ジェダとネフラの力を借り、
パーシヴァルさんと一緒に黒ずくめたちの襲撃を受けた場所から向かった先は――
――グレートセブンいじんたちの石像が威風堂々と並ぶメインストリート。
時代を経てなおNRC生たちの尊敬を集めるグレートセブン――
――だが、今に限っては彼らの印象そんざいは薄れてしまっていた。

 …でも、それもいたしかたないと言えばその通りだろう。
なにせ今メインストリートそこには――ロープでぐるぐる巻きにされた黒ずくめの集団が、3つも並んでいるのだから。
……ただ、個人的にはそれ以上に気にしたくないけど気になる気配モノがあるんだけどね…!!

 

「マネージャー………」

「……」

 

 地の底を這うような低い声で、
圧し留めてなお溢れ出る怒りふまんを纏い、私を呼ぶのは――………ジェームズさん。

 …なんだろうな、コレはアレかな?
バラされたのかな?それとも――まさか、気付かれていたんじゃあなかろうな??

 

「ふふっ、アンタの演技を見抜く程度、アタシたちにはワケもないのよ?」

「まーぶっちゃけ9割方コイツらと一緒に騙された――がな!やーやー大したモンだわ〜♪」

 

 腕組みして見下ろしてくるジェームズさん――
――の向こうから聞こえるのは、嫌な事実こうていとイヤな賞賛こうてい

 ハーロックさんをはじめとした9割方の面々は騙せきづかなかった――
――が、イレーネさんをはじめとした残り一割の面々には気付かれていた――らしい。
…良からぬことを考える黒ずくめアホウどもを誘い出すため打っていた――仮病ひとしばいに。

 

「…しっかしマー……自分をエサにするかネェ〜素人がァ〜フツー…」

「ハッ、素人フツーならしないワよ――そもそも気付けも・・・・しないんだから」

「…………それがフツーつねであった――と?」

「っ――まさか!狙われる立場ではありましたけどっ、実際・・は――まだ3回です!」

「「イヤイヤイヤじゅーぶんじゅーぶん」」

 

 私が身柄を狙われる立場にあることは事実だけれど、
だからといって誘拐未遂あんけんに巻き込まれるのが日常茶飯事つねのこと――なワケはない。

 姫巫女わたしを攫うなど獣神せかいに逆らう大業――
――その業を過ぎたねがいと弁える者は爪を噛み、その業の深ささえ知らぬ者はワナ落ちかかって終わる。
故に、私が誘拐事件の当事者になるなんてことは、書類上は日常茶飯事でありえても、実現しない企てモノになっている。
…だから実際に誘拐されたのなんてもう5年も前の話で――

 

「――そうでないなら、一体何を考えておられたのですか」

 

 ジェームズさんの声が纏う怒りくろが更に深みを増す――…いっそのこと「そうです」と開き直るべきだった、だろうか?
実現はしなくとも書類じけんは発生していて、その頻度かずは多い方だった――から、抜き打ち要人警護訓練に強制参加させられていた、ワケで?

 

「後手を取るな、リスクを取れ――…の、精神で……」

「…」

「フーン?」

「……絶対的地の利に圧倒的実力けいけん差、ダメ押しに獣神の加護――なら、死ぬ可能性があるのは相手だな、と」

「「……」」

「………ソレってよーするに、外敵アイツらの命を優先した――つーコト?」

 

 自分の身を囮にしてまで守ったゆうせんしたのは、じぶんを害そうとした侵入者あいての命なのか――
――そう問うマキャビーさんの口調はいつもと変わりない。
しかしそのかおには、今まで見たことのない酷く冷静な怒りと不満かんじょうが浮かんでいた。

 …俗に言うところの地雷――
――どうやら私の発言はマキャビーさんの過去に障る地雷ナニカに触れてしまったようだ――
…けれどとりあえず、ソレはマキャビーさんの思い違いだ。
そう思われても仕方ない発言だったし、立ち回りだった――し、
実際相手の命を顧みるそういう意図もあった――のは事実だけれど、慈悲ソコはまったく全然本義ではないのです。

