圧倒的なひかりが、穢れに塗れた怪物を呑み込み――不意に、その光が炸裂する。
炸裂する眩い光に世界がに呑まれ、ゆっくりと――かも、一瞬かも分からない内に光は引き、
世界は平常に――いつも通りの静かな夜に変わっていた。

 未だ僅かに明るい夜空――から視線を前に戻すと、そこにぷかと浮かんでいたのは一人のゴースト。
仰向け――…まるで死んだ魚かのように宙に浮かんでいるのは、言うまでもなくリコリスさん。
その姿から想像がつくように、彼は死んでしまった――わけじゃあない。
単に気を失っているだけで、ゴーストとしての存在かくに傷を負ってしまった――とかいうワケですらなかった。
 

 宙に浮くリコリスさんの元へ歩み寄り、躊躇もなく気絶している彼の顔を覗き込んでみる――
――と、その顔に浮かんでいるのは、苦しげ――…というよりは、苦々しいといった風の引きつったモノで………。
…やっぱり力業では根本的な問題の解決なんてできないんだな――と、改めて思う。
いくら「力」で世界かんきょうを整えたところで、当人が前を向いてくれないことにはどうもこうもない――
…とはいえ、前を向くための手助けができる「力」を有していることは、僥倖と言えるだろう。お互いに。

 申し訳ないような、呆れたような気持ちがぐちゃと混ざって――思わず苦笑いが漏れる。
巻き込まれてしまった――のか、それとも、引き寄せてしまった――のか。
…今一時を考えれば、前者なのだけれど、これまでから今後――大きな枠で考えれば、後者の方が適当な気がするからまぁなんとも。
しかし運命・・がどうであれ、交わってしまえば――その要因りゆうなんてどーでもいい。
交わって、その縁を私がつかんだ時点で――その出会いは私の財産モノだから。

 

「見事――としか、言いようが無いな」

 

 巫女しき服からいつもの寮服に戻り、リコリスさんをストールに包んで抱え、後ろに残してきた輪の中に戻る――
――と開口一番、満足げな笑みを浮かべ「見事」と、賛辞の言葉を投げてきたのはコルチカムさん、だった。

 リコリスさんを鎮めることができた――とはいえ、あくまで「問題」は解決ではなく沈静化しただけなのだから、
この状況は手放しに喜べる状況ではない――それは、コルチカムさんも知っているだろうに、
まるで現状を気にした様子のないコルチカムさんに鈍い頭痛を覚える――一方で、
コルチカムさんがここで出張って、あのタイミングで引き下がった理由に、当たりがついた。

 …おそらく、コルチカムさんは見たかったんだろう――私の、本気の芸術げいを。
だから、自分の存在など不要――出張らずとも問題なく収束すると分かっていながら、尤もな理由を盾に出てきたんだろう。
……であれば、私の警戒しんぱいは取り越し苦労だった――のか……いや、それならそれでいいんだけれども。

 

「お褒めに与り光栄です――けど、タダ見とはいい度胸です」

「む――これでも後詰めとして控えていた、…つもり、だったのだがね?」

「なら、私たち・・悪霊デーモン種相手に後れを取ると思っていた――と」

「…――ぁあ、姫はデーモン種ヤツらに甘い――と、マスターから聞いていたのでね」

「………」

 

 思わぬ存在を持ち出された上に、痛いところまで突かれて――つい、眉間にしわが寄る。
いもうと悪霊デーモンに甘いと、兄さんが言った――なら、それは否定できない。
なにせその被害(?)にあった兄さんとうにんが言っている――のだから、その事実に対して加害者わたしに言い逃れの余地はなかった。

 ――…故に、コルチカムさんが後詰めとして控えていたのは、私たち・・――もとい、白獅子ノ神の力を見くびっていたわけではなく、
正当な理由――神子かつてみこ見解しじだというのだから――…ぐうの音も出ねぇー……。

 

「………コルチカムさん…」

「ふむ。なんだろうか」

「……急ぎオンボロ寮に戻って、ジェームズさんに状況の報告をお願いできますか」

「――ああ、任されよう」

 

 なぜか楽しげに笑って、私の頼みことばにコルチカムさんは頷く――と、そのまま一瞬で姿を消す。

 …コルチカムさんが、なにを考えているかはさっぱりだが、なにを言うこともせず応じてくれたのは有り難かった――と、いうことにする。
ああいう手合いに借りを作るのは厄介……だけれど、まぁ、よっぽどのコトがない限り、問題は起きないとは思う。
彼のを握っているのが――私の兄、である限りは。

 

「さて、帰りましょうか」

 

 座り込んでいるユウさんたちの前で両膝をつき、手を差し出すのと一緒に「帰ろう」と声をかける。
すると、私を見上げていたユウさんの目が潤んだ――と思ったら、凄い勢いでバッと、ユウさんに顔を伏せられてしまった。

 ……うん。明らかにこれは――泣かせた格好、だね!
ぅぁあもうグリムくんとネフラの視線がすんごい刺々しい!!

