ついにこの時が来た――というヤツなのだろうけれど、
正直なところを言うと、想像していたよりも事態は悪く――ならなそうだった。
 

 ハロウィーンウィークに際し、NRCへの来訪が警戒されていたモンスターマジカメグラマーは、
確かにNRCへゲストとして来訪し、大なり小なりの迷惑行為を行った。
花壇や畑を踏み荒らす者、展示物やその装飾品を拝借する者、備品を破壊・損傷させる者、ごみを投棄する者、
写真撮影不可の場所で撮影を行おうとする者、他のゲストの迷惑になるほど騒ぐ者――など、その罪状ほうこうせいは多岐に亘った。

 …ただ、事前に灰魔師団によってマジカメモンスターマジモンたちの行動傾向を調査していた――
――その結果を元に警告せんてを打ったことが功を奏し、マジモン出没早初期から検挙を行い、その結果を随時公表したことにより――

 

「へーわですねぇ」

「……」

 

 祭りの空気に浸る人々の表情は明るく、笑顔が浮かび、NRCのどこを歩いていても楽しげな笑い声が聞こえてくる――
――が、そこにタガの外れた異常なこえはなく、NRCを満たす賑わいは、活気がありながらも一定の落ち着きを保っていた。

 実情を語れば、未だにマジモンの検挙は続いている。
悪気なくうっかりやらかす者もいれば、故意にバレなければとやらかす者もいて。
そして後者に関しては、スタッフに見つからないよう隠れて迷惑行為を行う者まで出ている――が、
それこそ想定内の事だけに、いくらマジモンたちがこっそりとルール違反を犯そうと、その検挙は難しいことではなかった。

 …なにせNRCの前身・・は監獄――それもゴースト特化の監獄モノだったのだから、人の監視なんて朝飯前なのだ。…構造上、そして機能上は。

 

「問題なく招待できてよかったですね」

「……それはテメェの都合ハナシだろうが…」

 

 和やかな賑わいを保つメインストリートを、ハロウィーン用の衣装――ではなく、いつも通りの制服姿のレオナさんと共に、正門を目指して進む。
因みに私はサカースの団長をイメージしたハロウィーン用の衣装なので、やや組み合わせがおかしな印象になっているかもしれない――
――が、まぁ生徒間ではよくある光景なので、注目されるほどの違和感はないだろう。

 …ただ、私とレオナさんが一緒に行動している事に関しては、多少注目を集めているようだった。
ゲストたちの――ではなく、NRC生の。

 

「…毎年の事、なのでは?」

「……なわけあるか。一度たりとも来たためしはねぇよ――イイ歳した弟のお遊戯会になんて、な」

「…一年目は、イイ歳ではなかったと思うのですが」

「…――だとして、兄弟・・がわざわざ足を運ぶ内容じゃあない、だろ」

「まぁ…約一週間前の寮対抗戦ぎょうじにはいらっしゃってましたし?」

「…だから、今回の訪問コトは――」

「レーオーナーおじた〜〜〜〜んっ!!!」

「っア゛?!」

 

 レオナさんのセリフを声で、更にタックルほうようでも遮ったのは――

 

「っ…コイツはまた…!」

「ねーねーおじたんどうして?どうしておじたんは海賊の格好してないのー??」

 

 レオナさんの腰に抱き着き、不思議そうに「ねーねー」とレオナさんに疑問を投げているのは、
ワフと跳ねる赤毛と、可愛らしいライオンの耳が印象的な幼い少年。
叔父さんおじたん」の呼称の通りに、この子はレオナさんの甥っ子――レオナさんの実兄であるファレナ陛下の息子・チェカくん。

 …レオナさんはチェカくんのことを煩わしがっているけれど、チェカくんの方はまったくそれを意に介していないようで――

 

「僕ねっ、僕ねっ、おかーたまにお願いしておじたんと同じ海賊のお洋服、作ってもらったんだよ!」

「…あーあーそうかよ――…で、一緒に来たアネキたちはどうした」

「………――おいてきた!」

 

 太陽を思わせる天真爛漫な笑顔をペカーっと輝かせ、
レオナさんの義姉アネキ――もとい、自身の両親を「おいてきた」と屈託なく答えるチェカくんに、
レオナさんは心底面倒くさそうに深いため息を吐く――が、ある意味で当然のようにチェカくんがそれを気にすることはなく、
無邪気にハロウィーンの仮装をして一緒に写真を撮ろうとレオナさんにせがんでいた。

