すっかり夕日に染まった町並み――浮世絵町。
東京特有の都会の町並みの中にも、どこか古き良き時代の風情を残すその街を、千賭とは歩いていた。
「あーあ、ツナさんのお母さんのご飯食べたかったなー」
「アンタのところの都合で動いてるんだから文句言うな」
「む〜…そうだけどさぁ〜」
ボンゴレ次期10代目――沢田綱吉ことツナの自宅へ訪問し、
ツナの母親から夕食を食べていくように勧められた千賭たち。
しかし、その後にすでに予定のあったために、
美味しいと評判のツナの母親の手料理はご馳走になれずじまいで並盛町を後にしていた。
意外に食道楽なところのある千賭としては、ぜひご馳走になっていきたいところだったのだが、
これも意外に真面目らしいによって却下され、
千賭たちは予定通りに、千賭が拠点としている関東最大の妖怪任侠集団――奴良組本家へと向かっていた。
人間の任侠集団――ではなく、妖怪の任侠集団である奴良組。
構成員が妖怪という性質上、夜の方がなにかと都合がいいということで、
の視察(?)は夕方から――ということには最初からなってはいたが、
どうしてもツナの母親の手料理を食べたかった千賭としては、もういっそ夜からでもよかったのではないかと思い始めていた。
「うぅ〜もう一生食べられないかもしれなかったのに〜…」
「確かに、そうあることではないわね」
「もーちょっと融通利かせてくれてもよかったのにさぁ〜…」
「ほー、アンタのおばーちゃんはそんなに融通が利くのか」
「ッ!!」
平然とした様子で千賭の愚痴に言葉を返す。
しかし、から返ってきた言葉がとめどなく物騒なものに聞こえた千賭は、血相を変えてに詰め寄った。
「ウソ!?ウソ!ウソォオォオ!!?!」
「ウソだといいわねー」
「うわーん!」
棒読みで無責任に言うに、思わず泣きながら走り出す千賭だった。
近くへ行きたい
− ぬらりひょんの孫 × よろず −
浮世絵町の中でも一際大きな屋敷――奴良家。
瓦屋根の純日本風といった内外装の屋敷に、かなりの広さを持つ日本庭園の中に池までがある。
そんな立派な屋敷を構える奴良家だが、近隣の住人はこの奴良家がどんな家業であるかを知らなかった。
――というより、理解できないと言った方が適当かもしれないが。
「ただいまー」
奴良家の前門をくぐり、千賭はいつもの調子で自身の帰宅を告げる。
しかし、千賭の帰宅に対する反応はまるで皆無。
いつもであれば、最低でも「おかえりー」ぐらいの反応があるのいうのに、
なのに今回は誰かが姿を見せることもなければ、気配すらもなかった。
「あれ?」
「…私が原因でしょ」
「あ、そっか。――みんなー、さんは関係者だから姿見せても大丈夫だよー」
の指摘を受け、千賭はが関係者――普通の人間ではないことを告げる。
すると、ざわりと空気が一瞬ざわめき――恐る恐るといった様子で、
異形の姿をしたものたち――妖怪がぞろぞろと物陰から姿を見せた。
そう、この奴良家というのは、古来より日本の土地に暮らしている闇の化生――妖怪の暮らす妖怪屋敷。
そしてその妖怪の世界の中でも、奴良家は弱きを助け強気を挫く任侠集団――
奴良組としての顔を持ち、それは戦国時代から続く長い歴史をもっている。
――がそれ故に、妖怪が、そして任侠の影が薄れる現代では――
「なんか昔からある大きな屋敷」としてしか認知されなくなっているのだった。
見慣れた妖怪たちが姿を見せると、
千賭は嬉しそうに笑顔を浮かべて再度「ただいまー!」と元気に妖怪たちの輪に飛び込んでいく。
それを妖怪たちは、の目もあるためか少し戸惑いながらも受け止め、千賭に「おかえりなさい」と言葉を返していた。
「お嬢、お帰りになられたんですね」
「あ、けーちゃん!ただいま〜」
小さな異形の妖怪たちと千賭がわいわいと騒いでいると、
