ハロウィンウィーク初日の朝を迎えたNRC――もといその用務員たちは、
本来であれば関係者以外の立ち入りを禁止している校内に、部外者ゲストを招き入れるにあたっての最終確認のため、少しばかりバタついていた。

 前日――どころか、寮対抗マジフト大会が終わった翌々日から、
警備――及び、迷惑モンスターマジカメグラマー摘発のため、
よりスムーズな連携をとれるよう、灰魔師団との打ち合わせを秘密裏に重ねてはいた。
しかし秘密裏に――情報の漏洩を防ぐことに重きを置いていたため、実地での打ち合わせは昨日半日しか行えず、
上手く連携をとれるかに不安を覚えた双方の職員の不安を拭うため、早朝から連携警備ぎょうむの確認を行っている次第で。
…――ただ、この分野ぎょうむに関して、私は特別だが特段の役割は持たされていなかった。
 

 NRCの警備はあくまで用務員の仕事――となれば、
ゴーストのボスであっても用務員の職長ではない私に口を出す権利はない。
ゴーストたちの労働環境や条件が劣悪である――とかいう案件コトでもなければ。
…まぁ、無理やり口を挟むことも、もちろんできはするのだけれど――…さすがに全力そこまでは頑張り切れそうにないな、っていう……。

 餅は餅屋――なのだから、ノウハウなり適性のある人材が権限を持って当たれば、それが一番無駄もリスクも少ない。
ただ役職に倣って権限を持たせるというのは、あまり賢いとは言えないだろう――経験キャリアを積んでいない管理職キャリアであればなおさらに。
だからここは、経験も役職もあるジェームズさんに任せるのが最適解なのだ――警備のせまい視野で考えても、ファンタピアのひろい視野で考えても。
 

 目的を達成するために私情を捨てるのは当然――だが、
目的しじょうを遂げるために感情しじょうを捨てるというのは、前提が破綻している――とか、そんな小難しい問題ではないのです。
ある意味で酷く感情的――だけれど、ある意味では本能的な動機――…兎にも角にも、じっとしていると落ち着かない――のです…!!

 

「(フロートやらのチェックは一人でしても仕方ないし……!)」

 

 現状、ファンタピアのパレードに失敗の可能性はほぼない――決戦30日は別として。
昨日のリハーサルは盛況のうちにゴールできたし、
事前に配信していたメイン楽曲に関してもネット上での評判は上々なのだから、
仮に細かなミスやハプニングが多少起きたところで、パレードがどうしようもなく失敗することはないだろう。

 …しかし、こういう時に限って不慮の事故という名のイレギュラーは起きる。
挙句、ハプニングそれを起こしうる最大の因子が、来場者ゲストとしてNRC内を我が物顔で闊歩しているというのだから――

 

「(やっぱり今からでも参加すべきでは…?!)」

 

 NRCの警備及び運営スタッフとしての指揮は、平時の用務員としての形式とほぼ変わらず、
エリア毎にグループを作り、そのエリアの問題ぎょうむは担当グループのリーダーを中心として対処し、
非常時においては本部の指示を受けて応援を出したり、協力を得たり――と、云十年単位の試行錯誤の末に確立された連携の上で行われている。
そしてそれに倣う形で灰魔師団の団員たちも各エリアグループに派遣されている――…のだけれど、
私はどこのエリアグループに配属されることなく、いざという時の遊軍として待機を言い渡されていた。
…明け透けに言えば「引っ込んでろ」と言われたのである――「後に大役を控えているのだから」と。

 先の大役――代役の立てようのない役割を、間違いなく果たしてもらうために私を温存する――
――という方針・・は、義理でも人情でもなく――成功を最優先とした事務的判断だ。
だから、その指示はんだんに従うことこそが、警備という業務において私ができる最善――だとは分かっていても、とにかく落ち着かないのです。
…さすがに、一度パレードをこなせば――という前に、パレードの準備を本格的に始めてしまえば、落ち着くと思うのだけど――

 

「ああっ……!カロリーバーのもとばかりが増えていく…!!」

「……一週間の長丁場だし、団員さんもたくさんいるので、作りすぎるということはないと思うので――心配・・せず作り続けてください」

「いえっ、寧ろ心配だから作る手が止まらなくて?!」

「…じゃあ心配を糧に作り続けてください」

 

 呆れに顔を引きつらせ、思う心のないセリフを口にするのは、
いつも通りにグリムくんと朝食をとっているユウさん――もといユウ。
これまでであれば、私の不安をフォローする言葉を選んでくれたはずなのに――…
…知らぬ間に、ジェームズさんの指南を受けたようで………すっかり、塩対応が板についてきておる次第です。
 

