ハロウィーンウィークの開場時間は午前10時。
そして、閉場時間は午後10時となっている――が、会場の広さ、
そしてマジモン対策の一環として9時半の時点で閉場を勧告し、
閉場15分前の時点で善良なゲストの退場は完了となるように――という方針が打ち出されていた。
悪質なマジモン対策のため――として、
各寮の展示を担当する生徒たちは15分前の時点でほぼほぼ撤収作業を完了させて10時前には帰寮し、
正門前の受付担当の生徒たちは10時を回ったところで閉門作業を行い、それが終わり次第帰寮し――
――10時15分過ぎには全生徒の帰寮が完了し、教師陣+αの協力により、
NRCは朝を迎えるまで完全なる無人となる――はずなのだが、今日はそうなっていなかった。
――ただそれは、9時半前の時点で確認していた相手なのだけれど。
『侵入者の目的は闇の鏡――っていうテイ。
色が悪くなれば即逃げるだろうから――長引かせて、確実に全員とっ捕まえるよ』
イヤホンから雑音に紛れて聞こえてきたのはヘンルーダさんの指示。
侵入者の大多数が向かう先は本命ではない――本隊は陽動であると言い切っているところを見ると、相手の通信を傍受したのだろう。
…いやはや全く、味方にいてくれるから心強い限りだけれど、
もし相手側にヘンルーダさんと同レベルの能力と技術を持ったら存在がいたなら――
『ホラっ、マネージャーもぼさっとしてないでさっさとオンボロ寮に戻るっ。
…飛び火はないと思うけど……とにかくさっさとオンボロ寮戻ってっ』
ノイズの消えた音声で、迷惑そうに私に対して「帰れ」と繰り返して――
――間もなく、ヘンルーダさんは既に攻防が始まったらしい本隊への指示を再開した。
個々、そして小隊間の連携を必要とする波状侵攻を、相手は正確かつ効果的にこなしている――らしい。
…であれば、それは間違いなく鍛え上げられたプロの動きだろう。
それも生半可な訓練――そして実戦を経験した新兵のソレではなく、
またそれ相応の修羅場を経験した指揮官の統率力が成せるレベルの。
……しかしなぜ、そんな集団がNRCに乗り込んできたのか――
――世界の秘宝たる【闇の鏡】の強奪を陽動とした彼らの目的は何なのか――
――その答えは非常に簡単だった。
「ッ――!!」
ヘンルーダさんにどやされる形でオンボロ寮への帰路を急ぐ中、
魔法薬学の温室と植物園の前を通り過ぎ、あと200mほどでオンボロ寮の門に着く――
――というところで足元にバチと奔ったのは不自然な電光。
「マズイ」と思った――ところで相手は光速。
人間の視覚ではその発動を認識した時点で既に効果は発揮された後――
――つま先から全身へと奔り抜けた魔法の強さに、私はその場に崩れ落ちるしかなかった。
バラエティー番組で、静電気の放電を利用した罰ゲームがあるけれど――…たぶん、コレはその比じゃあない。
その強烈さ故に手足などの感覚はおよそ失われ、感覚の鋭い指先などでさえ僅かに痺れを覚える程度。
そしてその感覚の欠損は、それ以外の器官にも生じていて――
「――――」
目の前の道を照らしていた青白い月光を、不意に遮るのは黒の人影。
電気ショックによって視力も聴力も軒並み機能が低下し、
ぼんやりと目の前の影の動きを、そして誰かが誰かと話している――程度の事を認識するしか、今の痺れた脳ではできなかった。
動かない体と思考では、逃げ出すなんて夢のまた夢。
それどころか、抵抗さえできないこの状況――自体に、恐怖や焦りを覚える知性さえ薄れている惨状なのだから情けない。
ただただぼんやりと、しようのない状況に流され続けていると――…不意に、誰かが私の手首を掴んだ。
「ッ、なんっ――ガア?!!」
手首を掴まれたと思ったその瞬間には離され、私の手首を掴んだ人物のモノだろう背後で上がった声は、
ズシャという地面を擦る音と共に遠退き――元、声の上がっていた私の背後には、えげつない殺気が突き刺さっていた。
「スミス、殺気はともかく武器は引っ込めたまえ――悪人を殺していいのはデーモンだけ、だぞ?」
「…………、………あの手だけでも切り落としていいでしょうか」
「…――ダメに決まってるでしょうに……っ」
ブワと湧き上がったある意味で真逆の方向性の不安に思わず起き上がり、