 

「ぇぇと…あの、…ユウさ――」

「もう…いやですっ…こんなの……!」

「っ…!」

 

 心の奥底から吐き出されただろうユウさんの弱音きょぜつに――血の気が引く。
これまで諦め――どころか、後ろ向きな言葉さえ吐かず、
前向きに今と向き合っていたユウさんが「もういやだよわね」を吐き出した――
潰れてしまうそれだけ、私はユウさんに甘えていた、ということなんだろう。

 訳の分からない状況下でも喚き散らすこともなく、
例え他人の面倒に巻き込まれたからと言って愚痴を漏らすことさえなく、
目の前の困難もんだい打破かいけつしようとするひた向きさ――…私の知る「一般人」とは違う心の強さありかたに、
無意識に甘えてしまっていた――…もしくは、過信してしまったのかもしれない。ユウさんの心の強さを。

 

「力になりたいのに…!なのに…なのに…っ!迷惑かけるばっかりで……!」

「――」

「私が……もっと、しっかりしていれば……っ」

 

 力になりたいのに迷惑をかけている――そう言ってユウさんは自身の「弱さ」を責める。
もっと自分が強ければ、心配をかけることもなかった――
もっと自分がしっかりしていれば、迷惑をかけることもなかった――
…そんな風に、ユウさんは自らを責める。弱い自分はもう嫌だ、と。

 ――でも、それは違う。コレは、ユウさんが弱い――なんて、ハナシじゃない。
 

 ……明け透けに言ってしまえば、ユウさんが場違いな環境せかいにいるのは――事実、だろう。
一般人・・・であり、普通の学生であったはずのユウさんが、魔法士養成学校に通い、劇場の仕事に携わっているのだから。

 …普通ほんらいなら、足を踏み入れるはずさえなかった「世界」に引っ張り込まれてしまった――のだから、ユウさんに非なんてない。
そう、あくまでユウさんは巻き込まれてしまった立場なのだから、彼女をきっかけに起こった問題コト――であろうと、
そのすべての責任は、彼女を否応なく自分にとって都合のいい世界かんきょうに引っ張り込んだ私にある。
だから、自分を責める道理・・さえ、ユウさんにはないのに――

 

利口いいこぶるなよ向こう見ず――お前、コイツに見放されたいのか」

 

 唐突に、話――と、私とユウさんの間に割り込んできたのは、白の小さな飛竜――ネフラ。
思ってもみない存在の介入――の上に、なにやらユウさんを責めるような口調に、思わずネフラを止めようとした――

 

「ネフ――…ぃで?!」

 

 ――ら、頭全体に髪を引っ張られたような痛みが奔り、その違和感いたみに思わず身を引いた。

 「何事だ」と半ば反射で振り返ってみれば、そこには三つ編みにしてまとめた私の髪をくわえるノイ姐さんの姿。
…そして、そんな彼女の目に宿っている色はなんとも愉しげ――であると同時に、何かを見守る優しい色が宿っていた。

 

「お前がもっと利口しっかりしてたなら、確かにコイツの心労の一つや二つは軽減されてたかもしれねーよ――けどな、だとしてもその程度、だ。
お前がいくら頑張ったところで、コイツの力になんてなれやしねーんだよ――そもそもコイツはもう、力なんて必要としてねーんだからな」

「――…………、」

「お前ができることを、お前なりにやればいい――とは言った。
確かにそう言った――がな、望まれてないなら、それは自己満足エゴなんだよ。
たとえ相手を想っていたとしても、ニーズに合ってないなら――厚意の押し付けだ。コイツがお前にしているコトと同じく、な」

「!」

「…え」

 

 ネフラの総括に、思わず声が漏れる――が、よくよく、冷静になって考えてみれば――ご尤も、な気がした。
――が、更によく考えると、そもそも私はユウさんのことを思って行動している――わけじゃなかった。
 

 「ユウ」という存在ヒトに興味を持って、気に入っているから、苦労させたくない、力になってあげたい――とは思っている。
だけれど結局のところ、私の最優先事項は自分の都合ことでしかない――のだから、
私のユウさんへの「厚意」なんて、自己満足なんて可愛らしい程度ではないほど利己的で、あまつ――無責任な関わり方だろう。

