければすべて良し――という格言に倣うなら、終わりにこそコストをかけるべきだが、
七日間ある行事のたった一時間そこらに、と考えると無駄ぜいたくだ。人員と経費と時間に余裕があるならともかく。

 故に、生徒たちかれらの「パレード」は、パレードが最低限パレードの役割を果たせるクオリティでまとめられた、
ある意味でコスパのよいプラン――だということ、そしてその取捨はんだんは正しいと認めざるを得ない。
――ただ、そのままでは役割を果たすどころか、最後の最後に泥を塗る結果になってしまうだろう。
……なにせ、今日を境に前提が大きく変わってしまったのだから。

 

「…一番手っ取り早いのは、このフロートごとウチにパレードを任せてもらう――ってハナシですけど………」

「そだねー…オレもそう思うし、他の委員のみんなも賛成してくれると思うけど………」

 

 一度手掛けた「モノ」を他人に譲る――その、何とも言えない不満感は、
きっと芸術家の気質――コンテンツを商品ではなく作品と数える感性を持つ人間ほど、強く感じることだろう。
そしてパレードに関するアレコレの指揮を執っていたハロウィーン運営委員の長――にして、
美しき女王の奮励の精神に基づくポムフィオーレ寮の寮長で、
更には世界的トップモデルでもあるというヴィル・シェーンハイトさん――…ならば、間違いなく芸術家このタイプだろう。

 母親の職業柄、トップモデルと呼ばれる逸材たちの仕事との向き合い方――ストイックさ、もとい頑固という名の我の強さは頭痛がするほど知っている。
そして彼らに対して、デザイナーでもカメラマンでもなく、クライアントでもない立場で意見すること、そしてそれを通すことの困難さも、私は経験ししっている。
だから――一手目は慎重に、だった。

 

損得りくつで納得してくれれば簡単なんですが……」

「ヴィルくんの優先順位がナニかってハナシだよね〜…」

「…結果を考えれば優先すべきモノは決まっていますが……」

「…でも、若き芸術家がそれではいかん・・・のですよ………」

 

 ノランさんが尤もな理屈コトを言う――けれど、それはあくまで一般人ふつう場合ハナシ
才能ある若者というモノは、往々にして業界の慣習に逆らうモノ――
――だがそれは結果的のちに「若気の至り」とか言われる過去のエピソードになることが多い。
しかし一般的な教育の場でいう反抗期と同じく、これは若者かれらの才能の引き出すために必要なプロセス――といっても過言ではないわけで。

 既存の体制モノに対して反抗をしない芸術家モノというのは、
仕事相手としては付き合いやすいが、才能のほどが知れている――没個性的であることが多かったりする。
だから、才能に溢れた逸材というのは先進的かつ攻勢的であるが故に反体制的であるもの――
――であるとすれば、シェーンハイトさんの反抗はんのうは決まり切っている。
…個人的には好感を覚えるところなんですけどね、運営者としては頭痛の種ぇ……!

 

「…理屈と数の力で押しきれないこともないでしょうけど――
…インフルエンサー相手にそれはたいぶ悪手が過ぎますよねぇ……」

「…それはさすがに考えすぎじゃない?ソレはヴィルくんにとっても悪手だと思うよ――結果を出されたらなおさらね」

「それは…そう、なんですが…………遺恨が破滅フラグになる業界せかいなので……」

「ぇーあー…ぅうーん…??」

 

 だいぶ極端な私の例えに、ダイヤモンドさんは困惑の色を含んだ苦笑いで首をかしげる――
――が、たとえ極端であっても報復これは起こりえる惨事こと
なのだから、排除できる可能性はできるだけ排除しておいた方がいいことは確かだろう。

 …ただ、現時点でトップモデルにまで上り詰めているシェーンハイトさんが、
他人を貶める暴露なんて落ちぶれたコトをする時がやってくる――のかには疑問はある。
けれどリスク管理いしばしをたたくのも私の仕事内――である以上、怠慢は許されないのです。
……でもリスク管理の観点で考えると、馬鹿正直に私が交渉の場に出て行くのは得策ではないような――?

 

「――よし。ここは騒動ことの原因に面倒をおっ被ってもらいましょう」

「…ん?原因??」

「…ええ。ダイヤモンドさんはお口が固そうなので暴露しますが――我々も、パレードのことは今朝知ったばかりなんですよ」

「――――」

 

 私の暴露に、色の悪い顔で引きつった笑みを浮かべるダイヤモンドさん――は、一体なにを「間違えた」と思ったのだろうか。

 

 不意に、ぱちりと目が覚める――…が、まったく全然意識はスッキリしていない。
いわゆる低血圧――とかいうわけでもなく、未だに原因がよくわかっていないのだけれど、
とにかく私の寝起きは悪い――というか「寝ぼけ」の時間が長かった。

 目覚めを自覚しても、現実を認識できていない――そんな、
意識の半分以上が眠りの世界に足を突っ込んでいるような状態でしばらく――
――なのか、一時の事なのか、それさえわからない状態でぼーっとしている――と、

 

「前団長――もとい、リゴスィミの団長が尋ねてきま――」

「――――……ほあ??!