自分の背後に立っている細身のスーツ姿の男性――生前の形態をとったリーパー・スミスさんに「ダメ」と釘を刺す。
すると地面に打ち捨てられた黒ずくめの男性に向いていたスミスさんの殺気がゆるりとこちらに向き――
「コラぁ?!」
「クハハ、ただの威嚇射撃だとも――頭の悪い野犬にはコレが一番だからな」
スミスさんの殺気から外れたその瞬間を好機とみた黒ずくめの男性――の足元に銃弾を放ったのはコルチカムさん。
…NRCの用務員が、逃亡を図ろうとした不法侵入者に対して威嚇射撃を行った――のだから、コルチカムさんの行動は正当防衛と言えるだろう。
――しかし、発砲する必要はあっただろうか?逃げる先は、既に「脅威」によって閉ざされているというのに。
「投降を、お勧めしよう。
君たちの抵抗はこちらに正当性を与えるだけ――抵抗せず、法の上で裁かれるのが、賢明ではないかな?」
「ッ……!!!」
生前の姿――ではなく、見慣れたデフォルメの姿で侵入者たちに投降を促したのは、正門への道を塞ぐように立つダンさん。
侵入者がダンさんに対して強い怒りと反感を覚えたのは、その余裕に――ではなく、
おそらくあまりにも皮肉の利いた忠告――無法者の配下によってかけられた温情に、なのだろう。
あまりにもクリティカルなダンさんの嫌味に、彼らの所業も忘れて思わず渋面になってしまう――
――が、ふと彼らの「していること」と思い出し、
彼らに情けをかけるということは、転じて兄さんの行いに対する否定だと――考えを改める。
…彼らが「こんなこと」をしていなければ、まだ兄さんの行いにも否定の余地があったのだけれど――
「――総員、武器を放棄し、投降せよ」
不意に「投降」の指示を出したのは、聞き覚えのない歳を経た男性の声。
その指示に一瞬、黒ずくめの面々に戦慄が奔った――が、
不意にガショという物々しい音のあと、木々の影からしっかりとした体格の黒ずくめの男性が姿を見せると――
…それに倣うかのように、確保者の傍に集まろうとしていた黒ずくめの男女は、渋々といった様子でその場に武器を棄てる。
…そして、未だ機を伺っていた最後の一人も、スミスさん――と、
リーダーだろう黒ずくめの視線を受けたことで武器を捨て、木々の影から月明かりの下へと姿を見せた。
20名近い陽動に対して、たったの5名で構成された本隊。
しかし警備員を陽動に引きつけた上で、高く見積もっても「優秀な魔法士の卵」でしかない学生を相手に不意打ち――
――罠まで仕掛けていたのだから、寧ろ5人という人数は警戒し過ぎなくらいだろう――が、
それでも彼らの計画は圧倒的な役者の差によって覆され、失敗に終わることとなった。
警戒を怠ることなく、大胆な計画であっても慎重に作戦を進め、
強い熱意を以て彼らは行動を起こした――けれど、そんな彼らの経歴に捺されてしまうのは「犯罪者」の烙印。
如何ほど道徳に則った正義や大儀、そして道理に倣った理想や信念を掲げていたとしても――
――武力に訴えた時点で、それは無法者の妄言でしかない。
力による理不尽や不平等を制し、また弾ずるために――弱き者を守るために作られたのが「人の法」だというのに、
その有利を捨ててまで立ち向かってくるというのは――
「――ぅああああああ!!!」
リーパーたちの誘導によって、黒ずくめの侵入者たちが一か所に集められている最中――
――勇気と恐怖の混じる咆哮を上げ、私に牙を剥いたのはその内の一人。
魔法士といえど、魔法石が無くては魔法は使えない――
――ことはなく、自身の命を危険にさらすリスクを呑みさえすれば、武器がなくとも魔法を使うことは、
油断をさらす仇敵の大切なモノを傷つけることは可能だった。
武器も魔法石も持っていなかった――が、だからといって
彼の心に掲げられた正義は放棄されたわけでも、降ろされたわけでもなかった。
屈辱に耐えながらも、反撃のその時を待っていた――…のだろうが、タイミングよりも先にまず図るべき要素があったと思う。
アリでも機を図ればゾウを倒す好機がある――道理などないのだから、
機を図った程度で相手との地力の差が覆ることはない――故に、反撃を企てるにしてもまず相手を間違えてはいけない。
そして、こと今回に関してはそれ以上に――周囲についても考慮すべきだったと思うよ。…ホントにさ!
