津波のように押し寄せる焦燥感は――…もう、だいぶ薄れている。
やはりなんというか、想像でしかなかった計画モノが実像を伴うと、つい――根拠のない自信が湧いた。

 …いや、厳密には理屈こんきょはあるんですけどね?計画自体には。
だから、パレードを成功させる――ではなく、計画を完遂できるという自信に――根拠が、なかった。

 

「…………」

 

 ある意味での最終鬼門かんもんである30日――
――先代団員が離脱するその日を乗り越えるための魔法の練習中――ではなく、その休憩中にふと思い出した。
そう言えば、対価しはらいの準備ができていない――と。
 

 対価とは、パレードのアレコレソレコレの経費のハナシ――だけれど、物理的な現金けいひの話ではない。
それについては、かなり早い段階で余裕ができた――上に、未だその余裕は日々積みあがっている。
この分だと次の公演の資金にまで余裕が出るのでは――というペースで、
については思いがけず余裕を計上する形になった――のだけれど、人件費についてはハナシが別だった。

 ファンタピア団員たち――もとい、NRC用務員ゴーストたちは、地縛霊――ではないけれど、
モンスターしゅぞくとしての問題などもあり、理由きょかなくNRCの敷地内から出ることを禁じられている。
そのためふもとの町に降りることさえ、清掃活動などの業務でもなければ許されない――ため、給料を使う機会が無いのだという。
…そして更に言えば、労働組合が発足するまで、そも給料という概念けいひがそも無かったというのだから――…まぁなんと言うか……。

 …ただそのおかげでなおさらに彼らの金銭へ対する執着心は薄れ、
ただ働きにも等しい金額でファンタピアの団員として活動している――
…のだけれど、だからこそ・・・・・この度のパレードこうえんについては、ソレでは頑張れたりない――という話になったのだった。

 

「(弾き語りは――……避けたい、なぁ……)」

 

 金銭に代わる給料ほうしゅうの対価として、ゴーストだんいんたちが求めてきたのは、
定期ハロウィン公演におけるアンコールへの私の出演――パフォーマンスうたの披露、だった。

 曰く、入団テスト“あ”の時に聞いた歌の衝撃が忘れられない――が、歌の記憶は綺麗に消し飛んでいる。
だけれどそれが記憶が消し飛ぶしょうげきてきなほど良いモノであったことは魂が知っている――
――からこそ、今度は満足にその全てを堪能しききたい――…のだという。

 ……いや、ウン、まぁ…その…そう、思ってもらえることは……、…一表現者としてはとても嬉しい事――…なのですけれど…ね?
最終日の最後のメインの公演イベントアンコールさいごに――っていうのが……なァ………。
……いえ、最後がどーのこーのではなく「最終日を指定する必要はごじつにしません?」ってハナシ。

 ……でも、こちらも尋常では通らない無茶苦茶な指示ようきゅうゴーストたちかれらにしているのだから、
それに匹敵する要求むちゃぶりを受けるのは当然――というか因果応報すじがとおっている
とすれば、これは甘んじて受け入れるしかない――…というかそのつもりなのだけれど………

 

「………ミルさん」

「んー?なんだい?」

「……ピアノ弾けます?」

「――……練習に付き合う程度には弾けるけれど、キミの発表に付き合えるまでの自信はないねぇ」

「…」

 

 唐突な私の問いかけに、ミルさんは平然と答えを返す――…けれど、どうにもその「答え」が釈然としなかった。

 先の公演には、ミルさんも足を運んでいたが、その公演において私は指揮者としてしか出演していない――
――以前に、なぜ今の質問で、内容そこまでわかってしまうのがわからない。

 …なんでしょう。
記憶不明のおたんじょう日、私はよっぽどのコトをやらかしてしまったんでしょうか――ねぇ…?

