終わっ――ていない。
峠は越えたけれど、ハロウィンウィークは、ファンタピアのハロウィーン公演は、まだ終わっていない。
でも、最大の難所を超えた――そしてそれを、概ね成功という形で終えられたということは、事実は事実だった。

 

「…………」

 

 正直なところを言うと、やりきった感が凄い。
まだやりきっていない――と、頭の中で繰り返しても、
全身を支配する疲労感と、胸の奥で疼く興奮が、しようのない満足感と達成感を語るのだから堪らない。
挙句、それらによって眠気が吹き飛んで、休息を言い渡されているというのに睡眠きゅうそくが取れないのだから………困ったものだった。

 ……まぁ休息それも万全を期してのことなので、
多少不全だったところで目も当てられないような事態に陥ることはないのだけれど――
……興奮で寝付けないのに、発散することがなにもできない状況が、色んな意味でツラかった。

 

「(…かといって、下手に興奮に任せて暴れたら――…本末転倒だよねぇ……)」

 

 こういう場合、興奮ガス抜きには体を動かすのが一番手っ取り早い――と、これまでの経験で分かっている。
…だけれどもし、私がいつもの調子でガス抜きを行った場合、明日の起床は――昼近く、になることだろう。

 …とはいえそれも、爽快感を優先した配分やりかたなので、そこの割合を調整すれば、
明日の活動に支障をきたさない程度に力を抜いて、すんなりと眠れる状態に持っていけると思う――のだけれど、
そもそも寝付けないほど興奮している状態の人間が、そんな精密に自分をコントロールできるのか――
――というか、それができるなら最初から眠れてますがな!

 

「……他人の感情こうふんに、ここまで煽られるとは――なぁー…」

 

 自分向けられひきだした興奮に煽られて、自身が興奮することにより相手の興奮を更に煽って――といった風に、
観客の興奮かんせいが演者のパフォーマンスを引き上げるという現象は、アイドルやアーティストのライブなどではよく見られるコト。
――ただ、だからこそ顔のないキャストには起きえないコトと思っていたのだけれど――
認識阻害まほうぐによって個性かおを失っていたとはいえ、パレード内を動き回って、メインキャストと絡んでいたら――
…そりゃ、興味を持つめでおう観客がいてもおかしくはない。
とはいえモブに向けられる感情こうふんなんてたかが知れている――と、高をくくったのが浅はかだった。
パレードは一度きりじゃあない――上に、個人の感想が簡単に発信され、共有されるこの時代に、その判断は甘かった。

 そしてその安易さに追い打ちをかけたのは、団員たちのモチベーションの維持。
意気を見せてもらえなければ、こちらも意気が上がらない――…なんて言われたら、パフォーマンスを抑えはしても消すわけにはいかなくて。
そんな心構えで2回目のパレードに臨んだら、観客から返ってきたのは想定外の興奮はんのう
挙句、それに感化されて思わず抑えが緩んで――…その余韻を完全には吹っ切れないまま3回目のパレードに臨んだら――
…最高に、盛り上がりましたよ。演者一同。
 

 そもそも、私が演者として舞台に立つことに――悪は、無い。
ただ、最終的な目標を達成するためには、根本的な問題を解決するためには――
――いつか不利に働くはずなのだ。私が人々せかいに「芸能者」として認知されることは。

 芸の世界とは、基本足の引っ張り合い――だからこそ、汚点を見せクリーンでなくてはならない。
一般人が普通に犯す小悪グレーも、芸能の世界ではくろとして取りざたされる――なら、
芸能人が世界の根幹を揺るがす計画に関与しているなんて報道コトになったら――…
……まぁ、とりあえず事が大きすぎて「新興宗教にハマったか」みたいなハナシにすり替えられそうだけど……
…評判は、しこたま落ちるだろう。個人にしても、組織にしても。

 個人の都合で考えれば、その段階にまで進んでいるのであれば、
そのまま押し切ってしまうのもありだろう――けれど組織を預かった者として、それはあまりにも不義理な行いだ。
端から何も教えず、土台を得るために利用してきたというのなら、
後腐れなく組織と自分を切り離せばそれで義理を果たしたことになるだろうけれど、
事情もくてきを知り、情を以て協力してくれた相手では、そう簡単に義理は果たせない。

 たとえ「そんなこと――」と笑い飛ばず様なヒトたちだったとしても――
――その不出来ふぎりを私が認められないのだから、やはり私が表舞台に立つのは悪手だ。

 

「(…一人だったら――…我慢、できたんだけど……ねぇ…)」

 

 いつかに棄てた表舞台への出演権――
そのおそろしさに、その単純あじけなさに、興味ひかりを見出せなくて踏み入ることさえしなかった――ある意味で未知の世界。

 だけれど、その裏側に従事したことで、足を踏み入れずともその全容は理解している――
――なにせ全容それを描くことが、裏方わたしの仕事だったのだから。
だからとうに、表舞台への興味なんて失っていたはずなのに――…

 

