主なギャラリーをNRC生として行った日中リハーサル――及び、ほぼ同ギャラリーで行った夜間リハーサルは、
私が想定していたよりも好感触な反応となっていた。
…そもそも、子供たちをとっかかりに――と考えていただけに、
思春期相手では趣向がちょっと子供っぽいか――…と思っていたのだけれど、
…なんというか一部寮の耐性、そして種族的な適応かおかげで、
思いの外パレードの振り付けは生徒たちにすんなりと受け入れられていて。
その結果、ほぼ本番と思って臨んだリハーサルは、歓声と拍手に包まれながらゴールへの到着が叶ったのだった。
「(…しかし……寮長たちのあの反応………)」
歓声と拍手を浴びながら終了した昼公演リハーサル――の後すぐ、
運営委員によるパレードの是非を確かめるべく、運営委員会の事務室へと向かった――ところ、
生徒たちの反応と同じく、委員たちには好感触な感想と共に迎えられたのだけれど――
…委員長及び、約一名を除いた寮長たちの反応は芳しくなかった。
――ただそれでも、委員長であるシェーンハイトさんからは
「さすがね」と含みのあるお褒めの言葉を頂いた――…ので、とりあえず体裁上の問題にはならなかったけれど。
競争心と負けん気の強いNRC――の中でも、多くの寮生をまとめる「寮長」にまで成る人物なのだから、
それ相応の自尊心を持っていて当然――であれば、あの「渋い」反応はある意味で妥当と言える。
…そういう意味では、逆に「すごい」と無邪気にパレードを褒めちぎっていたスカラビアの寮長くんの方が不自然――…かもしれない。
――とはいえ、否応なく認めざるを得ないだけのモノを見せつけられた――からこその
面白くない顔だった――と思うので、寮長たちの反応も、ハロウィーンウィークの期間に限っては問題にはならないだろう。
…ただ――ね?なんでイデアさんまでが部外者と一緒になって面白くない表情なんだ――っていう。
…まあでも…四捨五入すればほぼ身内であるイデアさんを頭数に含めないで、
勝手に計画を進めていた――…んだから、不満を買うのもそりゃ当然…ではあるんだけど……。
イデアさんの立場を鑑みて――だの、
パレードの性質上イデアさんの担当分野は採用できなかった――だの、
一応の道理が通った言い訳のしようはある。
だけれどまず――は、声くらいかけるのが義理というもの、だったと思う。
…いくら切羽詰まっていた、とはいえ。
「……陣中見舞いの品でも、送っとくべきですかねぇ…」
「――なに?イデアのこと??」
NRCに設置されている数多の監視カメラの映像が出力されたディスプレイがズラリと並んでいるのは――警備室。
そのディスプレイ前の中央に陣取っている私が漏らした困惑に応えたのは――私の膝の上を陣取っていた省エネ姿のヘンルーダさん。
イデアさんの機嫌を損ねてしまった事――というより、
私がそんな気を回していることに対して、純粋にヘンルーダさんは疑問を覚えているようで、
問い返しと一緒に私に向けられた視線にも疑問しか含まれていなかった。
「義理を欠いてしまった事は事実なので……」
「………団員、及び寮区長としては必要ないと思うけど――…個人的にはした方がいいと思うよ。気持ちの問題だから」
「…」
ヘンルーダさんの言葉を受け、思わず――苦笑いが漏れる。
私の迷いに対し、ヘンルーダさんは適正な答えを返してくれた――のは、間違いないと思うのだけれど、
より迷いを深める見解だったものだからなんと言うか。
組織、管理者としては不要――だが、一個人としては必要なフォロー。
割り切ってしまえば簡単この上ないけれど、欲張ればこの上なく難しい身の振り様――
――だが、そもそも「個人」間契約のような採用なのだから、
そういうスタンス――気持ちで判断するのがそも適当なのかもしれない。
「スイーツ――は、…喜ばれませよねぇ……」
「………エナドリとスナックバーでいいよ」
「…それはもう見舞っているのか、煽っているのか…」
「――だとしても、要らないモノ送るよかマシだよ。
ことこーゆー事に関してイグニ生は効率重視だから」
「効率……」
「逆に言えば全員に共通するメリットが効率しかない――の。
…寮生の趣味趣向の多様さは、イグニハイドがダントツだと思うよ?」
「なるほど……」
ヘンルーダさんの言葉に、妙に納得して――後ろで別の作業に当たっていたスタッフに、
イデアさんへの見舞いの品の厳選と発注、そして配達も一緒に頼んでおく。
…普通であれば、自ら謝罪の品を手渡しに行くのが筋だろう――
――が、何分イデアさんが相手だけに、それは逆に迷惑がられる気がしたのでやめておく。
――ただ、一筆書いておこう。さすがに、物だけでは気持ちは現せないから。
「…しかしコレ――……どっち、です?」
「………たぶん、シロウトだよ――…記者なら、灰魔が現地にいるって知ってるだろうし」
「ぁあー…」
NRCに設置された監視カメラの内、内部ではなく柵の向こうの様子を映してカメラ――
――が、捉えていたのは、こそこそとしながらもワイワイと柵の周囲を歩いている若者たち。
一応程度に音声を拾ってみれば――案の定、軽いノリで不法侵入の相談をしているようだった。
裏の裏――的なことで、非常識な若者の皮を被った三文記者なのでは――
――と思ったけれど、彼らの会話を聞く限り、そんな切れ者が身を潜めているようには思えなかった。
…なんというか、ゴシップ記者よりも性質が悪いな、コレは。
本当に自覚していないのだ、自分の行いが他人の迷惑になっている――自分が悪行を犯しているという現実を。
………いや、まぁ……自覚していればいいってハナシでもないけどね?