その騒ぎを聞きつけたらしい妖艶な雰囲気を持つ女――の姿をした妖怪・毛倡妓が姿を見せた。
毛倡妓は妖怪たちに囲まれている千賭を見ると、驚いた様子もなく自然な様子で笑顔で千賭を迎える。
そんな毛倡妓に対して、千賭は何の前置きもなくぴょんと跳んで彼女に胸に飛び込む――
が、それは彼女たちにとっては毎度のことのようで、千賭を抱きとめる毛倡妓に同様や驚きの色はなかった。
だが、不意にの存在に気づいたらしい毛倡妓は、はっとした様子で千賭に視線を向けた。
「お嬢、あちらの方は…?」
「ん?ああ、さん?えーとね、さんはねぇ……あれ?なんて言えばいいの?」
毛倡妓にが何者であるかを尋ねられ、首をかしげてに意見を求める千賭。
しかし、このデジャブ感を覚えるやり取りにげんなりしているらしいは、
深いため息をつくと「先輩でいい」と疲れた様子で答えを返してきた。
間違ってはいない――が、かなり適当なの返答に、
さすがの千賭も「いいのかなー?」と心の中で思ったが、「さんが言うならいいやー」という適当な結論によって、
千賭は毛倡妓にが自分の先輩であることを伝えた。
しかし、10人中10人が適当だとわかる2人のやり取りを見ているだけに、
毛倡妓の反応は明らかに疑っているというか不安げなもの。
だがそれでも、嘘のないいつもの笑顔で「ホントだよー」と言う千賭に、
が奴良組にとって不易になる存在ではないと感じたのか、苦笑いを浮かべながらも「そうですか」と納得してくれた。
「さん、行こ!」
毛倡妓から離れた千賭はの手をとり、
の返答も聞かず、強引にずるずると彼女を奴良組の屋敷に引きずり込むのだった。
「しっかし、あの長永の親父の血からこんな別嬪さんが出てくるとはのぉ〜」
ニヤニヤと笑みを浮かべながらを眺め、
手に持っていたお猪口の酒をあおるのは、不自然に頭が後ろに長い老人――の姿をした妖怪・ぬらりひょん。
興味の目でを眺めるぬらりひょんの姿は、ただのスケベな老人に見えないこともない。
だが、かつては百鬼の主と呼ばれ、奴良組の総大将である存在だ。
まず間違いなく相当の実力者であり、キレ者だろうが――この上なく楽しそうに酒をあおる姿に、そんな面影はまるでなかった。
「うわー、ぬらじーちゃん鼻の下が伸びきってるよー?」
「そりゃー、嬢ちゃんは美人だからの〜」
上機嫌なぬらりひょんの顔を見て、千賭が率直な感想を口にすると、
ぬらりひょんは鼻の下が伸びていること――に対してデレデレしていることを取り繕うことなく、
むしろそれを当たり前のように肯定する。
しかし、ぬらりひょんがデレデレしていることに対して嫌悪感や呆れは感じていない千賭は、
笑いながら「だよね〜」とぬらりひょんの言葉を肯定していた。
そして、そんな二人を前にしているといえば――一切の遠慮なく、この上なく面倒くさそうな表情を見せていた。
「千賭ものぉ〜、可愛いは可愛いんだが――色気がのぉ〜」
「うわ!せくはら!せくしゃるはらすめんとだよぬらじーちゃん!」
「なーに言っとるんじゃ千賭〜。男をかどわかすだけの色気もないっつーのに〜」
「そんなことないよ!ボクだってマニアにはウケる色――ぎゃふ!」
「女の子がなに言ってんだよ!!」
ツッコミ不在で進行していた千賭とぬらりひょんの下ネタ一歩手前のトークに、急に強烈なツッコミが入る。
その暴力を伴ったツッコミを入れたのは、上は茶色で下は黒という特徴的な髪色をした少年。
妖怪屋敷という突飛な環境で暮らしているにもかかわらず、少年は人間らしい常識を持ち合わせているようで、
千賭をグーで殴った彼の表情には思い切り怒りの感情が浮かんでいた。
「なんじゃいリクオぉ〜、せっかく千賭が面白いことを言いそうだったてーのに〜」
「なにが面白いだよ!というか、千賭も何言ってんの!!」
「ぅう…だって、ぬらじーちゃんがボクに色気がないって言うから…!