 

 ――寝耳に水を通り越し、寝耳に爆弾レベルの情報ほうこくによって意識が一気に覚醒する――ことが、多々あった。

 …コレ、物凄く心臓に悪いので、どーにかこの寝ぼけが長引くという癖(?)を改善したい――と、毎度思っているのだけれど、
それより飛び起きた問題げんいんの方が重要過ぎて、一瞬のうちに問題・・でなくなるもまた毎度のことだから――今回もまた、しようがなかった。

 

「な、え、どっ――ッ、で彼の方はっ?」

「……わざわざ起こしてまでする話も無い、と既に帰りました」

「っ――………………ぅ、ぁー〜………」

 

 ソファの横にぷかと浮かぶジェームズさんから告げられる何とも言えない顛末に、言葉になっていない呻き声だけが漏れ出る。
わざわざ起こしてまでする話も無い――…その言葉が、嘘もなければ含みもないものであるなら、ほっと胸をなで下ろすところだけれど、
嘘なり含みなりが片方でもあったなら――最悪だ。そして、その両方だった場合――超最悪だー!

 

「…前団長アレは、個人の感情で組織を振り回すリーダーではありませんよ」

「…それ……は、なんとなく、わかってるんです…けど………」

「?」

「…………個人的に、…拒絶されるのが――………困る、というのか………」

「、――? ……こま、る??」

 

 …ジェームズさんが、とても不思議そうに復唱する――「困る」と。
だけれどジェームズさんが疑問を抱いたことに不思議はない。
だって相手は個人感情で組織を動かしたりはしない――
――であれば個人的に少しばかり嫌われたところで私の計画――ファンタピアの運営にはなんら悪影響はないのだから。

 ――でも、それはあくまでファンタピアの運営――
マネージャーわたしの計画であって、私個人の都合はまた別の話、なのだ。

 

「…――……リスペクトしている人物に近づける可能性が失われるのは……困る、んです――…私事ですが…」

「………」

 

 包み隠さず、「困る」という発言の真意を語った――のだけれど、
どーゆーワケやらジェームズさんは私のこたえに合点がいかなかったようで、なんとも険しい表情で沈黙されてしまった。
…でも、私が語った言葉はあくまで本音。
リスペクトする表現者あいてと向き合い、言葉を交わし、その才能かんがえを間近に知ることができたなら――それは、なんて愉しくて、満たされることだろうか。

 憧れは理解に最も遠い――のはいいけれど、
好ましいモノの構造コトを理解できない――転じて、それを自分の知識なかに取り入れられないなんてつまらない。
適性や才能といったものの関係で、いくら理解したって手に入らない技術モノというのもあるだろうけれど――
――理解しないまま諦められるほど、私は謙虚な人間ではないのだ。

 …ただ、優先順位は弁えている――から、我欲ほんねを潰す程度わけもない、のだけど…。

 

「個人的な接点を失ったところでマネージャー…いえ、団長コンダクターとしての業務に支障はないんです――
――けど……個人的に『惜しいことをしたぁ…!』という気持ちが強くて……」

「…そう思うまでの逸材、ですか」

「………………そう、でしょう??」

 

 思ってもみないジェームズさんの反応に、思わずこっちが驚き余って首をかしげてしまう。
あの才能センスそと側ではなく、より間近な内側で目の当たりにしていた――なら、その規格外の程度は嫌でも理解したはずだ。
全くそういった適性センスが一切ない素人ならともかく、ジェームズさんはそうじゃない――んだから尚更、のはずだ。

 

「…確かにアレの才能は誰よりも抜きんでていました――が、あの記録用映像でその程度を計ることができたものか――と…」

「ぁ…あー………確かに記録用映像アレ、ホームビデオレベル――というかホントに回しっぱなしきろくようですもんね…」

「機械が記録した光景えいぞうに嘘はない――としても、
実際・・に見た光景こうえんとは別物だった――…そんな・・・映像からなにが見て取れるのか、と…」

「…いえ、寧ろ酷薄に事実だけを映し出すから浮き彫りになるんですよ――秘められていない才能は」

 

 機械によって記録された映像では、その場の熱気や、そこに居る人たちの心の機微までを記録することはできない――ことはない。
ただ、それを記録するためには、いくつかのカメラしてんと、それをまとめて整える編集さぎょうが必要になる。
そしてその手間を省いた映像というのは、往々にして無機質な「記録」になってしまうもの――
――で、それを逆手にとって改善点を見つけ出すのが、画面ハコの中をメインの媒体しごとばとした私の仕事つねだった。

 足りない迫力はカメラワークで補って、ズレた動きは編集でつないで、ちぐはぐな声はコンソールで整えて――と、
今の演者たちでは技術的に至らまかなえない部分を補う演出さぎょうの指揮も取っていただけに、
映像から様々な「情報」を読み取ることは私にとって慣れた作業――だけに、その正確性れんどというのもそれなり、と自負していた。

 

