ハロウィーンウィークの開始を間近に控えた放課後のNRC本校舎は、
平時と比べて廊下を行き交う生徒の数もそう多くなく、また廊下も教室も静かなモノだという。
ただそれは彼らが学校行事に対して非積極的なのではなく、作業を行う場所の多くが本校舎の外にあるから――であって、
そういう意味では生徒たちが積極的に活動しているからこそ、本校舎は静けさに包まれているのだった。

 ほとんど生徒の居ない廊下を、ダイヤモンドさんに先導されて、スペードくんと一緒に進んでいく――
――と、ダイヤモンドさんが「多目的室multipurpose room」と書かれたプレートが下げられた教室の前で足を止める。
そして明るい調子で「ここだよ」と言ってダイヤモンドさんはそのままドアを開け、「おまたせー」と言って部屋に入って行く。
…その調子に、空元気のようなモノを感じる――が、あえてそれは気にせず、
ダイヤモンドさんに続く形で私もスペードくんと共に部屋の中へ――ハロウィーン運営委員会の事務室へと、足を踏み入れた。

 

「ご苦労様でしたダイヤモンドくん。
では早速、会議を始める――その前に、サプライズで加わることになった参加者に挨拶してもらいましょう」

 

 私の迎えと案内という仕事をこなしたダイヤモンドさんに、労いの言葉をかけたのは――
――学園長であり、ハロウィーン運営委員会の顧問であるというクロウリーさん。
そして「早速」と言うクロウリーさんの言葉に急かされるような形で、ダイヤモンドさんとスペードくんが適当な席に着く――と、
それを見計らったクロウリーさんが「どうぞ」と言って、私に教壇の前へ行くようにと促した。

 知り合いはちらほら――だが、この場にいる全員の顔はほぼほぼ知っている。
ただ、知っている内容コトが寧ろ精神的な意味で負担になる事柄だから――気が、重い。
様々集まる視線に内心げんなりしながらも、当然のようにそれはおくびにも出さず、
ファンタピアのマネージャとしての笑みかおで彼らの前に立った。

 

「初めまして、急遽サプライズでの参加となりますファンタピア劇団――
――その管理人マネージャーを務めております・リュグズュールと申します」

 

 営業いつもの通りに笑みを浮かべて、礼儀として頭を下げれば、それに返ってくるのは会釈やら笑顔やら――値踏みの視線やら。
予想の範疇に留まっているリアクションに是非はなく、ここで話をややこしくするようなアホはいないだろうと思う――
――が、それでも学園長主導の「サプライズ」について一節、謝罪の意を示しておいた。

 あくまで、ことの主犯げんいんはクロウリーさん――だとしても、
それに反対しなかった――応じたという事実じてんで、現実がどうであれ私が共犯者であるという認識じじつに変わりはない。
となると、筋は通らずとも、後々の事を考えれば、私には頭を下げる必要がある――
――生徒たちかれらとの関係の意味でも、クロウリーさんとの貸し借りかんけいの意味でも。

 私の謝罪の言葉に対し、文句や苦言、それどころか嫌味の一つさえ、飛んでくることはなかった。
…どうやらこの場に集まっている代表いいんのほとんどが、この一件を大事の前の小事と捉えているらしく、
この時点での意見はつげんは控えているよう――なので、その思慮深さに乗っかって、これでまずは「和解」の体とさせてもらうことにした。
 

 ファンタピアわたしの挨拶と謝罪が何事無く終わり、一礼して教室の端に引っ込む――のとほぼ同時に、
クロウリーさんが運営委員のリーダーであるシェーンハイドさんに委員会議の進行役を譲る。
するとそれを受けたシェーンハイドさんは驚く様子もなく「はい」と了承すると一人席を立ち、特に気負った様子もなく教卓の後ろに立つ。

 そして「それでは」と会議の開始を告げ――そのまま各寮の委員に準備の進捗について報告するように促し、
改めてハロウィーン運営委員会議は静かに粛々と進められるのだった。

 

 どこの寮もここの寮も――というかNRC生のそのほとんどが、
ハロウィーンウィーク対するモチベーションが高い――というかプライドの高さが良い方向に作用しているようで、
自寮ウチが一番!」とやる気になっているようで、準備が遅れている、人手が足りないなどのマイナスの報告はなく、
全ての寮が完成を目の前に「もう少し!」と寮生が一丸となって準備にあたっているそうだ。

 寮生が一丸となって――という意味では、先のマジフト大会とて同じだったはず。
だけれど結局のところ生まれもってもモノてんせいのさいが絶対的にモノを言う競技ないようなだけに、
各寮の姿勢は様々――一試合一試合に全力を尽くす寮もあれば、やる気の「や」の字もない寮も見受けられたことを考えると、
全ての寮がそれぞれに意欲を燃やしているというのは――なんとも、不思議な感じだった。
 