「…身内みんなが喜んでくれるだけで、満足できてたのに――なぁ……」

 

 サーカスの団長による大仰な口上から告げられるパレードの開始。
それを合図に音もなく出現するのは、鈍い金色の縁取りが厳かな印象を与える魔法のゲート。
一瞬だった出現に対し、ゲートはゆっくりと口を開き――その向こうから姿を現すのは二頭の黒毛の巨馬。
競走馬サラブレッドとは違う逞しい巨躯に艶やかな黒毛を纏う彼らに牽引される形で登場するのは――
――屋根じょうぶスペースにゴーストの楽団が搭乗する大型のフロートばしゃだった。

 

 馬車の上から、高らかに響くファンファーレ――それが終わりを迎える頃、
ゲートの向こうから新たに姿を現すのは、サーカスの演目いしょうが散りばめられたサーカステントを思わせるフロート。
第二のフロートの登場をきっかけに、パレードを盛り上げるBGMが壮大なファンファーレからホラーの雰囲気を纏った華やかなマーチに変わる。
そしてその曲に合わせ、フロートの周りやその上でコミカルに踊っているのは――子供向け音楽番組【幻想劇場ファンタピア】に登場する着ぐるみキャラクターたち。

 馴染みのキャラクターたちの登場と明るいマーチに、子供たちから喜びの声が上がり、
その賑やかさが徐々に会場に浸透し始めた――頃、ゲートの向こうから新たなフロートが姿を見せる。
ただそれは、これまで積み上げてきたパレードの印象を一転させる――ホラーとは、ゴシックとは、かけ離れたモチーフいんしょうのものだった。

 

 カラーリングは幽霊劇場ハロウィーン仕様のままではあるけれど、
フロートの印象を決める装飾はゴーストサーカスホラーとは縁遠いゆめかわポップなモチーフ。
大幅に装飾の仕様を変え登場する後部メインフロート――の最前列の最上部にドンと胸を張り立っているのは、
ゆめかわフロートの印象とマッチするアイドル然とした可愛らしい衣装に身を包んだ少女――ヴァーチャルアイドル・パスティスだった。

 挑発的な笑みを浮かべ、彼女のための特設ステージと化したフロートの上で「行くわよー!」と彼女が声を上げると、
それに併せて全てのフロートの仕様がゆめかわポップに統一され、
またそれと同時に溌剌としたマーチが小悪魔的な雰囲気のテクノポップに取って代わられる。
そうしてパレードの全てを支配したパスティス――だが、そこで彼女が満足することはなく、
更にかんきゃく盛り上げよとりこもうと挑発的ながらも楽しげに歌い出した。

 急な主役の交代――それもせけんでみれば知名度など無いに等しいアイドルの登場に、
場は盛り下がる――事は無く、現代には馴染み深いポップな曲調に、楽しげに合の手を入れるパフォーマーたちに感化され、
観客たちはまるで予てからのファンであるかのようにパスティスの世界ノリに馴染んでいく。
そうして盛り上がりを増しながら、パスティスの曲が終わりを迎える――と、それを鼻で笑う声が響いた。

 

 中央サーカスフロートの最後尾――
後部メインフロートの最前列に立つパスティスと向き合う形で姿を見せたのは、ファンタピア劇団の看板俳優であるイレーネ。
パスティスのパフォーマンスを「ゴーストわたしたちのハロウィーンには相応しくない」と語り、
その上で「魅せてあげるワ!」と啖呵を切り――その両隣に同じく看板演者パフォーマーであるマキャビーとハーロックが姿を見せると同時、
フロートの装飾しようが元のホラーの雰囲気を纏ったゴシックなモノに変わる。
そして現代的なポップスに取って代わり、BGMとして流れ出すのは――クラシックの雰囲気を纏ったスウィング・ジャズだった。

 イレーネをメインに展開されるパフォーマンスショーは圧巻の一言。
場数ねんきの違い、数のつよみを見せつけるその力は純粋故に凶悪で。
観客たちのパスティスへの熱を呑み、イレーネたちが生み出すモノは――熱狂。
パフォーマーが先導せずとも歓声は上がり、誰に促されるわけでもなく人々の体はリズムに揺れる。
そうして観客たちの更なる興奮を煽る形でイレーネたちのターンが終わった――ところで意気を吹き返すのは、着ぐるみたちを従えるパスティス。

 パスティスがパフォーマンス勝負を挑めば、それを当然ようにイレーネたちは受けて立ち――ポップとゴシックが混在しながらも調和した音楽の中で、
ダンスと共にフロートの設備を利用した綱渡りや火の輪くぐりといった
大掛かりな曲芸がパーフォーマーたちによって披露され、これまでとは違う興奮が観客たちを盛り上げた。

 

 そんな調子でパスティス一派とイレーネたちの装飾パレードの支配権を奪い合うパフォーマンス合戦は繰り返される――
――そんな中で不意にリンゴンと鳴り響くのは荘厳な鐘の音。
その無情なチャイムによって誰もすべての興奮がフラットへと還る中、
悠然としながらも、何人の異も許さない畏れを纏った団長の声が整列の号令をかける。
その一声に、それまでパレードの支配権を奪い合っていたパスティスとイレーネでさえ粛然と列に並び、
エンディングを飾るマーチを盛り上げるキャストの一員として協調を以てパフォーマンスを魅せた。