 「ねーねー」とご機嫌で懐いてくるチェカくんを前に、
レオナさんはげんなりとした表情で「どうにかしろ」とでも言うかのように私を見る――
――けれど、残念ながらチェカくんの目には大好きなレオナおじたんしか映っていない。
おそらく、私が声をかければ一時はこちらに意識が向くだろう――が、あくまで一時。
すぐにレオナさんへの「ねーねー」コールが始まることだろう。
――であれば、チェカくんのご機嫌を害するような行動をとる必要はないだろう――もうすぐそこに、ご両親以下略が到着しているのだし。

 

「やぁくん、すま――ぅむっ

「早速、チェカがお騒がせしてごめんなさいね、

「……ぃえ、寧ろお出迎えが遅れてしまい申し訳ありませんラフィア様…」

「ふふ、それはどちらかというと私たちの不出来ね。チェカむすこのワガママを制すことができなかった両親わたしたちの、ね?」

 

 苦笑いしながらコチラに声をかけてきたファレナ陛下――
――を押しのけ、息子の無作法、そして両親じぶんたちの不出来を謝罪するのは――ラフィア王妃。
夫、とはいえ国王であるファレナ陛下を押しのける大胆さ――もさることながら、
チェカくんの先行を自身の監督不届きふできと語るラフィア王妃を前に――…どう、言葉を返していいのかわからなくなってしまった…。

 国王たるファレナ陛下をフォローするべき――だが、目の前のラフィア王妃をスルーするなんて以ての外――
――だけれど「不出来」を語るラフィア王妃の自嘲ことばを否定する――のも、なにか違う気がする。
私の目の前にいるこちらのお姉様は、ノイ姐さんも認める才女――賢い王妃じょせい、なのである。
そんな彼女が、自分の息子を行動を制することができない――なんて、はずはない。…とすれば、この状況は――

 

「…ゲストの安全のため、我々も十二分に警備は行っています。
ですが、従者のみなさんの精神衛生維持のためにも、チェカ王子と手をお繋ぎください――ラフィア王妃」

「――…そうね。アナタの膝元とはいえ、手放しはよくなかったわ」

 

 立場を弁えた発言ではない――と自覚しつつ、どうにも引っ掛かるものがあってラフィア王妃に注意の言葉を向けた――
――ら、…思った通りというかなんというか…で、ラフィア王妃は満足げな笑みを浮かべると、屈託なく自身の非を受け入れた。

 …おそらく、対ラフィアさんにおいては、私の返事は正解だった――
――から、従者だれも小娘の不敬を咎めはしなかった――なら、ある意味で話が簡単かつややこしかったのだけれど、
…どうやら何か違う要因から、私の言動は従者かのじょたちに許容されている――…ように見えた。
 

 ……まぁ、それが信頼に値するのもわかるし、その重さを背負うなんて今更な覚悟ハナシ
だから私にとって、そして相手にとっては、なんの問題にもならない――けれどより一層、第三者の目を、気にしないといけないな、コレは。
兄さんアロガンスの権威を受けて、マネージャーわたしまでが王家に無条件で受け入れられている――様に、第三者たにんからは見えているだろうから。…ただ――

 

「とはいえ、大好きな叔父に懐く息子の手を無理やり取るのは酷なこと――
――だから今日は、あなたの手を捕らえていていいかしら?」

「………………ぃえ…あの、それは………ファレナ陛下の……」

「アレは式典こうむで飽きるだけ握っているし、何の変哲もないゴツい手より――滑らかで繊細なアナタの手の方がずっと興味深い・・・・わ」

 

 好奇心にあふれた子供――のようで、
珍しい獲物を前にしたハンターの様なきらめきを瞳にちらつかせ、私の手を取りラフィアさんは願いを口にする。

 …変な話、彼女が兄さんの友人の奥さん――でしかなかったなら、
まったく全然悩むことなく「はいどうぞ」だったのだけれど、どうにもこうにも相手かのじょは王妃。
当人同士の思惑がどうであれ、世間――以上に、こういう時のメディアの下品さはより厄介でして??

 

「王妃殿下、お戯れはそこまでに」

 

 またしてもラフィアさんへの返答に困っていた――ら、
ラフィアさんの後方に控えていた黒のスーツの護衛だろう女性がラフィアさんに「そこまで」と言葉をかける。
急に入った制止に、ほんの一瞬ラフィアさんの表情が冷えた――が、
すぐに彼女の顔には愉しげな笑みが浮かび、なぜか「そうだったわね」と納得の言葉を口にした。

 …おそらく、護衛の彼女とラフィアさんは事前になんらかの「約束」をしていたからなのだろうけれど――……

 

「…はい」

「不躾なお願いで申し訳ないのだけれど――この子のエスコートを、頼まれてもらえないかしら?」

 