 

「いやいや、キミたちのトンデモなさはよーく知っている――以前に、ボクはそこまでの傑物ではないのでね」

「……色々と突っ込みたいところはあるんですが…――まず、何故知っている・・・・・んです?私の事を」

「――…簡単なハナシだよ。見たのさ、キミの本気を――利鼠ボク神子マスターが、ね」

「………ほん?」

「ノイ様の粋な計らいでね、八業にも観賞権が与えられたのさ――で、それを見たマスターがキミのことを大層気に入ってね。
…今回ボクがここに来たのもね、澪一かれ頼みしじより、マスターの意向が大きいのさ」

「……………こわぁ…」

「ぇ、なんで??」

 

 ミルさんが、悪いヒトではないことは――分かっている。
そしておそらく、件の神子マスターさんも――悪いヒトではないだろう――が、それはあくまで利鼠かれらに限った話。
もし八業の中に悪戯好きだの、愉快犯だのがいたとしたら――………胃が痛い、なぁ…。

 相手は獣神――とはいえ、自分の与り知らないところで自分の情報が、顔も知らない存在に流れているのは――怖い。
獣神における序列は絶対――故に、八業が直接の上司である八双――の神子に危害を加える可能性は極めて低い――
――が、バレなきゃやったモン勝ち、もとい、気付けない上司じぶんが間抜け――なのだ。四皇じゅうしん矜持ルールでは。
…そういう意味で、与り知らぬ情報の流出は非常に怖いのです――が、

 

「…心配性だねぇ?私の指示で、だよ?」

「…姐さんが夕映の手を噛むように――…できる部下は上司の意に背くものなんだよ」

「………反逆の意思をもって?」

 

 呆れを含んだ半笑いで尋ねてくるノイ姐さんに、私が返した答えは――…意気の死んだ、無感情の否定、だった。

 たとえ最上位じょうし相手であろうとも、時にその下位ぶかたちは悪意を持って足を引っ張るような真似をする――
――が、それはあくまで自分本位な行動だというだけで、彼らに上司あいてを害そうという意思はない。
ソレはあくまで尊敬や忠誠という絶対的な信頼関係の上に成る獣神ぶかの甘え――なのだから、
神子にとってははた迷惑な理屈ハナシだとしても、上司の神子である時点で、
獣神たちかれら甘えたわむれに振り回されることもまた、神子としての然るべき代償しごと――と、言えなくも、ない。

 …言いたくはないけどね、個人の心情的には!

 

「……八業が、愉快な面々でないことを祈るしかないねぇ……」

「それは――杞憂、だと思うよ?八業はその号の通り商売人気質だからね、不利益を生むようなことはしないはずさ」

「……夢獏に山吹色のお菓子握らされて………」

「…だとしたら――もっと、ひっちゃかめっちゃかのはずだよ?最初から」

「……ぅわあ」

 

 こんなことを言うのもなんだけれど――パレードの準備はすこぶる順調だ。
…ただ、そもそものスケジュールが端からかつかつではあるのだけれど。

 ――だとしても、トラブルやら問題やらが起きることなく着々と準備が進んでいることは、とてもとても喜ばしい事。
何度も言うようだけれど、そもそものスケジュールがいっぱいいっぱいなのです。
だから、ここで問題が起きると――…後々の負担につながるんですよぉ…!
 

 楽隊、パフォーマーそれぞれの練習は既に終了し、仮想現実下での合同練習――も、既に終え、
現在は幻想空間内で本物のフロートなどを用い、また極めて本番に近い環境下での練習――というより、リハーサルに近いものを繰り返していた。

 どれもこれも最低限という程度で次の段階に――と、かなり速いペースでの進行だったけれど、
そこはやはりそれを職としているプロだけあって、問題なくついて来てくれるから心強くて。
…ただだからこそ、そんな彼らが抜けるとなると――

 

「(及第点――…なぁ)」

 

 30日わたしの準備も、ようやっと他人に合わせられる程度にまで到達した――ので、さっそくリハーサルという名の練習を開始したところ、
初日にしてイレーネさんたちから「及第点」という評価を貰うことができた――のだけれど、
初日っていうか初回で「だけ」だったというか――

 

「(テンパるとダメ――…か)」

 

 いつだったか、トラッポラくんがそう言っていたが――たぶんコレも、そういう理屈コトなんだろう。
仮想空間内では問題なくこなせていたことも、物理的な制限ふかがかかる幻想空間では、
問題は無くとも負荷かんかくのズレから難が生じてしまう――…これは更なる魔力運用の研鑽が必要だ――が、

 

「魔力運用て…」

 