「……いっそ、侵入を許して見せしめにするのも手だと思うけど」
「――…それだと、試合に勝って勝負に負けるヤツですよ――…さすがに素人の侵入を許したとあっては……ねぇ…」
「…………根性で柵、乗り越えようとかしないかな……」
「…通電している柵は記者――さすがの泥棒でも諦めると思いますよ…」
どうにかNRC内へ侵入しようと、一人の青年がNRCと校外を別つ金属製の柵に触れた――
――その瞬間、青年は「ギャア?!」と大声を上げ、柵から手も身も引いた。
急に大声を上げた青年に、仲間たちは「バレる」だの「うるさい」だのと非難の言葉を投げる――のに対し、
件の青年は叫んだままのボリュームで「ヤバイんだって!!」と自身が被害者であることを主張する。
そんな青年を前にその仲間たちはニヤニヤとした生温い視線と「まさか」と否定の言葉を向ける――中、
不意にその内の一人が「大げさ過ぎんだよ」と言いながら柵に触れ――当然のように、感電の激痛に悲鳴を上げた。
「………」
「……このハングリーさは、ある意味で長所なんでしょうけど――」
「――…方向がホントただただ迷惑…!」
NRCを囲う柵には侵入者を追い払う仕掛けが施されている――それを身をもって体感した青年たちは、
思惑が叶わなかったつまらなさを吐き捨て、ようやっと宿へ戻っていく――…かと思ったら、
「NRCすげえ!」「映画じゃんコレ!」「動画撮ろ〜!」などと目の前にした非現実的な現実に、
コソコソしていた理由も忘れて本格的にワイワイと騒ぎながら動画を撮ろうとスマホを構えていた。
さてどうすればこの何の変哲もない柵に施されている「魔法」を動画に収めることができるのか――
――柵に石や木の枝を投げてみたり、柵を足で蹴ってみたり、更にもう一度手で触れてみたりと、
青年たちは試行錯誤を繰り返している――ようだけれど、残念だが彼らの自己満足が叶うことはない。
…もし、彼らの目論みが叶ったなら、その時は――
「…石だの木だのじゃあ器物破損は厳しいよねぇ………見かけ柵でも防壁だし…」
「……防壁に対して攻撃を行った――となれば、威力業務妨害かそれこそ不法侵入未遂で立件できそうな?」
「…逮捕、までは難しいだろうけど――…それこそみせしめなら十分?」
ケラケラと笑いながら動画を撮ろうと試行錯誤していた若者たち――だったけれど、
無機物を投げても反応せず、人が触れたところでその痛みを物語る光景にはならず、
思った映像が撮れない不満とつまらなさに苛立ちが沸いたのか、
「クソッ」という悪態と共に放った蹴りを最後の一発に、彼らはグタグタとお門違いな文句を連ねながらその場を後にしていた。
おそらくほぼ99%、あの若者たちが行った行為は、世間から非難される行いだろう――音声が分からずとも。
彼らの行動の一部始終を収めた映像を、「苦情」として然るべき場所へ引き渡すのもやぶさかではない――
――が、ほぼ実害のない一般人の「暴行」に対して魔法士の組織が、
法と行政を盾に訴えるというのは――……些か、大人気ない気がした。
…コレが本当に、NRC内に侵入したとか、柵が損傷したとか、法に触れる「害」が出ていたなら、
アチラとコチラの立場がどうであれ、看過する謂れはないけれど――…幸か不幸か、実害は上がっていない。
なにせ対象は金属の柵――軽いノリどうこうなる代物ではなかったもので。
「………彼らが摘発された時――の、餞別としましょうか」
「……わかってて見逃すのも、なんか腑に落ちないけど――…確実に仕留めた方が労力がない、か」
「……コレ、如何ほどの労力になるんでしょうねぇ……」
「………ま、意図しなくてもみせしめが出るだろうから――…増える一方、にはならないんじゃない?
……仮に逆上するヤツがいたとしても――法もネットも、コッチの味方だし」
「……それはそれで少なからず悪印象が付くので可能性から、排除していきましょうね……」
「……弱腰……」
「………――本題で強行姿勢とっているからとんとん、ですっ」
「ぁ゛ー………」
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