「この度のハロウィンパレードのコンセプトは――ゴーストサーカス、で行こうと思います」
パレードと聞いて、サーカスを思い浮かべるのはあまりにも安直――だからこそ、サーカスは手付かずのモチーフでもあった。
誰であってもある程度の想像がつくサーカスのパレード――だけに、成功のボーダーラインというのは間違いなく高い。
そしてそれに加えて「ファンタピア」という大きな看板に寄せられた期待が更にハードルの高さを引き上げ――
――生半可なやり方では失敗の結末しかない、極めてリスキーな題材だろう。
「今代の基本方針である『親しみやすさ』に則り、楽曲や振り付け、パフォーマンスについてはポップさに重きを置き――つつ、
衣装やフロートのデザインについてはゴシック様式をベースにしつつ、畏まりすぎないよう調整します」
サーカスをイメージしてポップさに寄せるのはベター。
そして、ゴーストのイメージに寄ってゴシックさを取り入れるのも、またベター。
ベターにベターを掛け合わせるなんて、チープな仕上がりにしかならない気もする――が、
ことハロウィンイベントにおいて、全体像の印象はベター――分かり易い方が、ホストとしては失敗が少ないそうな。
「メインターゲットはエレメンタリースクール生までの子供たち――としつつ、全てのクオリティでチープさを払拭し、
そのパフォーマンスをもって大人も子供のノリに惹き込み、歌って踊らせる――それが、果たすべきミッションです」
ターゲットを一定の年齢層に絞るのは、マーケティングの観点においては大切なこと。
しかし、大衆向けの商品に関しては、矛盾したやり方――にも思えるが、
漠然と全世代という広い枠に挑むよりは、まずは焦点を絞って足掛かりを作った方が、幾分も建設的だろう。
――ただ、そういう以前にお祭り的なイベント、そしてテーマパーク的な場所というのは、
自然と大人の精神年齢をいい意味で下げる「雰囲気」がある――というのが、この計画のミソ、だった。
お祭りの特別な空気感によって、普段なら「子供っぽい」と大人たちにスルーされるコンテンツも、まずは少数であっても受け入れられていくだろう。
そして時間、日数の経過によって少数は倍、倍と増えていき――
しかめっ面でパレードを「子供っぽい」と吐き捨てる大人の方がよっぽど「子供っぽい」――となれば、必然的にパレードは誰にとっても楽しめる純粋なショーに戻る。
そうなれば後はもう単純だ。ただ、ただ、ただ――ファンタピアの持てる全てで以て、訪れた人々を魅了すればいいだけ――なのだから。
「ベターオブベタ――…邪推すると『媚てる』、とも思えるのだけど?」
「子供番組から世界に広まったファンタピア――なら、『原点回帰』で申し開きは立つかと」
「「ああー…」」
「……もしかして、端からこーゆー算段だったワケ?」
非難の可能性を指摘してきたイレーネさんに「原点回帰」と答えを返せば、
それにハーロックさんとマキャビーさんが何とも言えない表情で納得と思わしき相槌を打ち――
――ヘンルーダさんにはなぜか「算段」と呆れを向けられてしまった。
いや、いや、いや。
こんなことを想定して布石を打っていたわけじゃない――というか、そもそも布石とすら思っておりませんでしたし?
