元の世界へ――
家族の元へ帰りたいか――
…なんて、確認するまでもないことだろうと思っていたけれど、果たして本当にそうだろうか?

 家族の形なんて千差万別――自分が暖かで良好な家庭環境にあったとしても、またその隣人も同じとは限らない。
冷え切った家庭なのかもしれない、貧しく苦しい家庭なのかもしれない――
――何を圧してまで、取り戻す価値のあるモノではない、…ということもあるだろう。

 ――ただ、ユウさんから受けた印象から、荒んだそんな家庭環境で育ったはずがないと感じて、
彼女もまた自分と同じく家族の元へ帰りたいと思っていると、そう勝手に・・・判断したけれど――

 

「…帰りたい…です……。…帰りたい、です…!
お母さんに会いたいっ…お父さんに会いたい――…!…お兄ちゃんにだってッ、弟にだって会いたいです!!
家族のっ……家族の居る世界ところに――…帰りたいっ…です…!」

 

 ――やっぱり、間違っていなかった。
やっぱりユウさんも、家族を大切に思う人間で――

 

「っ――でも…!でも――…!
さんのことだってっ……グリムやジェームズさんたちのことだって………大切なんです…!
だって…――…今の私にとっては家族なんです…!みんな…みんな大事なっ……!」

「――」

 

 ああ、ああ、ああ――違った。全然違った。このヒトは、私とはまったく全然違う――人種にんげんだった。
きっと彼女の世界の最優先ちょうてんは家庭――だから、私とはある意味で対極の価値観を持つヒト、だ。
 

 ――でも、だとしても、私たちの求めむいている幸福ほうこうは同じ――
…だから、私は彼女が必要だと思ったんだろう。
自分が犠牲にするモノを――自分が最初に切り捨てるモノを、分かっているからこそ――

 

「…そんなに、大切ですか――あなた以外、おそらく誰も大切と思っていない――寄せ集めの『家族』が」

「!」

「私も、みなさんとの輪を大切とは思っています。
ジェームズさんたちはオーナーから預かった部下であり、共に事業を成す仲間として、
ユウさんは目的を同じとする同志として、大切に思っています――でも、それは家族のつながりじゃない。
私の大切な家族はTWLここにはいない――だから、私は帰らなくちゃいけないんです」

 

 …ふと、ユウさんヒトに言った言葉の中で――なにか、光が見えた。

 そう、だ――私が私の目的ために、まず犠牲にするだろう家庭は――ここにはない。
なら、「世界」の優先順位なんてあってないも同じだ。
私が、一度でもTWLここへ来たのなら――二度目が無い、ワケがないのだから。
 

 ここでは、帰ることが叶うかさえわからない立場だけれど――向こうでは、そうじゃない。
…ただまぁそれ故の物凄く大事たいへん説得もんどうはあるけれどけれど――現状抱えている問題の無頼さを考えれば、逆にどうにかなるだろう。
なにせ向こうには、私がこれまでに培ってきたモノ――――わたしの本領を遺憾なく発揮するための土台なかまたちるのだから。

 

「私は、みなさんを家族だとは思いません――…だって、家庭とそう思ったら蔑ろにしてしまいますから」

「――…………ぇ?」

「ハッキリと言ってしまえば、私が帰りたい――弟の安否を確かめたいのは自己満足エゴ、なんですよ」

「、ぇ…………な、ぇ…――ぇぇっ……?!」

「…極端なことを言ってしまえば、今ここで、弟の無事が確かめられたなら――それでいいんです」

「んッ?!」

「だから――それで、諦められるんですよ。元の世界に帰ることを」

「!!?!?!」

 

 先ほどまでの苦しげな表情はどこへやら、
今のユウさんの顔に浮かんでいるのは驚き一色――でもまぁ、そりゃあそうだろう。
だってコイツは、今必死に取り戻そうとしているモノを、その安否を知れただけで手放すと言ったのだから。
 