 ラフィアさんが「この子」と言う――と、おずおずと黒服じょせいたちの影の中から姿を現したのは、
ラフィアさんたちと同じライオンの丸い耳を持つ、チェカくんとそう歳が変わらないだろう――幼い少女。
緊張しているのか、下を向いてもじもじとしている――ところを黒服の彼女にポンと背を叩かれ、
少女はムッとした表情を彼女に向けるが、それを受けた黒服の彼女は薄ら愉しげに笑って「ご挨拶を」と少女に促す。

 そしてその応援を受けた少女は、面白くなさそうな顔でもにょもにょとつぶやいていたけれど――
――不意に、バッとコチラに向かって顔を上げると、意を決した様子で大きく息を吸い――

 

「――あ!この子はリウ!僕の一番の友達なんだっ!」

「ぉうっ」

「!!!」

 

 ――なにか腰上辺りに軽い衝撃がどんと奔り、ほぼ反射で下に視線を向けてみれば、そこには笑顔で一番の友達を紹介してくれるチェカくんの姿。

 …間違いなく、チェカくんに悪気なんてものは無い――寧ろ何なら善意での可能性もある。
チェカくんが紹介してくれた少女・リウちゃんが、人見知りであったなら――
…でも、彼女が挨拶をすることに対して尻込みしていたのは、おそらく別の理由で――

 

「――バカチェカーーーー!!!

「にぎゃーー!!?」

 

 ――おそらく生来ほんらいの気質だろう勝ち気さを爆発させたリウちゃんは、
様々な感情が混ざった怒鳴り声と共に、王子ともだちであるチェカくんを引っ叩くのだった。

 

 【夕焼けの草原】の国王・ファレナ陛下――の妻子を伴ったNRCのハロウィーンウィーク見物は、事件トラブルの気配さえ無くお開きとなった。

 …途中、チェカくんとリウちゃんのケンカが勃発したり、
アネルヴァス師団長と行き合ったファレナ陛下の他、大人たちが難しい話で頭を抱えそうになったり――
――は、したけれど、個人うちわトラブルことだっただけに、問題にはならなかった。
 

 王族の訪問というある意味での特大イベントも何事無く完遂し、
日々起きるマジモン案件から小さなゲストの困り事までも問題なくこなして――
――日に三度行っているパレードも、毎回大歓声を得るに至っている。

 …変な言い方になるけれど、予想以上に順調――というか、
トラブルが起きることなくハロウィーンウィークは、既に折り返しちてんを通過していた。

 

「……まぁ、マジモン案件が発生している時点で『トラブル』は発生してるんですけどねぇ…」

 

 折り返しとなるその日の夜、幽霊劇場ファンタピアの会議室に集まったのは、
警備や接客キャストたちをまとめるリーダーたち――と、客将的なことでパトロールからゲスト対応までを請け負ってくれたパーシヴァルさんたち。
毎晩、情報共有のためのミーティングは行っていたけれど、今夜の集まりは更にそこから以降これからの方針を改めるための正式な会議、だった。

 

「――とはいえ、事前にマジモンを排除するのは倫理・・的に不可能。
…であれば、発生後速やかに対処するのが、最善手だろう」

「…こっそりやる連中が増えてる――けど、全体数としては減少傾向だし……。
…最終日は、さすがに増えるかもしれないけど、それまでは手に負えないまでの増加ことはないだろうから――…現状維持でいいと思うよ」

「疑わしきは罰せず――が定着した時代では、罪状がなくては裁いた方が悪だからな…」

「…そういうやり方も、不可能ではなかったんだが――…さすがに時間がな…」

「………一体いつから考えてたのさ」

「…………プレ公演の後――…オリナ兄さんからせいしきに号令はかかったのは今月の頭、だ」

「………ぅん?」

 

 一応言っておくと、普通に考えたらヴォルスさんたちの初動は遅い――
――逆に言うと、灰魔師団にとって今回の作戦コレはかなりの強行策だったろう。
しかしそういう理屈いみでなく考えると、ヴォルスさんの初動は――早かった。

 新代が行ったプレ公演は、NRCの生徒だけに披露された――のに、
その日以降にヴォルスさんがNRCと連携してのマジモン摘発を思い至るのは、おかしい。
新代として再出発したファンタピアの人気えいきょうによって、
今年のハロウィーンウィークは例年以上の来客を見込める――と、思えるだけの情報が、当時のヴォルスさんには無かったはずだ。

 更に言えば、音楽と芸能のアレコレを知っているヴォルスさんなのだから、
その知識と経験に応じた情報こんきょがなければ、上司に対して強行策・・・の提案なんてしないはず。だから――やっぱり、おかしいな??
 

