「おンやまルーたん、随分羨ましいトコにいるでないの〜」

 

 最終確認のために忙しくしているゴーストだんいんたち――から少し離れたところで
彼らの様子を見守っていたらしい兄さんが、どこかのほほんというか、心穏やかそうな笑みをうかべて「おや」と声をかけてくる。
その声に応じるように、開演を間近に控えた大ホールの舞台袖へ、
兄さんに「ルーたん」と呼ばれた彼――呼称を「ルジート」とする獣神・博狼ノ神を腕に抱いたまま足を運ぶ――と、

 

「…ウチのダッちゃんが腹の底で唸ってて腹と胃が痛いんだけどぉ……」

 

 兄さんとの距離を詰めるごとに増していく――のは、兄さんの顔色の悪さ。
…状況から察するに、兄さんの使い魔であるダスクが、私に抱っこされているルジートを羨ましがっている――…のだと思う。
…しかし相手が獣神あいてだけに、思うところはあってもそれをぶつけることはできなくて、
そのダスクの感情が不完全燃焼を起こした結果、兄さんの腹と胃を痛めつける状態になっている――…のだろう。
おそらくダスクが「ボクも!」と言ったところで、ルジートが「ダメ!」と言うことはないと思うのだけど――

 

「…羨ましいなら出てくればいいでしょ、いつもどーり」

「――ぐあうっ」

「ぉあぷっ」

 

 ルジートの許可ことばによって――か、音も無く姿を現したのは、黒の毛皮を纏った巨大な雄獅子・ダスク。
…勝手に、抱っこされている状況が羨ましいのだろうと思っていた――だけに、
出てくるとしたらルジートと同じく子獅子もしくは小獅子サイズと思っていたのだけれど、
どうやら見当違いだったらしく、いつかみた巨大なサイズの姿ですり寄ってきて――

 

「ぉぁ………!す、ご…ぉお………!きょだいな…!モフ…モフぅー………!!」

 

 …こんな幸福は、現実に起こりえるモノだろうか――いや、起きえるはずがない。
起きる道理はずがないからそれは夢という理想――人が人のままたどり着くことのできない至福、なのだ。
だから、コレは、現実ではない――のだ。ある意味で。

 そう、コレは神がもたらした至福きせきの業。
はわああァァぁ〜〜〜…………!!ノイ姐さんの滑らかで手触り最高の毛並みも高級感と上品さと、そして落ち着くものがあったけれど――

 

「………すごひ……うまりぅ……てゆか………とけしょ…」

「ぅぐるるるるる〜〜〜」

「……ほぉー………そーきた、かぁ――………いいよ、幸せかおに免じてその不敬、目を瞑ってあげるよ…」

「…ぇー……大丈夫ぅ…?信じて大丈夫なのルーたん……の代わりにお前が喰らえ!とかで俺に突進とかかましたりしない??」

「………、………ない」

「…よしわかった。墓穴掘ったな!」

 

 息をするのも面倒くさくなるほどの至福のモフモフに、体と一緒に思考も融ける。
ああもうこのモフモフに包まれていくところまで逝ってしまいたい――……いや、逝くのなら弟を看取ってからでなくてはならないから、逝ってはダメだ。
…その一歩手前ぐらいまではギリでもセーフなら全然OKだけれど。

 …たっだらまぁ逝ってしまうおうか。一歩手前まで。
この世のモノではない至好にして至福、そして死に至る幸福しふくの――

 

「――ぶフーーっ!」

「ぼひゃー?!」

 

 思考が何処かへと堕ちる刹那――背中を通り抜けていったのは、獣の荒い鼻息。
不意を突かれた上、無防備な割に敏感な背中そこに、何とも言い難い熱を持った空気が奔った――のだからそりゃ変な声も出る。
…だから、出てしまったのは仕方がない――のだけれど、
この無様をさらすに至った原因は、仕方のないものではないのだから――…逆にもう笑うしかなかった。

 

「ぁー…ぇえとーぉ………。…だいじょーぶか、妹よ…」

「………だいじょばないけど大丈夫だよ…」

「…………、……そっかぁ…そう………だよ、なぁ――…お前が望んだこと、だもんな」

「…」

 

