「今更だが、のんきに来客の相手ができる余裕ヒマがある――のか?」

 

 トレイさんが焼いたパンプキンパイと、モストロラウンジで提供されているケーキに舌鼓を打ちながら、
重要だったり他愛なかったりな会話――リドルくんとレオナさんを相手にしたお茶会は、レオナさんが訪れてはじまってから既に一時間以上が経過している。

 …確かにレオナさんの疑問かくにんは今更――ではあるけれど、その指摘ぎもんは尤もと言えば尤もだった。

 

「…隙間の時間があるだけで、余裕ヒマはないですよ――
…本来なら、作業中の美術班の様子を見行くところなんですけど……」

「……なにか…あったのかい?」

「……ぃえ…あの…………、…また、…倒れらむりされては迷惑だから――と……
…休息時間の取得を…団員たちから協力の義務じょうけんにされていまして……」

「「………」」

 

 なんとなし、肌に感じるのは「ああ〜…」といった風の呆れ混じれの納得、だった。

 …仕方ない――というか、ある意味で自業自得というか、自分の不出来で晒した無様の結果――
――過去に二度も無茶を押してぶっ倒れた前科持ちの立場なのだから、心配されるのも、納得されるのもしようがない。

 だから、団員たちから休憩時間の取得を条件として提示されるのも、
リドルくんたちにそこまでされたことに納得されるのも――仕方ない、のである。
何度も言うようだけれど、私は前科持ち――自己管理そのてんに関しては、信用が皆無なのである。身内からは特に――な!

 

「私と団員たちみなさんでは体のできが違う――
…とはいえ、…経験上・・・と言われては――…呑み込むしかないですよねぇ…」

「…それ、は……」

「クク…そりゃ言い返せねえな」

「……笑うトコです?ソコ」

「ハッ、よくできたモンだと思ってな」

「「……」」

 

 軽く笑って自身の見解を口にするレオナさんの態度に、不謹慎なものを覚えた――
――けれど「よくできた」と言われては、レオナさんに向かっていた小さなマイナスはくるりと方向を変え、更に倍近くにかさを増して――自分に向く。

 …確かに、私側からすれば、コレはよくできた偶然ハナシ――…だけれど相手側からすれば「よく」などないだろう。
よくなかった――終わりそこに何かしらの不満があったからこそ、彼らは現世ここに留まることになってしまった――のだから。

 

「……結局、私は相手のひょうめんしか見てない――ってことですねぇ…」

「…それでいいだろ――…今一時の付き合いだ」

「…」

 

 ご尤もで、方針その通りのレオナさんの意見――…だけれどどうにも生温あまっちょろい綺麗事が脳裏をよぎった。

 そんな不義理で、そんな不誠実な向きつき合い方でいいわけがない――
そんな関係で成せる成功けっかなんてあるわけがない――
――そんな一方的なエゴかんけいは許されるわけがない、と。

 …でも、そうして心を砕いて築いたけっかも、帰還さいごには全て手放さなくてはならない。
…どうあっても最後には、理不尽な離別を迎えることになってしまう――
…だとしても、それは義理を通さないことを、誠実さを欠くことを正当化する理由にはならない。
離別の哀愁を呑み、紡いだ絆を手放す覚悟を決める――…それが、不条理であっても誠実な異邦人の在り方、だ。
 

 うん。それは、わかっている――理屈それは、わかってはいる。
それが、正しくも気高うつくしい人格者の在り方だ――とは。

 …本来たれば、そう・・あることが当然だというのに、私は人格者そうではなくて。
でも、それでも無い物ねだりに身の丈に合わない人間ヒトの皮を被ろうと――

 

「マーネェ〜ジャああああ〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

「――オふんっ?!

 

 絶叫と共に、ドアの開閉をスキップして談話室に文字通り飛び込んできたのは一人のゴースト。
デフォルメ状態故に外見的特徴から個人を特定することは難しい――が、その声から個人を特定することは容易だった。
ただそれも、パレードこんかい騒動ことがあったから、なのだけれど。

 

「ぇ、な、どっ、どうしました??」

「……………」

「…ドーラさん?」

 

 絶叫と共に駆け込んできた――のに、その理由を口にすることを躊躇っているのは、
イグニハイド寮、そしてファンタピアでは運営部門所属のドーラさん。
――ただこんかいの場合は、それらの所属ようそは関係ない――だろう。

 …おそらく彼が持ってきたかかえている問題は、ある意味で個人的な――

 

