今更かつ、割とどうでもいい話だけれど、私は芸能界において、表側の人間ではない。
故に、容姿というモノに対してこだわる必要はない――のだけれど、
芸能一族の一員、そしてファッションデザイナーの娘という立場上、
外的にも内的にも、ある程度のスタイルクオリティの維持は矜持ぎむと言える。

 ――しかし、そんな理屈以上に私の体型・・に対する意識を縛る言葉こえがあった。
…それは、どこか強迫観念にも似た――…だけれど、どこか説得力のある――胸騒ぎにも似た危機感、だった。

 

「ぁあ……!ぁ……っ………ぅぁ゛あああぁぁぁぁ…………!!」

 

 頭を使うことが多いせい――なのか、
それとも単にソレが最も簡単な「幸福」の接種方法だから――なのか、私は甘味を好む。
その中でも和菓子を食べることが一番多い――のだけれど、それは和菓子が好きだからというよりは、
洋菓子のカロリーが尋常ではないから――というのが一番の理由だったりした。

 もし、和菓子と洋菓子のカロリーがほぼほぼイコールだったなら――
――たぶん、私は洋菓子を好んで食べていただろう。携帯しやすいという理由も含めて。

 

「糖質と脂質の塊…!しかして人を堕落へと誘う罪深き魔性…!!」

 

 糖質も脂質も、人間が生きていくために必要な栄養――ではあるけれど、必要を超えればそれは当然のように害となる。
健康も、パフォーマンスも、ポテンシャルさえも侵す――脂肪という名の厄介者となって。

 過ぎたるは及ばざるが如し――と言うように、
何事にも言えることではあるけれど、必要以上はいらない――いや、摂取するべきではない、のである。
後の無様を、後の苦痛を理解しているなら、なおさらに。

 

「…いらねーんだな?」

 

 とても、酷なことを訊かれた――が、彼の不愉快といも当然とは思う。
当人が認めるかどうかはともかく、彼がここへ来たのも、そして手土産を持参したのも全ては善意――だというのに、
挨拶もそこそこに手土産を前に呻き倒した挙句にそれを「罪深き魔性」呼ばわり――
…そりゃあ不機嫌になって当然だし、「いらねーんだな?」となるのも当然だ。

 そう、それは私の無礼に対する当然の反応ことと理解している――が、

 

「食べたい……!!」

「………なら食えばいいだろ」

「! それ許される“すむ”なら!端からそうしてますよ!っ…そうじゃないから――困ってんですよぅ!!」

 

 賢いはずのレオナさんが、とんでもなくどアホウなことを言って寄越すので――思わず、吼えた。
その、単純かつ明快な選択が正解であるならば、迷うことなくそうしている――

――だって!食べたいからね!モストロラウンジの!ケーキ!!

 

「…たかだかケーキでどうにかなるモンでもねえだろ――…寧ろお前の場合、もっとつけるべきだろ?肉を」

「あ゛!?」

 

 なんぞ、物凄く失礼な事――のようで、
よくよく考えたらそうでもないような気もする――けれどとりあえずおかしなことをレオナさんに言われた。

 一応申し上げておくと、私は生まれてこの方、
無理なダイエットとか、過度の食事制限とかで、体形を作ったこともなければ維持してきたわけでもない。
適当な食事と適度な運動――(睡眠時間以外は)健康的な生活を送る中で体形を維持しているので、
モデルやアイドルといった容姿を価値うりにする業界の基準で言えば不適当な「中肉中背」といった体形――
…だけに、これ以上の脂肪ニクは健康的にも見てくれ的にも必要以上ふよう、だ。

 私の身長で、これ以上の脂肪ニクは無駄以外でも何でもない――が、
レオナさんの言う「肉」が脂肪ではなく筋肉を指すなら――…まぁ、その発言はおかしなモノではないだろう。
…ただ、レオナさんともあろうお人が、糖質と脂質ケーキが筋肉の素になる――とか、スイーツ思考なはずはない――のだから、

 

「くっ…夕焼けの草原そちら美意識かちかんにケチをつけるつもりはありませんが――……自分はシュッとしてた方が好みなので!」

「テメェの好みは聞いてねぇ」

「それもそうですが?!」

「………――…リュグズュール、一度落ち着こう…」

 

 …不意に後ろからかったのは、困惑と諦めが混じった制止こえ
反射的にその声の聞こえた方へ振り返れば、そこには声と同じ感情いろを顔に浮かべた――上に、どこか疲れた様子ひょうじょうのリドルくん。
うん、まぁ……生真面目なリドル君が、あの知能指数の低いアホウなノリを前にした――のだから、そりゃあ疲労感を覚えたことでしょう。

 リドルくんには申し訳ないことをした――が、だからこそレオナさんはイイ性格していると思う。
――ただ、そもそもの問題ほったんカロリーの過剰摂取スイーツを前に頭の中のネジがぶっ飛んだ私、なのですが!