 美にこだわるポムフィオーレ寮、そしてカフェを運営するオクタヴィネル寮がやる気を出すのはわかる。
あと、個人的な理由いみでスカラビア寮が積極的なのも、わかる。
だけれど体育会系のサバナクロー寮が美術ぶんか的な行事に、
どこか浮世離れしたディアソムニア寮が俗世に染まったハロウィーンに対して、
前向き通り越して前のめりなやる気を見せていることが、不思議だった。
……ただまぁ、今更思えばこの二寮に関しては、中途半端では王族りょうちょうたちの沽券にかかる――…のかもしれないけれど…。

 …いやでも、それを前提に考えるとなおさらサバナクロー寮のやる気には疑問が……。
だって以前のレオナさんが、いち族の沽券を守るために自ら動くなんて――………いや、今でもあり得ないだろ、それ。
…更に言えば、レオナさんにそんな思惑つもりがあるのなら、委員として派遣されるのはラギーくんのはず――
…ただそれこそ、先の寮対抗マジフト大会に全てを注ぐつもりでいた――なら、テキトーな人選であっても不思議はない。
けれど、サバナクローの準備作業が滞りなく順調だというのが不思議になる。
王族りょうちょうの存在、意思に関係なく、体育会系の寮生たちが文化的学校行事に前向きだという構図が。

 

「(……祭りを理屈で計るのは無粋――…か)」

 

 あれこれ考えた末に行き着いた結論は、これまでの思考の全てを否定する、
あまりにも単純が過ぎる――が、間違ってはいないだろう仮定こたえ

 祭りとはまつりの一片――企む者には面倒なことだが、楽しむ者にとって祭りは祭りでしかない。
祭りの結果に評価せいかを求めるからややこしい――が、ただ自身の満足を追求するだけなら話は簡単だ。
ただただ、自分が満足するモノに向かって突っ走ればいいだけ――なのだから。

 

「(…具体的な評価けっかがないのも……モチベーションの維持に繋がってるのか…)」

 

 NRCのハロウィーンウィークは、世の高校ハイスクールの文化祭とは違う――
――というか、文化祭の様でいて文化祭ではなく、コレはあくまで地域奉仕を目的とした学校行事。
故に全寮――というのではなく、全生徒が一丸となって賢者の島ちいきのために行うイベント、なのだ。
――故に、祭りの主役はゲスト・・・であって生徒ではない――となる。建前上ほんらいは。

 しかしだからこそ、寮毎の「出し物」は優劣しゅうえきの絡む「店」という形態ではなく、スタンプラリーの「会場」という形がとられているのだろう。
そして更に邪推するいうなら、「スタンプラリー」というイベント形態こそが、
連携することの必然性を作り、競争の要素をそぎ落とした結果――なのかもしれない。

 

「(…それでも出てくる負けん気は、さすがと評価するいうべきなんだろうねぇ――
――ま、なぁなぁの草食と比べたら万倍いいけどねぇ)」

 

 わざわざ「競争」の要素を削っているのにもかかわらず、
それでも己の優良性を知らしめようとする――他人に張り合う負けん気は、なんというか呆れを覚えるところ。
だけれどそれは、悪いことではないはずだ。

 張り合う要因りゆうはそれぞれだろうけれど、他人とぶつかる気概があるということは、自分を諦めていない証拠。
自分に見限りを付け、争うことを嫌忌ひていする偽善へいわしゅぎ者たちを思えば、
彼らの血の気の多さは、評価すべき長所だろう――…まぁ、若さ故のイキりあやまちというのも…多々ありそうだけれど、ねぇ…?

 

「(…あー……もしかしてハロウィーンウィーク“コレ”に拍車をかけたのって……)」

 

 文明ぶんかに磨きをかけるのは競争――もとい対抗心。
しかし競争というのは、基本的に程度のかけ離れた者同士では成立しない。
結果の見えた勝負に戦意を掻き立てられる猛者なんてそういないのだから。

 ――でも、生徒・・のパレードに触発された誰かが少しばかり凝り出して、それくらいと誰かが張り合い、
またそれに誰かがその程度と張り合って――を繰り返した末が、この動機りくつ不要のハロウィーンウィーク――…なのではないだろうか。
 

 …いやうん。いいんだけどね、学生かれらが盛り上がってくれるのは。
寧ろそうであってくれないと命削って本気出している私たちがホントのホントに冗談抜きの道化になっちゃうからね。
学生の中に混じって本職が空気読まずに何やってんだ――ってね。

 

「最後に――パレードについての説明と報告をお願いできるかしら、マネージャーさん?」

 