 …以前までの、素直に私を慕ってくれるユウさんの方が良かった――とは、言わない。
だけれど、無理にこちらのペースに合わせていることが、彼女にとって良い傾向――とも、言えはしない。
――ただ、当人が「頑張っている」のに、外野が「無理してる」と制止には入るのは、気の利かないお節介だろう。

 一人悩んで無理をしているなら、問答無用で介入するところだけれど――
…幸い、ユウにはグリムくんあいぼうがいて、気が置けないマブダチゆうじんがいて、公私共に見守ってくれるジェームズさんとデイヴィスさんしどうしゃたちもいる。
――…であれば、私の過保護しんぱいなんて邪魔でしかないだろう。

 

「ぅう…サクホロクッキーなユウさんが、すっかりお醤油たっぷりのお煎餅なユウくんに……」

「………………………食べたい…ですね――お煎餅…」

「…――………落ち着いたら、作ってみましょうか…」

「…――はい!」

 

 さっきまでの呆れた薄ら笑みは何処へやら、
無邪気に目を輝かせて同意の言葉を口にするユウ――に、思わず肩の力が抜ける私だった。

 

 自分の、そして仲間たちそしきの、実力を疑ったことはなかった――
――が、実力だけでのし上がれる真理せかいなら、誰も悩みはしない。
集団の力でさえ、一瞬にしてひっくり返すようそというモノがあるからこの「世界」というのは――面白おそろしいのだ。

 ――ただ、今のところ私の心配は杞憂で済み、新生ファンタピア劇団のハロウィーンパレードはイレギュラーなく始まり、
またハプニングなく進行し、そしてトラブルなく終着し――初回とりあえずは、私が思い描いた通りの反応と評価を得ていた。

 

「(……とは言っても、初回が終わった――だけ、だからねぇ…)」

 

 何事、始まりが肝心――なのにトラブルリスクが多いモノ。
だからこそ、初回を何事なく好評を得る形で終えられたのは喜ばしいし、
安堵を覚えるところ――だけれど、長い目で見ればまだ全20回ある内の1回を終えたというだけ。
そして更に言えば、初日きょうはまだイレギュラー・・・・・・が発生する確率は低い――
――これから日を追うごとにその確率は上がっていくのだから、ここで安堵するのはいささか気が早かった。
 

 変な話、初日きょうの成功は――当然、なのだ。
なにせ失敗の最大の因子を持っていたのは内側・・――だけれど、その不安要素は覆すことができるだけの自信を持った仕上がりようそだったのだから。
だけれど、これから失敗――トラブルの要因となるだろうは外的な非常識イレギュラー
少し考えれば――…いや、常識的にかんがえずとも「やっていいことではない」と分かることを、
「ちょっとくらい――」と浅慮らっかんてきに悪気なく犯す――大きな子供たちによって引き起こされる……。

 無知ゆえに、子供はイレギュラーの塊で、悪気も悪意も害意さえなく悪を犯す――
――だけれどそれは、大人が勝手に布いた常識ルールを知らないから。
だから、子供の非常識むちは許される――が、大人の非常識むちは許されない。
まして、社会維持きょうちょうのために自重の上でルールを守っがまんしている大人が大多数だというのに――
――浅慮みがってにそれを犯した大きな子供おとなが許容される特例りゆうなど、一般市民そんじょそこらには無いだろう。

 …それでも、毒を食らわば皿まで――くらいの、覚悟があるのなら――コチラも、だいぶやり易いのですけれど、ねぇ?
 

 まだ初日ということもあって、来場者ゲストの数はまだそこまでは多くは無い――ただ監視班ヘンルーダさん曰く、「去年より多い」とのこと。
一応、去年の来場者数を超える前提そうていで、あれこれの算段は組んでいる――
――けれど、ジェームズさんからは再三「見積もりがあまいのでは」と苦い顔をされていた。

 …確かに、プレ公演ぜんぜんかいは見積もりに見落としあながあった――けれど今回はそういう「穴」がないワケで。
それこそ、非常識イレギュラー人員ようそが混じっていない――現実的な予測すうじで算段を組んでいるのだから、大きくは、計り間違えることはないだろう。
そして仮に、見積もりをオーバーしたとしても――お手上げまでの惨状にはならないだろう。随時、数字は見直していくのだし。

 

