自分の、そして仲間たちの、実力を疑ったことはなかった――
――が、実力だけでのし上がれる真理なら、誰も悩みはしない。
集団の力でさえ、一瞬にしてひっくり返す運というモノがあるからこの「世界」というのは――面白いのだ。
――ただ、今のところ私の心配は杞憂で済み、新生ファンタピア劇団のハロウィーンパレードはイレギュラーなく始まり、
またハプニングなく進行し、そしてトラブルなく終着し――初回は、私が思い描いた通りの反応と評価を得ていた。
「(……とは言っても、初回が終わった――だけ、だからねぇ…)」
何事、始まりが肝心――なのにトラブルが多いモノ。
だからこそ、初回を何事なく好評を得る形で終えられたのは喜ばしいし、
安堵を覚えるところ――だけれど、長い目で見ればまだ全20回ある内の1回を終えたというだけ。
そして更に言えば、初日はまだイレギュラーが発生する確率は低い――
――これから日を追うごとにその確率は上がっていくのだから、ここで安堵するのはいささか気が早かった。
変な話、初日の成功は――当然、なのだ。
なにせ失敗の最大の因子を持っていたのは内側――だけれど、その不安要素は覆すことができるだけの自信を持った仕上がりだったのだから。
だけれど、これから失敗――トラブルの要因となるだろうは外的な非常識。
少し考えれば――…いや、常識的に「やっていいことではない」と分かることを、
「ちょっとくらい――」と浅慮に悪気なく犯す――大きな子供たちによって引き起こされる……。
無知ゆえに、子供はイレギュラーの塊で、悪気も悪意も害意さえなく悪を犯す――
――だけれどそれは、大人が勝手に布いた常識を知らないから。
だから、子供の非常識は許される――が、大人の非常識は許されない。
まして、社会維持のために自重の上でルールを守っている大人が大多数だというのに――
――浅慮にそれを犯した大きな子供が許容される特例など、一般市民には無いだろう。
…それでも、毒を食らわば皿まで――くらいの、覚悟があるのなら――コチラも、だいぶやり易いのですけれど、ねぇ?
まだ初日ということもあって、来場者の数はまだそこまでは多くは無い――ただ監視班曰く、「去年より多い」とのこと。
一応、去年の来場者数を超える前提で、あれこれの算段は組んでいる――
――けれど、ジェームズさんからは再三「見積もりが低いのでは」と苦い顔をされていた。
…確かに、プレ公演は見積もりに見落としがあった――けれど今回はそういう「穴」がないワケで。
それこそ、非常識な人員が混じっていない――現実的な予測で算段を組んでいるのだから、大きくは、計り間違えることはないだろう。
そして仮に、見積もりをオーバーしたとしても――お手上げまでの惨状にはならないだろう。随時、数字は見直していくのだし。
「(……やっぱり…キャスト研修はカリキュラムに組み込んだ方がいい気がするなぁ……)」
道に迷ったり、自撮りに苦戦したりと、似たり寄ったりだけれどそれぞれに困っているゲストたち――
――の対応に当たっているのは、NRCの用務員と灰魔の団員たち。
どちらもそれぞれに慣れた業務なのか、笑顔を崩さず、スマートだけれど誠意をもって、それぞれの問題を抱えるゲストたちの対応に当たっていた。
テーマパークのキャストにも引けを取らない――とまで言うと、
さすがに双方から睨まれそうだけれど、それでもそこらのイベントスタッフなどよりはずっと質の高い接客ができていると思う。
幽霊劇場のスタッフができているのは当然――としても、
灰魔の団員たちまでが難なくどころか高いクオリティで接客をこなしているのは意外だった――けれど、これも事務方故、なのかもしれない。
…これを、紅の師団とか任せた日には――世紀末、みたいなことになるのでは??
