ハロウィーン実行委員会から引き受けたフロートは、
ファンタピアのパレードにおいて最後尾を預かるメインフロートとなっていた。

 フロートそのものが舞台装置――というよりは、
自走するキャストを見せる台車ショーケースとしての役割が強く、装飾は控えめかつシンプルな仕上がりになっている。
それ故にこのフロートは、洗練されたキャストが乗って初めて「ショー」を成す――といった算段せっけいであるため、
正直言ってフロート単品としての魅力はかなり低いと言わざるを得なかった。

 

「………すげぇ…」

「ふふふ、もっと褒めてくれていいですよジャックくん――ファンタピアの美術部門の総力を結集した作品ですから」

 

 「off limitsたちいりきんし」の囲いの中、運営委員たちに返却されたフロートは、
ファンタピアの仕様からガラリと一転し、フロート自体が美術作品としての輝きを持つ、賑やかで豪華な作りに変わっていた。

 初めから、ハロウィーン当日の夜のパレードは生徒たちうんえいいいんに任せることになっていた――ということは、
彼らから引き受けたフロートは最後のパレードで一旦彼らの元へ帰ることになる、ということも分かっていた。
だけれどそれを最初から念頭に置いて、こちらのコンセプトに合わせたフロートを作るのは至難の業――…というか時間がなかった、ので――

 

「いやはや、パレードも悪くない――…金と時間があれば変形など、させてみたかったのだがね」

「「「「…変形!!?」」」」

「…なら、お金と時間が無くてよかったですよ…」

 

 満足げな様子で心残りを口にするのは、美術部門は大道具課の課長である――コルチカムさん。
舞台装置の開発と制作、そしてそれらに伴う舞台のディレクション能力は確か――なのだけれど、芸術センスというのがやや人を選ぶところがあって。
だからおそらく、本当にお金と時間があった時には、このフロートは変形していた――かもしれない。

 …ただ、コルチカムさんと同格にある美術監督が見た目そのあたりを間違いなく仕切ってくれるだろうから――
…常人にも理解できる範囲に収まっていたとは思うけれど…。

 

「……もしかして、最初から考えてました?」

「ふふっ、ご明察だマネージャー。何かしらのギミックを仕込めれば、と思っていたんだが――なにせ納期がなぁ」

「(…注文出しといて正解だったかも…)」

 

 このフロートに搭載されているのは、車体の色や簡単な装飾などを瞬時に切り替える――
――ファンタピアのパレードでも好評だった術式きのうとは、実を言うと私の注文だった。

 元の世界においては不可能な事象ことだとしても、理を以て尋常を覆す魔法であれば非現実フィクションも再現できるのでは――
――と提案してみたところ「いけそう」となり、大道具部門の「できる」の言葉を信じて限界まで納期を伸ばした末に、限界ちょい手前で完成に至った――
…のだけれどコレ、この注文が無かったら変形………可動式のギミックがフロートの上で稼働してたって…かぁ……。

 ……さすがのさすがに、その時には美術監督クリプトさんが「待った」かけてくれたとは思うけど――
……コルチカムさん監修のギミックが実装された日には、ポップorゴシックホラーが猟奇的サイコホラーになってたんじゃないかなぁ……。
 

 知らずこなしていたファインプレーに、我ながら「ようやった」と心の中で頷いている――と、
フロートの最終確認を行っていた団員たちが「問題なーし!」と明るく良い返事をくれる。
それに労いの言葉――と「よろしく」と返せば、団員たちは「りょうかーい」と気負った様子もなく再度フロートの中へと消えて行った。

 

「――では、この後は運営委員みなさんにお任せしますね」

「…最後のパレード、アナタたちが参加しなくていいワケ?」

 

 ハロウィーン運営委員――そのリーダーであるシェーンハイトさんに「任せる」と言葉を預けると、
それを受けたシェーンハイトさんは感情が複雑に絡み合ってなんとも読みにくい無表情ひょうじょうで、最後のパレードへのファンタピア参加の是非を問われた。

 問いかけそれは仲間意識からなのか、それともゲストを楽しませたい一心なのか――よもやの対抗意識に因るものなのか。
――しかしなんにせよ、私たちにシェーンハイトさんの都合を鑑みるつもりはなかった。

 ファンタピアのサプライズ参加――…それはおそらく盛り上がるだろう。
フィナーレということも手伝って、それもう派手に――でも、それはやってはいけない禁じ手だ。

 