 同志にいさんが、十一年もの歳月を費やしても叶わなかった願いきかん――なのだから、その困難さなど語るべくもない。
三人寄らば文殊の知恵――などと言うように、人材ヒトが集まれば成せることもあるだろう――
――けれど、果たしてそこにこだわり続けることが「正解」なのかという論点ハナシで。

 この世界の深淵に挑むという大業を負ってまで、取り返さなくてはならないほどの価値こうふくが、
私が手放した未来せかいはあるのか――…ある意味で、私の人生みらいにそこまでの価値は無い。
ただ、その偉業を成した「私」の未来は輝かしく、また満ち足りたモノだろう――だって、二つの世界すべて欲望ねがいが満ちるのだから。
――でも、そのために費やすことになる犠牲モノの収支を、そして諦めそうしなかった場合の未来しゅうしを考えたなら――…後者の方がりこうだろう。その、苦労の程度コストパフォーマンス的に。

 

「みなさんを家族と思ったら、きっと私は私の目的のために家族みなさん犠牲にしきりすてます――
――でも、家族そうでないなら、みなさんが私の部下で仲間で同志なら――手放したりなんかしません。
だってみなさん――私の大切なモノですから」

 

 傲慢なゆらがない方針を口にして、ニコリと微笑みかけてみれば――
――ユウさんの表情は青ざめ、その手前にいるネフラの口からは「ぅわ」と非難の声が出る。
でも、そんな反応は当然――尤もな反応コトだとは分かっている。
ただ――だからなんだ、という話でもある。会社を、チームを、自分のモノと思うことの、一体何が非難される考え方コトだというのか。

 …まぁ、私利私欲に走った職権乱用については、非難を受けてしかるべきだけど――
――それが、彼らたにんの利にもなったのなら、それでも彼らは正論ひなんを語るだろうか?
…十中八九、そんな人間ヒトはいないだろう――なにせ、私でさえ、弟でさえ、兄さんでさえ、
苦虫を噛み潰したような気持ちかおになりながらも、その結果リターンはん論を呑んだのだから。

 

「…何度も言うようですが、私は傲慢で強欲な支配者です――ですから、善意なんて無償のサービスはありません。
全ては自分の理屈の上でのこと――…なので私の勘定の内では、ユウさんは常に・・対価を支払ってるんですよ」

「………………それ、って………どう、いう……っ」

 

 その瞳を畏れに染め、恐怖わたしから後ずさるような様子――ながらも、ユウさんはワケを問う。
その、強いんだか、単に無謀アホなだけなのかわからないユウさんの反応に苦笑い――と一緒に後ろめたいような感情が浮かぶ。

 ――だけれど、ここで本心それを誤魔化すのは悪手――もとい、不誠実だろう。
だから、この生温く心地いい関係が、冷え切った関係になってしまうとしても――

 

「オカシなところで肝の据わった、向こう見ずさんの物語ひび――それを眺めることが、私の愉しみなんです」

「っ――…!」

「特別な才能も、優れた実力も持たないあなたが、私に提供できる唯一のモノ――」

「――じゃあなかった・・・・だろーが」

「?!」

「――………理解が……早すぎないかなーぁ…ネフー…」

「…お前が勿体つけすぎなんだよ――じゅーぶん、本音ハナシ引っ張り出したろーが」

「……いや…そーゆーつもりは、なかったんだよ――…私も、今の会話で腹が決まったトコだからね」

「……………ぇ――……マジ、か……??」

 

 ある確信を持って私とユウさんの会話に割って入ったネフラ――だったけれど、
私の告白はつげんによってその前提は破綻したようで――驚きと疑問が交じり合う大真面目な表情で、気の抜けた言葉こえを漏らしながらあ然と私を凝視していた。

 

「私と兄さんは近くとも別物なの――
…そうだね、兄さんが破壊から再生を成すのであれば、私は――矯正から、かな」

「…………」

「私はね、兄さんほど他人に対して無関心じゃない――以前に、胆力ってモノが劣ってるんだよ。
だから壊す気概なんてないし、ゼロから作り上げる意気もない――…だって、乗っ取った方が楽で早いからね」

「ぅぉ…ぉ………おま…アイツとは別の意味で……性質悪ィ…な……」

「そこは『狡い』って言ってよ――ソレは、私の性質の本質わるさじゃあないんだから、さ?」

っふぁ――ぅぐェっ?!