 

 冷静になって考えてみれば、そもそもが不自然だった。
リドルくんが、そしてレオナさんが、私の様子を見に来る――という行動自体が。

 パンプキンパイのお裾分け――それが「目的」であったなら、
エデュースりょうせい友人・・にお土産として持たせて帰せば、それが一番手間が無かっただろう。
りょうせいユウさんゆうじんと、直接の接点が――ある、トレイさんなのだから。
だというのに、わざわざリドルくんりょうちょうが動いたということは、そこになにかしらの理由いとがあったから――と考えるのが妥当な線だろう。

 そして、レオナさんについてはなおさらに――不自然だった。自発的に、であれば。
ただ逆に、兄さんだれかから「頼む」となにか言われていた――とすれば、不自然ではない――と、思う。
…その辺りの関係・・について、何の説明もされていない身ではありますが。

 リドルくんがわざわざ理由パンプキンパイを持って私を訪ねてきたのは、ダイヤモンドさんの心配はつげんがそもそもの発端――
――で、レオナさんの訪問も案の定おもったとおり兄さんの心配おねがいが発端だという。
…思いがけずされている心配に、申し訳なく思う反面、気にかけてもらえていることをありがたくも思う――
――が、私事ながらそちらよりもしこうを割くべき「心配」が、あった。

 

「……………」

 

 パレードを成功させるため、日々できることの最善を尽くし、作り上げることのできる最良に向かって日々を重ねている――
――ワケだが、ここ数日――私の体感・・で言うと一週間近く、ユウさんと顔を合わせていなかった。

 …ただだからといって、ユウさんが私の近況を知らない――…ということはないだろう。
寧ろ「会えない」それが、答えのようなモノなのだから――リドルくんとレオナさんは、オンボロ寮ここへ来ることを更に・・余儀なくされたのだ。
私を心配する友人・・を心配する一年生りょうせいたち――の言葉によって。

 

「(…避けてたわけでも、引きこもってたわけでもないし、忘れてたってワケでもないけど――)」

 

 学生であるユウさんと、幽霊劇場ファンタピア団長コンダクターである私――は、ものの見事に自由時間というのが真逆で。
私が自由に過ごせるのは日中――だが、学生であるユウさんは授業中。
そしてユウさんが自由に過ごせる夜間――は、私にとってメインの仕事かつどう時間で。

 ――だとしても、これまでは朝食か夕食のどちらかだけだったとしても、毎日一緒に取っていたのだけれど――
…気付けば独り善がりな優先順位によって、私は大切であるその時間を――…犠牲に、していた。

 

「(………でも、…こーゆーこと、なんだよなぁ――…私の身内・・って)」

 

 自分の欲望もくてきの成就のためならば、家庭だろうと犠牲にする――
…たぶんそれが、我が家族におけるスタンダードルール、なのだと思う。
自分の犠牲それが、家族の幸せえがおにつながる――無条件で互いを思い合う家族だからこそ、
家族の目的えがおのために自分が犠牲しえんまわるべき――という結論に全員が全員、達したからこその結果カタチ、なんだろう。

 ……こう言ってしまうと、酷く無責任で、都合のいい考え方だ――とは思う。でも、私たちはきっとこれでよかったのだ。
全員が全員、凡庸とは縁遠い才能を持っている――上に、事情もそれぞれが特殊な経歴モノを持つ超特殊オカシな家族が集まった家庭だから。
そう、きっとこれは私たち家族には受け入れらゆるされた在り方――…だからこそ、世の家庭で上手くいくゆるされる在り方ではないだろう。
 

 家庭かぞくのために家族じぶんを犠牲にしている親――からすれば、子供の本能さみしさは仕方ないとはいえ、ワガママだ。
しかし、家庭・・のために犠牲になっている子供の立場からすれば、親の言い分は矛盾を孕んだ屁理屈だろう――
――が、自我の薄い幼児こどもは「そういうモノ」と親の言いつけを「当たり前」と受け入れるのだろう。
そうしてそのまま、家族の在り方を顧みあらためなかった家庭は――子供の自我の目覚めと共に、その形を歪めていくのだろう。
家庭のために子供かぞくを犠牲にしたかぞくの矛盾によって――。

 

「…お互い、パーソナル――…っていうより事情・・を知らなすぎるんですよねぇ………」

「……まぁ…キミの場合は別の事情が複雑だから……」

「――かといって、話したくなかったわけでもなく、ユウさんの家庭じじょうに踏み込まなかったのは――………」

凡人アイツの家庭に興味が無かったんだろ」

「ちっ、違いますよっ――………ぃ、いや…ある意味でその通りなんですけど……」

 

 ユウさんの家庭環境に興味が無かった――…それは、事実は事実だろう。
「ユウ」という人間に興味はあった――が、それは観察対象としての興味であって、
解析対象としての興味ではなかった――だから、彼女のパーソナルというよりは、その家庭環境バックボーンに対する興味が薄かったのだ。

