これは、個人に向けられた殺意モノではなく、
生者むさべつに向けられる恨みモノ――そんな、怨霊ばけものが纏う狂気に、私は覚えがあった。

 …ただ、弱点と言っても過言ではないくらい苦手なモノだけに、
正直なところ今の今までその感覚は記憶の奥底に追いやられ、
忘却の彼方にすっ飛んでいたのだけれど――…それでも、私には覚えがあった。
この、しようなく一方的で、理不尽な――真っ直ぐすぎる怨念かんじょうの奔流に。
 

 何処に行ったところで、悪霊は悪霊でしかない――
…のかもしれないけれど、そのがある時点で、この世界の幽霊ゴーストたちは、
元居た世界の幽霊たちより恵まれているのかもしれない――……いや、違うな。それは個人差問題あんけんか。

 

「――ッガア゛ァア゛アアー!!?」

「…やっぱり居ましたか」

 

 躊躇なく、私に向かって一直線で襲い掛かってきたリコリスさんだったモノ“ファントム”――の突撃を薙ぎ払ったのは、
物騒なものものしい巨大な銃剣を構えただ男性――生前かつての姿をとったゴースト・コルチカムさん、だった。

 イグニハイド寮の副寮区長を努めるコルチカムさんなのだから、
同寮の職員であるリコリスさんと接点があるのは当然――だが、コルチカムさんがここで出張ってきたの理由の8割は人情そういうことじゃない。
彼がここで出張って来たのは、彼がかれに与えられた役割・・を果たすため――だろう。

 

「フフ、まったく趣味の悪い――…さすがの私も、肝が冷えたんだがね?」

「……漁夫る気マンマンのハンター・・・・がナニ言いますか…」

「ハッハッハ、そう言われてもな。悪霊やみに堕ちたゴーストを狩る――
それが我ら『リーパー』の存在理由・・・・――であれば、義務やくわりを果たさなくては自分コチラ悪霊あくせい扱い、だ」

「……それは単にコルチカムさんの前科・・のせいでは?」

「――うむ。否定はしないとも」

 

 コルチカムさんの悪いいたいところを突いた――はずなのだけれど、
私の指摘にコルチカムさんが気持ちひょうじょうを変えることはなかった。

 …しかしそれも、彼が相手では仕方のないこと――かもしれない。
なにせ前科それも今となっては百年単位の昔の話――犯した過去あくは消えずとも、罪は風化し、罰は解けていく――
…人間の単位レベルでは許されることではないかもしれないが、百年ゴーストの単位であれば――…まぁ、許してもいいのではないかと思う。
被害者も支援者も警察たんとう官も――天に召された未来いまとなっては。
 

 ただ、年月の経過によって精神は正されていくモノ――
――ではない以上、彼らとは前科かこを踏まえた上で、今を付き合っていく必要があるだろう。

 ゴーストの最上位種――にして、新たな魂の在り方・・・・リーパー。
頂点であり始点であるリーパーが、三度目の闇に堕ちることはない――
――とはいうものの、それは事例がないから「解説もんごん上には無い」というだけのハナシ。
絶対に、起きえない惨劇――ではない以上、その管理者たちは彼らの動向に目を配る必要がある――…のだけれど、

 

「コルチカムさん、下がってください」

 

 なにか面倒なものを覚えながら、自分の前に立つコルチカムさんに「下がれ」と指示を出す――
――と、それを受けたコルチカムさんはどこか愉しげな笑みを小さく浮かべ「オーライ」と了解の意を口にし、
勿体つけるようなこともなくそのまま静かに後ろへ下がっていく。
その様子に、ふくみがあるようには思えなかった――が、違和感はあった。

 面倒を嫌う――自分の利になること以外には非積極的なコルチカムさんが自ら出張ってきた――
――というのに、こんな早い段階でこうもあっさりと引っ込むのはオカシイ。
ここで引き下がるなら、端から出てくる理由ひつようもなかったろうに――

 

「逃げることを選んだ賢明さは評価しますが――私から逃げられると思ったコトは減点、ですよ」

 