「(……やっぱり…キャスト研修はカリキュラムに組み込んだ方がいい気がするなぁ……)」

 

 道に迷ったり、自撮りに苦戦したりと、似たり寄ったりだけれどそれぞれに困っているゲストたち――
――の対応に当たっているのは、NRCの用務員スタッフと灰魔の団員スタッフたち。
どちらもそれぞれに慣れた業務コトなのか、笑顔を崩さず、スマートだけれど誠意をもって、それぞれの問題じじょうを抱えるゲストたちの対応に当たっていた。

 テーマパークほんしょくキャストプロにも引けを取らない――とまで言うと、
さすがに双方・・から睨まれそうだけれど、それでもそこらのイベントスタッフなどよりはずっと質の高い接客たいおうができていると思う。
幽霊劇場NRCのスタッフができているのは当然――としても、
灰魔の団員たちまでが難なくどころか高いクオリティで接客それをこなしているのは意外だった――けれど、これも事務方あいのしだん故、なのかもしれない。
…これを、紅の師団とか任せた日には――世紀末、みたいなことになるのでは??

 

「(――お?)」

 

 ふと視線を向けた先、そこに居たのは意外――なようで旧知きちで当然だろう先輩後輩くみあわせ灰魔団員ヴォルスさんNRC教員デイヴィスさん
おそらく、各々の業務に関わる内容の会話をしているのだろう――
――けれど、かといって立場じむ的な会話をしているわけではないようで、彼らの会話には穏やかな表情の変化があった。

 

「――お疲れ様です」

「!」

「………何かあった、か?」

「いえ、何かあってから出張るのは主義ではないので」

「…――…後ろに控えているのも、上司の仕事だぞ」

「確かに――ですが、責任者じょうしとして巡回しているワケではないので」

「……というと?」

「NRCの――地理こうぞう把握のため、です」

「………………今更だなっ?」

 

 私が一人、当てもなくNRC内を歩き回っていたのは、トラブル対応のためのパトロール――ではなく、NRC敷地内の構造を知るため。
なんだかんだで一ヶ月半近くNRC内で生活している――のだから、デイヴィスさんが「今更」と驚くのも当然とは思う。
だけれど、ファンタピアの運営を生活の主軸としていると、どうしても――活動範囲が、限定されるのだ。
…更に言うと、鏡舎へ赴く必要・・がない――オンボロ寮に各寮へ直通する用務員専用つうろがあることも、私が出不精極まった理由だろう。

 

平面ちずとしては理解しているんですけど――
…こう……現場を見ていないと気づけないこともあるので、自分の目で見回っている次第です」

「………一体如何ほどの心配をしているんだお前は…」

「相手の思考・・が読めないからこそ、できる対策コトはしておかないと――ですよ」

「…そう危惧するだけの苦汁を飲まされた、のか?」

 

 私の思惑もくてきに、デイヴィスさんは少し呆れたような声音で「如何ほど」と言う――けれど、
私の動機おもわくに気付く部分があったらしいヴォルスさんは「苦汁を」と訊くいう
…まぁ、どちらの指摘も正しいのだけれど――…私の目的しんぱいは「ソレ」じゃなかった。

 

「――ミルさんが、ハロウィンウィークには良からぬ事を考えるアホウが紛れ込むこともある――と、言っていたんです」

「「!」」

「…考えていない方のアホウは、迷惑であっても害悪・・ではないですが――…考えているアホウは自覚あるまちがいなく害悪。
その悪行ぼうきょを許したとあっては用務員われわれの信用問題にも関わりますし――………対処が遅れれば、それだけ被害・・が増えるわけですから――」

「――…それは、何か確信あっての判断こと、か」

 

 少し気を締めたヴォルスさんに、当たりコトの確信を問われる――が、それに私は「いえ」と首を振った。

 ミルさんの言葉を受けての外敵へ対する過剰防衛はんのう――ではない、
…のだけれど、だからといって害悪がいてきが迫っている、という確かな自信はない。
――ただ、先ほど行ったパレードの中で感じたあの感覚は――…思い出したくもない記憶こうけいが甦る、間違えようのない感覚――…ではあって…。
 