 煽られているわけでもなく、情けをかけられているわけでもなく、
寧ろ私の独り善がりいじを呑み込んで、尊重までしてくれているというのに――…どうしようもなく、むかっ腹が立った。自分に。
…そしてほんの少しばかり、当たり前に私の身勝手を受け入れる兄さんに対しても、ムカッとした――…理不尽なコトとはわかっているけれど。

 いつの間にか空いた腕を伸ばし、フカフカの巨躯を軽くぽんぽんと叩く――と、程なくして目の前の黒の雄獅子は姿を消し、
それに代わるようにして姿を現したのは、見慣れた大きさ――だけれど自然な赤の虹彩を持つ黒のオスライオンだった。

 

「…オーナー」

「……必要?」

「公ではないとはいえ、内々のモノでもないんですから、ここはちゃんと演りましょう――唯一の仕事みせば、ですよ」

「…………そうね、最後の仕事ツメしくじったんじゃあ――締まりが悪いモンなぁ?」

 

 ……なんでだろうなぁ――………心の底から殴りたいな、このニヤニヤ顔。

 

 座長を失ったファンタピアは、厳密な意味では劇団として成立していなかった――
――が、それでも春と秋に公演を行っており、劇団としての活動を完全には停止していなかった。
…とはいえ、客前での演奏こうえんを常とした時期の団員たちと、
ファンタピア劇団の活動が緩やかになってから加わった団員たちでは、やはり練度と度胸――そして意識というのが違っていた。

 発表会とコンサートはまったくの別物――その意識を強く持った指導者たち・・によって、
意識を磨かれた先代団員たちは、プロとしての責任を以て芸を磨き、それをプロとしての自負を以て舞台の上で披露する――本物プロ、だ。
でも、ファンタピアの活動が緩やかになった――多くの団員がリゴスィミに流れてから加わった団員たちに、そこまでの確固たる意識は無かった。
しかしそれも当然の事――だってそこまでの意識を、そも指導する側が求めていなかったのだから。

 ――でも、今はそうじゃない。彼らは今もう既に「プロ」としての一歩を踏み出している――
――から、ハロウィーンパレードにおける私の判断に対して、おそらく思うところがあっただろう。
プロとして認められた――はずなのに、戦力外だと裏方に回されたのだから。
…ただ――…不幸中の幸いとでもいうのか、それとも当然のコトとでもいうのか――

 

「(怪我の功名――…ってねぇ………)」

 

 私と先代組がリゴスィミ組と合流してパレードの練習――その完成に躍起になっている間、
いわゆる新代組は、リゴスィミの楽団長であるシュテルさんの指導の元、最終日のハロウィーン特別公演の練習を行っていた。

 ハロウィーン特別公演コレに関しては、私がTWLへやってくる前から予定され、
練習と調整を重ねてきた公演モノ――だっただけに、求められない限りは手も口も出さずにいるつもりだった――ことに加えて、
シュテルさんから「本番のお楽しみ」と練習の様子を見に行くことさえを禁じられていたこともあって、
2週間前――初めての「本番」を経験した新代かれらの姿が、私が知る彼らの意識すがただった――
――からこそ今、舞台の上で個々の意気をもって芸を披露する彼らの姿は――別人のソレ、だった。
 

 …なんというか、ある意味で「だからこそ――」という気がしないでもない。
死の理りふじんに逆らうだけの負けん気を持っている――からこそ、彼らはゴーストとしてこの世に留まってしまった、というのであれば。

 新代コレが現代を生きる若者だったなら――…たぶん、目も当てられない公演けっかになっていたと思う。
新代といっても、彼らの多くはそれなりの齢を重ねた――生者にんげんの感覚で言えば年配者たち。
だからこそじゃくはいものの身勝手に対して、受け入れ難い気持ちがあっただろう――
――けれど、それを塗り潰す要因ナニカが、彼らにはあったようで……。

 そのおかげで、今夜の舞台は2週間前ぜんかいを遥かに超える熱と輝きを放っている。
ただそれが過ぎて、少しばかり走っている観があるけれど――…でも、これは良い傾向だと思う。
沈んだやる気を引き上げるのは大変だけれど、盛り上がりすぎたやる気を適当に調節するのは、そこまで難しいことじゃない。
…ただこの、反発心にも近い負けん気から端を発するモチベーションいきを保つ――ためには、どうしたものか。
 

