リドルくんに誘われる形で向かったスイーツコーナー――の道すがら、
思いがけず声をかけられたのは、ハーツラビュルの寮生たち――と、サバナクローの寮生たち、だった。

 劇場制服の時と同じく、認識阻害の魔法が施された片目の仮面はパレードの衣装でも使用している――ので、今もつけている。
だけれどこれまでの一件で、私という個人を認識するに至った人物がいたようで、
あちらで声をかけられたと思ったらこちらで声をかけられ――という事態に見舞われていた。

 …それでも、ハーツラビュル生についてはリドルくんが適当に切りをつけてくれて、
サバナクロー生についてはいつかの「姐さん」の延長で素直に開放してくれたので、
一件一件の拘束時間はそれほど長くは無かった――のだけれど、如何せん数が多かったもので……!

 

「売り切れたァ………!」

 

 スイーツコーナーの端、ひっそりと置かれていた――はずのアルテさんの新作ケーキは、
私たちがたどり着いた時にもう一つとして存在していなかった。

 目的のモノが並べられていただろうプレートの上、
敷かれた白のシートの上に散乱しているのは残骸だろう茶色やキツネ色の薄い断片――パイ生地のモノだろう破片だけ。
一番重要――というか本題のケーキは本当に一つも残っていなかったのです……!

 

「くっ……!ないと思ったらなおさら食べたくぅ…っ」

「……キミにも…そういう俗的…というか、庶民的な情動があるんだね…」

「……好きなモノへの情熱・・に、庶民も貴族もないですよ――ただ財源のてがだせる限界に差があるだけで」

「…だとしたら、キミならいくらでも手の打ちようがあるだろう?」

 

 お目当てのスイーツの売り切れを嘆き、落胆する――私を前に、逆に冷静になったらしいリドルくんは落ち着いて様子で「次手」と口にする。
…確かに、ゲストではない上に、件のケーキの制作者と直接の接点がある立場なのだから、いくらでも手の打ちようはある――
…ただ、その次手の行使の大体に、職権乱用という名の矜持プライドの切り売りという代償がついて回るのですけれどぉ!

 ――しかし、冷静になって考えると、それ以外の可能性じてもあった。

 

「……もし、純粋に好評故に売り切れた――のであれば、ワンチャンあるのでは?」

「…一応言っておくと、なんでもない日のお茶会のスイーツはトレイの担当だよ」

「…夕食にスイーツが提供されることは?」

「それは…なくはないけれど――……食べに来るつもりかい?」

 

 ハーツラビュル寮伝統の、なんでもない日のお茶会に――となれば一番簡単だったのだけれど、クローバーさんの担当それはないとなれば、
朝食と昼食にはしっかりとしたスイーツが並ぶことなどないのだから、次の可能性はハーツラビュル寮の夕食――となる。

 寮の夕食の席に他寮生が同席する――おそらくそれは、手順を踏めば正式に認められるだろう。
それも、なんだかんだで接点も親交もあるハーツラビュル寮なのだから、突飛な提案ハナシとも思われないだろう。
…それに、ハーツラビュル寮にはオンボロ寮に対して、自寮生の食事の世話をされた――という借りぎりがある。
それを大義名分とすれば、外にも内にも、そして互いに角を立てずに話はまとまるだろう――
…とはいえ、個人の私的な欲求を満たすために「寮」のアレコレを引き合いに出して計画ハナシを進めるのは、角が立たないとはいえ規模が大きすぎる――ので、

 

「夕食に出すだけ作るのであれば、3個くらい都合してもらうことは可能かなと…!」

 

 ハーツラビュルの寮長と懇意である――とはいえ、そこを介して「ケーキを食べる」という目標を達成するのはリスキーだ。
そもそも寮長それ以上に今回の目的の「核心」に近い人物と、私は接点を持っているのだから、そこに働きかけるのが最適解だろう。
――ただ、最速解を求めようとすると、コチラのプライドを売り捨てることになってしまう――ので、
そこは欲求をぐっと堪えてアチラのペースに合わせた上で、都合をしてもらうのが、最も難なく棄てるモノもない方法――ではないだろうか!

