東洋の固有の概念の一つに「気」というモノがある――
――が、だからといってそれは、東洋でしか通用しない理屈・・――というワケではなかった。
 

 気とは多くの場合、生物の体内を流動する生命エネルギー――と解釈されるが、厳密なことを言えば万物に宿っている。五行説的な解釈いみで。
そして生命を育む土壌たる大陸だいちにおいては、気は宿っている――だけでなく、不可視の力の通り道――大地の血管たる龍脈を廻り、
その流動の中で無形ふかしエネルギーちからでしかなかった気は、自然せかいを構成する「モノ」としての形を成すに至る、のである。

 因みにこれは、古代中国を始まりとする思想――だけれど、実は地球ぜんせかいに適応される自然の理だったりする。
…ただその理屈が異世界でも通用するのかと問われれば、些か疑問を覚えるところ――
――だが、世界を成すこんかんが同じである時点で、違っている可能性は限りなくゼロに近かった。
世界の理――もとい、万物に共通する理を整備するなんて大業、最古にして最強の魔女であろうと、簡単なことではないのだ――…ただ、
できるけど面倒だから手を加えなかった――っつー可能性も考えられるから頭が痛いよね!!

 

「……お嬢様?」

 

 不意に頭をよぎった最大にして最悪の問題に頭痛を覚えて頭を押さえれば、
それに心配を覚えたらしい灰色の小さなワイバーン――ジェダが声をかけてくる。
少し心配そうな表情でこちらを見るジェダに、申し訳ないものを覚えて「大丈夫だよ」と答える――
――ものの、顔に浮かんだ表情モノが苦笑いだったことについては、目を瞑って欲しい。

 身勝手しょうじきな話、まったく全然大丈夫ではない――のだけれど、今それをここで素直に答えたところでしようがない事もわかっている。
件の魔女それが私にとっての最大のもんだいである――とはいえ、
それに気をとられて回避できるはずの問題かべにまでぶつかっていては――身も頭も精神も持たない。
だから、最大の問題は今はまだ棚上げして、今目の前にしているトラブルもんだいの解決に注力するのが最善だった。うん、わかってはいるんだよ!
 

 賢梟ノ神ブレシドの手を借り、TWLいせかいにも同様に存在した脈に触れることにより得た情報は、NRC敷地内における気の流れ――であり、の淀み。
そしてこの現状において、発生した「淀み」とは十中八九――

 

「……今更だけど、精霊は穢れあくりょうの影響を受けやすい――…とかないよね??」

「はい。我々には影響ありません」

「…穢れの影響を受けやすいのは精霊より妖精――…あ、広義の妖精じゃないからな?羽根の生えた小人のコトな?」

「ぁあうん。ドラゴンそっちの心配してなかったよ…」

 

 釘を刺すように、自身の言う「妖精」が指す存在について言及するのは、オフホワイトの小さなワイバーン――ネフラ。
広義で彼は妖精と精霊のハーフ――なだけに、自身に不安要素があると思われたくなかったのだろう。
…ただまぁ、妖精ドラゴンが穢れの影響を受けやすい――って方が違和感があるけどね。あー…でもそれも、血統に因るのかなぁ……。
 

 ジェダとネフラがそれぞれ足で掴んでいるのは――魔法わたしのストールの端。
そして私はそのストールの間に腰掛けている状態――某目隠妖怪少年のカラスのアレを彷彿とさせるカタチで、空を移動していた。
……状況が状況なら、もうだいぶテンションも上がってたんだけどね…!

 普段であれば単身、自力で現場まで駆けつけることろ――なのだけれど、体力温存と要救助者がいた場合を考え、ジェダたちの力を借りていた。
…因みに、二人が本来の大きさすがたにならないのは、空を飛ぶドラゴンは目立つ――リコリスもくひょうに不要なプレッシャーを与えないため。
急いては事を仕損じる――ということで、隠密性に重きを置いた結果なのだけれど――……これはこれで十分目立つような??