「我々の不参加は既に周知していますから――…この場面での飛び入りサプライズはルール違反ですよ」

「それは……一理あるわね――」

 

 芸能界に生きるシェーンハイトさんだけに、やっていいサプライズと悪いサプライズのルールを分かっているようで、
理解の言葉を口にして――「さぁ!」と運営委員たちに気合を入れると、
ハロウィーンウィークのフィナーレを飾るパレードの準備を整えるよう指示を出し、自身も行動を開始した。
 

 ワイワイと少し慌ただしいけれど、笑顔でパレードの準備を進める青年うんえいいいんたちの様子に――…なんとなし、笑みが浮かぶ。
別段、彼らに対して私がなにをしたわけではないけれど、それはそれとしてやっぱり――…知った顔だれかの笑顔を見るのは嬉しモノだった。

 

「さて、我々はパーティー会場へ向かいましょう――…ここからは用務員スタッフの仕事ですからねっ」

「――とはいえ、パーティーコレに関してはリゴスィミれんちゅうの方がプロえてだと思うがね?」

「…得手とか本職プロとかそーゆー問題ではなく、新代としてのけじめの問題ハナシです――大体、例年はどこの手も借りず出来たことでしょう」

「それは、まぁ――パレードがなにもしなかったから、なぁ?」

「………――その不足を見越して先代みなさんの手を借りたんですから既にトントンです。
――そして、私が座を預かった以上はこれまで分もいじょうに働いてもらいますよ、コルチカムさん?」

「…――クク…!私を売った、か――ふふっ…あの妖精もどきも随分と腹が据わったようだ――
――ああ、働くともマネージャー。
ここでお前の機嫌を損ねて、最後の公演おたのしみを取り上げられては堪らないからな」

「……それは、しないですよ――…コルチカムさんの働きには感謝してますから――…迷惑もしましたけど」

「それはそれは――ではその迷惑分、ここで挽回するとしようか」

 

 そう言ってコルチカムさんが出現させたのは――いつかに携えていた巨大な銃剣。

 何度見ても物々しいその見た目はなんというかガン〇ンス――
…コルチカムさんが狩るべき存在は悪霊デーモンであって、モンスターではないのだからこんな重装備は必要なと思うのですが………。
…ぁ、いや、リコリスさんの事例ことを考えると必要か――って?

 

「ぇ……あの??」

「乗りたまえマネージャー――コレが私の箒代わりなのでね」

「………」

 

 ファンタジーなのかオカルトなのかSFなのかもうわけわからんですね。

 

 運営委員NRCせいとたちによるパレードは、ゲストの歓声――はもちろんのこと、
キャストたちの笑顔が溢れる中で、ゴールであるパーティー会場へと到着した。

 その盛況が故に、浮足立つゲストの誘導にはやや手間取った観があったけれど、それでもトラブルが起こることもなくゲストたちの誘導は完了し、
ハロウィーンウィークパーティーを主催したNRCのクローリーさんがくえんちょう
そしてその生徒代表であるシェーンハイトさんの挨拶も滞りなく終わり――シェーンハイトさんの乾杯の音頭によって始まった、
最後にしてハロウィーンウィークの目玉イベントの一つであるハロウィーンパーティーは、
賑やかで楽しげな雰囲気を纏いながらも、穏やかな雰囲気の中で順調に進行していた。

 そんな中、「ハロウィーン」という季節行事の本義において主役であるゴーストたち――
――NRCの用務員スタッフたちは、ハロウィーンの主役であるにもかかわらず、イベントスタッフとしての役割を――楽しそうに、こなしていた。
…ハロウィーンの主役であるゴーストが、スタッフとして働きまわるのはオカシイ――かもしれないけれど、
多くの人々に認知されるハロウィーンいまだからこそ、彼らは生者ひととの触れ合いを望んでいた。
 

 かつて宮廷やホテルで腕を振るったゴーストシェフたちの料理、そして調理パフォーマンスにゲストたちが歓声を上げる。
その傍ら、ゴーストスタッフの導きによって、はぐれてしまった友人と再会することができたゲストたちは「ありがとう」と感謝を口にする。
NRCの本校舎を背に演奏されるゴーストオーケストラの演奏に、食事も会話も止めゲストたちは感嘆を漏らす。
そしてそこから真逆――会場の端で催されているゴーストパフォーマーの曲芸ショーに、ゲストたちは笑い声と驚嘆の声を上げていた。