「ステイ――お二人ともダメ、ですよ」
私を狙った電撃を纏った突風は、何処からか放たれた魔弾によって相殺され、
その一撃を放った術者は――腹に貰った私の一撃によって即刻気を失った。
……なんていうか、咄嗟に体が動いてくれたからどーにかなったものの………コレ、かなりヤバかった――のでは??
…たとえ正当防衛であったとしても、刑法の中には過剰防衛っていう罪状もあるわけで――……
………ぃや……まさか……ね…?殺されるまで勘定ずくだったりは――…しないよ……ねぇ??
ぅぇえー……???そ…それはちょっと……さすがに………時代錯誤が……過ぎませんか、ねぇ――
……命惜しむな名こそ惜しめ――…なんて、さ………?
「…………」
彼等からすれば、私も綺麗事を語る権利はないだろう――
――が、それでもこればかりはちょっと黙っていられず、
怪訝なモノを湛えてリーダー格の黒ずくめを睨む――と、彼は小さくため息を吐いた。
「ククっ、まさか狂犬を紛れ込ませているとはな――…血は争えない、というヤツか?」
「…グロリオ、お喋りはそれくらいにしておけ――マネージャーが、トラウマ諸々の負債を抱えることになるぞ」
愉しげに自身の見解を口にするコルチカムさん――に、ダンさんが苦笑いしながら「それくらいに」とコルチカムさんを窘める。
するとその注意を受けたコルチカムさんは、すぐに表情を落ち着いたものに変えると、
なにかに納得した様子で小さく「ふむ」と頷く――と、急にポン!という音が鳴り、
それと同時にコルチカムさんの姿は白い靄に包まれ、それが霧散した先には、
デフォルメの姿に戻ったコルチカムさんが平静――通り越してどこかつまらなそうな表情で宙に浮かんでいた。
「スミス、ウィル、ゴミ拾いだ――ヒナ鳥に、コレは刺激が強すぎる」
そうコルチカムさんが声をかけると、スミスさん――と、ダンさんの隣に控えていたリーパー・ウィルさんは、
小さく息を吐くと同時にその内に抱えていた殺気も吐き捨てたようで、
平然とした様子でゴミ拾い――侵入者たちが放棄した武器の回収作業を始めていた。
「……まったく、小賢しい限りだ――が、壊すなよスミスっ」
「…………」
「ああ、材料は多いに越したことはないからな。無傷で頼むぞ」
「……――」
「作業に集中してください、スミスさん」
「んー…」
顔にアリアリと不満を浮かべるスミスさん――
――に、なにか不味いなことを言いそうな雰囲気を察して先手を打てば、
注意を受けたスミスさんの顔には当然のように不満が浮かぶ。
…だけれどその色は、コルチカムさんたちの注意を受けていた時よりは薄くなっていて、
スミスさんから最終的に返ってきたのは、不満混じりの唸り声――
――と頷きだったところを見ると、是非はともかく応じてはくれるようだった。
やけにすんなりと投降したな――とは思っていたけれど、
どうやらこういう場面のためのトラップが、彼らの武器には施されている――らしい。
しかし、コルチカムさんたちにとっては当然のこと――な上に、その対処は難しいことではないようで、
順調に処理と回収を進めていて――…その光景を目の当たりにした黒ずくめたちの肩は、
最後のチャンスを断たれた絶望にずるずると下がっていった――…ただ一人を除いて。
「――では、仕舞いとさせてもらおうか」
「!」
不意に、思ってもみない――というかこの件に関しては排除していたはずの人物の声が、
平然と「仕舞いに」とか言う――ものだから反射的に焦る。
――いや、冷静に考えれば危険を孕む要素なんてもう相手にはないんだから、
この段階で出てくる分には問題ないはず――…だけれど、この絶妙なタイミングで合流をプランニングしたヤツは誰だ?