 家庭環境バックボーン――ユウさんが生まれ育った世界を知ることこそ、
彼女を理解するためになにより必要な要素――…だというのに、私はきっとそれを「つまらない」と思ったんだろう。
こんな面白いモノを、すぐに読み解いてしまうのは勿体ないつまらない――と。
……今更が過ぎる悪癖コトとはいえホントにまぁ………。

 

「――…結局、人の面倒を見るの…向いてないんですかね、私……」

「「…………」」

 

 自分が、極めて身勝手で利己的な存在だということは理解している。
ただそれでも、他人の面倒をみられるだけの能力というのはあると思っていた――…のだけれど、
それも相手の努力・・あってのこと――…なのだと、思う。
私の身勝手に耐えるつきあう努力、私の利己きたいに応える努力――
…そんな誰かの尊い努力の上で成立する「世話」――なんて、悪い冗談にもほどがあるだろう。

 1から10まで全てを世話することが、正しい世話かと問われれば、
またそれはそれで正しくはないだろうけれど――それはそれとして、
私の「世話」は世話している人間よりも、世話されているはずの人間の方が我慢どりょく比率ウエイトが大きい気が――

 

「…確かに、向いてねえな」

「!」

「ハッ、なんだ?『そんなこと』とでもフォローしてもらえると思ったか?」

「…………………ぇ…いや……ま、さか…こんな、はっきり、と……面と向かって、断言されるとは……思っておらず………」

「…そりゃ、そうだろうな――適性が、ないワケじゃあねえ」

「………ハん?」

 

 向いてない――と言っておきながら、適性が無いわけでは――と自身の見解をひっくり返すようなことを言うレオナさん。
矛盾――というよりは自身の意見をひっくり返すような言葉に怪訝――よりも理屈わけがわからな過ぎて、疑問の方が勝る。
噛み合わないレオナさんの発言に、頭の中を疑問符が占領した――結果、私の思考はゆっくりと停止した。

 答えを出すことを諦めたしこうが答えを求める先は――当然レオナさん。
改めて問い返すこともなく、ただ間抜け面をさげてレオナさんをじっと見ている――と、不意にレオナさんがため息を吐いた。酷く、呆れた表情で。

 

「……テメェに適性なり才能なりが無いんなら、ウチの連中の成長アレはなんだ?」

「ぐ…それ、は……なんて、いうか………」

「…仮に、お前に指導者としての適性なりが無いなら――…相手を見る目・・・・・・が、あったんだろうよ」

「――………」

 

 酷く、心が苦しい。これは、一体、なにに対する罪悪感――…だろうか。
…まぁ、おそらくと言わず、それは寄せられる全ての信頼に対するモノだろう。
私が私を疑った時点で、私を信じているモノの全てを裏切っているのだから。

 まぁ本当に自分で自分が――その甘ったれた自己否定しこうが嫌になる。
自戒は己の行動を顧みることで自分自身を戒め、その方針こうどうを改める行為――だが、自己否定は違う。
まして、他者を前に行うソレは――

 

「………穴があったら…入りたい………!!」

「…敵前・・逃亡とは、イイご身分だな?」

「!……!…――………ッ、…!!!」

「…………レオナ先輩……」

 

 私をからかうねぶみするように「敵前逃亡」と言うレオナさん――に、
リドルくんが少し呆れた様子で、その行動はつげんを咎めるようにレオナさんの名前を呼ぶ。

 …変な話、リドルくん――そしてレオナさんも、
両手で顔を覆い、様々な感情にもまれ小刻みに震える私の情けない姿を哀れに思って、
それぞれの思惑の上で言葉を選んでくれている――のだと思う。

 …いつもの私であれば、誰であろうと哀れまれようものならしん怒りが入るところ――
……なのだけれど、肉体的にも、精神的にも摩耗した状態で、自分わたしが見込んだ彼らに気遣われては――

 

「!」

「っはぁ〜〜〜〜………殴りたぃー……自分――か、クローリーさんをーぅ」

「………ここに呼びつけて殴りゃいいだろ。…一発なら、クローリーも甘んじて・・・・呑むだろうよ」

「……でも、それで今回の貸しをパァにするなんて――…採算、合わなすぎじゃないですか」

「…採算、なぁ?…クローリー如きが支払いきれる程度モンじゃあないだろ」

「…払いきれないのは大前提――ですけど、かといってマケる義理はないですし?」

「――ハッ、クローリーも難儀なヤツに貸しを作ったモンだな」

「……レオナさんに言われるのはなにか釈然としてないモノがありますが――…まぁその通りで――」

「――その前に!!ボクからっ!離れてくれないかッ?!!

 

■あとがき
 なぜかまだ続いた夢っぽい件です(笑)否運営委員寮長コンビとのお茶会(?)でした。
 双方ともに100%自発的な訪問ではありませんでしたが、レオナさんは35%、リドルくんは60%くらい自分の意思で訪問しております。
夢主もこの二人に関しては(心の底を見たが故に)無警戒なので、かなり頭(自重)のネジが外れやすくなっております(笑)