「嫌な話ですが、あそこまでの才能を持った他人・・に、出会ったことがないんです」

「……他人に・・・、」

「ええ。だから仲間内にはいますよ、勝るとも劣らないバケモノどもが――
…ただ、同じ世界ハタケで一緒に育ってきたようなモノなので、彼らの作るモノから目が醒めるような発見ってそう無くて…。
だからなおさらに欲しいんだと思います。未知・・の刺激が」

 

 共に育ち、研鑽を積んできた弟――
自ら選りすぐって呼び集めた仲間たち――
――彼らと共に芸術さくひんを作り上げる環境に、不満も無ければ不自由さえなかった。
個性のぶつかり合いによる方向の食い違いとて、お互いの事を理解し、
リスペクトしあっているからこそ、最適解を導き出すことは困難ではなくて。
それぞれの才能こせいを混ぜ合わせ、一つの作品を作り上げる――その進行が滞るなんてことは、本当に稀なことだった。

 でも、だからこそ、刺激が少ないというのもまた事実ではあって…。
…ただ、重ねて言うけれど――それを、不満に思った事はない。
……だって、滞った時のあのわずらわしい不燃焼感を知ってるからね!アレはない方が何よりいい――精神衛生的に!

 

「らしくない――…ようで、強欲らしいですね…」

「………あくまで私事なので『あわよくば』、くらいの気持ちでいる――…んですけど…
…いざ目の前にぶら下げられると欲求かんじょうが先立ってしまって……!」

 

 私にとっての最優先はファンタピアの成功――もとい、元の世界へ帰還すること。
そのためであれば、私のことなどいくらでも押し殺せる――
…つもりだったのだけれど、これ見よがしに極上ニンジン前の前にぶら下げられては、さすがに自制にも限界があった。

 まったく関係のない分野――これが趣味の枠内での興味ことであれば、もっともっと我慢もできたのだけど――…
……同業の立場で才能アレ見せられて我慢なんてできるわけが………なくても我慢するのが役目しごとなんだけど…さァ……。

 

「…いっそ、拒絶でもしてくれれば一介のファン――と割り切れるんですけど……」

「…それは――…短絡的、ではありませんか」

「へ?」

「お嬢様の結論は、相手の気持ちを勘定に入れているようには思えません――その欲を抱えているのが、何故あなただけだと言い切れる?」

「それ、は…………いや、でもっ、違うんですよ…!たぶん、ソレ認めるコレとではハナシが別問題なんです…!」

「…べつ…?」

「あー…仮に、表現者として認める部分があったとしても、それを抑え潰せる経営者の無情さが――…認め難い、と思うんです…。
高みを知る表現者でありながら、芸術たかみの追及よりも権力ちからを求めた――…無様さが」

 

 芸術とは、人間が人間ヒトとして活きるためには必要――かもしれないが、人間が動物にんげんとして生きるために必須のモノではない。
故にその追及は、一つ上の意識ラインにあると言える――からこそ、その位置ラインから降りるというのは無様だった。

 表現者しょくにんとして優れた芸術さくひんを作っていた者が、
売れる商品を商人きかい的に作るだけの存在になってしまう――なんて、止む負えず・・・・・とも無様であることに変わりはない。
――せめて、人々のニーズに合った芸術さくひんを作っていたのなら、…もう少し、認めやすかったのかもしれない――…が?

 

「…ジェームズさん」

「…はい?」

ハロウィンパレードコレって、ファンタピアウチに収益って――無い、んですよね」

「…ええ、収益は。一応、学園に客寄せの経費を請求するので赤字にはなりませんが」

「定額?」

「ええ、これまでは――ただ今回は、色々含めて迷惑料を厳密に請求するつもりです」

「…………」

「…それと、オーナーの指示でクラウドファンディングの準備を進めています」

「!!」

 

 なん、だとっ…?!

 

「ヘンルーダを責任者に、経験者の意見を貰いつつ準備を進めていますが――…どう、しますか?」

「……経験者っていうのは…パーシヴァルさん、ですか」

「はい。活動資金の調達に利用している――のだとか」

 

 クラウドファンディング――それは、私にとって寝耳に水の手段だった。
なぜなら、クラウドファンディングとは基本的に端から資金が足りない、
もしくは赤字が確定している企画けいかくを、購入りようする前に利用者に支援した貰うモノ。
常に資金が潤沢であった――事に加え、提示された資金でクオリティと利益を追求することを目標しごととしていた私にとって、
クラウドファンディングというやり方は――…本当に、目から鱗だった。

 

「ぅフ…ふ…!フく…!くフフフフフフ……!!」

「……」

「資金の余裕は心の余裕――そして、心の余裕は贅沢・・の元…!
ぁあもう愉しくなってきたじゃないですか、まさかこんなところで贅沢ができるなんて――
…弟には申し訳ないですが、英気を養うためにも今回は散財さたのしませてもらいます」

「………」

「…………、……みなさんを潰さない程度は弁えてますよ!」

「……それだけ・・では成長がないのでは」

「ぅ゛おっ」

 

■あとがき
 賢い人は生き難いモノ――とはいえ、色んな意味で素直に生きられないからこその
「難さ」なので、極論を言えば自分で自分の首絞めてる構図なんですよねぇ……(苦笑)