稲妻町を一望できる場所。
それは稲妻町のシンボルでもある鉄塔広場。
多くのドラマを生んだその場所に、一人の少女が立っていた。
緩やかなウェーブのかかった長い山吹茶の髪に、黒のつなぎを着た少女
――それは雷門中サッカー部の外部アドバイザーである御麟。しかし、今の彼女はいつもの毅然とした姿からは想像もできないほど――酷く動揺していた。
「(あああああ……!初の絡みだっていうのになんでこんなアホ企画で初顔合わせ…!)」
同じ場所を行ったりきたりしてみては、
急に立ち止まって頭を抱えたり、その場にうずくまってみたり。
そんな調子で落ち着きなく動き回る。
だが、彼女の動揺も当然と言えば当然のこと。
なぜなら、今から彼女が迎えなければいけない人物は、彼女にとって「先輩」であり――
彼女にとって逆らえない人物が逆らえない人物。何か粗相でもしたら――と思ったら最後、もう笑って誤魔化すしかない想像しか浮かばなかった。
「ううっ…せめて梨亜さんがよかった…」
「――それは悪かったな」
「ッ――!!」
静かに流れる冷たい清流――それを思わせるメゾソプラノの声。
その落ち着いた声音とは裏腹に、の背筋にはゾクリ――を通り越して、
ザクリと背中から切りつけられたように錯覚するほどの悪寒が奔った。
ああ、やってしまった――と、は心の中で後悔を口にする。
その途端、雪崩のように自分に対する悪態が吐き出されそうになるが、
それを優先することは絶対に許されないとわかっているは、
ぐっと自分への悪態を呑み込んで振り返り――そのまま土下座した。
「失礼いたしましたー!!」
ゴンッと額を地面につけ土下座したに――訪問者・心皇センカは苦笑いを浮かべるのだった。
近くへ行きたい
− イナズマイレブン × 陰陽大戦記 −
「ここが、雷門中か」
そう言って、しげしげと雷門中の校舎を眺めるのはセンカ。
特に驚いている様子はないが、その表情はどこか物足りなさそうというかつまらなそう。
もしかすると、センカはもっと突飛な校舎、もしくは環境を想像していたのかもしれない。
在校生1000人を超えるマンモス校である雷門中。
在校生が多い関係で、その敷地面積は普通の学校よりもだいぶ広いが、特徴的な部分はそれだけで。
ぱっと見、雷門中校舎には特別変わった特徴はなく、拍子抜けされても不思議はなかった。
――とはいえ、蓋を開ければ雷門中は「普通」の枠からはみ出している。
地下にあるサッカー専用のと特訓施設・イナビカリ訓練所のこともそうだが、
これから数ヵ月後に開かれるFFIに向けて一年棟を合宿所にしようとしていることを考えれば――十分に、普通ではないだろう。
「(しかも数ヶ月前までサッカー部は部としてすら認められてなかったいうのにねぇ)」
「――」
「っ!はっ、はい!」
「…………」
あれこれ考えていたところに急にセンカに声をかけられ、
心構えのできていなかったは素っ頓狂な声でセンカの声に答える。
そして、そんなの返答を受けたセンカといえば――呆れた表情での顔を見ていた。
「…そんなにかしこまる必要はないと言っただろう」
「は、はい…それは……そうなのですが……」
「俺は『心皇千可』じゃない。だから緊張されるとこっちまで疲れる」
やや不機嫌な様子でため息を漏らすセンカ。
そんな彼女を前に、は相変わらず「申し訳ありません…」と酷く申し訳なさそうに頭を下げた。
も、このセンカという人物を前に緊張する必要も、気を使う必要もないことはわかっている。
一応、「先輩」なので多少の気遣いは必要だが、必要以上に敬う必要はない。
――だが、にはどうしてもそれは難しいことだった。どうにも、脳裏にちらつくのだ――自分にとっても最も近しい「心皇」の顔が。
「…お前も、『周り』に苦労させられているわけか…」
「……いえ、むしろ私が苦労かけている身でそれもあって大きくでられないというかなんというか……」
苦笑いを浮かべ、面目なさそうにセンカに答える。
自分が未熟だからこそ、仲間たちには迷惑をかけているわけで。
この「苦労」はその迷惑をかけている反動――
という考えのあるとしては、彼らからかけられる「苦労」は致し方ないもの。なのだが――
「ふっ……噂には聞いていたが、やはりお前は俺たちとはずいぶん違うらしいな…」