 全てのキャストがフロートが「ファンタピア」の仕様に統一され、
不穏ホラーな雰囲気をゆっくりと濃くするマーチの中で――パレードの先頭を行く黒の巨馬がゴールである魔法の門をくぐる。
歓声を浴び、それに応える形で手を振るキャストたち――が次々とフロートと共に魔法の扉ゴールの向こうへ消えて行く。
音楽は鳴りやまずとも、消えゆくパレードの列と共にその音も弱まっていき、それに比例するように観客たちのこえも鎮まっていく。
それでも完全には消えない熱に、パレードの最後尾へと移動していた団長は満足げな笑みを浮かべ――

 ――その礼を以て、ファンタピアのハロウィーンパレードは終幕となるのだった。

 

 

 ――とりあえず、ハロウィーンウィークにおけるファンタピアの公演パレードは、その全てが終了となった。
まだ、厳密な成否は出ていない――が、約一週間に亘って毎日三度肌に感じたあの歓声が虚構であったとはさすがに考え難いのだから、
ファンタピアのハロウィーンパレードは成功した――そう、思っていいだろう。
 

 正直なところを言えば、気が抜けた――感はある。
侵入者の対処に、最難関たるドールの制御30にちを乗り越え、なりふり構わず全力で打ち込んだハロウィーンパレードを完遂した――
――のだから、そりゃあ気の一つや二つ抜けて当然だろう。
――ただ、幸いなことに私は、この期間中に「最終の仕事」に対する私的べつなモチベーションを見出していた。

 …しかし、だからといって演目を改める余裕つもりは無いし、編曲や演出を含めた構成やらをブラッシュアップする気もない。
だって、そんなことをしては――私が演者として劣っているみたいじゃないか。かの団長プリモ・ウォーモ殿よりも。
 

 人前に出ることを棄てやめた――からといって、私は技芸を披露すること自体を辞めたワケじゃない。
だから、禿アイドルたちの面倒を見る傍ら、自分自身の才能ぎげいを磨くことを怠ったためしもない。
家族の犠牲きたいに報いるため、私の欲望ねがいの成就を支援する仲間たちに応えるため、そして私自身が満足するため――であり、
最大の支援者パトロンが喜んでくれるから、私はずっと技芸を磨き続けている。
だからこそ、編曲や演出によって魅せ方を工夫することは――それもまた自分の才能ぎのうであっても、手を出すことはできなかった。

 この度の「舞台」の本義が「団員たちへの返礼」で、彼らを愉しませることが本来の目的――だとしても、そこに比重を置くことは、もう不可能だった。
気づかなければ、大人しくそちらに舵を切れたのだけれど――いい加減、白黒はっきりつけるべきだと思うのだ。
そこの是非が曖昧だったからといって、団員たちや周りの態度が変化するわけではないけれど――
――いつまでも、宙ぶらりんの認識では座りが悪いのだ。実績を伴った同業・・としては。

 

「…同業・・――ねぇ?」

 

 ファンタピアの大ホールの舞台の上に立つ私――の横に、ふと姿を見せたのはノイ姐さん。
呆れと一緒に同情のような色が見える苦笑いを浮かべこちらを見る彼女に、ムッとするものを覚えて「そうでしょ」と返せば、
ノイ姐さんは「そうじゃないだろう?」と至極真っ当な正論こたえを口にする。

 …ただ、彼女の弁が正論だとするのなら――

 

「なら、おかしいよね?」

「うんまぁ、その通りなのだけれどね?」

「…けどなに」

「フフッ、それを私の口から話すのはさすがに情けが無さ過ぎる――あと数時間の事だ、同業・・の好で待っておあげよ」

 

 どこか愉しげに語るノイ姐さんの口調に、釈然としないモノはある――けれど、それを呈したところで己の未熟さをさらすだけ。
それをさらしたところで、何がどうなるわけではないけれど――意味なく醜態をさらす趣味はないのだから、ノイ姐さんの言葉を受け入れるしかなかった。

 ――とはいえ、コレは極めて個人的なわだかまりもんだいである以上、獣神ねえさんであろうと解決の術などありはしない。
結局のところ、どうあっても直接対めんするしか方法はないんだろう――なにせ、それを拒んでいる相手とのことなのだから。

 

■あとがき
 ひたすらに独白――と、ずっと温めていたハロウィーンパレード、の描写でした。
 あれこれ調べて、あーでもないこーでもないと編成やら演出を考え、無駄に衣装まで描いてイメージを練り上げ――
――た末にざっくりと文章にしたらとつてもあっさり終わってしまいました(苦笑)
現実の芸能というのも、多大な準備と労力の上に成っているのかと思うと――…エンターテイメントってとんでもねー贅沢品ですね…。