 

「(飛行術はまだだったからなぁ……)」

 

 賢者の島――の中でも、更に限られたNRC敷地内を生活圏とした場合、
学園内を徒歩で端から端までを歩き回るには少しばかり骨が折れるが、だからといって乗り物に頼るほどでもない――
――という以前に、NRC校内は乗り物移動とうこう禁止ということもあって、
飛行術の授業は後回しにされ、今まで一度も手ほどきを受けていなかった。

 …そのため、長距離移動となれば、誰かの手を借りなくてはならず――…飛行術の授業を後回しにしたことを、少々後悔していた。

 

「(――とは言っても、私の気持ちの問題でしかなかっただろうけど)」

 

 自らの力で空を移動するとぶことができた――ところで、おそらくジェダたちは私に同行していた。
彼らの最大の役割は、あくまで要救助者がいた場合の避難と輸送なのだから、目的地までの移動なんて彼らにとってはたぶん大したウエイトじゃない。
…だから、誰かの手を借りなくてはならない――面倒をかけている、なんて思うこと自体が、彼らの力を見縊っているのと同じ――…とは、わかっているけれど、

 

「二人とも、着陸態勢」

「ぅん?まだあるぞ?」

うえから降りるいくのは奇襲だからね」

「……なるほど、敵対されたと勘違いされては――危険、ですね」

「ゴーストを追い詰めるのは悪手だからね――…人間・・の効率で言えば」

「「…………」」

 

「…相手はレムナント、なんだよな?」

 

 目的地――コロシアムから少し離れた場所にある林へ向かう道すがら、不意に話題を振ってきたのはネフラ。
僅かだけれど緊張を湛え、確かめるように尋ねてくるネフラ――に、私は勤めて平静に肯定を返した。

 死してなお現世に留まる霊魂を、人はゴーストと呼ぶ――が、その全てが同じ種類モノではない。
善でもなく悪でもないゴーストの基本種とされる【スピリット】、
人に害成す存在モンスターと認定される【デーモン】、殺人鬼が堕ちる【スペクター】
――など、ゴーストといっても、生前の経歴や死の経緯によっていくつかの種類に分類される。

 そして今話題に上がっている【レムナント】とは――

 

「一度堕ちた――…けど、正気を取り戻したタイプの、ね」

「……なんとも言いきれないトコだな…」

「…たぶん堕ちるまでの耐久時間っていうのは、最終的なところは似たようなモノだと思うよ。
…ただ、いざ・・となった時の進行が速いのは――今回のコッチ、だろうけどね」

 

 悪霊デーモンの状態から理性を取り戻したゴースト――を、レムナントと呼ぶ。
しかしそれと同時に、生前、魔法士としての適性を持っていたゴーストもレムナントと呼ぶ――というか後者こちらの方が一般的な認識だ。
なにせ、一度悪意に堕ちたゴーストが理性を取り戻すなんてことは、
本来・・であればありえることじゃない――悪意の底に堕ちた魂を救う術を、人は持っていないから。

 だけれど、そんな奇跡ありえないことを経て理性しょうきを取り戻したゴーストは確かに存在していて――…件のリコリスさんはまさしくソレ、だった。
 

 若くして治療方法の分からない奇病にかかり、闘病の甲斐なく人生の幕を閉じることになった――青年・リコリス。
憧れた夢に近づくことも、生きた証を残すこともできず、
また家族に看取られることもなく、失意と孤独の中で死を迎え――…彼は、悪霊へと堕ちた。
ある意味これは、リコリスさんが強い意思こころを持っていたから――最後まで、生きることを諦めなかったからこそ堕ちおきてしまったこと。
もちろん、害を被っまきこまれた側からすれば、迷惑なんてレベルの話ではないだろうけれど――

 

「…運が良いのか、悪いのか――ね」

 

 治療法の無い奇病を患い死を迎えた――それは、不運としか言いようがない。
でも、あくいの底から救われ、正気を取り戻しレムナントとなった――ことは、幸運だった。
それが、当人にとって幸福・・であったかは、ともかくとして。
そしてまた、悪意やみの底に堕ちるか否かの瀬戸際で、そこから魂を救う術を持つモノが存在する偶然は――
…おそらく、リコリスさんが持つ「運」が成した幸運ぐうぜんだろう。

 …ただそれが、ゴーストとしてそんざいしいき続けることが、リコリスさんにとって幸福であるかどうかは――
…やっぱり、当人が決めることで、またその是非も彼が決めること――だが、

 

「…外運、は…ない、のかなぁ………」

「あ?」

「いや…今自分がやろうとしていることが生者相手だったら――…と考えたらトンでもないブラックだなぁー…と……」

「…………ケア・・をしている時点でグレーでは?」

「……」

 