 会議も佳境――というところで振られた発言わだいに、一瞬思考にラグが生じたものの、
すぐに解消されたそれに慌てることなくシェーンハイトさんに「わかりました」と答え、
そして持参した資料の半分以上をクロウリーさんに預けて――

 

「どうぞ」

「……場を譲った方がいいのかしら?」

 

 委員長であるシェーンハイトさんに資料を直接手渡すと、
それを受け取るのと同時に「場を」とシェーンハイトさんは言う――けれどそこに退くゆずる気配はなく、
またその必要もないので「いえ」と断り、概要を説明するだけだと伝えると、
シェーンハイトさんは表情を変えることなく静かに「そう」と言って――

 

「資料は行き渡ったわね――じゃあ、説明をお願いするわ」

 

 そうシェーンハイトさんに促され、改めて顔を前へ向ける――と、当然のように委員たちの視線が私に集まっていて。
相変わらずの視線の色に、内心苦笑いしつつも、表情を崩さずオンボロ寮ファンタピア担当パレードの説明を「では」と切り出した。

 

「本パレードは図書館前をスタート地点とし、メインストリートを通って購買部前、鏡舎横を通過し、
橋を渡って魔法薬学室及び温室前を通過して――オンボロ寮手前でゴールとなります。
試算ではスタートからゴールまで45分ほどかかると出ていますが、
ゲストの数を見て行進の速度を調整しますので、多少時間は前後するかと思います」

 

 図書館前を出発し、購買部や温室前を通ってたどり着く終点はオンボロ寮前。
そのルートは、距離にしておよそ1kmにもおよび、パークこう内で行うパレードとしてはかなり長い――
――が、それに反比例するようにパレード本体の全長が短いからなんと言うか。
ただ、1kmに亘るコースの全体にぎっしりとゲストが陣取る――なんてことは、さすがに考え難いのが救いだった。
…もし本当に、コースがゲストでいっぱいそんなことになったなら――…あと何台フロート追加発注しないといけないやらだよ…!

 パークのパレードと比較しても、パフォーマンスのクオリティは劣らないと自負している――
――が、コースの全長に対してどうにもこうにもパレードの全長しゃくが足りないのは――…ぐうの音も出ないほど、ご尤もな指摘ハナシで。
一応は、パレードの尺を伸ばす手も無きにしも非ず――だけど、諸刃の剣にも等しい悪手に手を出したところで焼け石に水――な上、
援軍が断たれる30日の構成が本当の本当にどうしようもなくなってしまう――…のだから、後のことを考えればこそ安易に風呂敷は広げるべきではなかった。

 

「ゲストのパレード観覧時間はおよそ8分。
パレード本体の全長が長くありませんので、通過後はすぐにゲストが捌けるとみています」

 

 色眼鏡きたいで目が高くなったゲストたちを、この全長の短さで果たして満足させることができるのか――という不安はある。
が、だとしてもそこは上手くやるしかない。端から無茶ふり仕事ちょうせんだということはわかっている――が、
挑戦せずに終わった方がおそらく被害が大きいのだから、とにもかくにもやるしかないのだ。

 たとえ全長しゃくは短くとも、その内容パフォーマンスが薄っぺらいわけではない――
――であれば、印象そこ魅せやり様でどうにかできる。
そしてそう思ったからこそ――上手くやれると思えたからこそ、先代のを借りてでもやりきろうと腹を決めたられたのだ。

 

「音楽はフロートに搭載したスピーカーから拡声しますが、コースが円を描くような順路になっているため、
パレード中はコロシアムサバナクロー鏡の間ポムフィオーレ図書館イグニハイド以外の会場では音楽が聞こえ続けるかと思いますが、
そこはパレードというコンテンツの性質上、止む負えないこととご了承ください」

「――はーい。その曲って事前に聴かせてもらえないのー?」

 

 不意に、気楽な調子で質問を投げてきたのはダイヤモンドさん。
見た感じ、その質問に他意は見受けられない――純粋に「ファンタピアのオリジナル楽曲」というモノへ対する好奇心からの発言しつもんに思える――が、

 

「………会場の趣旨にそぐわないから作り直せ――と言われても対応できませんよ?」

「あー…いや〜…そーゆーつもりは、なかったんだけどーぉ……」

「であれば、委員のみなさんにお聞かせする分には問題ありません――委員長、いかがしましょう?」

 

 ダイヤモンドさんの発言を利用したことを申し訳なく思い――ながらも、
賢いダイヤモンドさんなら分かってくれるだろうと踏み、牽制を打った上でシェーンハイトさんに是非を問う。
…すると、シェーンハイトさんは若干呆れを含んだ苦い表情を見せる――が、それをすぐに引っ込めると、

 

「アナタの実力センスを疑うわけじゃないけど、問題ないなら事前にどういう程度モノか把握しておきたいわね」

「わかりました。では楽曲を流しつつ更にパレードの説明を――…ヘンルーダさん、居ますか」

 