 

「――ただ、不評だったなら本日限りのメニューなのですが」

「「!」」

 

 空のトレーの前であれこれと思案していたところ――に、
気配なくフワと姿を見せたのは、問題のケーキの制作者であるアルテさん。
ある意味で不穏――こちらの希望ぜんていを打ち壊す発言にぎょっとしてアルテさんの顔を凝視すると、
不意にアルテさんは困ったような苦笑いを漏らして「幸い――」と切り出した。

 

「クローバーくん他、NRCのスイーツ評論家たちからそれなりの評価をいただきましたので、
時機を見てメニューへの追加を予定していますよ」

「おおっ!やった!」

「…ただ、その前に――マネージャーには試食をしていただきたいのですが?」

「ぇ…」

 

 思わぬ爆速チャンスタイムに思考が停止する――…
…いや、確かに食べたいのは事実です。そのできの是非がどうであれ食べたいと思っていた――
――のだから、そこにクローバーさんのお墨がついたとなれば、
その欲求はなおさら強まった――のは、嘘偽りのない本心、なのですが――

 

「……………………」

「……」

 

 情けない感情が、濁流の如き勢いで口から噴き出しそう――
――な、心境に陥ったけれど、そこは「客前」とキャストのスイッチを入れて無理やりに感情を抑え込んだ。

 近くにはリドルくんしかいない――とはいえ、
数メートル横ではゲストの女性たちがスイーツコーナーのメインエリアで楽しそうにスイーツを選んでいる。
…そんな彼女たちの楽しく幸せな時間を、こんな醜くしょうもない嘆きでぶち壊すわけにはいかない――
――と、心にも頭にも言い聞かせ、更に物理げんかい対策として手で口を押さえた――が、

 

「…………………………………」

 

 湧き上がる感情は途切れることなく、抑えつけるが故にその勢いは強くなるばかり――
…ああもう、大人しく劇場に直行するべきだったカナ…!!

 

「…マネージャー」

「…」

「職長にお願いして、打ち上げの席にも並べることになっていますので――…その時に、お願いしますね」

「ッ――……そ…!それを早く言ってくださぃいぃぃ〜〜〜…………!!!

 

 安堵による緩みなのか、それとも歓喜による決壊のなのか――とにかくこれまで感情を抑え込んできた堰が崩壊し、
ぐちゃぐちゃになった感情がまさに濁流の如き勢いで吐き出される――ものの、
最後に控えていたせきが最後まで最大限に役目を果たしてくれたおかげで、周囲の雰囲気をぶち壊す惨事を防ぐことは叶っていた。

 頭でも胸でも暴れ狂う、プラスマイナス入り乱れた感情たちを落ち着けるべく、
何度も深呼吸を繰り返す――中で思う。私、こんなに感情の起伏、激しかったっけ??

 

「…………大丈夫、かい…?」

「……ええ…まぁ………なんとか……」

「……個人的には嬉しいリアクションでしたが――……だいぶ、負担をかけてしまいましたね……」

「…いえ………これも祭りの魔力――…と、これまで抑えてきたツケのせい、かと…。
…なのでアルテさんはお気になさらず――と言いたいところですが、ご厚意に付け込んでよいのなら一つお願いが」

「…――はい、なんでしょう?」

「件のチーズミルフィーユを一つ、私の友人に都合してもらえますか?」

 

 今夜のハロウィーンパーティーにおいて、
個人的に唯一気になっていたアルテさんの新作ケーキ――は、全てが終わった後のお楽しみと相成った。
そして、私を気遣ってくれた友人へのせめてものお礼も――アルテさんの厚意によって成っていた。
――しかし、その友人が件のケーキを頬張る姿は――……さすがのさすがに拷問が過ぎるので、
その場にリドルくんとアルテさんを残して、私は一人オンボロ寮――もとい幽霊劇場ファンタピアへと戻っていた。

 本番の準備が行われている大ホールではなく、最終確認を行っているリハーサル室でもなく、
団員の全てが公演へ向けて準備を進めている中、私は一人事務室の自分の席で――…しようのないことを、アレコレと考えていた。
 

 あと一時間もしないうちに、ファンタピア劇団にとってメインイベントであるハロウィーン特別公演が開演となる。
ゴーストによる、ゴーストのための特別な公演――というフレコミの通り、この公演において生者の参加は基本、認められない。
それは観覧はもちろんの事、出演についても同様で、これまでにそのルールフレコミが違った例は――無いわけでもなった。

 何度も言うようだけれど、コレはゴーストによる、ゴーストのための特別な公演――
――故に、ゴーストが望むのため――ならば、生者が参加するという例外ハナシも道理が通るのだ。
そんな屁理屈の様な正論により、団員ゴーストたちに参加を望まれ舞台に上がった生者は――たったの三人。
…まぁそもそも、ファンタピアに関わっている生者の人数かずが少ない――っていうのが先ずの理由だったとは思うけれど、
そんな例の少ない中、この度数少ない例の一人に私も加わる運びになったわけだけれど――
………正直言って、少しばかり不安のようなモノを覚えていた。
 

 私が舞台の上で失敗する――観客の歓声を引き出すことが出来ない、なんてことは普段なら起こりえない。
よっぽどの不運にでも見舞われるか、よっぽど体調なり気分なりが優れない――等、そういったしようのない要素がない限りは。
そして今、後者の要素が私の中で成立しそうになっている――…要は集中力が持たない、のである。