「ぇ……」
そう言って、急に遠くを見つめるセンカ。特別、へんなことを言ったつもりのなかったは、
急激に暗い影を背負ったセンカを前に唖然としていると、センカが「ハッ」自虐的な笑みを浮かべた。
「まぁ、一番の差は――対象の差だとは思うがなァ…!」
尤も過ぎる――否定ができないセンカの自虐に、は心の中で「それはまぁ…」と肯定の言葉を口にする。
自分とセンカの違い――それには正直なところ、よくわからない。
だが、自分の「周り」とセンカの「周り」の差については、も理解していた。
も、自分が不幸であると思ったことはない――が、改めて上には上がいるということを思い知る。
自分はまだまだ「苦労」していない。――この人に比べれば。
「あれ、?こんなことろで何してるんだよ?練習はじまるぞ?」
「…一哉?それに鬼道に豪炎寺まで……」
いたたまれない空気にどうしたものかと頭を悩ませていたに、不意にかかったのは一之瀬の声。
反射的に振り返ってみれば、制服から雷門のサッカーユニフォームに着替えた一之瀬がおり、
さらにその後ろには同じくユニフォームに着替えている鬼道と豪炎寺の姿もあった。
ある意味でいいところで一之瀬たちと出会ったが、
としては彼らとある意味で顔を合わせたくなかっただけに、
感情がぐちゃぐちゃになっての顔には無意識に苦笑いが浮かぶ。さて、どう誤魔化したものかとが頭を働かせようと
――するよりも先に、鬼道が「見学者か?」と言ってセンカに視線を向けた。
「見学…――」
「はい、転入を考えています」
呆然としているを差し置いて、軽く会釈して鬼道の言葉に答えるセンカ。
確かにこの場面、ヘタにがあれこれと取り繕うよりは、
センカが自らの意思を持って答えた方が何かと説得力があって「色々」を怪しまれる可能性は低いだろう。
フットボールフロンティアの優勝とエイリア学園の野望を打ち砕いたことによって現在、雷門中への入学希望者が急増している。
それに伴い雷門中に訪れる見学者も増加しており、今の雷門中において見学者はさして珍しいものではない。
これから雷門中を更に案内することを考えれば、
センカが「見学者」というポジションに落ち着いてくれるのはとても都合がよかった。
――が、にそんなことを冷静に考えている頭はなかった。
「敬語ォ!?!?」
「…年上の方ですから」
「ぇええ?!うそォ?!だっ、ア、アンタいくつよ!?」
「数えで13です」
「じゅ、13だと…!?…あ、ありえないわ…!13でその落ち着きようって何なのよ…!」
「……よくある『設定 』でしょう…」
「あ、アレか。外見だけ若いロリバ――あぐっ」
「落ち着け」
真顔でおかしなことを言いかけたの両頬を、片手でぐわしを掴むセンカ。
強制的に――というか暴力的に口をふさがれ、それによって思考をゼロに戻された。
しばらく無言だっただが、その一撃によって思考が正常になったのか、
情けない声で「ぁぃ…」と小声でセンカに返事を返した。
それを受けたセンカは、やや呆れた表情を浮かべながらも、の顔から手を離した。
「…お、お見苦しいところを……」
「……俺よりも、彼らに見せたことの方が問題じゃないのか」
「ッ!!?」
ざぁっと引く血の気。
ご尤もなセンカの指摘に、はその場から逃げ出したい衝動に駆られる。
しかし、だからといってセンカをこの場に残して逃げ出すことはできないし、
今逃げ出したところで家に帰って夜になれば結局は逃げ場などない。ならば逃げることはその場しのぎの無駄な足掻き――ならば、ここは攻勢に打って出るのが得策か。
「よし、殴って記憶を飛ばそう」
「ちょっ…!?」
「おい…!?ま、待て!!」
「ふんっ、待てと言われて待つバカが――あだっ!」
「いい加減にしろ」
にじりにじりと、一之瀬たちの記憶を飛ばさんがため、
彼らとの距離を詰めていた――の、脳天に振り下ろされたのはセンカの手刀。
予想もしない展開にが頭を抑えながら振り返れば、
そこにはこの上なく呆れた表情を浮かべたセンカが「やれやれ」といった様子で頭を抑えていた。
「何するんですか!この一大事に!!」
「……――これが、お前の『一大事』、か?」
「ぉう゛っ…」
急激に、凄味を増したセンカ。