「…リコリスが……失踪ドロンしましたぁ〜〜〜〜〜…!」

 

 ファンタピアという劇団は、たった一人の団員が欠けただけでも成立しない――…こともない。
ただそれも、部門長メイン級の逸材でなければ――の話かつ、オンリーワンの役割を担っていない職種たちばであれば、だった。

 ――で、今回失踪したイグニハイド寮所属の演者部門奏者課打楽器班+鍵盤楽器班所属のリコリスさんとは――。
 

 人情と義理で私の様子を見に来てくれたリドルくんとレオナさんに断りを入れ、ドーラさんの案内で向かった先は幽霊劇場ファンタピアの事務室。
そして既にそこに集まっていたのは、件のリコリスさん、そしてドーラさんとイグニハイドおなじ所属で、なおかつ親しい間柄にある衣装班のジュリさん――と、

 

「………ごめんなさい……」

 

 酷く苦々しい表情で謝罪の言葉を口にするのは――ヘンルーダさん、だった。

 用務員としてリコリスさんが所属するイグニハイド寮の区長であり、
打楽器班の班長でもある、二つの立場いみでリコリスさんの上司に当たる存在であるヘンルーダさん曰く、
リコリスさんが失踪したのは――ヘンルーダさんじぶんのせい、とのほう告だった。

 本番を間近に控えた現状で、未だに腹を決めにえきらないリコリスさんの意志の弱さにカチンときた――
――結果、彼に対して「いつまで――」と発破をかけた――風でいて、
その実は苛立ちをぶつけただけの「説教風八つ当たり」になっていた――というのが、
ヘンルーダさんの言い分けんかいだった――…が、個人的には、ヘンルーダさんの苛立ちというのも、わからないでもなかった。
 

 二日後に迫った本番を前に、未だ不安に苛まれている――現状、達成できていない課題があるわけでもないのに。
本番が目の前まで迫っているのに、課題パフォーマンス達成かんせいされていない――というのであれば、不安に心が揺れるのもしようがない。
しかしリコリスさんのパフォーマンスは私からはもちろん、イレーネさんからもOKが出るだけのラインに達している――
…というのに、それでもしようのない不安を口をしていたのであれば………そりゃ、イラっともするだろう。
ストイックかつ、プライドの高いヘンルーダさんではなおさらに。

 …ただ、だとしても、上司・・という立場でその理想せいろんを語るのは――下策、だった。

 

「(…ただ今回は、ある意味で――…対等な立場だったからこそ、…だろうなぁ……)」

 

 普段であれば、リコリスさんは打楽器班の班員としてマリンバ、もしくは鍵盤楽器班の班員としてピアノの演奏を担当している。
だけれどハロウィンパレードこんかいはそのどちらでもなく、歌って踊るパフォーマー――それもメインのキャストとして、一つのステージを担っていた。

 …一曲そこに、座長とかリーダーとか、そういった考え方やくわりを、正式においてはいなかった――
――けれど主役メインたる立場モノは、言われずとも座長の自覚を持つもの――…芸人こっちの、常識で言えば。
だから、ヘンルーダさんの不満いいぶんはある意味でご尤も――……なんだけれど、

 

「警告を回すべき――か…」

 

 リコリスさんには、ステージの主役を張れるだけの実力と才能があった――が、その実績は無かった。生前にしても、今にしても。
でも、だからこそ――…彼には、魂が悪意やみの底に堕ちるほどの未練トラウマが、あった。
抗うことのできない理不尽さと恐怖、そして何を遂げることも、成すことなく終わる無念――
――人格いしが崩壊するほどの絶望の中で、彼は人生のおわりを迎えていた。

 ――ただ、だからこそ今回のステージことは、リコリスさんにとって良い転機になるとも思っていた。
生前、成すことのできなかった結果じっせきを成すことができたなら――
もし、その未練を断てたなら――…きっとそれはゴーストかれらにとって「幸福な終わり」になると思ったから。
 

 話を持ち掛けた当初こそ、過去に尻込みして、私の提案に対して後ろ向きだったリコリスさん――
――でも、その胸にくすぶるモノがあったからこそ、リコリスさんは自らの意思で踏み出すことを、
生前かこに遂げることのできなかった未練ゆめに挑戦することを決断した。
その最難にして最大の一歩を、リコリスさん自身の決断いしで踏み出したなら、そのあとの私の役割なんて簡単な事――…と、そう思っていた。