 

「(私は私であって『私』じゃない――………んだけど、なぁー………)」

 

 ――なんて、頭に言い聞かせてみるものの、今回の公演に関してはどちら・・・であっても成否というのは変わらない。
アウェーの中、マイナスの色眼鏡をかけた偏屈者たちを相手にする――のなら、私では難しいかもしれないけれど、
ホームで期待に胸躍らせる仲間たちを納得させることは、正直私であっても難しくない。
なにせ既に私の芸術うたは彼らの感性に響いている――のだから、いつも通りに演ればそれで間違いないのだ。
…そう、いつも通りに演ればそれでいい――…のはそう、なのだけれど、
それでは私の目的を納得の上で終えることができない――のである。成否に関係なく。

 今のまま成功しても、納得なんてできるはずがない――
…何なら寧ろ、失敗した方が納得はできるだろう。集中力を欠いたという不出来を自覚しているのだから。
でも、だからこそ、その失敗は強い強い後悔を――自分への不信のろいを植え付けることになる。
そしてこれが自分を貶める毒になることを、私は既に過去の経験から知っている――…から、焦っているのである。
このまま後悔に甘んじるわけにはいかない――なんとしても気を持ち直さなくては、と。
 

 寮対抗マジフト大会サバナクロー無茶いっけんから始まり、そのままハロウィーンパレードの無茶じゅんびにど頭を突っ込んで、
準備期間中にはユウとのすれ違いこと、リコリスさんの腐堕ことがあって、
ハロウィーンウィークが開幕してからは悪いかんがえるアホウの不法侵入ことに、協力者離脱の予定ことがあってと――

 ――…さすがに、負荷と過密げきどうが過ぎたのだと思う。
まだ終わっていない――最後の一仕事が残っていると、焦りさえ覚えているのに――…どうにも、心が締まりを持たない。
ここで詰めを抜かっては、認めさせなければ、何にも成らないというのに――…なんというか、血肉が奮い立たなかった。

 …正直、意味が分からない――というのが本音だ。自分の事なのに。
最後の目的ツメとは、はっきり言って私事――常において私が優先していること。
…なのに、その成功のために力を尽くそうとしない――気持ちが乗ってこないなんて――……おかしいだろう。
力を尽くせば、気持ちを保てば――間違いなく、成功を納得する形で掴むことができるのに。
あとたった数時間、気持ちを強くいつもどおりに持つことができれば、それでいいのに――

 

「――おやまぁ、心の底から疲れているねぇ?」

「………」

 

 …おそらく、ご指摘の通りなのだろう。……いや、まぁ…当然の結果コトとも思うのだけれど――
それでも、いつもこれまでなら最後の最後まで、気持ちを保って走り抜けることができていたのだ。
……ただ、ここまでの負荷はこれまでに経験が無かったけど、ね――特に精神的な。

 

「よくまぁここまで頑張ったものだよ――…へーわな異世界人の胆力で」

「………」

「いやいや、へーわな元の世界だったなら――ここまでがん張らなかった、だろう?」

 

 ニヨと愉しげな笑みを浮かべ言うホワイトバブスルはくはつの男――ミルさんの指摘に納得する
――半面で、なんかイラっとした。

 …確かに、元の世界であったなら、ここまでは頑張らなかった――
…というか、実現できる道理ワケがないのだから、諦めるしかなかった。
人間に時間を引き延ばす力は無く、休息せずに働き続けられる人間もまた無い――のだから、「もしも」と思案する理由さえ無かったから。

 ――で?それが故に「ここまで」が、へーわな異世界人の胆力げんかいだって?ぇえ??

 

「っ…、……」

「………――おやあ……コレは本当に重症だ」

 

 キョトンとした表情で「重症」と言うミルさん――に、納得すると同時に、なんとも情けない気持ちになる。
私に発破をかけることで、ミルさんはもう一度気持ちを奮い立たせようとした――…が為の煽りはつげんだったのだろうに、
その煽りさくに私が乗れなかったものだから、申し訳ないものがあって……。

 諦めたくない気持ちも、悔しい気持ちも、そして許せない気持ちも――この胸の中にはある。
心身の軋みを堪え、歯を食いしばり、まだ続く成功への山道を登り続ける気概も――…ありはする。
ただその、半分近くが虚無の泥沼に沈んでいるものだから――……

 

「…………寝る、かい?」

「………」

「時には勝負を捨てて、試合に勝つことも必要だと思うよ?」

「………」

「――まぁ、キミに正論をぶつけたところで意味しようがない――
わかっているとも、キミたちの矜持どおりがそんなに小さく、慎ましやかではないことは」

「……それ――で?」

「ああだから――ボクは、何もしない。
ボクがキミにしてあげられることなんて、あるはずがない――だろう?」

 