コレはさすがに、信用問題ですよ?色んな意味で!
「――盗人を喰らう箱」
完全に現れた気配に、半ば反射で視線を向ければ、
そこに居たのは想定外の――パーシヴァルさん、だった。
悠然と佇むパーシヴァルさん――が発動させたのはおそらくユニーク魔法。
そしてそれによって彼の手のひらの上に姿を見せたのは、赤いドラゴンの翼が生えた――黄金の箱。
無機物に架空の生物の翼が生えている――というなんとも奇妙な箱は、パーシヴァルさんの手の上で翼をはばたかせると、
パーシヴァルさんの力を借りて空へと高く高く飛びあがり――
「―――!!」
急降下すると共にその大きさを増した自翔する箱――
――が、ガバリと大きく口を開け、一か所に集められた黒ずくめたちを――一口で呑み込む。
その光景たるや、ホラー映画のピークを目の当たりにしているかのよう――…ではあったけれど、
その光景の仕組みを理解していれば、コレはまったく恐ろしい光景ではなかった。絵面ともかく生命的な意味で。
黒ずくめたちを丸呑みにした空飛ぶ金色の箱――だが、とりあえずの役目を終えたのか、今度はぐんぐんと縮んで元々の小箱程度の大きさへと戻る。
そしてふわと優雅に飛び上がると、パタパタと翼をはばたかせて――主であるパーシヴァルさんの頭の上に収まった。
「……………」
「………」
「ふふ――殿下のご厚意なのだから、素直に受けるが礼儀でしょう」
「……」
パーシヴァルさんの協力――対象を異空間に確保するというユニーク魔法は、
抵抗の術を持つ犯罪者たちの確保、そして移送においても有効――とてもありがたい協力、なのだけれど――
――まず、王族を危険の伴う厄介事に巻き込んでいい道理がない、と思うのです?
…百歩譲って、学友にして劇団を共に造った仲間である兄さんであれば、
今の立場を無視すれば、許されずとも言い訳は立つ――かもしれないが、その部下に対しては、そこまでの義理は成立しないと思うのです。
何度も言うようだけれど、相手は王族――なのですから。
…――ま、そんな正論持ち出したら、行方不明者出してる「帰らずの森」に同行させた時点でアウトー!なんだけどさ!!
「ご協力を感謝します殿下――…ところで、どこの誰なのでしょうか。殿下をここへ寄越したのは」
「………」
礼儀と開き直りがごちゃと混ざって――開き直りがやや優勢で、悪態混じりの不満が口に出た。
一般論で語るなら、これこそ言い訳の余地なく許されない態度――だが、
一般論ではない関係だけに、誰も私の態度を窘める者は無く、
また唯一真っ向から私を反省させられるパーシヴァル殿下までもが口を閉ざし――
――その答えに差し出したモノは、見覚えしかない宝飾品で、
「…………――兄さんかいッ…!!」
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