 ゴーストと魂はイコールではない――ゴーストとは、魂に様々な「ナニカ」が纏わりついて形成された存在モノ
そしてゴーストを形作るその「ナニカ」とは、大概彼らの内から湧いたナニカモノをまずの材料としている――が、余程のモノでなければ長くは持続しない。
「ナニカ」が枯渇すれば、ゴーストとしての存在カタチを保つことができなくなってしまう――存在の消失を避けるために彼らが「ナニカ」を求める先は今を生きる者たち。
その生気に満ち溢れた感情が、ゴーストたちのカタチを保つための「ナニカ」になる――
――多くの生者の目に映ることのできるハロウィーンの夜だからこそ、ゴーストたちは影になど引っ込んでいられないのだ。

 ――…ただ、NRCのゴーストめんめんに限っては、幽霊監獄かつての名残として持続し続けている術式のろいのせい(?)で、
そーゆーことを気にせずともゴーストとして存在し続けることができる――のだとか。
なのでかつての通りに、ゲストとしての扱いを受けることも可能なのだけれど――

 

「(未練…なのか――……それとも、ただ貪欲なだけ――か…)」

 

 生者たちひとびと感情こえを浴びるゴーストスタッフたちの表情は明るく、どこか満足げなモノがある。
…それはきっと、彼らにとっていいこと――…だと思うのだけれど、その頭の片隅で「悪い」可能性もよぎった。
 

 リコリスさんのこと――は、極端なケースかたちだったとはいえ、ゴーストという存在の特徴に則った事象であったことには違いない。
――であれば、また何かの拍子で、彼のような事案が発生してしまう可能性も十二分に考えられる。

 …変な話、私一人――…もしくはリーパー組が対峙するのなら、問題はあっても害にまではならないのだけど……
…そう上手く、物事が進むワケがない――…というか、トラブルこーゆーのはより面倒な方に転がるのが相場と決まっている。
…また、誰かを危険にさらさないためにも、自分の行動――ゴーストかれらへの影響を勘定に入れるクセをつけないといけない――…とはいうものの、

 

「(生まれ持ったモノ――…巫女としての才能てきせい…ねぇ………)」

 

 賢梟ノ神ブレシドの知恵を借り、今夜のアンコールこうえんに向けて劇場に組み込んだのは、穢れ払いの効果を制限する術式。
なんの対策もせずに演ってはいつぞやの二の舞――…残念な話だけれど、歌唱による穢れ払いの効果は私の意思で制御できるものではなくて――
…いや、もうだいぶ研鑽を重ねればコントロールできるかもしれないけれど……
つい一ヶ月前に自覚した特性ちからだけに、外的要因から制限した方が安心かくじつだった。
 

 自分には穢れを祓う技能がある――その自覚はあった。
だってそれを仕込まれて、なおかつ自らの意思で研鑽と開拓を行った――自身の流派モノにまでしたのだから。
でも、だからこそ――穢れ払いの力は、私の才能と努力から成した「後付け」の力だと思っていた。

 だからそもそも歌声・・にその力が備わっているなんて思いもしなかった――
…大体、「穢れ払い」という儀式モノの効果を実感するのも年末の大仕事いっかいだけで、
神事としての認識はあってもオカルトな認識はかなーり薄かったんだよねぇ……。

 …ぶっちゃけ現代社会からすれば、シャーマニズムも十二分にオカルトなんだけどさァ……。

 

「(穢れだのを、認識する能力が無ければ、もうだいぶ――………いや、ダメだ。そんな私は――)」

「――こんなところで、何をしているんだい」

 

 賑やかなパーティーの輪から離れた会場の端でアレコレと考え事をしていた――
――折、不意にかかった声は、既に聞き馴染んだ青年――にしてはやや高い声。
その声に誰かを理解した――ものの、彼の役職的に――以上に、
彼の性格的に自由な時間はないだろうと思っていただけに、思いがけない声かけに驚いてそのまま表情かおを向ければ――

 

「……そんなに驚くことかい?」

「………監督しみていなくて、いいんですか?」

「……ハロウィーンの夜に、監督それは無粋だろう――…それに、規律を乱す愚か者なんてウチの寮にはいないよ」

「…それは――………寮長殿の、指導の賜物ですねぇ」

「……思ってもないことをお言いでないよ」

 