 本当に、リコリスさんの実力も才能も本物で、芸に対する向き合い方だってプロのそれだった。
だから、踏み出すことさえできれば、あとは自ずと成功けっかが付いてくると思った――
…でもそれは、トラブルリスクを踏まえていない、浅い考え方みとおしだった。

 

「…マ、マネージャー……」

「大丈夫だと、思いたいんですけど――…ね、………どーも…イヤな予感がするんですよねぇ……」

「……」

「――とにかく、動きましょうか。
ヘンルーダさん、全職員に緊急令を発布――の後、ジェームズさんに『警告』の是非を仰いでください」

「…――了解」

「ドーラさんはイグニハイド寮で、ジュリさんはここで待機していてください――…リコリスさんが戻って来た時のために」

「は、はい!」

「………正直、その可能性は低いと思うがね。
アレの真面目ストイックさは芸術家われわれと同等――なのに自己評価が低い卑屈な若者・・だ。
幸いアレはレムナント――…そう簡単に堕ちることはないが、」

「…わかっています。だからこその緊急令――私も、手段は選びませんよ」

「ッ…そんなっ…マネージャー…!!」

「――……あ、いえ。リコリスさんをどうにか――する、ことになるかもですけど――
逝かせかえしは、しませんよ――………困りますから・・・・・・

「「………」」

 

 

 極東じもとで言うところの秋分を過ぎた秋の空は、日ごと日暮れの時刻が早まっていく。
そしてそれはTWLでも同様――とは言い切れないものの、賢者の島では同じだった。

 TWLここへやってきたばかりの頃よりも、幾分か早まった夕暮れ。
西の海に沈もうとする夕日に照らされたNRCは、既にオレンジ色に染まっている。
そしてその東の海はんたいは――…一足先に、よる色に染まり始めていた。

 

視野・・が狭かった――ですね」

「……」

 

 オンボロ寮の裏にある森――その奥にある磐座せきひの上に留まっているのは、
真白なフクロウ――の姿を模しとっ賢梟ノ神ブレシド

 他意のない穏やかな笑みを浮かべながら、強烈ごもっとも過ぎる指摘けんかいを寄越すブレシドに――…思わず、渋面になる。
ミスを犯したのは、他の誰でもない私――で、ブレシドはその挽回の手立ていちよくを担っている協力者(仮)だっていうのに。

 

「私が居なかったら、どうするつもりだったのですか?」

「…足で探すよ――…幸い、私はが利くから…さ」

「おやおや…ふふふ。あなたにそんなことをさせたとあっては、博狼・・の怒りを買いますね」

「…なら、その博狼さんは私の怒りを買うね」

「…――………ふふっ…ふふふふふふ……!」

 

 売り言葉に買い言葉――といった調子でブレシドに言葉を返せば、
…なにがブレシドの琴線に触れたやら、酷く嬉したのしげに笑いだす。

 …正直言って、ブレシドの笑い声は意地も悪いし気味も悪い――…のだけれど、
さすがにこの状況で協力者ブレシドを前に悪態ほんねを漏らす気にはなれなくて、
ただ自分の感情を誤魔化そうとため息を吐いた――ら、更に「ふふ」とブレシドに笑われた。

 

「……」

「いえいえ、あなたを笑っていたわけではないのですよ――かつての神子との違いを、楽しんでいただけです」

「……………」

「確かに、彼は大賢者と呼ばれ、人々の尊敬を集めていました――が、獣神わたしが聖者の如き人格者を神子に選ぶと?」

「………」

 

 笑みを浮かべ言うブレシドの指摘に――…鈍い頭痛が奔る。
いやうん…。神官や巫女はともかく、
獣神の神子が世に言うところの聖人的な人格者である事例はかなり少ないと聞いている――
――し、私が知る神子かぎりもそうだった。自分も含めて。

 だから、ブレシドの言葉に嘘はない――彼の大賢者もまた、
獣人の神子に相応しいエゴと傲慢さを備えた非人格者だったのだろう――
――が、人々の尊敬を集め、三人と呼ばれるにまで至った人物なのだから――

 

「…でも、賢いスマートには程遠い――…泥臭いやり方だと思――」

「――ふふっ」

「……」

「いやいや、自分の発言と行動を顧みてごらんなさい。
一柱ひとりの神子の立場で、それ以外の獣神・・の協力を得ているあなたのどこが無様どろくさい、と?」

「………………………それでも、賢いスマートではないでしょ…」

「まぁ、それは確かに」

 