 

「命に差はあれど、死によってもたらされる悪影響あくひょうは、の差に比例しない――
生者にんげんを殺したゴーストがいる劇場トコロに行きたい一般人ふつーのひとがいると思います?」

「………そ、りゃア……尤もそうだけども……サ〜…」

「ハロウィーンパレード成功の鍵となるのは30日あす――だからそれまでに不穏分子を排除しておきたかった。
…でも、相手の出方を覗っていたら早期解決そうはならない――…だからと、警備課に任せはっぱをかけても――」

「…尻尾を掴むか、掴まされるか――…なんにせよこの結果いちもうだじんはあり得なかったしょう…」

警備課ロンゴーさんたちと連携して――とも考えたんですが、
そうなるとたぶん安全域おくに引っ込められる――有事まんがいちの対処が間に合わない。
…しかしそれでは困る――ので、偶然その場に鉢合わせるよう指示・・してもらった上で、
不安要素の全てを相手取るのが間違いない、という結論に至りました」

『――因みに、共謀者に当たりつけときながら放置したのは職長デース』

「ハ?!」

「あ゛ーンン〜〜?」

 

 唐突にイヤホンみみもとから放たれた情報に、一瞬その場は騒然とする――
――が、割とすぐに当たりさっしがついた。コレはアレ――第三勢力、だ!

 

「……まさかとは思いますけど、兄さんが全部の絵を描いていた――…んですか」

「…いえ……そういうわけでは……」

「俺がレーイチに頼まれたのは後のフォローだけ――…そこまでと、釘を刺されたそうだよ」

 

 パーシヴァルさん曰く、兄さんに釘を刺した存在がいる――ということは、
全ての絵を描いていたのは、兄さんの後ろにいる更に大きな存在――…となれば答えは決まり切っている。
…この場合、私の思惑の成就を後押しするために、ノイ姐さんが兄さんの行動を制限してくれた――と解釈するのが妥当だけれど、
そういうつもりなら端から悪意ある侵入者の情報を兄さんにリークしなければそれで済む。
でもそうはせず、わざわざ面倒を増やす行動をノイ姐さんがとるのは――…
…まぁ正直、姐さんなら思惑あってきまぐれでやりそうだけれど、…今回は、たぶん違った。

 おそらくコレは、もっと大きな視点――もしくは全く別の角度から問題を見ている部外者が、
別の目的をもって策を打っていた、…のではないだろうか。
あくまでファンタピアは兄さんが個人的に保有するモノなのだから、
よほど社会的に不名誉な評判を得ない限り、問題にならないのだろう――灰魔的には。

 

「……細かいことは、あとで改めます――ので、ひとまずダンさんたちと合流して全員まとめて灰魔に引き渡しましょう」

 

 色々と腑に落ちない事はある――けれど、
今夜の最大の問題は特別な被害を出すことなく収束したのだから、まずはそれでいいだろう。
兄さんの裏にいる灰魔だれかが何を考えているのかは知らないけれど――こちらにはこちらで優先すべき事情コトがある。

 …とりあえず、兄さんが呑み込んで、ノイ姐さんが見逃した思惑コト――であれば、私に害のある思惑ではなかったということ。
ならその追及は後回しにしても問題にならないだろう。
ここで集中力を欠いて、今までの努力が、無茶が、そしての今日の強行策むちゃくちゃがおじゃんになる方が――よっぽど大問題で大損害だ。

 

「…今更な心配ハナシだけど――…リーパーたちふあんようそを野放しにて問題なかった、の?」

 

 不意に、怪訝な様子で不安を口にしたのはイレーネさんで――
――その今更だけれど尤もな不安ぎもんに、場の空気が僅かにどんよりと沈む。

 おそらくイレーネさんが心配しているのは、同区員であるスミスさんのこと。
ゴーストとして経た年月は100年を超え、ゴースト種の最上位種たるリーパーであるスミスさん――だけれど、
経歴と経緯の関係で精神的に未熟かつ非常識な部分があり、カッとなったら何をしでかすかわからない、という難点があって。
その苛烈さ――その無情さを知っているイレーネさんだけに、「もしや」と不安を覚えた――とは思うのですが、