 ただ負けん気を煽るだけなら、認めなければいいだけ――だけれど、努力の結果を認めないのは、私の主義に反する。
…彼らの結果どりょくを認めた上で、その成果をもたらした負けん気をどうやって保つか――
…一つ段階を飛ばしてレベルアップした分、指導者こちらのレベルアップも一つ飛ばしで求められる格好になったけれど――…これは、望むところだ。

 

「…少数精鋭と言えば聞こえはいいけど――大勢の精鋭抱えて、初めて一人前……か」

「――それは、中間管理職の役割しごとだろ」

「……、…――………………、…………大丈夫です?そんなこと言って」

「問題ねーよ、ウチの副団長ちゅうかんは上手くやる」

「…………そう、ですね――……同業・・相手に、おかしな質問でしたね」

「…そういう意味ではお前は――中間、か?」

「………………形式上は間違ってませんけど――………その括りは、釈然としない……ですね」

「…事実なら、受け入れるしかないだろ」

「……それを、…貴方が言いますかねぇー………事実との直面を今の今まで避けてきたヒトが」

「それは――…お前が眠りこけてたせいだろーが」

「………ホントかなぁ〜?」

「……兄妹そろいも揃って…………」

 

 非難混じりの諦めに――思わず、笑みが漏れる。
兄妹にいさんと一括りにされたのがなにか嬉しくて、振り回されると知っていながら兄さんとの縁を繋いだままのこのヒトが面白くて――
…そして更なる面倒を被る覚悟を決めたこのヒトの情の篤さが、なんというか――…滑稽だった。

 信頼の置ける中間管理職がいるのなら、これまでと同じくニアさんかれに全てを投げておけばいい――
――自身が関わればより面倒なことになると分かっているならなおさらに。
…なのにわざわざ腰を上げ、自らの意思で出張ってきたのは――…たぶん、魂の衝動だったから、…なんじゃないかと思う。
論理的に、理性的に考えて、収支が合わないと分かっていても――魂の命令しょうどうには、何者も逆らえない。
まして、ヒトよりも特殊な魂を有している神子ならばなおさらに――

 

じじつがどうであれ、わたしは麒麟のモノみこ――
…ただ、私のこの妄言に付き合うかどうかは各自の判断にお任せします」

「……」

 

 公演のフィナーレに、割れんばかりの拍手と歓声が上がる。
ゴーストによるゴーストのための公演――だけに、ゴーストえんじゃの熱がストレートにゴーストかんきゃくに伝わるから――
――だとしても、団員たちの演奏が、演技が陳腐であったなら、ここまでの歓声が上がるはずはない。
だからこの歓声は、きっと新代組の自信を裏付ける記憶こうえんになるだろう。

 ――でもそこに、ズドムと興醒めの現実という名の重しを下ろすのが、傲慢の権化たる私の悪癖ありかた
…といっても、降ってくるのは現実であっても現実とは呑み込み難い現実こうけいなのだけれど。

 呼ばれた舞台に相応しい規模モノで応えるのが筋――なのだから、幽霊劇場ファンタピアの舞台に上がる以上、私も本気を出さざるを得ない。
目にした現実に圧倒されるのか、それとも呑み込まれてしまうのか――けれどそれは安易に「私」を求めた団員たちかれらの失策。
せめて内輪の打ち上げで――とか、規模を小さいモノにしていれば、まだマシだったのに――…なんて、高慢な不安がよぎったけれど、多分これは杞憂に終わる。
…だって彼らは既にしようのない芸術げんじつ――エゴと傲慢にまみれた神子の芸術リサイタルを一度目の当たりにして――
――その上で、今も表現者だんいんとしてファンタピアここにいるんだから。

 …そう考えると、だからこその要望だったのかもしれない。
理不尽な現実との折り合いが各々ついている――
――もう今更なれに、彼らの中でなにが瓦解することはないと確信している――から、畏れ知らずな願いを口にできたのかもしれない。
…それは、管理人マネージャーとして、そして団長としてはなんとも心強い話――ではあるけれど、一神子こじんとしては、非常に面白くないな。
 

 …前任を、自分より劣っていると思っているわけではない――けれど、「勝るとも劣らず」なのだ。
だから、端から同等と高をくくられているなら――それは認識を改めてもらわなくてはならない。
劇団おまえたちを仕切るバケモノは、お前たちの知るバケモノとは次元くらいの違うバケモノなのだと。

 