 平然と「グレー」と言って寄越すジェダ――に、言葉が詰まる。
確かに、ケアをするつもりがある時点で、一概に「真っ黒」とは言い切れないだろう。
利己あくい100%のブラック方針であれば、ただひたすらに壊れるまで使い潰すだろう――が、
しかしそれも、代えが利く存在だからできることであって、代えが利かないが故の「ケア」は――善意ホワイトの扱いじゃあないだろう。
本当に善意の上で、相手をケアする気持ちがあるというなら――

 

「……つーか、仮にソイツの外運が悪かったところで――オマエの外運ソレには関係ねーだろ」

「……」

「…いやネフ、それを言うなら関係・・あるだろう。件のゴーストの存在が、お嬢様の外運に因るモノなら」

「………味方の味方が味方とは限らないけどね――」

 

 類は友を呼ぶ――ではないけれど、人間関係がいうんに恵まれた人の元には、
同じように外運に恵まれた人が集まる――と、いうモノでもないだろう。

 人間関係に恵まれたからといって、必ずしも良い人間関係が築けるわけじゃない――
――たとえドライであっても、邪魔をされなければ、刃向かわれることが無ければ――それもまた、都合がいいという意味で人間関係に恵まれている。
もし私の外運が、そういう意味でいいとするなら――…その影響によって集った彼ら・・の外運は、いいとは言い切れないだろう。
社畜を飼いならすを持った存在の元に集っている――わけなので。

 

「(――なんて、思ったところで、方針を変える気はないんだけど――ね)」

 

 リコリスさんのことを思うなら、彼がどうなったにしても――この一件から距離置かせるべきだろう。
…生者であったなら、あえて苦行を強いることも一つの指導しゅほうだけれど、
ゴーストを追い詰めるのは――タブー、なのだ。堕ちる先がある彼らでは。

 相手のことを思うなら、周りへの被害を考えるなら、
ゴーストのボスわたしの取るべき方針は決まり切っている――けれどまた、私の優先順位も既に決まり切っていて。
堕ちたゴーストものを救い上げる術が無かったなら、そんな酷いだいたんな方針は選べない――けれど幸か不幸か、私にはその術があって。
…だけれどそんなそんざいの心に「良心」というモノが欠片ほどしか存在しないから――
――リコリスさんは今一度、不安と向き合わされ――不安に追い詰められるだろう。

 そこで諦めおちるならその程度――と、元の世界いつかなら割り切れたはずなのに、

 

「……………………………ユウ、さん…?」

 

 歩を進めるほどに、不快な淀みの気配が確実に強くなっていく――中、
不意に視界に捉えたのは、木の前にしゃがみこんでいるユウさん――と、その後ろに立っているグリムくん。
体調を崩してうずくまっている――なら、まだよかった。でも、ユウさんがしゃがみ込んでいるのは彼女に不調があるからじゃない。
不調を訴えているのはユウさんの前にいる――…リコリスさん、だ。

 

「(…どうする……あの感じじゃあヘタにゃ近づけねーぞ…)」

「(…かといって、彼女の言葉であのゴーストが正気を取り戻すとも……)」

 

 音もたてず、静かに私の肩に停まったのはジェダとネフラ。
状況を刺激することを警戒するように2人は声を潜め、私に方針じてを問う。
ユウさんがリコリスさんに話しかけている状況で、安易に距離を詰めるのは危険。
しかし、このままユウさんがいくらリコリスさんに語り掛けたところで――…意味がない、ことはないだろう。

 幸か不幸か、ユウさんはそういう星の下の子じゃない――彼女は他人の心に真っ直ぐ言葉を響かせることのできる逸材、なのだ。
――であれば、リコリスさんの心にまとわりつくよどみも無視して、彼女の真摯な言葉は、リコリスさんの心に届くはず――だ、が?

 

うるさい!うるさい!うるさい!!お前になにがわかるんだよ…!
この苦しさを知らないヤツが…!この世の理不尽に侵されたこともないヤツが…!!
何も知らないで……!何も知らないくせにッ――キレイゴトばっかり語ってくんなぁああああ!!!!

 

■あとがき
 聖人と罪人、働き者と怠け者――などなど、生前の行いによって、ゴーストたちのランクは均一ではない――と思います。
てかTWLに関しては「魔法」というパワー要素も加わるので、なおさらに「差」があると思います。
 ゴーストとは「理を覆すほどの意思によって、現世に存在を留めている」存在、と(勝手に)定義していますが――ファンタピア勢、んな未練やらがあるようには思えんのよなー(オイ)