 談話室のソファーの上、ふと自嘲交じりの苦笑いが浮かぶ。
魔力運用――なんて、ゲームでも高難易度クエストの周回くらいでしか話題に上がることがなかったのに。
まさか、私自身が身をもってその重要性を知ることになるなんて――
…って考えると、私はこれまでゲーム内のキャラクターたちになんというブラック労働を強いてきたんだろうか…。

 効率を重視するが故に根こそぎMPまりょくを消費させられ、
挙句、魔獣のボディプレスで潰され、ドラゴンのしっぽに薙ぎ払われ、果てには巨人に握りつぶされ――…
……まぁ、彼らこそ一晩眠れば全てが全快するトンデモシステムたいしつではあるけれど――……。

 

「(この世界の魔法の本質は呪い――なのか、それとも単にブロットコレは抑止力なのか――)」

 

 魔法の使用について回るリスク――ブロット。
当然そのリスクは私にもついて回る――が、その許容限界が私の場合、世の平均を遥かに超えているようだった。
…兄さんから誕生日に貰った、鈍金まほうの鉄扇――に、はめ込まれた魔法石によって。
そしてそれとは別に、ブロットによるリスクと冷静に向き合えているのは――

 

「(ブロットの浄化は穢れの浄化とほぼ変わらない――…けど、………自分のは、なぁ……)」

 

 個人的な感覚として、ブロットというのは、元の世界きょくとうで「穢れ」と呼ばれるモノと大差ない。
狂気で歪んだ負の感情――…最も苦手とする「力」だけに、それを祓う術は修めておさえいる――が、その全ては外的な穢れに対するモノ。
穢れを孕んだ者が穢れを祓うなど道理が通らない――故に、己の内に沸いた穢れを祓う方法を、私は知らない。
…だからもし、私の体なり魂なりがブロットけがれに侵されることがあったなら――

 

「…リドルくんたちの比ではない気が――」

「――ボクが、なんだって?」

 

 噂をすれば影――というヤツなのか、ふとつぶやいた名前――の主の声がして、
反射的に寝返りをうふりかえってば、談話室と廊下を繋ぐドアの前に噂のリドルくんが――…若干、不機嫌そうな表情で立っていた。

 

「…おやぁ」

「……寮生が少ないとはいえ、談話室ここは共有スペースだよ。横になりたいのなら自室へ行ったらどうだい?」

「……そうですね、では這いずって――」

「――…その前に、来客の対応をするべきだと思うのだけど」

「………と、言うコトは――…リドルくんは、私をお訪ねで?」

「……トレイがパンプキンパイを焼いたから…そのお裾分けに――」

「!」

「…よだれ」

「おっと」

 

 トレイさんのパンプキンパイおかし――と聞いて、じゅると湧き上がったのは――リドルくんのご指摘通り、よだれ。
しっかとその美味しさを覚えた舌が美味しいこうふくの記憶を呼び起こし、目の前の幸福かんみに、倦怠感に侵された体も思わず問答無用で持ち上がる。
これは是非とも美味しい紅茶と一緒に頂きたい――と思い立ったその瞬間に立ち上がろうとした――ら、
なぜか私に起きろと言ったはずのリドルくんが起立それに待ったをかける。曰く、ジェームス職長が紅茶の準備をしてくれている――と。

 職長であるジェームスさんが紅茶を淹れてくれる――それは、いつもの事なのだけれど、
よく考えたら当たり前ではないような――気がするけれど、だとしても留守番係――
――オンボロ寮にただ一人残っているという状況下においては、給仕それも仕事の内なのだろう。
…ただの寮生であれば前提はなしは違うけれど、現状まだ私はゴーストたちのボス兼ファンタピアのマネージャー、なので。

 ソファの片側に寄り、空いたソファのもう片方へ「どうぞ」とリドルくんを招く――
――と、リドルくんは少し緊張したような面持ちながらも、招かれるまま私の隣に――やや間を空けて、腰を下ろした。

 

「…ハロウィーンの準備は順調――…ですよねぇ…。
副寮長がパンプキンパイ焼いて、それを寮長が他寮へお裾分けに出向けるくらいですもんねえ…」

「……去年は、こんな余裕――…持てていなかったけれどね」

「…」

「ノウハウのあるケイトが立てた計画を、デュースが先頭に立って形にしていく――
――二人が…運営委員が頑張っているのは、…きっと去年と変わらない。でも――…去年とは、寮生たちの表情が違うと思う。
…押し付けられた仕事をこなすわけじゃなく、自分で選んだ仕事に取り組んでいるから――」