 

「大丈夫ですよ。端から私の手を噛むつもりなら、目の前で殺してかんでますよ――コルチカムさんなら」

「ん?」

『…スミスの凶行たんきはコル爺の誘導あおりが原因ってハナシ』

「ちょ…………――……わかってたけど、トンでもないジジイね…」

 

 パレードの最後尾につくメインフロート――その背面部分に設置されたポールに掴まり、
最後までパレードを楽しんでくれた観客たちに向かって手を振り――最後の最後にれい下げる。
そうして私が頭を上げた時には――

 

「ふぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜…………!!」

 

 目に入る見慣れたすべて――ゴールの向こうに設定していた車庫に到着したことを理解する。
それに思わず安堵を覚えて、ため息とは違うけれど深く深く息を吐いた。
ここで、安心するのはまだまだ早い上に悪手――…だとはわかっているけれど、それでも安堵を覚えてしまった。

 たとえ練習で上手くいっていたとしても、時にその努力を無残にひっくり返す「魔」が潜むのが所謂「本番」というもの。
だからこそ練習では確信を持てなくて、ずっと抱えていた不安を埋める成功かんせいに、
どうしても安堵を覚えてしまう――けれど、そこで安心してはその油断すきを突かれてコケる。
余裕の上で油断をするならまだ救いがあるけれど、限界ギリギリの崖っぷちで油断するのは――

 

団長コンダクター

「っ――はい!」

「…一糸乱れぬ人形ドール制御ダンス、お見事でした」

「――けど途中、アンタ自身は走った・・・わね?」

 

 張りつめた緊張の糸が緩むか――というところで私にかかった声は、
指揮者を任せていたワースさんと、メインキャストの一人として人知れず私のフォローに回ってくれていたイレーネさん。
ワースさんの称賛に、胸に詰まっていた息が抜けた――が、それに続いたイレーネさんの指摘に、ぅぐと喉が詰まった。

 ――しかしイレーネさんの指摘は事実なのだから、これはきちんと呑み込んで、次の公演パレードに反映する必要がある。
全三回の公演を、不足なく成功させるため――そして最終日の最後の公演で、受けた恩アンコールに応えるためには。

 

「演者としてあれだけの歓声を浴びるのは久々で………思わずテンションが…」

「……まぁ、ソレを読み間違えたトコは、正直あるワね…」

 

 これまでは、パレードの始まりを宣言する口上のあとは、
パレードの先頭を行くジェダとネフラくろのきょばが引く馬車を模した楽団フロートの御者席せんとうに御者として控えていたのだけれど、
今日に限っては先代すけっとたちの抜けた穴を補う人形ドールたちを制御どうにゅうするにあたって、
私は他の演者たちに交じってフロートパレードなかを動き回っていた。

 人形たちパレード全体を目視ふかんで把握するには、フロートの上に立つのが一番手っ取り早い――
――が、それは同時に観客たちの目に付くことにもなってしまう。
演者として振る舞いながら、人形を制御する術者としての役割を果たす――なんて、大変な話だが、
ドローンと視覚をつないでそれを頼りに人形たちを制御するというのも、それはそれで大変で。
どちらも大変であるのなら、クオリティアップが見込める方にしよう――ということで、私は前者えんじゃの案をとったのだけれど――

 

「…だから言っただろうに」

 

 ――それに、異議を唱えていたのがジェームズさんだった。
私のパフォーマンスがどうこう――というのではなく、
私がパフォーマンスに加わることで不公平が生まれる、という意味での異議ではあった――
――けれど、まぁ……大筋、ジェームズさんの懸念は当たっていたと言える。
最終日を明日に控え、来場者の数が前日の同時刻を上回っていた――とはいえ、歓声の色がいつもと違っていたのは確かだった。

 ……まぁ、緊急事態とはいえアウトくろ寄りのグレーになっちゃったからねぇ……本義ともかく事実として。

 

