「ヒマだぁー……」

 

 イスに寄りかかり、ぐったりとした様子でそうもらしたのは、
カントー・ジョウトリーグのチャンピオンであるグリーン。
 とても名誉ある役目を負っているようには見えないそんな彼の姿に、
今グリーンが訪れているウラジロ研究所の所員であり、幼馴染の女性――は呆れを含んだため息を漏らした。

 

「…暇なのはわかるけれど、その度ウチにくるのはどうかと思うよ」
「なんだよ、人がわざわざじーちゃんの論文持ってきてやったってのに」
「…それはお前がここに来る口実作りのために持ってきただけだろう」
「…………」

 

 冷静にグリーンの図星を突く
痛いところを突かれたグリーンは苦笑いを浮かべながら、から視線をそらし、
この話題から逃れるようにテーブルに広げられた書類の束に手を伸ばした。
 そんな、グリーンには大きなため息を漏らし――ながらも、
彼の分のコーヒーを用意するべく、研究室の奥へと消えていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウラジロ研究所。
 その研究所はマサラタウンに建てられている。
しかし、マサラタウンには世界的に有名なオーキド博士の研究所があり、
そちらばかりが注目されるため、ウラジロ研究所はそれほど知名度の高い研究所ではない。
 さらに、ウラジロ研究所の所長であるシノブ博士はポケモンの生態学を研究しているため、
研究のためにフィールドワークに出て研究所を留守をすることが多く、
それもあいまってウラジロ研究所は本当に存在が地元の人にとってすら、認識が微妙な存在になってしまっていた。

 

「シノブ博士、今どこに行ってんだ?」
「…キバニアの生態調査のためにホウエンだ」
「ホウエン…また遠いな」
「ああ、また半年近くは帰ってこないだろうさ…」

 

 そう言ってげんなりとした様子で肩を落とす
そんな彼女の姿を見たグリーンは返す言葉か見つからなかったのか、ただ苦笑いを浮かべていた。
 
 留守の多いシノブ博士に代わって、ウラジロ研究所の留守を預かっているのが、
ウラジロ研究所の所員であり、シノブ博士の実の娘である
 ウラジロ研究所には数名の研究員がいるのだが、研究員としては見習いであるは、
博士のフィールドワークには同行させてもらうことができず、
現地から送られてくる情報を研究所でまとめる日々を送っていた。
 数年間、研究員としては働いているが、それまだまだ研究者としては新米。
ウラジロ研究所における研究の要であるフィールドワークに参加させてもらえないのも致し方ない
――が、が留守を任されている理由は、見習いであることが一番の理由ではなかった。
 
 不意に響く電子音。
聞きなれた電子音にげっそりとしながら、は研究室のメインコンピューターのコンソールを操作する。
電子音が告げたもの――新着のメールに若干、嫌そうな表情を見せながらも、はおもむろにそのメールを開いた。

 

「うわ、嫌がらせだろ」
「…………」

 

 が開いたメールに表示されたのは、
こんがりと小麦色に肌の焼けた数名のアロハシャツを着た男女。
 和気藹々といった様子で肩を組み、この上なく楽しげな笑みを浮かべてピースサインをとっている大人たち
――残念だが、これがの先輩研究者たちであり、自分が師事する博士の姿だった。
 
 嫌がらせ――にとってすれば本当にそうだった。
シノブたちは自分たちの無事を伝えるために送ってきたのだろうが、
アロハシャツを着てのんきに笑顔でポーズなぞ取っている彼女たちの姿など、
研究所にこもって調査結果の整理ばかりをさせられているにとっては、
本当にただの嫌がらせとしか思えなかった。
 しかし、シノブたちの悪気ない嫌がらせは――次が本番であった。

 

「あー……博士の調査、順調みたいだな…」
「はぁ〜……」

 

 メールに添付されていた圧縮ファイルを開けば、
姿を見せたのは現地での調査の中で得たであろう調査内容をまとめた文書ファイルと、たくさんの画像ファイル。
加えて、今回に関しては音声ファイルまで入っていた。
 なんだろう?――とは思いながらも、あまりの情報量の多さに大幅にやる気を削がれたは、
そのファイルたちの内容を確かめることなくファイルを閉じた。
 
 が研究所に残されている理由――それは、の事務処理能力の高さ故。
 適当なファイル名に、厳選されていない写真。
それらからわかるように、シノブ博士たちは根っこが大雑把な人間だ。
そのため、情報整理などの作業がどちらかといえば苦手で、手間取ることが多のだ。
 しかし、それが得意なを研究所に残すことにより、
調査を終えて研究所に戻っても、情報整理の段階を省いてすぐにでも論文作成をはじめられる――
それに味をしめたシノブ博士たちは、を研究所に残してフィールドワークに出かけるのだった。

 

「はぁ〜……カツラさん、研究に早く復帰してくれないだろうか…」
「さすがにまだ難しいだろ。未だに、双子島でジムやってんだ」

 

 ポケモン生態学を専攻しているシノブ博士
――しかし、自身が研究したい分野はポケモン遺伝子学。
 元々は、ポケモン遺伝子学を専攻しているカツラの元で、
研究員兼ジムトレーナーとして活動するつもりだった。
 が、それが現実のものになる前にグレン島の噴火が起こり、
グレン島復興のためにカツラがジムリーダー行を優先したため――
とりあえず、は母親であるシノブの元で研究員となっていた。
 
 ポケモン生態学は、子供の頃から馴染みのある分野であるため、も嫌いではない。
しかし、やはりが研究したい分野は遺伝子学のわけで――
モチベーションを保つことが難しく、こうして大量の情報整理を任されると嫌気がさしてしまうのだ。
 だがこれでは色々と非効率的であることは明白だった。

 

「…オーキド博士に、誰か紹介してもらった方がいいだろうか……」
「おいおい、根性ねーな。研究者は根性が命だってじーちゃんが言ってたぞ」
「…好きな研究なら、いくらでも根性出すんだがね…」
「見習いが、なに生意気いってんだ。嫌な仕事も、修行べんきょうだろ」
「………」

 

 さも当然といった様子で言うグリーンに、の眉がピクリと動く。
 ――しかし、癪に障るがグリーンの言い分は正しい。
見習いという立場にある以上、やる気の出ない研究であろうと――全力を持って取り組むのが当然だ。

 

「…わかった、文句を言わずに仕事に勤しむよ」
「ま、凡ての道はローマに通じる――じゃないが、今の研究が後のお前の研究に役立つ時は必ず来るさ」
「…そうだといいんだがね」

 

 グリーンの励ましの言葉に苦笑いを浮かべ、改めて腹をくくったは――
ホウエンから送られてきたデータの整理に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 炎赤主研究員IF設定でグリーン夢を書かせていただきました。
本来であれば、グリーンはトキワジムのリーダーですが、この設定での世界観ではトキワジムは心金主の担当なので、
グリーン兄さんにはカントー・ジョウトリーグのチャンピオンになっていただきました。
 元からの設定とかみ合っていたこともあって、違和感なく書けました(笑)