「――…その解釈は、少々卑屈が過ぎるのでは?」

 

 去年とは違うと語るリドルくん――だが、個人的にそれはちょいと卑屈が過ぎる気がした。

 おそらく、昨年の運営委員はリドルくんとクローバーさんだった――のだと思う。
そしてそれは今の彼らではなく、以前までの彼ら――ルールまじめに凝り固まったリドルくんと、
過去の罪悪感からそれをフォローするしかできないクローバーさんのコンビ。
そんな彼らの主導で、ハロウィーンウィークの準備は粛々と進められていった――のだろう。
……だとすれば、寮生たちは窮屈なモノを感じながら作業を行っていたかもしれない――が、

 

「NRC生のハロウィーンに対するモチベーションを考えると、
指示役の違いが差になるまでの欠陥コトになるとは思えませんねけどねぇ?」

「……ボクがここにいることが、なによりの答え・・だよ」

「……」

 

 なんとも複雑そうな表情――を浮かべながらも、
リドルくんはどこか納得した様子で、自分がここにいること――寮長が暇を得ていることが答えだと口にする。

 …なにかこう……言い返したい、…というか、過ぎた・・・とはいえ、
真面目に取り組んでいたリドルくんを否定するような結論こたえはどうかと思うのだが――…事実は、正論じじつなのである。
真面目さは、努力は認められるべき――だが、それが過ぎた・・・のであれば、それは反省して改めるべき――でもある。
だからそういう意味では、リドルくんの答えはきよく正しい自戒モノではある――のだけれど、

 

「はぁーっ、真面目ですねぇ〜…」

「……キミが、それを言うのかい」

「ええだってリドルくんのは自戒でしょう?でも私のは――傲慢、ですから」

「………屁理屈…」

「、屁理屈だろうと私にとっては矜持りくつなので」

「………なら、ボクもそういう理屈ことにさせてもらうよ」

「――…おやぁ」

 

 なにか、とんでもなくリドルくんがらしくないことを言った――が、彼が「そういう理屈こと」と言うのだからしようがない。
…これが、とんでもなくお門違いな言い分りくつであったなら、自分の事を棚に上げてでも物申すところ――だが、「ボク」と言われてはさすがに黙るしかなかった。

 人の振り見て我が振り直せ――てないひとが、その相手ひとに対して向けられる注意の言い分ことばなんて――ない。
…よっぽどの役者・・か、単なる厚顔無恥であれば、そのセリフも選べただろうが――…残念ながら、今の私はそこまでの強者・・ではなかった。

 

「――リドルくんも、頑固ですねぇ?」

「…キミほどじゃないよ」

「ですかねぇ?…こーみえて歳上に対しては結構素直なのですが」

「…………同い年だろう…ボクたちは」

「いやーでもナー?リドルくんがひと月遅く生まれて、私がふた月早く生まれていたら――二つ、学年が違ったわけで?」

「…………………………」

「…あ、リドルくん今、物凄くアンガーマネジメント“すうじかぞえ”してますね??」

「………………!……………!!」

「あ、堪えて堪えて。
ここ・・で爆発しては、クセになっちゃいますからね――ま、私はそれでも構いま――ガはぶ!!

 

 私の言い分はつげんに、怒りのゲージを上げかおをあかくしていくリドルくん――を、宥めようと口を開いた様でいて、
実は煽るつもりで言葉を選んでいた私――の台詞を遮ったのは、顔面に奔った強烈な衝撃。

 その衝撃いきおいたるや凄まじく、抵抗する間もなく私は――頭から、無様にソファの上から転げ落ちていた。

 

「「煽るな」」

 

「………同級生との、フレンドシップのつもりだったんだけどナー」

 

■あとがき
 なんか唐突に夢っぽいエピソードとなりました(笑)
 …ぶっちゃけ、公式のリドルくんとはキャラが違っていると思うのですが、このまま押し進む所存です。
人の影響を受けて人は変わる以上、公式にいないモノが居る時点で版権キャラだろうと変わってないと物語的には逆に不自然だと思うのですぅ?!(屁理屈/脱兎)