 

 酷く間抜けな声を上げたネフラ――が、ジェダに首根っこを掴まれて、私とユウさんの前から退場させられる。
急に動きを見せたジェダに違和感を覚えて振り返れば――…ノイ姐さんが、ニコと微笑んだ。
うーん…。それはどういう意味なんだろうねぇ……。

 

「ユウさん、私があなたに感じている価値は先ほど言った通り――観察対象としての興味、です。
…その対象としての立場が受け入れられないのなら、私たちは袂を別つしかない――…
…と思っていたんですが、思いがけずユウさんにぴったりの役割・・を思いつきまして」

「っ――………へ…?」

「…管理職という意味で、オンボロ寮の寮母――なんて名乗りましたが、
他人に対して無償のあい情を持つことができない私が、『母』のを冠すなんて不適当だった――
――でも、寄せ集めわたしたちを家族と思えるユウさんなら、適役だと思うんです」

「………寮…母……」

 

 まず、自分の立場を確立するためにもと、咄嗟に負った「寮母」の肩書き――
――だったけれど、よくよく考えれば寮母それは私には不向きな役割しごとだった。

 寮生というだけで、その全員に対して平等に情をかけ、中立の立場で彼らと接し、
一歩下がった位置で寮生たちの成長を見守らなくてはいけないなんて――つまらむいていない。
全くもって、私には向いていない。平等なんて、中立なんて、見守るだけなんて――私の役割しごとじゃない。
もちろん、任されてこなせないことはないけれど――適任者を差し置いてまで、私が負う意義は薄いだろう。

 

「と言っても、あくまで肩書は寮長かんとくせい――です。
体面けいしき上、寮の肩書はジェームズさんに負ってもらいますが――寮母の役割の全ては、ユウさんの仕事・・です」

「!」

「オンボロ寮の掃除かんりだけではなく、料理や洗濯といった寮生の生活に関する世話コト――
――そして寮母にとって何より重要で、大変な役割しごとは――寮生・・たちを監督すること、です」

 

 オンボロ寮に所属する寮生は、一人と一匹で「生徒」として認められる――内の一匹だけ。
ただその一匹が、トラブルの発端になったり、問題を大きくしたりする――上に、その後も反省の色を見せないという問題児。
そしておそらく、彼は今後もオンボロ寮にトラブルを持ち込むだろう――が、相棒コンビであるユウさんにとって、グリムくんの面倒を見るのは既に負っている役目こと
であれば・・・・、ユウさんが寮母という役割を負うことによって増える負担は肉体労働だけ――
――なのだが、来月からはそうではなくなるのだ。

 再始動したファンタピアが、この度のハロウィンパレードが成功した時――オンボロ寮の寮生は一人、増える。
それも、グリムくんに負けず劣らずの問題児――になるだろう因子をもったヤツが。

 

「既にトラブルを起こすグリムくんりょうせいがいて、近くルールを守らないりょうせいまで増える――
――そんな身勝手極まりない寮生たちを、情を持って監督できるだけの強さきこつが、ユウさんにありますか?」

 

 他人に情けをかけることのできる優しさは大切――だけれど、それだけでは「監督」という役割しごとは果たせない。
相手にとって耳の痛い注意や叱責を呈する厳しさ――相手を想っての厳しさこうどうが、反感あだとなって返ってくるとしても、
厳しさそれ」は監督者が果たさなくてはならない役割しごとの一つなのだから。