 呆れと不満を混ぜた息を吐くのは、黒のローブを纏ったハーツラビュルの寮長殿――こと、リドルくん。
私の言葉をわざわざな嫌味セリフと思っているようだけれど――…
…実際、ハーツラビュルの寮生たちが行儀良くしているのは、リドルくんのこれまで行動しどうあっての事だろう。
良い意味でも、悪い意味でも。
 

 お互いがお互いの苦悩いたみに対して鈍感だった――ハーツラビュルの寮長と寮生たち。
だけれど先の一件によって上っ面だんぺんではあるものの、それぞれの「痛みくつう」というのを知るに至った。

 これまでの自身の行いを顧みた上で、リドルくんは寮生たちに対して歩み寄ろうと行動を改めた――
――その結果、動機は各々にしても、寮生たちの心にリドルくんりょうちょうへ対する歩み寄りの気持ちが生まれたのは事実。
そしてまた、その気持ちがいつかの時のように寮生たちに伝播して――

 

「リドルくんも、素直じゃないですねぇ――さすがの自分も、友人相手につまらない嫌味を言うほど捻くれてないですよ?」

「……なにを――…………………――っ…?!!」

「ふふふーそこは素直ですねぇ〜」

 

 私の言葉を反芻し――ハッと驚いた表情を見せたかと思ったら、恥ずかしいという意味で気まずそうにリドルくんは私から視線を逸らす。
その動揺がどうにも可愛くて、ついつい思ったままを口に出した――ところ、顔を赤くしたリドルくんにギッと睨まれた。
…ただそれ以上のコトはなく、しばらくめっちゃ睨まれた――が、癇癪もなければ、首を嵌めはねられることもなかった。

 

「――それはそうとリドルくん」

「……なんだい…」

「…アルテさんの新作ケーキ、食べましたか?」

「………!?」

「あ、食べてないんですね」

 

 今夜のパーティーで提供されている料理は全てNRCのゴーストたちの手によるもの。
ただそれもここ10年で既に通例となっていて、特段驚くことではない――のだけれど、
提供されている料理たちはゲストをもてなすためのモノ――であると同時に、
NRCに通う生徒たちが普段食べている食事を味わうことができる、という趣向も含まれていた。

 故にこのパーティーの場で、新作のメニューが披露されることは基本ない――のだけれど、
それこそ先の一件で衝撃的な組み合わせを体験したアルテさん――からの強い要望で、彼の新作ケーキをスイーツコーナーに並べることが決まっていて。
…同じカオスあじを共有した者として、あのカオスしょうげきをどうスイーツに昇華したのか――…気になっていたのだけれど、

 

「――こっそり、置いているそうなので、まだ品切れにはなっていないと思うんですが――…早めに、確保した方がいいですよ?」

「…………キミは……いい、のかい?」

「ええ、自分はこの後に大仕事を控えているので――…ここは我慢、です」

「……取り置きしてもらっているのかい?」

「………………――その手がありましたね?!」

「………キミ、意外と視野が狭いんだね…?」

 

 目から鱗――は言い過ぎだけれど、灯台下暗しと言うかなんというか。
誰でもまず思いつきそう――なのに思いっきり概念になかった「取り置き」という名案に、思わず心からの喜びと驚きこうふんが飛び出る。
…その私のしようのない感じに、当然のようにリドルくんは呆れた表情を見せた――
――けれど、不意にどこか嬉しげな苦笑いを漏らしたかと思うと、すぐに表情を寮長としての自信を宿した笑みに変えて「行こう」と一歩踏み出した。

 人が溢れ、賑わう明るい世界に、今更足を踏み入れるのは億劫――
…ではあるけれど、ここで友人の誘いを断るのはさすがに無粋が過ぎる。
…それに、ここで私が遠慮すると色々と都合が悪い――なんて建前ともかく、アルテさんの新作ケーキが食べたいのもホントだからネ!

 

■あとがき
 「変形」の二文字に反応したのは、デュース、ジャック、エペル、イデアの四名です。
内心では(舞台装置としての関心で)ヴィル様も反応していらしたかと思います(笑)
 因みに夢主が「変形」に非積極的だったのは「大掛かり」で「メカニカル」な「派手さ」をウリに(印象付け)したくなかったから、です。
個人的には変形のロマンに深く頷くタイプなので、アレコレ落ち着いた頃に大道具班と変形談義してるかもです(苦笑)