 想像の範疇の乱入者の、思ってもみないほどの引き際の良さにアレコレ考えていた――
――ら、その隙をチャンスと見たリコリスさんが逃亡を図る。
完全に視線――どころか意識ごとコルチカムさんに持っていかれ、
リコリスさんに対する監視の目は愚か、警戒心さえゼロになってしまっていた――が、そこは許される油断・・だった。

 リコリスさんの逃亡ゆくさきを阻むのは――2の白のメスライオン。
敵意も戦意も向けることはなく、彼女たちは静かにリコリスさんの逃げ道ゆくさきに立っている――でも、その警戒たたずまい油断すきは無い。
相対するモノが意を決したなら、実力行使に打って出たなら――彼女たちもまた、実力行使に出るだろう。

 …ただそうなると、色々処置が面倒になってしまうので――…いい加減、巫女もういっぽうの役割も果たそうか。

 

 神道におけるお祓いや仏道のお経によって霊は成仏し、然るべき場所へと還っていく――
――が、それと同時に、彼らが現世に留まるに至る未練・遺恨モノまでが解消されるわけじゃない。
シャーマンたちの、俗に言う「除霊」という技能は、霊魂の悪性を増長させる「穢れ」を除去する作業ぎのう――であって、霊たちを救う技能ちからではないのだ。

 お祓いやお経で、未練だの後悔だの怨恨だのが解消されるなら――現世このよはもっともっと平和なはずだ。
お祓いやお経それらが魂に作用するモノであるなら――現世を生きる生者にも有効なはずなのだから。

 ――だから、私の技術ちからというのも、結局のところを言えば上っ面を整えるだけのモノでしかない。
如何ほど絶望に堕ちて、深く穢れに染まったとしても、その魂を穢れやみから祓い救うことができる――
――としても、彼らが闇に堕ちるに至る出来事かこを清算することはできない。
所詮私は神子であり巫女――神の力を借り受けるだけの「人間」なのだから。
 

 傍にあって見守り、時に寄り添い支える――ことはできても、過去と折り合いを付けるのは、結局のところ当人にしかできない。
…一応理屈上は、獣神の力をもってすれば、「過去それ」を隠ぺいすることで「無かったこと」にすることも不可能ではない――
…だろうけれど、あくまで隠しているだけだから解決したわけではないし、世界規模の隠蔽術式そちとかさすがにコスパが悪すぎる。

 だから、やっぱり――

 

神漏美かむろみ 賢神八双 白獅子の大神の大前に 詠地が姫巫女 かしこかしこみもさく」

 

 襲い来る悪霊ファントムの突進を鉄扇術の要領で受け流しながら、
一般的な祝詞とは違うややリズミカルなテンポでそれを奏上する。

 不幸中の幸いというのか、生前のリコリスさんは荒事には無縁の一般人だったということもあって、その攻撃をかわすことに難はない。
また、奏上しうたいながらの神楽まい舞うおどるのも、それなり以上の研鑽と舞台を踏んでいる。
だから、やってやれないことはないと、端から半ば確信を持っていたけれど――…にしても、反射コレはどうにも引っ掛かった。

 

「ほらほら、きりきり舞ってくださいな――」

 

 襲い来るモノを受け流す――動作を、神楽として魅せ、祝詞と共に奉納する――
…文字列にしても難しそうなのだから、実際に実行するとなったら頭も肉体も消耗する大仕事――…なのは確かなのだけれど、
…どういうわけか、初めての実戦コトだというのに――…私の体は反射で動いていた。

 ノウハウも、経験もないのに、理解するよりも先に体が動く――…だけれど、その感覚はあくまで私のモノ。
誰かに操られているわけではない――…強いて言えば、弟のうごきにかなり似ているけれど、コレソレとではキレとしなやかさの比重が決定的に違う。
だからコレは、間違いなく私のうごきなのだけれど――も、…知らないはずの動きを実践できているというコトが、なんとも気味が悪かった。

 

「ぁあそうそう、覚えているかはどうかは分かりませんが――言っておかないと気が済まないので一言、言っておきますね」

「ッ――!!!」

「(…覚えてる、以前に、聞こえてない――かな)」

 