「動画配信を再開したのは、C層から取り込んでいこう――とかいう意図はないですよ。
…マネージャーとしても、個人としても、アレは先代から引き継ぐべき業務――OBたちの活動に賛同するつもりで、再開したかっただけです」
「「「…………」」」
「…なんですか、その『コイツにボランティア精神なんてあったんだぁ…』みたいな顔」
「イヤぁ〜だってさあ〜??」
動画配信――という形で、先代が行っていた子供向けの音楽教養番組を再開した理由を正直に答えた――
――のに、それに返ってきたのは仕方ないが失礼極まりない「意外」と思いっきり顔に書いてある驚きの表情たち。
…まぁ、私自身「意外」な活動だとは思っている――…のだけれど、この手の活動に関しては子供の頃から「行事」のような感覚で参加していたこともあって、
今となっては当然の活動――であり、短絡的に途絶えさせていい活動ではない――という考えが、私にはあった。
一時留まっているだけの異邦の地、そこに暮らす子供たちに対して私が支援をする義理も無ければ謂れも無く、
挙句そもそも私自身に余裕というものもない――…とはいえ、
そういう認識がある身で、できる支援をしないというのは――どうかと思うのだ。人間的に。
「…他人の心配をしている場合じゃない――んですけど……
兄さんたちのこれまでの活動を見ていたら…どーにも、事務的な気持ちになれなかったんですよね…
…見当のつかない世界じゃないからなおさらだったんでしょうけど…」
「――ぁあーそっか、そーいやオーナーも『義母さんが――』って言ってたっけカ」
合点がいった様子で頷くマキャビーさんの言葉に――…なんとなし、切なさのようなモノを覚えてしまう。
距離では言い表せないほど離れた異邦の地にあっても、家族で行っていた活動を兄さんは続けていた――
…その事実は、離れていても兄さんの中で私たちとの「家族」の意識が途絶えなかったからこそ――かも、しれない――
――が、だとすれば兄さんは11年もの間、未知しかない異世界で、孤独を受け入れながら歩き続けていた――…なんて考えると苦いものがある。
……今更なにをどうしたところで、過去が覆るわけではないけれど。
「…話を戻します――イレーネさん、どうでしょう?」
「…――そうね、『原点回帰』――と言わずとも、『媚びた』なんて邪推、これまでを考えれば邪推でしかなかったワ」
「そうですか…それで防火が済むのは楽ですが――…その分、いい意味で燃えるには上質な熱源が必要でしょうねぇ〜…」
「アラ、なによ?自信がないワケ?」
「…いえ、自信がないわけではないですよ――一般人相手なら」
「「「……」」」
「…とはいえ期待値という色眼鏡で逆補正がかかるのは確定――ですからね。
そのお眼鏡をぶち割るには何か手は必要かな――と」
先のプレ公演の時点で明らかだった――先代贔屓故の新しい代の否定。
ソレというものについては、内側の意味でも外側の意味でもよく知っている――というか既に何度もぶち当たっている難題だったりする――
――が、ファンタピアに関してはこれまでと前提が違った。
これまでの私にとっての障害とは、最初にして最大の壁を除けば、あとは大体ぶち破れている課題――
だけれど、これまでが古典に拘り過ぎたがために停滞が極まった慣習に一石を投じるため――
――悪性腫にメスを入れる、的な改善を前提とした主旨だったのに対し、
今回はそういった主旨はなく、ただ純粋に、それを上塗らなくては認められないから挑むしかない――…という、
まぁなんともモチベーションが上がらない前提――な上に、これまでぶち破ってきたどんな前例よりも高く厚いんだから――堪ったモンじゃーない。
「…あんまり、先代のパレードとか、意識しない方がいいと思うよ――…てか、正直ムリだと思うよ、アレを上回るのは」
呆れ――よりも諦めの色が強い表情で、「ムリ」と言ったのはヘンルーダさん――
――で、それに対して反論の声を上げる者は一人としていなかった。
…それは、優れた表現者であり、その矜持を持つイレーネさんでさえ、だった。
「……理由を伺っても?」
「ファンタピアの人気が最高潮に達す前後――で、花形がフロートに乗ってパフォーマンスしてた」
「――ぅぶ」
ヘンルーダさんの答え――に、頭を鈍器で殴られたような衝撃が奔る。
それは、ない。それは――確かに無理だ。
それは個々のスキルとかの問題じゃない――から、しようがない。
…いや、なくはない――けれど、それはよっぽどの緊急事態でない限り手を出してはいけない禁じ手。
だからやっぱり――
「…………一応聞いておきたいんですが――……リゴスィミのパレード、は……」
「…乗ってないよ、生者は」
「……そう、ですか――………いや、これはまだ救い…だな…」
先代のファンたちが過去の、スターひしめく華々しくも輝かしいフロートを期待しているのなら――もう、お手上げだ。
イレーネさんたちが、先代たちよりも表現者として魅力が劣っている――わけじゃない。