 この世界において有力者の孫でもなく、金持ちの子供でもない私の身柄に、人質としての価値は無い。
だけれど、ファンタピアのマネージャーならばそれなりの価値があるだろう――
――が、辺境の島まで経費をかけて足を運び、セキュリティ抜群の魔法士養成学校NRCに乗り込む危険を冒した上に、
歴戦のゴーストの目を盗むという難題の数リスクに見合うほどの収入かちを捻出できるかと言えば――
…まぁ、本当の本当に全てが上手くいったなら、それだけのモノを得られるだろう。たぶん。
…だけれどそれは、妄想にしても酷い絵空事。仮に連れ去ることができたとして――も、ほぼ間違いなく失敗するあしがつく
……なにせ、国境なき武装集団たる灰魔師団の中においても、荒事担当のトップに君臨する無法者の所有物に手を出した――のだから。

 リスクとリターンの収支が合わない「悪事」など、誰も犯しはしない。
悪とは利己――自分の利益のために他人を踏みにじる行為。
しかしその悪に対する報復、懲罰によって、利益を超える負債を被ってしまっては――本末転倒なのだ。
突発的に犯す犯罪あくはともかく、準備けいかくなくして成立しない悪とは、往々にして理屈が通っているモノ――
――で、兄さんがこの世界で疵付けることになってしまった遺恨を考えると――…私が感じた不安あくいは、成立した。

 ――ただだからこそ、そんな安易かんたんに行動を開始するのか――という疑問がある。
木を隠すなら森の中――とは言うけれど、君子危きに近寄らず――とも言うワケで。
事務方とはいえ七団長が率いる師団がいる状況で、行動を起こし、成功させるだけの自信があるのなら――
――そもそも祭りに乗じるきをうかがう必要がないだろう。…なのに、状況を伺っている――のであれば、

 

「…そういう害意いしが、NRC内にあるのは確か――
…なんですが、ハロウィンウィーク中に“こんかい”動く――と、言い切れるまでのナニカがあるわけでもなくて……」

「……………その情報は、誰かと共有…しているのか…」

「はい。ジェームズさんの他、寮区長たちにも話してあります――
――ただ、間違っても兄さんには伝えるなと、ミルさん含めて釘を刺してますが」

「………」

 

 呆れと疲れの混じった声で訊いてくるヴォルスさんに、ちゃんとジェームズさんたちとは情報を共有していると答え
――ついでに、兄さんの参謀ミルさんまで含めて口止めをしていると言う――と、
デイヴィスさんに呆れと若干の苛立ちを含む無言の否定を向けられてしまった。

 …まぁ、私の言っていることを、そのまま真っ直ぐ呑み込めば、それはもうくだらない意地ハナシ――でしかない。
家族あいてを思えばこそ、問題じょうほうを共有すべき――だが、
違う意味であの兄あいてを思えばこそ、そして加害者あいてを思えばこそ――この問題じょうほうは共有するべきではなかった。

 

「――兄さんに心配をかけたくないとか、そんな可愛い理由でじゃあないですよ――…
……血を流す相手・・は少ない方がいい、ってハナシです」

「――…」

「………自意識過剰、とは――…思わない、のか」

「…思いたかった――…んですけどね、……ノイ姐さんどころか、ミルさんも否定してくれなくて………」

「「……」」

 

 兄さんじぶんの因縁によっていもうとの身に危険が迫っている――と聞いても、おそらく兄さんは感情的にはならないだろう。
寧ろいつも以上に冷静に、粛々と――事を、圧し進めていくだろう。そしてその内側を駆け巡っているのは、冷静とはかけ離れたとんでもない激情。
本質が転び出たあたまにちののぼった兄さんとは、冷徹にして非情な殺し屋ハンター――なのだ。

 …11年もの間、兄さんと離れて育ったわたしが、なぜそんなことを言えるのかといえば、
過去に兄さんが私を助けるために犯しかけた過剰防衛・・・・のことがあるから。
もちろん、あの時の兄さんはまだ精神的に未熟な少年で、それから歳月と様々な経験を重ねたことで、
自身の激情に振り回されないだけの精神力を身につけているだろう――が、そこで引っかかるのは先のドワーフ鉱山での一件。
……まぁ、今の兄さんにとって悪霊は問答無用の討伐対象だったってこともあっただろうけど――…だとしたら・・・・・、逆にあの激情さっきは不自然だと思うのです…。

 

「……オリナ兄さんには――」

「伝えないでください」

「………思惑りゆうを聞こう」

「現状、一番の不安要素は考え無しのアホウたち――故にその規制、もしくは排除が、私にとって最優先とするべき事です。
…それに、私の傍には激戦時代に灰魔で腕を鳴らした歴戦の雄がいて、その後ろには、更なる過去に無数の罪を重ねた狩人が控えている――ワケなので」