 なにか、割り切ったような調子でそう言い切るミルさんに――…やっぱり、イラっとする。
…でもその苛立ちは、厳密なところミルさんに対するモノじゃない。
…ただ、厳密なハナシ――なので、ミルさんに対する苛立ちが皆無というわけではない。
たぶん…と言わず、こういうヒトなのだろうけれど――……………一周回ってやっぱりムカつくな、このヒト。

 

「――ぁああもう!毎度毎度お前は話を勿体つけすぎなんだよ!!
してあげられることがないって言うならさっさとどっか行ったらどーなのさっ?!いちおー時間は有限なんですけどぉー!!?

 

 

「…これは――…特大の塩を送られた格好……なのかな?」

「いや全然?これはあくまで俺の独断――アイツの意思も都合もまーったく関係ない、俺の好意だよ」

「…………」

「…向こうの狐共の事は知ってるから疑うのは分かるんだけど――…違う、でしょ?」

「………そーだけど、ねぇ〜………」

 

 具体的な理解を示された上で、ご尤もなことを言われた――…ものの、だからこそ納得できないというか、腑に落ちないモノがあって。
おそらく、その理屈ではない部分を、彼も理解していると思う――…のだけれど、だからといって言葉でフォローしてくれるほど甘くはないらしい。

 ……まぁ、正式な挨拶どころか神子の意思そんざいさえ無視して協力してくれている時点で、激甘なんて飛び越えたレベルの厚意に与っているわけだけど……。

 

「……にしても………どーゆー…コト?」

「…アイツらの中で俺のキャラ付けが『神子にも靡かない孤高の博狼様』ってことになってるから――だと思うよ」

「………ここう…」

「別に孤高それを気取ってたわけじゃないよ?…ていうか、神子以外にはふつーに友好的だったんだけどねぇ」

「……それが、私にとっては一番の疑問なんだけど……」

「…好みと適性と相性はイコールにはならないってことだよ」

「……そこをとことんまでこだわり抜くのが獣神サマだと思うんだけどなーぁ………」

「…そこは――ヒトの都合、だよ」

「…」

 

 行き合うゴーストヒト全員から向けられる驚きと困惑の混じった表情に、どういうことかと尋ねてみれば――
…なんというか、彼らへの疑問がより深まる答えが返ってきた。
…ただ、その疑問の答えに「ヒト・・意思つごう」が関わるのであれば、それはここで――というか彼から聞き出していい事情コトではないだろう。

 …かといって、初対面で振っていいような話でもない――…以前に、疑問コレはかなり私的などーでもいい好奇心から成るコト。
答えを知ることなく死を迎えたところで、現世への未練ひっかかりになることもない、要はどーでもいい疑問。
だから、それを呑み込むことはとても簡単――であるが故に、

 

「……女子の方が良かった?」

「………強くは、否定しないけどさぁ……。
…仮にアイツが女だったとしても俺の態度は変わらなかったよ――…あくまで俺たちが魅入みてるのは魂だからね」

 

 …また、ご尤もなことを言われてしまった。

 彼らのメンタリティーにははっきりとした性の区別がある――が、
だからといって性別それが彼らにとって「だから」という決定的な判断要素になることはない。

 性別とはあくまで魂の「器」の区分――
…ぶっちゃけた話が、獣神かれらからすれば性別なんて外見と同レベルの、後からどうとでも弄れるオプション要素でしかない。
…だからこそ、彼らの魂に対する好みは事細かく、また妥協がない――
…千年を優にドブに捨てる条件りそうの高さが故に、神子という存在の価値は「奇跡」と称される――…ワケだけれど、

 

「もうだいぶ、は自分の魂の価値ていどってモノをちゃんと自覚した方がいいよ?」

「……神子に選ばれてる時点で、ヒトの規格から外れてるのはわかってるよ――」

「…………あぁうん…じゃあ、認識を改めるべきは周り――への認識それ、だね」

「………ぅん?」

「…魂を選り好むのは獣神――と、ゴーストだけじゃあないってハナシ」

「…………ぇ…」

 

■あとがき
 心が弱いわけでも、根性がないわけでもない――のですが、心の胆力が、通常(刀乱版等)よりも弱い設定です。
ただ通常版も、トラウマから逃げるために歯を食いしばってる――ってな歪んだ強さなので、問題があることには変わりないんですけどね(笑)
 次回で遂にHW編第一部完結です!エンドレスなハロウィーンはとりあえずスルーするからHW編は次回で一段落!です!!