 相手を思った「厳しさ」は善行――だとしても、相手のために成らなかった、
むしろその逆の効果いみを成した「厳しさ」は悪業――否監督者いちこじん感情エゴの圧し付けでしかない。
だけれど寮生あいてと向き合う中で、時に相手の考えを、相手の行動を抑えつける判断ひつように迫られる――
――他人の心なり未来なりなにかを傷つける可能性を持つ権利ちからを揮わなくてはならない場面だってある。
相手の間違いに、そして自分の正しさに――たとえ、確信が持てなかったとしても。

 役割ぎむだから――の一言で、その重い責任を背負うことのできる人間などそういない。
現金ぶつりでは賄えないだけの負担と責任――故にその不足を補うのは個人の信念つよさ
強い思いいし無くして、人が人を――他人・・のためにリスクふたんを背負うなんてできはしないのだから。
 

 愛を歌おうが、平和を叫ぼうが、人が優先するのは自分のコト。
他人のために自分を犠牲にできる人間なんて――はっきり言って、普通じゃあない。
その思考は尊く、理想せいどうであっても――正常とは言えない。
それは極めて稀な奇跡・・によって人から変じた聖者だけが至れる思想モノであって、
人が語る「愛」――他人りんじんに向ける愛というのは、端的に言ってしまえば――自己欺瞞まんぞくなのだ。

 聖人のような確固たる思想いしがあるわけでもなく、自身が抱える欺瞞むじゅんに気付いているわけでもない――
――無自覚な利己エゴの上に成り立つ選択こうどうだからこそ、彼らの「愛」は最後の最後まで貫くことは難しい。
大きな困難にぶつかった時、彼らの脳裏に過る自問は――

 なぜ自分が他人のためにここまで苦しまなくてはならないのか、なんの見返りもないのに――

――というきっと今更なモノだろう。

 …でも、その疑問に答えを出さなくては、この「愛」の脆さは変わらない――
…そしてその弱さことに、きっとユウさんは気付いている。
でなければ、彼女はもっと私の振る舞いを身勝手に・・・・非難したはずだ。自分の利己つごうでしか動かない自分勝手な私を。

 

「――…私に、さんの求める強さきこつなんてないと…思います――…でも、何もできないいまのままはイヤ、…だから……!」

「……だからって、できますか?あなたに。この私の行動を阻む――抑えつけることが」

 

 冷徹な支配者の気配を纏い、ユウさんじしんが口にした選択ことの無謀さを突き返すように、事務的に言葉を放つ――
…けれど、それによってユウさんの意思ひとみが揺れる気配は微塵もなかった。

 ここにきて、私が気に入った彼女の胆力つよさが息を吹き返したのか――と思ったけれど、
ユウさんの瞳に浮かぶ不機嫌そうな色を見るに――もしかすると、私の方がよっぽどユウさんに底を見透かされてしまっている、のかもしれない。

 

「できます。やって見せます――私がオンボロ寮の寮母になったら!」

「――そうですか、それは大変愉しみです――非才なあなたが、どうやって私を止めるのか――ね」

ジェームズさんふくりょうふに相談します!」

「…ぉー……………いきなり奥の手とか容赦ないなこの寮母…」

「ルールを守らない寮生に容赦は無用――ですっ」

「あらぁ…」

 

 おやまぁなんということか、まさかグリムくんにじぶんで言ったセリフで自分の首を絞めることになるなんて。
だけれど、過去いつかの自分の発言が間違っていたとは思わない――のだから、今になって発言をひっくり返すつもりも、撤回するつもりもない。
ただ――…面倒なことになったな、とは思う。…なんというか――ケルト神話の戦士かよ、ってね。

 

■あとがき
 個性を「意思」と捉えるなら、ある意味で公式主が一番強個性なんじゃ?などと思う次第です。
ただまぁ……そこはプレーヤーの解釈によってそれぞれなので、言い切れはしないのですが――…
公式の受け答え的にも、半数以上の監督生たちは「強靭メンタル」という強個性持ちなのではないだろうか…(笑)