「(――お?)」
ふと視線を向けた先、そこに居たのは意外――なようで旧知で当然だろう先輩後輩の灰魔団員とNRC教員。
おそらく、各々の業務に関わる内容の会話をしているのだろう――
――けれど、かといって立場的な会話をしているわけではないようで、彼らの会話には穏やかな表情の変化があった。
「――お疲れ様です」
「!」
「………何かあった、か?」
「いえ、何かあってから出張るのは主義ではないので」
「…――…後ろに控えているのも、上司の仕事だぞ」
「確かに――ですが、責任者として巡回しているワケではないので」
「……というと?」
「NRCの――地理把握のため、です」
「………………今更だなっ?」
私が一人、当てもなくNRC内を歩き回っていたのは、トラブル対応のためのパトロール――ではなく、NRC敷地内の構造を知るため。
なんだかんだで一ヶ月半近くNRC内で生活している――のだから、デイヴィスさんが「今更」と驚くのも当然とは思う。
だけれど、ファンタピアの運営を生活の主軸としていると、どうしても――活動範囲が、限定されるのだ。
…更に言うと、鏡舎へ赴く必要がない――オンボロ寮に各寮へ直通する用務員専用鏡があることも、私が出不精極まった理由だろう。
「平面としては理解しているんですけど――
…こう……現場を見ていないと気づけないこともあるので、自分の目で見回っている次第です」
「………一体如何ほどの心配をしているんだお前は…」
「相手の思考が読めないからこそ、できる対策はしておかないと――ですよ」
「…そう危惧するだけの苦汁を飲まされた、のか?」
私の思惑に、デイヴィスさんは少し呆れたような声音で「如何ほど」と言う――けれど、
私の動機に気付く部分があったらしいヴォルスさんは「苦汁を」と訊く。
…まぁ、どちらの指摘も正しいのだけれど――…私の目的は「ソレ」じゃなかった。
「――ミルさんが、ハロウィンウィークには良からぬ事を考えるアホウが紛れ込むこともある――と、言っていたんです」
「「!」」
「…考えていない方のアホウは、迷惑であっても害悪ではないですが――…考えているアホウは自覚ある害悪。
その悪行を許したとあっては用務員の信用問題にも関わりますし――………対処が遅れれば、それだけ被害が増えるわけですから――」
「――…それは、何か確信あっての判断、か」
少し気を締めたヴォルスさんに、当たりの確信を問われる――が、それに私は「いえ」と首を振った。
ミルさんの言葉を受けての外敵へ対する過剰防衛――ではない、
…のだけれど、だからといって害悪が迫っている、という確かな自信はない。
――ただ、先ほど行ったパレードの中で感じたあの感覚は――…思い出したくもない記憶が甦る、間違えようのない感覚――…ではあって…。
この世界において有力者の孫でもなく、金持ちの子供でもない私の身柄に、人質としての価値は無い。
だけれど、ファンタピアのマネージャーならばそれなりの価値があるだろう――
――が、辺境の島まで経費をかけて足を運び、セキュリティ抜群の魔法士養成学校に乗り込む危険を冒した上に、
歴戦のゴーストの目を盗むという難題の数に見合うほどの収入を捻出できるかと言えば――
…まぁ、本当の本当に全てが上手くいったなら、それだけのモノを得られるだろう。たぶん。
…だけれどそれは、妄想にしても酷い絵空事。仮に連れ去ることができたとして――も、ほぼ間違いなく失敗する。
……なにせ、国境なき武装集団たる灰魔師団の中においても、荒事担当のトップに君臨する無法者の所有物に手を出した――のだから。
リスクとリターンの収支が合わない「悪事」など、誰も犯しはしない。
悪とは利己――自分の利益のために他人を踏みにじる行為。
しかしその悪に対する報復、懲罰によって、利益を超える負債を被ってしまっては――本末転倒なのだ。
突発的に犯す犯罪はともかく、準備なくして成立しない悪とは、往々にして理屈が通っているモノ――
――で、兄さんがこの世界で疵付けることになってしまった遺恨を考えると――…私が感じた不安は、成立した。
――ただだからこそ、そんな安易に行動を開始するのか――という疑問がある。
木を隠すなら森の中――とは言うけれど、君子危きに近寄らず――とも言うワケで。
事務方とはいえ七団長が率いる師団がいる状況で、行動を起こし、成功させるだけの自信があるのなら――
――そもそも祭りに乗じる必要がないだろう。…なのに、状況を伺っている――のであれば、
「…そういう害意が、NRC内にあるのは確か――
…なんですが、ハロウィンウィーク中に動く――と、言い切れるまでのナニカがあるわけでもなくて……」
「……………その情報は、誰かと共有…しているのか…」
「はい。ジェームズさんの他、寮区長たちにも話してあります――
――ただ、間違っても兄さんには伝えるなと、ミルさん含めて釘を刺してますが」
「………」
呆れと疲れの混じった声で訊いてくるヴォルスさんに、ちゃんとジェームズさんたちとは情報を共有していると答え
――ついでに、兄さんの参謀まで含めて口止めをしていると言う――と、
デイヴィスさんに呆れと若干の苛立ちを含む無言の否定を向けられてしまった。
…まぁ、私の言っていることを、そのまま真っ直ぐ呑み込めば、それはもうくだらない意地――でしかない。
家族を思えばこそ、問題を共有すべき――だが、
違う意味であの兄を思えばこそ、そして加害者を思えばこそ――この問題は共有するべきではなかった。
「――兄さんに心配をかけたくないとか、そんな可愛い理由でじゃあないですよ――…