今の彼女の背後に揺らめくおどろおどしい黒のオーラは、
まるで今まで彼女が溜め込んできた「不満」をあらわしているかのよう――。
また、は思う。
ああ、やはりこの人には敵わない――いや、敵いたくもないですけれども。
「……はぁ〜…なんかもう、自分の至らなさを痛感させられる格好ですよ…」
「自分に『問題』があるのなら、まだいいだろう」
「…重いです。一言が重過ぎますよセンカさん」
遠い目で悟ったように言うセンカに、思わず突っ込まずにはいられなかった。
だが、のツッコミなどなんとも思っていないらしいセンカは「フッ」と自虐的な笑みを浮かべた。
先程までの冷静さから一転して、一気に弱ったセンカ。
そんな彼女を前によっぽど「周り」に苦労させられて――いや、振り回されているのだろうとしみじみ思っていると、
恐る恐るといった様子で鬼道たちがたちの元へと戻ってきた。
「えーと…?」
「…殴らないわよ。自力で忘れてくれるなら」
「忘れなかったら?」
「そりゃ――殴るわよ?」
「(冗談に聞こえない…)」
わざわざな一之瀬の質問に、拳を握って真顔で答える。普通に考えれば、それは脅しの意味を含んだ冗談なのだが、
言っている人間が人間だけに「冗談だ」だと確信することは難しく――
鬼道たちは表情を青くしたまま「忘れます」と声をそろえて答えた。
忘れろと言われて忘れられるものでもないが、口封じぐらいにはなっているだろう
――と、鬼道たちの返答を聞いては納得して「よし」と言って頷くと、
いつの間にか平静を取り戻していたセンカに「行きましょうか」と声をかける――と、思い出したように一之瀬が口を開いた。
「、練習は?」
「今日は所用で休み――というか、円堂には伝えてあったん――」
「おーい!どうしたんだー?」
の台詞をさえぎり、たちの前に現れたのは――雷門中サッカー部キャプテンの円堂守。
先程の一之瀬たちの声を聞きつけてやってきたらしく、たちを見る円堂の表情には不思議そうな色が浮かんでいた。しかし、鬼道たちがその「騒ぎ」について答えることは寿命を縮めることに直結するわけで――
3人は平静を装いつつ「なんでもない」と円堂に答えた。
「そうか!じゃあ、練習はじめようぜ!」
「あ、ああ…」
「御麟も――って、あれ?そいつは??」
「見学者よ。…というか円堂、所用で練習休むって言っておいたでしょ?」
「――あ」
そういえば、と言わんばかりに間の抜けた声をもらす円堂。
本当にきれいさっぱりが練習を休むということを忘れていたようで、表情までもきょとんとしたものが浮かんでいた。
そんな円堂の様子に、はさまざまな意味で一抹の不安を覚えるが――
頭をかきながら「ゴメンゴメン」と言って苦笑いを浮かべる彼の姿に、言いようのない敗北感を思えた。
「はぁ〜〜〜……」
「ぇ、そこまで呆れなくても…」
「呆れもするわよ…」
「自分にな」と心の中で言い足して、は片手で顔を押さえながら深いため息をつく。
そんなの様子を、自分の性だと思っているらしい円堂は、少しあわてた様子で「今度から気をつけるから!な!」と弁明する。
それを受けたは、心の中でため息をつきながらも――
顔に冷静な、いつもの表情に戻し「しっかりしなさいよ」と円堂に言葉を返した。
すると、そんなと円堂のやり取りを見ていたセンカが、不意に「ほぉ」ともらした。
「? どうかしたんですか?」
「…いやなに、そこは俺と同じなのかと思って」
平然と、が想像しない方向へダイナマイト規模の爆弾を投下してきたセンカ。
あまりに突拍子もないというか、思っても見ない部分を突かれたは、
まともなリアクションも返すことができず、顔を真っ赤にしてぱくぱくと口を開閉するばかり。
そんなを見ていた円堂たちはわけがわからないといった様子でとセンカに交互に視線をやり、
をそんな状態にした張本人は――どこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。
■あとがき
よりにもよって陰陽大戦記夢主が稲妻11へのご出張という(笑) これはあれか、呪か(笑)
因みに、陰陽夢主が「俺と――」と言っていたのは、主人公に弱いという部分です。
確かにこの2人、異常に主人公に弱いんですよね(笑)