わけじゃない――けれど、抱える演者の「箔」が圧倒的に違う。
積み重ねてきた実績から成る人気――ではなく、持って生まれた魂のスター性、というものが、圧倒的に。
たった一人のこと――で、件の生者はリゴスィミ劇団のパレードにおいて
フロートに上がっていないという――が、「先代は乗っていた」という事実がある以上、
一番星が輝きを放ち、それに呼応する形で多くの演者が輝いていた「ファンタピアのハロウィンパレード」――
――その憧れ故にその再現をと期待を寄せるファンは多々いるだろう。
しかしそんな理不尽な期待こそが、今代が打ち砕くべき色眼鏡というモノ――…ではあるのですが、
さすがに演者のポテンシャルなんてテコ入れとか妨害とかしない限りどーもこーもない。
…――まぁ、今回の件に関しては相手が悪すぎるからどーしようもないんですけどね。自滅必至の毒手にでも手を染めない限り。
「……こーなると、2、3見直しが必要――ですねぇ…」
「…見直し?」
「フロートの役割、歌唱について――と、このパレードの主役はダレか、ですね。
…誰でも楽しめるパレードを――…と思ってたんですけど、…プロと素人の線引きは、ちゃんとした方がよさそうです」
キャストも観客も垣根無く、全員が笑顔と興奮を共有する――
それによって場の一体感を以て「好評」を得ようと考えたけれど、先代の影に呑まれないためには、生温い考え方は棄てるべきだろう。
大筋の、コンセプトや方針はそのままでいくとして――
「――色々考えなおす前にまずは楽曲、ですね。コレを共有しないことにはイメージの共有も改善もできませんから」
「…その口ぶりから見るに、既にイメージが?」
「いえ、もう出来上がってます」
「「「――ハ?」」」
未だなにも決定していない――様でいて、実は既に決定しているコト――というのは使用楽曲。
そのうちの二曲については最悪、ゼロからの新規作成になる――が、メインテーマとなる楽曲については決定稿、だ。
…なにせコレありきでモチーフを「サーカス」に選んだくらいのモノ、なのだから。
「元の世界で作った楽曲――…CDセールスとしてはそれなりといったところでしたが、
ハロウィンソングとしては広い世代に受け入れられていた――ハロウィンソングとして定着した実績のある曲、なのでハロウィンなら通用するかと」
「………そう…ね。オーナーのイメージがズレてなかったってことは――マネージャーも、よね」
「…でもソレ、いわゆるアイドルソング――なんじゃないの?
…だとするとアイドル自体の人気とか、世代――…より嗜好の影響受けるんじゃ…?」
「ぅんー…売り上げは当人たちの人気に因るところですけど――
――イベント使用やリクエストが多かったという報告があるので、本当に幅広い世代に受け入れられていたんだと思います」
私がプロデュースしているアイドルグループは、新人アイドルとしては上位に食い込む――が、
男性アイドルという大きな市場における人気は上の下――なのだけれど、個人活動によって個々で人気を獲得している上に、
アーティストとしては光るものはあっても輝くものがない――という自覚が当人たちにあることもあって、人気とCDセールスが比例しないという謎のグループ。
だけれど、アルバムに収録されたハロウィンモチーフ曲がラジオリクエストから独り歩きを始めて――
――気づいたらソレが彼らの代表曲になっていたのだからなんというかもう…。
そしてそれに味を占めて――もとい悪乗りして、
弟と共に作ったハロウィンソングは、アイドルコラボという企画もあってCD売り上げはそれなり以上だった――
――が、10月における彼らのメディア露出はそれなりどころの話ではないオーバーワークの一言。
そしてそれを足掛かりに、両グループの人気は爆発することに――は、ならなかったので、
「ハロウィンの魔法だったんでしょうねぇ〜」
「………そのセリフ…アイドルたちが聞いたら泣くゼー…?」
「いえ、泣きはしませんでしたよ――一部から物凄く睨まれましたけど」
「オイオイ、面と向かって言っちゃったのかよ…」
「現実を叩きつけるのもプロデューサーの仕事ですから」
「……叩きつけなくてもよくニャイ?」
無慈悲なプロデューサーの見解に、ハーロックさんたちはなんとも複雑そう――というか気の毒そうな表情で苦笑いを浮かべる。
…確かに、忌憚のない――通り越して辛辣な発言だとは思う。
でも、それは彼らの心を知り、信じているからこそ口に出せる事実であって――…って、今彼らの話はどうでもいい。
今ここで私が気張らなくては――彼らの存在自体が、思い出になってしまうのだから。
「――ということで、具体的なイメージを共有するためにも超特急でデモを仕上げます。
候補の方もついでに楽譜にしてしまおうと思うので――外で一時間ほどお待ちください!」
「………きちんと、7時間睡眠をとるのなら」
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