……血を流す相手は少ない方がいい、ってハナシです」
「――…」
「………自意識過剰、とは――…思わない、のか」
「…思いたかった――…んですけどね、……ノイ姐さんどころか、ミルさんも否定してくれなくて………」
「「……」」
兄さんの因縁によって私の身に危険が迫っている――と聞いても、おそらく兄さんは感情的にはならないだろう。
寧ろいつも以上に冷静に、粛々と――事を、圧し進めていくだろう。そしてその内側を駆け巡っているのは、冷静とはかけ離れたとんでもない激情。
本質が転び出た兄さんとは、冷徹にして非情な殺し屋――なのだ。
…11年もの間、兄さんと離れて育った妹が、なぜそんなことを言えるのかといえば、
過去に兄さんが私を助けるために犯しかけた過剰防衛のことがあるから。
もちろん、あの時の兄さんはまだ精神的に未熟な少年で、それから歳月と様々な経験を重ねたことで、
自身の激情に振り回されないだけの精神力を身につけているだろう――が、そこで引っかかるのは先のドワーフ鉱山での一件。
……まぁ、今の兄さんにとって悪霊は問答無用の討伐対象だったってこともあっただろうけど――…だとしたら、逆にあの激情は不自然だと思うのです…。
「……オリナ兄さんには――」
「伝えないでください」
「………思惑を聞こう」
「現状、一番の不安要素は考え無しのアホウたち――故にその規制、もしくは排除が、私にとって最優先とするべき事です。
…それに、私の傍には激戦時代に灰魔で腕を鳴らした歴戦の雄がいて、その後ろには、更なる過去に無数の罪を重ねた狩人が控えている――ワケなので」
「…、……それ、は……まぁ………」
「……毒を以て毒を制す…とは言うが………」
「だから――の、下調べでもあるんですよ。
こちらの『毒』が過ぎないために、いざという場面に私が主導権を握るため――
…社が万全となったNRCに在って、巫女がただの人に後れを取る道理がない――…んですけど、
頭でっかちな指揮官ほど信用ならない者はない、と思うわけです」
「………結局なんだ?お前が心配しているのは――加害者の被害、か??」
「…善意的に受け取ればそうなりますが――…実際のところは、矜持の問題です」
確証もない身の危険に、兄さんを頼れば――最悪死傷者を出しかねず、
ゴーストたちに任せれば――普通に負傷者を出すだろう。
私の身に迫った危険が本物だったなら、加害者が負傷するくらいは自業自得――
――だろうが、その「負傷」はちょっと違うと思うのだ。神子が与える「負傷」としては。
売られた喧嘩をそのまま買っては同列――故に、格上としての矜持を保つには、それを買わずして沈黙させるが然るべき。
…とはいえ、私個人にそこまでの力はない――けれど、私の下には私の不足を補って余り得る部下たちがいるわけで。
そんな彼らを自分の力と換算したなら、強者としての傲慢を布くだけの力が――私にはある。
――であれば、その威厳を示す努力を怠り、格下相手に安易に手を上げるなど御麟の名に泥を塗る無様であり、
その特性故に力を預けてくれている獣神たちへ対する裏切りにも等しい愚行だ。
寄せられた期待に応えるためにも、矜持を保つための努力は私が御麟であるための当然の義務――であり、己の高慢を改める行為ともなる。
ただの一人で示すモノなど高も程度も知れている――もそ、「金色」の力の本質とは個人のソレではない。
そしてその中でも――の在り方は特にその傾向が強くて――
「………そういうこと……ですか…?」
「…クルーウェルがそう感じたなら――…なのかも、な」
「……俺は、アポリオル先輩の見解を、訊いているんですが」
「…――…そうだな、今にして思えば、だから――かもしれないな。俺が協力しているのも」
「……だとしたら大概なのでは…」
「――と言ったなら、盛大に睨まれる確信もあるがな」
「……同族嫌悪、ですか」
「…お前のそういうところを、俺は買っているよ…」
主語が「アレ」の、全容の見えない先達たちの会話――
――だが、ざっくりと分かることは、先代の中に私と似た性質を持つ人物がいたのでは――という話。
…わざと濁しているのか、それとも単に言葉が足りずとも通じる間柄なのか、
ヴォルスさんたちの会話――もとい、話題の人物にはさっぱり見当がつかない――…ことも、なかったりした。
デイヴィスさんもよく知る人物で、
その人物の面影を見て私への協力を決めるほどヴォルスさんにとって特別な存在――
――で、私に対して嫌悪に近い感情がある人物となれば、ほぼ該当者は一人だった。
「――であればなおさら、アネルヴァス師団長には黙っていてくださいね」
「………そこで真っ向から立ち向かわれると――…それはそれで立つ瀬がないんだが……」
「それは――手加減無用ですね、相手が神子ですし」
「…コイツらに、何を言ったところで無駄ですよ――痛い目を見なければ納得しない駄犬ばかりですから」
「だけん……」
「…いや……あの二人が駄犬というのは……灰魔的にも個人的にも不味いと思うんだが………彼女はまだいいとして…」
「こいぬ………って、私ですか?!」
「事実――以外の何でもないだろう。世間の認識として」
「ぐ、ぅ……」
「…そういう解釈では、子供の指示に従う道理が大人にはないんだが――…大人の駄犬の目を覚まさせる方が先…だな」
「…………なにか……釈然としない………」
「……お前たちの、バカげた意地のせいだろうに」
「………」
「…そういうところだぞ、クルーウェル……」
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