――…そう考えると私の場合、厚意の押し付け――ですらないだろう。
責任感でもなく、母性でもなく、庇護欲でもなければ加護欲でもない――
――自分の都合きぶんでコロコロと変わる捕食者ただの気まぐれ、の上にある「贔屓」なのだから。

 

「…コイツの場合、お前に対する好意はあっても、他人に対する厚意はねぇ――
…全部が全部、自分のためでしかないんだよ、コイツら・・・・選択こうどうは」

「…」

 

 なにも、ネフラは間違ったことは言っていない――…のだけれど、彼がそれを言うには些か納得し難いモノがあって。
知り合って数日の間柄で、一体他人の何がわかるというのか――…とはいえ、私に関しては、ネフラの見解いいぶんは間違ってはいない。
そして、「」については私の知り得ないパーソナルことだから、否定も肯定もできない――
――けれど、兄さんの行動原理が「自分のため」っていうのは未だに引っ掛かるんだよなぁ……。…ネフラがどうこうって話じゃあなくて。

 家族の元へ帰るため――それが「自分のため」となる理屈は分かる。
でも兄さんの家族――…というより「家庭」に、自分なにを犠牲にしてまで取り戻すほどの価値があるのかには――…正直言って、疑問がある。
…今ならともかく、とうじの兄さんの立場かんきょうに、如何ほどの幸福かちがあったというのか――

 

身勝手エゴを押し付けられてる以上、お前にだってエゴそれを押し付ける権利はある――だから、それでお前が納得できるんなら押し付けりゃいい。
お前のワガママエゴ程度でどーこーなる相手じゃねーんだ、自分が納得できるように行動すりゃあいい――
…それで、お前の良心こころが潰れないんなら、な」

 

 どこか試すような口調で、ネフラはユウさんに選択を促す――
――その様子を眺める傍ら、ふと思う。私の身勝手さって良心の無さ故なのか――と。

 …常識とか良識とか、その他諸々、世の理屈で行動しうごいていない自覚はあった――けれども、
良心までは捨ててないつもりだったのだけれど………傍から見たら「捨てた」と“そう”見える、かーぁ……。

 

「…、さん」

「っ――はい」

「………私、じゃ……さんの、力には――…なれない、ですか…」

 

 疑問を確かめる――ようでいて、答えを受け入れる覚悟を決めるように、ユウさんは一つ一つ言葉を重ねていく。
ユウさんでは、私の力には、なれないのか――…その答えは「YES」と答えるべきだろう。
オンボロ寮の管理や、公演時の受付業務など、ユウさんの力を借りている部分はある――
――けれど、それらすべてがユウさんでなければ務まらない役割コトではないのだから、「ユウさんあなたの力が必要です」なんて言うのは、さすがに不誠実だ。

 …とはいえ、不誠実だからと無情な事実を突きつけることが、誠実さなのかと問われれば、
またそれは疑問を覚えるところ――だが、ここで事実を言い繕う方が、よっぽど無情というものだろう。

 

「そう――…ですね、…難しいと、思います」

「っ……………私じゃ……見ているしか…できないんですね――」

「――そーだな。お前が一番イヤだと思ってるコト、だな」

「「――」」

 

 ユウさんに向けられた――ようでいて、私に向けられたのかもしれないネフラの指摘ことばに、ざわと自己嫌悪が奔る。

 見守ることしか求められていない――そんな私の求めは、
助け合いの精神を持つ優しいユウさんだからこそ、なおさらに苦しい思いをさせてしまう――
…そんなことはわかっているけれど、それでも私は彼女にそれを求めるしかなかった。

 見守る――それは、行動としてはとても簡単な事。だけれど精神的な意味では、難しいことであり、苦しいことでもある。
手を貸せるにせよ、貸せないにせよ、見ているしかできないもどかしさは苦痛でしかない。
…でも、それでも――ユウさんには傍にいてもらわなくては・・・・・・・・・・・いけないのだ。

 …そうでなくては、きっと私は簡単にこの小さな手・・・・を忘れてしまう――。
見逃さないためにも、手放さないためにも、彼女には私の手の届く範囲にいてもらう必要があるのだ――
…彼女に、然るべき居場所へ帰りたい気持ちがあるのなら――なおさらに。

 

「…ユウさん」

「っ…は、はい」

「………今更ながら、確認させてください。…あなたは――…元の世界に、帰りたいですか?」

 

■あとがき
 なんと言うか、どこかで腹割っとかないとなー――ということで切開回です(笑)
 公式主は無個性主――と謳ってはいますが、異世界トリップしてもへーぜんと順応してる時点で、無個性違う(笑)
それでも、パーソナルやポテンシャル的な部分に特別な個性を持たせず(もしくは開示しない(笑)やっていこうと思います。