 追及の意味を込めてヴォルスさんをじぃーっと睨んでいると、
不意に「ふふっ」と小さな笑いを漏らしたのは――パーシヴァルさんだった。

 まったく思ってもみない人物のリアクションに思わず首をかしげていると、
どこか確信を持った様子でパーシヴァルさんは「シュテルですか」と脳裏に浮かんだのだろう人物の名をヴォルスさん投げていた。

 

「…聞いていたのか?」

「いえ、顔合わせでのシュテルの絡み方がらしくなかった――のと、ワースさんならリークそういうこともあるだろうな、と」

「「「ぁあー……」」」

「………それ、後者への納得ですよね?…ねぇ?!」

 

 シュテルさんのことは、関係者であっても厳密な意味での身内ではないので事情はわからないし、しようがない――が、ワースさんは違う。
ワースさんはファンタピア――の楽団においてだんちょうの次位に就き、場合によっては私に代わって指揮者を務める、
ファンタピア劇団における中心メンバー――が、「リークそれはありえるな〜」ですって??ちょっと、それは、どーゆーこと――だ??

 

「…まぁワースも、ファンタピアを想っての事――だったんだろう。
それに――だ、あの時点で全ての団員に認められるだけの成果モノを上げてはいなかったのだから、ワースが余計・・な気を回すのも仕方ない――違うか?」

 

 仕方ない――と、ご尤もなことを言うのは、警備課は実働班の班長であるロンゴーさん。
…確かに、プレ公演あの時点ではまだ私は表現者としての実力しか示せていなかった――のだから、
ワースさんが運営としての私の手腕を不安視して外部に相談を持ち掛けた、…というのは理解る。
……でも、その相手がリゴスィミの楽団長シュテルさんというのが――…ちょっと、気にかかるのだ。
これが、ニアさんとかならすんなり呑み込めたんだろうけれど――相手が、楽団長シュテルさん、っていうのが…なぁ……。

 …――でも、リークそれがあったから――あの反応ていどで済んだ、っていう気もする……な。
事前にアレコレを呑み込んでいたから、ああいう対応ができた――のであって、
なんの情報も、心構えもなく先日の公演を見ていたら――…私が想像した通りの惨状になっていた、気がするなぁ……。

 

「…一応言っておくと、話を持ち掛けたのはシュテルの方――…ワースさんも、立場上止む無く…だったと思う」

「…………――…立場上?」

「…妖精族は血を重んじる一族――と言えばわかるか?」

「ぁー……あー…そういう立場ハナシ、ですか――……であれば、ワースさんとは一度きちんと話をしないと、ですね」

 

 種族たちば上、シュテルさんの要望に応えざるを得なかったワースさん――それは、仕方ない。
だからそれについて責めるつもりはない――けれど、私にはその程度・・を把握しておく必要がある。

 ワースさんが、そしてシュテルさんたちが悪い人ではないと分かっている――
――が、想定にズレを生む要素ゆれを、あえて見逃す理由も余裕いぎもない。
…ただでさえそもそものそうていにブレが生じている惨状げんじょうなんだから――

 

「…必要・・は、ないと思うけどね」

「…………なにゆえ、ですか」

「…まず、小賢しかしこい妖精族は付く相手を違えたりしない――でも、
それ以上にゴーストおれたちにとって魂の確信しょうどうは絶対――…なにせそれゴーストおれたちの全容すべてなワケだし」

「……――」

「…っくふふ……それは確かに――だ。そしてそれで言えば、お嬢が後れをとるなどおよそありえん話だな」

 

 ヘンルーダさんの理屈も、ロンゴーさんの納得も、理解る。
…生意気な判断ことではあるが、魂の規格というモノに関して、私が後れを取るなどそうありえはしない。
「世界」の営みに興味を示さない獣神たちの目さえ惹く人間みこの魂を凌駕する魂なんて――

 

「………彼の団長殿については、どーなんですかねー」

「「ぁあー………」」

 

 魂の規格において、神子と肩を並べられるのは神子だけ――だとしても、リゴスィミ“か”の団長殿の魂は、その規格に適合した。

 …この世界に根ざしうまれいのち――なら、魂の規格という一点のみを言えば、私が彼に後れを取ることはまずない。
…だけれど、長い時間をかけて培われてきただろう血統じばん、そして個人として積み重ねてきたじかんというアドバンテージが、団長殿にはある。
魂に与えられた影響が強いほど、ゴーストはそのそんざいの影響を受けやすい――というのなら、
私がワースさんに与えた「影響」なんて高が知れているのだから――

 