あるよね?!ボクにも色気あるよねりっちゃ――」
「ない!」
「わあ!食い気味に断言された!!」
ぬらりひょんにリクオと呼ばれた少年に抱きついて、というかすがりついて
千賭は自分に色気があることをリクオに訊く――よりも先に色気がないとはっきり断言されてしまう。一切の迷いのないリクオの断言であったが、
なんとなく引き下がれない心境になっていた千賭は「そんなことないってばー!」とリクオに抗議した。
「体は貧相だけど色気はあるんだってばー!」
「だからっ、何を言い出してるんだよ千賭はっ!!」
わーわーと騒ぐ千賭に、およそ同じテンションでわーわーと突っ込むリクオ。
そして、そんな2人をぬらりひょんはケタケタと笑いながら、
は呆れ――を通り越して、半ば悟ったかのような表情で二人のやり取りを眺めていた。
どんちゃん騒ぎの大宴会の中、特別カオスと化したのは、
広間の最奥にある一段高い場所――組内で最も地位の高い存在が座る席。
奴良組若頭であるリクオに、奴良組本家在中術師である千賭が色気云々を語りながら詰め寄る姿はなかなかに意味不明。
しかし、このまま千賭が変な方向にエスカレートすると、確定でエラいことのになりそうな気配を誰もが感じながらも――
リクオ以外誰一人として、千賭の暴走を止めようとするものはいなかった。
「確かに今のボクはちっちゃいけど、おばー――ぎゃぼっ!!」
「ぶっ」
千賭の後頭部にクリーンヒットしたのは銚子。
――だが、周りの視線は千賭よりも別のものに向いていた。
「おい、職務放棄とはどういう了見だ」
そうに言葉を投げたのは、
彼女の頭を思いっきり足で踏みつけている長い紺青色の髪の男、にも見える女――心皇千可。
人の頭を踏みつけているにもかかわらず、
まるで何事もないかのように無表情でを見下ろす千可の姿は、なによりも恐ろしく、
広間にいた木っ端妖怪たちは己の身の危険を感じてか、ズササッ!と音を立てて身を引いていた。
「あいたたた…もー、なにが――って!おば――」
「――――」
「だいししょ――って!わあ!なに!?この面白い構図!」
「「「(えぇ―――……!)」」」
所詮、血縁者か――。
千可に足蹴にされているの前にした千賭が開口一番口にしたのは、
「面白い構図」などというまったくこの状況を「惨状」と思っていない言葉。
挙句、と千可を「面白い構図」を見る千賭の顔は、好奇心でいっぱいにキラキラと輝いている始末だった。
大概に、どうしようもない状況と空気になった大広間。
だが不意に、ドス黒い殺気がざわりと部屋全体に走り――その次の瞬間、千可の顔面めがけての拳が飛んだ。
「――ふん、『最強』の名が聞いて呆れる」
「ハッ、『ここ』だから通らなかっただけの話で――本来なら、殴れてたわよっ」
ギリギリのところで――だが、余裕を持っての拳を鉄扇で受け止めた千可。
自分を攻撃できなかったを挑発するように千可は嘲笑うが、
端から自分の拳が千可に受け止められると理解していたらしいに、悔しげな様子はなかった。
振り払うようにが力任せに腕を振るう。それによって千可は一度後方へと跳び、と一度距離をとる。
だが、その表情は先程までの無表情どころか、冷静さすら残していない――だいぶ好戦的な色を宿していた。
「おい千可、やりあうなら外でやれ」
「なっ、ちょ、なに煽ってるんですか」
「いやなに、あんな愉しそうな千可を見るのは久々での〜」
「…お前に気遣われるのは大概に癪だが――まぁいい…!」
「――チッ!」
ニヤリと獰猛な獣のような笑みを浮かべ、一気にとの距離を詰めた千可。
しかし、それでも千可とやり合うつもりのないは苛立った様子で舌を打つと、
千可から逃れるように広間から外――中庭へと飛び出していった。
「ひゃ〜、さすがさんだね〜。ボクじゃ絶対、蹴り飛ばされてたよー」
「確かに大したもんだ。あの若さで千可の体術についてくとはの〜」
中庭で攻防を繰り広げると千可の姿を眺めながら、
感心した様子で感想を漏らすのは、大広間から廊下へと場所を移した千賭とぬらりひょん。
たちの闘いを肴に、飲みなおすつもりらしく、ぬらりひょんの手にはお猪口が握られており、
千賭の方も何気につまみとして用意されたスルメイカをしゃぶっていた。
そんな肝が据わっているというか、マイペースが過ぎるというか――な祖父と幼馴染に対して、
リクオは疲れ果てたようなた大きなため息をもらした。
「? どったのりっちゃん?」
「……もういいよ…。――ところで今更だけど、あの人は?」
「ん?さん?さんはボクの先輩!」
「……陰陽師としての?」
「違うよ〜、さんそもそも陰陽師じゃないし!」
「…じゃあ、なんの先輩なのさ」
「それは――……答えられない!」
「…………」
なぜか、自信満々の表情で答えられないと答える千賭に、
疲れ果てた様子で「もういいよ…」と色々を諦めるリクオなのだった。
■あとがき
この作品は全力ギャグなので、(時空が歪んだ結果)鬼師匠とよろず主がタメ口で話しておりますが、
現実(?)だった場合には、よろず主は間違っても鬼師匠に逆らうようなことはいたしません。
がっつり年上の上に現状、まだまだまだまだ目上の方なので(笑)