「私のせい――だねぇ」

「…………なに言ってんの姐さん。同位ならなおの事――当の問題でしょ」

「……ああ、そうだね――でも、だとするなら――我らが皇たちは随分と好き者、だね?」

「――」

「自虐のつもりは無いし、正直お前に対して申し訳ないとも思っていない――
――けれど、ね――…私たちが愛したおまえを見縊るのは……止めておくれ」

「…………」

「……返事は?」

 

 視線を降ろした先にある、白獅子の赤い瞳がどこか不安さびしげな色を湛えて、私に返事の催促を寄越す。
自虐のつもりはないと言ったけれど、申し訳ないとは思っていないと言ったけれど、それは彼女の本心なのだろうか?
何に対する後ろめたさもないと言うのなら、いつも通りに悠然とした笑みを浮かべて、
言いたいことをズバっと言えばいいだけなのに――…なにを、このヒトは――………。

 

「………姐さん」

「ああ」

「私の評価は、私がする――価値を見出すのは他人みんなの勝手だけど、私の出来を決めるのは私だよ」

「…――………そういうお前だから……みんな心配なんだよ…」

「……だからって、周りみんな応じあまえたら――そこまで、じゃん」

「…」

「ふつーに考えたら、『そこまで』で十二分だと思うんだけど――
…自分の可能性を棄てられるほど、謙虚でも無欲でもないんだよね」

 

 自分が、人並みを外れた神子きかくがいであることは、既に理解している。
だからこそ、ヒトまともには達成できないと分かりきったハロウィーンパレードコトでさえ可能性を見出し、
そして「見事」と言っていいだけの結果を成すことができた――けれど、コレは私の才能だけで成し得たことじゃない。
周りの理解と協力、そして運――それは尤もとして、でもそれ以上に重要だったのは、
私がこれまでに重ねてきた経験――努力、という要素モノだ。

 もし私が、周りの評価に満足して、才能に溺れて歳月を重ねて来たなら――全ての成功はありえなかっただろう。
ハロウィーンパレードどころか初公演、プレ公演――以前に団員たちに認められることも、
もっとそれより前にゴーストたちの害意を撥ね退けることもできなかっただろう。
………いや、てかそういう前提ハナシなら12歳の時に「御麟わたし」は死んでるな。

 

「要はとんでもない欲張り――ってことなんだけど……さ、
頑張ったら手が届くんだったら頑張るでしょ――頑張れば、手が届くんだもん」

「……その…頑張る……いや、手が届くの基準がズレているのが…ねぇ………。
……まったく、こんな形でアレの苦悩を垣間見ることになるとはね」

「…」

「なんだい?当然の話だろう?欲張りワガママ神子むすめを選んだ獣神バカが、一番の被害者になるのは」

 

 どこか開き直ったような様子で「被害者」と言うノイ姐さん――
…に、返せる反論ことばがなかった。…だって、あまりにも当然のことだったから。

 私の一番近くで、私の無茶いしを尊重する――ということは、私の無茶ワガママに付き合わされるのとほぼ同義。
なら間違いなく、私の身勝手ワガママの被害者は――

 

「し、心配かけた分は補いますし…!!」

「……アレに関しては焼け石に水だと思うけれど――私は、しっかと補ってもらおうかな?」

「…」

獣神われらの慈悲は身勝手故に無償――だけれど、捧げられたものを受け取らない主義ではないからね」

「………姐さんたちのへのお礼は違う意味でもっとちゃんとやるよ――
…今日はここまで頑張ってくれたゴーストみんなへのお礼――と」

「と?」

無礼なめてくれたお礼」

 

 

 コレは、私が初めて一人のプロとして依頼を受け、そしてクライアントに納品した曲。
――で、資料としてつくったデモテープがあれやこれやで物議をかもしたために、最終的に歌唱まで請け負うことになってしまった――
…正真正銘、文字通りの――私の持ち歌、だ。

 そして、このうたをきっかけに――私は、表現者としての表舞台への興味を失った。
でも、そのおかげで作曲家としては更に、そして新たなありかたであるプロデューサーとして、様々な知識や技術、そして経験を得ることができた。
…本当に、今夜いまがあるのはその時に得た確信――自分は「麒麟の神子」なのだと、本気で自覚できたおかげだ。
 