「……仮に、アレが同等以上の影響力が有していたとして――も、…アレにお前と関わる気はないと思うぞ……」

「………………、………ぁの…そ、れは――…より問題では…っ?!
…――というか?!なんで私そんなに団長さんに嫌われてるんです!?
なんですか?!レオナさんと同じく私の出自と兄さんの立場かんけいに反吐が出る――ですか?!」

「………干渉する気きょうみがないならそれでいいじゃん。ちょっかいかけてくる因子ヤツがオーナー以外いない――ならさ」

「……確かに、無興味それは――…いい、ですけど……。…でも、嫌われるのは――…ハナシが違うっていうか?!」

「…ふむ。…お嬢がそこまで取り乱すごしゅうしんとは――意外だな?」

「……それは――…実力ちからずくで、何もかもを補って魅せたバケモノバカ――…でしたから……ねぇ」

「「「………バカ」」」

「――ッ!!!」

 

 うっかり失ってしまった平静さによって、ぼろと口に出てしまった本音。

 「天才」と書いて「バカ」と読むタイプの「天才バカ」のつもりだった――としても、
音が「バカ」の時点で僅かだろうと侮慢の色があるのもまた事実。
…そして、その辺りの事を読めない阿呆のいない場だけに――

 

「ぃ、いやっ…ぁああくまで言葉の綾――にしてもオフレコ!オフレコでぇ!!」

「………まぁ…レーイチも言っていたし……気にしないんじゃないか?」

「いやいや、十一も年下の相手に『バカ』と言われて気を害さないほど大人でもないだろう――実績のない同業・・であればなおさら、な」

 

 ふふと笑いながら愉しげに言うロンゴーさんを前に眉間にしわが寄る――が、ロンゴーさんの言い分は尤もだ。
実績のない同業かつ、10以上も歳の離れた若輩に「バカ」と言われて腹を立てない人間なんて――…
…ん?アレ?気を害す――ってことは、無興味ではない――意識されてるってコト、だとすれば――

 

「? どうしたお嬢?」

「……いえ、逃げる相手を前に待っていてもしようがないな――と」

「………それ、手を出した方が負けの勝負ヤツじゃん」

「ええ、だから――手を出さざるを得ないだけのモノを魅せようかと。…近々舞台きかいもありますし」

「ほほぅ?これはこれは」

「………ロンゴーさん…間違ってもコル爺に教えないでよ――…今でさえ、リコリスの一件でテンションウザさ振り切ってるんだから……」

 

 普段とは違う方向にギアを入れた私――に、愉快そうに笑うのはロンゴーさん。
しかしそんなロンゴーさんを前に、コル爺――コルチカムさんに情報が伝わるのでは、という不安を覚えたらしいヘンルーダさんは「間違っても」と釘を刺す。
そしてその頼みちゅういを受けたロンゴーさんは、軽く笑って「心配するな」とヘンルーダさんに返していた。
 

 久々の感覚――不安を押し退け湧く愉悦に心が躍る。
この愉悦しょうどうに、身も心も任せたなら、それはもう堪らなく愉しいことだろう――
――が、これまでの積み重ねがまんがこれ一時のために瓦解し、これからの活動において足かせとなる爪痕を残すことになる。
元の世界への帰還を諦める――…もしくは、この世界に骨を埋める覚悟があるのなら、享楽しょうどうに身を任せるのも悪くないけれど――

 

「……まずは30日を乗り切らんことには――です」

「「「………」」」

「……本当に…アレで大丈夫、なのですか…」

「…ジェームズさんも見てたじゃないですか、演りきったところ」

「…その後しばらく行動不能に陥った所も見ているのですが…」

「それは――まぁ…初回でしたから。
今はそんなことないですし、休憩を挟めば通し練習も2回はいけるようになりましたから――ね、ヘンルーダさん?」

「…ソーダネー――…仮に、ぶっ倒れるとしても3公演かい目のあとだよ――
…胆力無いとかのたまいてたけど、最後の最後は根性で押し通す脳筋だよ、このオジョウサマ」

「………」

「……まぁ、否定はできませんね――最後の最後、競り合いでモノを言うのは『折れぬ意思』ですから」

 

■あとがき
 ある意味で脈略のないキングスカラー王家訪問と、運営(現場)会議でした。
 我が家における王妃殿下(レオナ義姉)は、近衛兵一族の出身で、キングスカラー兄弟の幼馴染み。因みに陛下の二個下。なのでオニーチャンとタメ。
正式に結婚するまでは近衛兵(SP)として現場に立っておりまして――黒服の彼女は同期(同級)の腹心であり親友だったりします(笑)