 ファントムに堕ちて以降の記憶を、リコリスさんが保持しているかはわからない――以前に、
冷静に考えてみれば、顔を恐怖に染め、拒絶の咆哮を上げながら襲い掛かってくる怪物に、
そもそも私の言葉が耳に届いるかどうか自体怪しい話だった。

 …ただまぁ、これから私が口にしようとしている考えことはあくまで私の個人的な見解。
哲学者のような含蓄のある考えことばでもなければ、覚者のような悟りこたえに至るための言葉でもない。
一個人の、一方的な感情論いいぶんでしかないのだから、聞いてもらう必要・・は――ない。

 そう、吐き出すことができればそれでいいのだ。私は。

 

「リコリスさんの人生が無意味だというなら、
リコリスさんの存在もまた無意味――…なら、私は無意味なモノに期待をした――とッ」

「ガッ…ァ゛ァア…ッ?!」

 

 跳びかかってきたファントムを受け流す――その力を応用しかり
穢れによってより肥大化しみにくくなったその身を地面に叩きつければ、
それを合図に仕込んでいた術式が発動して――真白な光の帯がファントムを地面に縛り付ける。

 当然それに対してファントムは咆哮を上げ、手足を動かし抵抗する――
――けれど、それこそ当然ように彼を捕らえた光の帯が緩むようなことはなく、
また一本、また一本と、彼を捕らえる光の帯はその数を増やすばかりだった。

 

「自分を否定するのはいいでしょう。それも、見方を変えれば向上心ですから――
――でも、自分の存在じんせいを無意味と断じることは、気に入りません」

「ッァアアア!!グア゛アァア――!!!」

「自身を見限られず生に縋り、死を迎えてなお失われなかった自我――が故に犠牲になったいのちがあった。
…それだけの被害コト上げておいて、自分の存在が無意味――だあ?あ゛?
そもそも無辜むいみな存在なら、死んだ直後に是非なく天に召されてるってんですよ――」

 

 もし本当に、リコリスさんにとって彼の全てが無意味だったとしたら――
…十中八九、彼はデーモンに堕ちる――どころか、ゴーストにさえなることはなかっただろう。
その全てが無意味であるなら、生に執着する理由も、現世に留まる必要さえもない――とすれば、なにを思う間もなく、彼は天へと還っていたはずだ。
なにしろそれが、魂がすくわれる唯一のシステムせんたく――なのだから。

 

「自分を諦められなかった、諦めることができないだけの自信じぶんがあった。
だから苦痛に絶望に呑み込まれてもなお、足掻き続けた――なら、責任を持ちなさい。
足掻いて手にしたいまに――他人を喰ってまで譲らなかった自分にッ」

 

 光に絡めとられたファントムから距離をとる――その着地と同時に、クルリと一つ舞う。
大地の地脈かんかくを確かめながら、知った手順で形を重ね、それに併せて仕上げとなる祝詞を奏上する。
私の神楽まいを触媒に、そして祝詞こえに呼応する形で――ノイ姐さんかみによって増幅された私の気力が、大地に流れ込んでいく。

 私の干渉によって高まりゆくのは暖かなひかり――だとしても、これは癒しの力なんかじゃあない。
染み込んだ穢れよごれでさえ濯ぐ漂白剤を、こびりついた穢れよごれだろうと流し落とす高圧洗浄機で噴射する――くらいの、力技。
この力の奔流によってリコリスさんが正気に還ったところで、
リコリスさんが抱えている問題は何一つとして解決しない――でも、その克服のために今一度、踏み出すことはできる。

 簡単なことではないだろう。
相応の覚悟を以て臨まなくては今回の二の舞だろう。
――でも、失敗しようが、また間違おうが、それが諦める理由にはならないのだろう。

 …この絶望的な状況でも、未だ私への恐怖てきいを絶やさないあいてなのだから。

 

「では、これで手打ち・・・といたしましょう――!」

 

■あとがき
 シャーマニズムに半身浸かってる人の本領発揮でございます。…ただ、常日頃からこんなことしてたワケでは全くございません。
寧ろ幼い時分に引っ張り出された――以来、某大師匠から「(嘆きに引っ張られるから)アカン」と実は徴用禁止令が出てたりします。
――なのにこの手の技能を身につけているのは、大有事においては問答無用で駆り出されるからです(笑)