 楽曲の事前開示ひろうは想定範囲内――だけれど、その準備はあえてしてこなかった。
できることなら開示せずに終えたかった――のが本音なのだから、自分の不都合を作る機材ようそなんて持参するワケがない――
――というのが最たる理由だが、イデアさんが運営委員であることも、私がわざわざ機材を持参しなかった理由の一つだった。

 最後列の座席の机の上で自立しているのは――イデアさんが使っているタブレット端末。
しかしそれから返ってくるのはイデアさんの声――ではなくヘンルーダさんの声。
それを気にせず、タブレット端末に向かて準備している楽曲を流すように頼めば、
ヘンルーダさんの了解の言葉――と一緒にイデアさんのモノだろう抗議の声が聞こえた――が、やっぱり気にしないことにした。

 

「これはパフォーマーの練習用に用意したデモ――
――なので、実際はオーケストラの生演奏に演者たちの歌唱が入った――先のプレ公演と遜色ないパフォーマンスモノになります」

 

 イデアさんのタブレット端末から流れてくる楽曲とは、部門長たちにパレードのイメージを伝えるために用意した楽曲のデモ音源。
作り物の楽器の音で構築された音楽はなんとも味気ない――が、曲の雰囲気というのはざっくりとでも伝わっているようで、
何とも言えない表情を見せているヒトも一部いたけれど、委員の半数以上が納得を意味するのだろう明るい表情を見せているのだから――
――とりあえず、メイン楽曲テーマ合格OKと思っていいだろう。

 

「資料にある通り、本パレードのコンセプトは『誰でも楽しめる』こと。
その体現のため、事前に振り付け動画の公開を予定しています――また、それに併せて簡単なマナー動画の制作も進めています」

「…マナー動画?」

「ええ。…聞けばハロウィーンウィーク中はNRC――に限らず、賢者の島全体でゴミのポイ捨てが増えるとか。
…地域貢献を謳う行事で地域住民のみなさんに迷惑をかけては本末転倒――ですし、最後に清掃作業あとしまつを請け負うのはウチの職員たちなので」

「……最後の動機ひとことはともかく、事前に注意事項を周知しておくのは悪くないわね」

「うんうん、それに動画なら暇つぶしにもってこいだから賢者の島に来る道中あいだにみんな見てくれるんじゃないかな?」

「そうですね。連絡船に設置するフライヤーにも注意事項を記載してありますが、
それですべて把握していただけているとは考え難いですから、より分かりやすい形での周知は意味があると思いますよ」

「であればフライヤーを基に動画を制作しましょうか――…重ねて言えば、分かっていただけると思いますし」

「「……」」

「ふふ、そうですね」

 

 わざと含みを持たせて言葉を吐けば、ダイヤモンドさんは苦笑いして、
シェーンハイトさんは迷惑そうに眉間にしわを寄せて――
――オクタヴィネルの寮服を着たエメラルドグリーンの髪のいつかみた青年・ジェイドくんはなぜか愉しそうに笑う。
三者三様のリアクションだったけれど、それでも全員が全員、私が懸念を抱いている問題ぶぶんについて察しがついている――のだろう。

 …ただだとすると、ジェイドくんの笑みには違和感通り越して問題それ以上の念を抱いてしまう――
――のだけれど、彼の隣に座る寮長くんの渋面はんのうを見るに、どうやら彼はそういう嗜好なんだろう。
うん。それならわかる。いるものなんだよね。世の中には。そういう愉快犯ヤツが往々にして――ね!!
 

 まったく別方向での心配事――と言うまででもない懸念が一つ生まれてしまったけれど、今そこに注意を払うのは違うだろう――と、頭を納得させる。
…あの手の愉快犯は、身内を振り回して楽しむタイプ――だが、大前提として自身が被害を受けることをまず避ける。
であれば、この一件に関しては愉しおもしろいことはできないだろう――
――一度でも、彼ら・・の身勝手を許しては、こちらが振り回される側ごてに回ることになるのだから。

 

「マナー動画の内容は後程詰めるとして――パレードに使用するフロートについてですが、
資料に記載してあるデザイン画を元に、楽隊用、キャラクター用、そしてメインフロートの3つを制作しています。
これらを含め、我々のコンテンツパレードのお披露目は、ハロウィーンウィーク開始前日に行う、実地リハーサルにて――と思います」

 

■あとがき
 幽霊劇場さん家の出し物が公開となりました(苦笑)
人員以下略の規模から成否がかなり無理な設定ですが、エンターテイメントということで目を細めていただけると幸いです…。
 見ている間は夢のようなショー――だけれどあっという間に醒める夢……刹那の夢で満足してくださいませッ(脱兎)