「――なら、この子を引っ込めるのが最善手だったって?」

「……」

「ニハハ、今回ばかりはオレもアニキの肩もてねーワー」

「まったくまったく、演者一同同意見だろーよ」

 

 パレードのクオリティ向上――転じて公演の成功という意味では、私を演者として投入したのは正しかった。
メイン級の演者キャストが増えることによって、劣化したダンサーのクオリティを誤魔化すことができた、のだから。
そしてそれと同時に、ニューカマーの参加が既出のキャストたちの気持ちをあらためるカンフル剤になった――のは、
むず痒くも嬉しい誤算だった――…が?

 

「しかしまぁ、だからこそリゴスィミの連中は文句たれるカモだなァ?」

「アア〜〜〜やっかみもんく余ってストらンきゃいーケド〜」

「…マキャビーさん?!なに言ってんですか!!?」

 

 観客からの不公平もんくは致し方ない――が、助っ人みうち不公平もんくは、何か違う気がする。
こちらが急に頼み込んだことなのだから、それに巻き込まれたリゴスィミ団員かれらに非は無い――
――が、それでも不足もんだいをより大きくするようなストライキコトは、本当に勘弁して欲しい。
…いや、あくまでマキャビーさんの私的見解だけれども!!

 

「えー?演者オレたち的にはそんくらい楽しかったしー?」

「ぃ、いや……散々練習したコトじゃないですか…」

「――ハァん?」

「…ぇ、なんでそこでイレーネさんがご立腹…?!」

 

 私が加わった舞台を「楽しい」と思ってもらえたのは嬉しい――のだけれど、
よくよく考えたらソレは、練習であったとはいえ既に何度も繰り返しているコト。
なのに今更ソレを問題提起するのは筋が通らない――…と思うのだけれど、
どうやらそういうことじゃないらしい……イレーネさんが異を唱えうなるということは。

 

「…アンタ、走ったワね?」

「へ、ぇ……は、はい」

歓声・・にテンションが上がって走った――ワね?」

「…………………――ぁ………ぁあぁ〜〜〜…………!!」

 

 イレーネさんの、静かな指摘に――…彼らが話題とする「要素」を理解する。
ああ、そういうこと――か。そう言われれば、確かにそういうものだった――
…というか、普段からソレも含めて公演の試算を叩いているのだけれど――…
…なんていうか、みうち以外と舞台一緒にするの久々過ぎて、自分の影響力とか頭に無かった…なァ……!

 

「……とはいえ、アンタの影響力ソレを甘く見てたアタシもどーかしてたワよ――…
…まァ!個人的にはケガの功名――サイコー愉しかったケド!」

「「だよなーネー」」

「いやっ、ぅん?!それはっ!?
なんというか――ありがとうございますですけどっ、――そういうハナシではなくて?!」

「…そうもこうも、やっちゃったモンはしようがないでショ。
とりあえず、次からは気を付けなさい――アタシたちのモチベーションクオリティにも、ネ?」

「………――っ!!?」

「ウワ、ネーさんってばオニ〜――マ、個人的には願ったり叶ったりだけどサー!」

「ゥクク――まァ諦めるこったお嬢。
アンタがゴーストオレたちを使うことを選んだ――その時点でわかりきってたコトだ♪」

「…………ぇ――わかりきってた、んですか?!」

「そりゃア――」

「…前団長ぜんにんが、看板歌手ぜんにんですから………」

「――………………………………なら、とりあえずストは起きないですね。
リゴスィミの団長ぜんにんが、看板歌手ぜんにんならやっかむようなことないですもんねっ」

「「「………」」」

「…その生温い笑み止めてください!!」

 

■あとがき
 人前で舞を舞うことはあっても、厳かな「儀式」でのことだったので、
ここしばらくパフォーマンス中に歓声というものを浴びることが無く、思わずテンション上がっちゃった夢主でした(笑)
 美の探究者としてのエゴと共に、芸者としてのエゴも持ち合わせるので、意外と普通にオーディエンスの影響を受けます。