 自分が何者であるかを自覚せず、ただ己の欲のまま、才能に溺れていたのなら――
…まぁ、それはそれで愉しいことにはなっていたと思う。
…というか、もし私が日向ほうおうに見初められていたなら、そういう感じになっていた――…気がするなぁ。
でも、そうならなかったのは、私が教導と調和を個性とする獣神・麒麟ノ神の神子だったから――
――というよりは、私が麒麟かれを選んだから、と言った方がより正しいだろう。

 …神子にしても思い上がった発言だとは思う。
だけれど私が彼を選んで、その上で自ら望んで彼の神子になった――という選択じじつは、偽りも誇張もない事実だ。
…彼のなにが、当時の私の琴線に振れたのか――…我がことながらわからない、というか覚えていないけれど。

 幼いとうじの私の選択を、間違いだったと思った事は――…正直、ある。
麒麟コレは、私如きには過ぎた選択のぞみだったと、過去の自分の無思慮と今の自分の不出来さを恨んだことだって、ぶっちゃけある。
麒麟の在り方きょうじというのは、とんでもなく面倒くさい――というか、ある意味で誰よりも強欲ごうまんなのだ。
だから、人間の域を出ない神子如きではあっという間にキャパシティをオーバーして――自己嫌悪に沈むのである。
 

 …ただ、そんな風に無茶でも無様でも矜持を胸に現実に向かって足掻いて、
自己嫌悪に溺れながらも理想うえを目指し努力しつづけていた――
――結果、トンでもなく優秀な仲間たちを得るに至っているのだから…――麒麟の騙りこそ、トンでもないと思う。
一人れいせいになったから気付けたこと、ではあるけれど。

 でも、そうやって、身の丈に合わずとも麒麟の矜持を己が矜持と騙って、麒麟の神子として理想を目指してきた――
――からこそ、麒麟かれの加護を失ってなお私の背には、ついて来てくれる誰かがいたのかもしれない。
嘘から出た実――ではないけれど、足りずとも騙り続けたことで上っ面だけでも「麒麟の神子」らしさが身に付いたのだろうか。
……まぁなんとも情けない話だけど――少しでも、麒麟りそうに近づけたなら、それでいい。
理想――どころか、一人前いっぱしさえまだ遠い話だけれど、それでも前へ進めているのなら上等だ。

 

 歌が終わって、演奏が終わって――ホールを満たすのは、熱と畏れを孕んだ静寂。
多くのゴーストかんきゃくたちが言葉失っている――…というか、ガワを失ってしまったというか……。

 今、私の目の前にあるのは、まばゆい光を放つ魂たちが整然と並ぶ観覧席。
当然一般の観覧席にも――というかこのホールそのものに、ゴーストたちが逝ってしまわないための術式を組み込んだ――…はずなんだけれど…も?

 

「ぅ…わ、あ………!」

 

 座席に留まっていた魂が一つ、また一つと宙に上っていき――空に光の塵を残しながら、融けるように消えて行く。
その光景はあまりにも現実からかけ離れた、幻想的すぎる――神秘的と形容するしかない光景で――…どうにも、笑いしか出てこなかった。

 ああまったく、これだから人間げんじつは面白くない。
確かに真剣だった、本気を見せようと意気を入れた――けど、持てる全てを注ぎ込んだわけじゃなかった。
だからまだまだ足りない部分も、改善の余地だってまだあって――
…だっていうのにこの結果なんだから――…異世界ここ元の世界あちらと大差ない、挑みかみ甲斐ごたえのない世界の様で――ぁ?

 

「ッ――」

 

 不意に、一切の体の自由が利かなくなる。

 いつかに受けたラギーくんのユニーク魔法――相手の体をコントロール権を奪う魔法の類――とは違う。
コレはもっと、もっと性質――というか規模のデカい――…というかコレ、魔法じゃないんだ。

 コレは――私もよく知っているによる影響モノ――…
……まさかとは思うけれど、ここまで織り込み済みだったんじゃないだろうね?ルジートや。

 

「――ぅ、ぐ……ぁ…っ…」

 

 あれこれ考えてる内、瞬き一つの間に迫っていた――人影によってがら空きの腹部に叩き込まれたのはどんつう
胃液が逆流する不快感――を覚えるよりも先に、私の意識はプツリと途切れた。

■あとがき
 終わりました!なんか新たな展開始まりましたけど、WH編第一幕は終幕です!!お疲れさまでした!!!