「…、……それ、は……まぁ………」

「……毒を以て毒を制す…とは言うが………」

「だから――の、下調べでもあるんですよ。
こちらの『毒』が過ぎないために、いざ・・という場面ときに私が主導権しきを握るため――
せいびが万全となったNRCに在って、巫女わたしただの人・・・・に後れを取る道理ワケがない――…んですけど、
頭でっかちな指揮官ほど信用ならない者はない、と思うわけです」

「………結局なんだ?お前が心配しているのは――加害者あいての被害、か??」

「…善意的に受け取ればそうなりますが――…実際のところは、矜持の問題です」

 

 確証もない身の危険に、兄さんを頼れば――最悪死傷者を出しかねず、
ゴーストたちに任せれば――普通に負傷者を出すだろう。
私の身に迫った危険が本物だったなら、加害者が負傷するくらいは自業自得――
――だろうが、その「負傷」はちょっと違うと思うのだ。神子わたしが与える「負傷きず」としては。

 売られた喧嘩をそのまま買っては同列――故に、格上としての矜持を保つには、それを買わずして沈黙させるが然るべき。
…とはいえ、私個人にそこまでの力はない――けれど、私のもとには私の不足を補って余り得る部下なかまたちがいるわけで。
そんな彼らを自分の力と換算したなら、強者としての傲慢きょうじ布くたもつだけの力が――私にはある。
――であれば、その威厳を示す努力を怠り、格下相手に安易に手を上げるなど御麟―――の名に泥を塗る無様であり、
その特性故にしんらいを預けてくれている獣神モノたちへ対する裏切りにも等しい愚行だ。

 寄せられた期待しんらいに応えるためにも、矜持を保つための努力は私が御麟わたしであるための当然の義務こと――であり、己の慢を改める行為ともなる。
ただの一人で示すモノできることなど高も程度も知れている――もそ、「金色」の力の本質とは個人のソレではない。
そしてその中でも――わたしの在り方は特にその傾向いろが強くて――

 

「………そういうこと……ですか…?」

「…クルーウェルがそう感じたなら――…なのかも、な」

「……俺は、アポリオル先輩の見解・・を、訊いているんですが」

「…――…そうだな、今にして思えば、だから・・・――かもしれないな。俺が協力しているのも」

「……だとしたら大概なのでは…」

「――と言ったなら、盛大に睨まれる確信もあるがな」

「……同族嫌悪、ですか」

「…お前のそういうところを、俺は買っているよ…」

 

 主語が「アレ」の、全容の見えない先達おとなたちの会話――
――だが、ざっくりと分かることは、先代かれらの中に私と似た性質を持つ人物がいたのでは――というコト
…わざと濁しているのか、それとも単に言葉が足りずとも通じる間柄なのか、
ヴォルスさんたちの会話――もとい、話題の人物にはさっぱり見当がつかない――…ことも、なかったりした。

 デイヴィスさんもよく知る人物で、
その人物の面影を見て私への協力を決めるほどヴォルスさんにとって特別な存在――
――で、私に対して嫌悪に近い感情がある人物となれば、ほぼ該当者こたえは一人だった。

 

「――であればなおさら、アネルヴァス師団長には黙っていてくださいね」

「………そこで真っ向から立ち向かわれると――…それはそれで立つ瀬がないんだが……」

「それは――手加減無用しったこっちゃないですね、相手が神子あいてですし」

「…コイツらに、何を言ったところで無駄ですよ――痛い目を見なければ納得しわからない駄犬ばかりですから」

「だけん……」

「…いや……あの二人が駄犬・・というのは……灰魔そしき的にも個人的にも不味いと思うんだが………彼女こいぬはまだいいとして…」

「こいぬ………って、私ですか?!」

「事実――以外の何でもないだろう。世間の認識として」

「ぐ、ぅ……」

「…そういう解釈いみでは、子供おまえの指示に従う道理が大人こちらにはないんだが――…大人こちらの駄犬の目を覚まさせる方が先…だな」

「…………なにか……釈然としない………」

「……お前たちの、バカげた意地きょうじのせいだろうに」

「………」

「…そういうところだぞ、クルーウェル……」

 

■あとがき
 偶然発見したお兄様方との会話でした。ズケズケ色々言ってくれるクル先生が楽しかったです(笑)
 クル先生は、オニーチャンを友人認定してはいるものの、オニーチャンから向けられる信頼に応える気は無いスタンス。
でもだからこそ、第三者的な立ち位置からズケズケとアレコレ言うことができる――のです(苦笑)