 獣神が、己が神子以外の神子に協力することは――意外と珍しい事じゃない。
獣神同士、神子同士の友好のよしみ、もしくはその主従関係からの寛容によって、
他の獣神の協力を得ることは――上位の獣神の神子であればあるほど、難しくも、珍しくもない事ではあって。

 でも、だからといってそのやり方が、必ずしも賢いスマートとは限らない――
…無様、でないこともまた確かだとしても、力尽く、もしくは物量策という時点で、賢いスマートとは程遠いだろう。
…単純に、手間だけを言えばこの上なくスマート――では、あるけどね。

 

「…状況が、状況だからね――…手段も体面も選んでる余裕はないの。
手際あたまの悪い策に乗っかるのは主義じゃないと思う――でも、だとしても力を貸してブレシド。今の私にはが必要なんだ」

 

 かつて有していた――としても今、有していないのであれば、それは持っていないと同義。
…でもそれを、長らく当たり前に携え、世間と渡り合ってきた――…だけに、その欠落は私にとって腕か脚かを奪われたに近いくらいの欠損、を生んで。

 彼のわが獣神ぬしの加護を失ったのが痛い――確かにそれが、私とって最大の欠損いたで、ではある。
何度も言うようだけれど、の力があれば、一番そもそもの問題――元の世界への帰還が叶うのだから、それ以上の問題けっそんはない。
――だけれど、それを欠いた上で、私が更に失ってしまったモノは――

 

「…私一柱ひとりで補え切れる栄華モノではないと思うのですが?」

「端から補ってもらおうなんて思ってないよ――今の私が、――わたしとして新たに作る組織カタチとしての勧誘ハナシだから」

「――なるほど、いつか捨てられる・・・・・理不尽を呑んだ上で手を取れ、と」

 

 他意のない笑みを浮かべ、ブレシドが端的な事実を口にする。
…そう、結局のところは――そういうハナシ、だ。
私が本来かつての絆を取り戻すために、代償ぎせいとなる絆――それを結べ、という結論。

 …冷静に考えずとも、それは酷く利己的で、理不尽極まりない要求はなしだ。
出会ったことに意味があって、共に過ごした日々に価値があって、それ故に相手の幸福を思える――
――それが「絆」だとするなら、…そもそも私はこの世界の誰とも絆を結べないのかもしれない。
だって相手の幸せのために、自分の世界ねがいを諦めるつもりは毛頭無い――「行かないで」と伸ばされた手を払ってでも、私は帰るつもりなのだから。

 どう考えても、どう言い繕ったとことろで――やはり、この矛盾からは逃れられないらしい。
手放せないモノのために、手放せないモノを手放すという矛盾――
組織きずなを培い、その力を以て己が実績ちからを積み上げる――それが――わたしの特性とはいえ…――

 

「それでも――だ。理不尽で、不義理だとしても――私一人じゃダメ、だから」

 

 もし私が、妥協なんて利口なことができたなら――…きっと、誰にも心配も迷惑もかけることはなかっただろう。
でも所詮、私は小利口止まりの小賢しい存在で、
身に過ぎた願いを口にして、身の丈に合わない理想を求めて、壁にぶつかったとしても――そう簡単に諦めない。
いくら足掻いたところで、手が届かない希望モノだとしても――私一人でないのなら、諦める理由はなかった。
不足を補ってなお余るだけの身内なかまが、必要とあらば力を貸してくれる――だから困難を前にしても、私には諦める道理りゆうが無かった。

 …彼らの存在を言い訳にするつもりはないけれど、
もうだいぶ向こうで、理不尽な失敗を味わっていれば――…私も、もう少し利口だったかもしれない。
――…ただその場合、利口さに反比例して――財産なかまと呼べる存在は少なかっただろうけど。

 

「わかりました。あなたの理不尽ごうまんを呑みましょう――
…あなたの言う帰還りふじんが、現実のモノになるかは些か疑問ですが」

「ブレシド………」

「ふふ、それだけあなたたちの『願い』は、この世界において大それたモノということです――
ただ、その解釈で言えば――あなたたちの存在という物自体が、この世界には過ぎたモノなのでしょうけれどね」

 

■あとがき
 色んな意味で不穏なことになっております(笑)
なんでこんな状況に陥ったのかは、筆者もわからないのですが――とりあえずカオスります。オリジナル話爆走でーす(脱兎)