帝国学園――それはサッカーをするものであれば、おおよそが知っているサッカーの名門校。
 中学生サッカーの頂点を決める全国大会――フットボールフロンティア。
この栄誉ある大会において、帝国学園は40年もの長きに亘ってその頂点に君臨している――
そう、帝国学園サッカー部はフットボールフロンティアにて、40連覇というありえない偉業を達成しているのだ。
こんな規格外の偉業を成しているのだから、サッカーに関わるものが知っているのは当然のこと。
そして、この帝国学園はプロのサッカー選手を目指す少年たちにとって、憧れの学校でもあった。

 

 サッカーの名門校として知られている帝国学園だが、一般的にも帝国は名門校として知られている。
プロサッカー選手を多数輩出している帝国学園だが、
それ以上に多くの経営者、大手企業の幹部、政治家を輩出しており、
超エリート校として上流階級の間では絶対の信頼を得ていた。
 勝利を絶対とした競争主義――さらに男子生徒しかいない帝国学園はまさしく弱肉強食の世界。
そんな環境で培われた闘争心とタフネスは、結果のみを求められる上層の社会の中で強い武器となる。
――そんな競争社会の男子校である帝国学園に、私は在籍していた。

 

 帝国学園の総帥――影山零二。
絶対的な権力を以って総帥として帝国学園を牛耳るこの男は、私の「所有者」だ。
そして逆に言えば、私はあの男の「所有物」だった。
 所有物――手駒である私が、あの男のホームである帝国学園に在籍するのはある意味で当然のこと。
しかし、如何せん男子校という環境上、私の在籍は少々の無理がある。
――だがそれでも、あの男は私を帝国学園に無理やり入学させた。

 

 普通の子供であったなら――おそらく私は死んでいたか、心の病に冒されていたことだろう。
毎日のように繰り返される嫌がらせ。
ここで泣きでもすれば、多少なり熱量が引いたかもしれない。
だが、「物」に成り下がった私にとって、彼らからの嫌がらせなど些事たるもの。
痛くも痒くもないそれに、無反応を突き通した結果――彼らからの嫌がらせはエスカレートしていった。
――といっても、やはり些事たることだったが。
 そんな、クラスメイトたちからの嫌がらせを受けながらの日々を送っていた私だったが、
初等部高学年への進級を機に――状況は一変していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帝国学園中等部校舎内メインサッカーグラウンド。
そこでの練習を許されるのは、100名を超える部員の中から選ばれた16名――正レギュラーだけ。
 たとえ準レギュラーであったとしても、正レギュラーとの練習試合などの場合しか足を踏み入れることを許されないため、
このグラウンドは帝国サッカー部員にとって、特別な場所――
そんな場所に、私は幼い頃から当たり前のように出入りしていた。
 
 この中でも、クラス内と同じような事態は起こりえた。
しかし、サッカーというツールを通したことによって、部員たちは私を攻撃の対象からはずし、
ある一定の信頼を寄せてくれるようになった。
 先天的に、私は人並みはずれた洞察眼を持っている。
それは幼い頃からすでに、対象の実力や特徴、クセから弱点までを見抜く一種の「能力スキル」として発現しており、
その能力によって私は帝国サッカー部において価値ある存在として認められ――立場を勝ち得たのだった。
 私がこの立場を得られたのも、やはり帝国という場所が勝利主義であるからこそ。
私を攻撃して鬱憤を晴らすよりも、私の能力を利用して自己のレベルアップを図った方が有益
――という結論に部員たちが行き着いたから得られた立場で。
もし、彼らが自己のレベルアップよりも、鬱憤を晴らすことを優先したなら――私への攻撃は間違いなく始まっていただろう。
――まぁ、それでもやはり私には些事だが。
 
 そうして、中等部進学前から中等部のサッカー部に関わっていた私を、
初等部のサッカークラブに入部したクラスメイト彼らは見たことにより――彼らと私の関係は大きく変わっていった。

 

「朝練自体は大して辛くねーけど、やっぱ一時限目はたるいよなー」
「だな、特に国語はないな」
「…それ、佐久間にとっては何時限目でも同じだろ」
「ああ、国語は佐久間の苦手教科だったな」
「違う、苦手なんじゃなくて――嫌いなんだよ」
「…なお悪くなってないか?」
「ははっ、小学生の頃から佐久間は国語嫌いだったよなー」
「うるせーな。俺よりテストの点悪いくせに」
「平均5点差だけどな!」
「…五十歩百歩」
「総合の勝ち星は俺の方が多いんだよっ」

 

 帝国学園中等部の昼休み。
給食制ではなく、昼食持参形式である帝国学園では、多くの生徒たちが食堂を利用する。
もちろん、弁当を持参する生徒も多数いるが、その生徒たちも食堂で食事をするものが多い。
 そのため、昼時ともなると食堂は生徒でごった返すのだが――帝国の食堂には数室、個室のような部屋が存在している。
そしての中のひとつに、サッカー部レギュラー陣が使用を許されている部屋があった。
 
 サッカー部レギュラーのために用意された個室の中で、
わいのわいのと他愛もない話題で盛り上がっているのは、帝国サッカー部のレギュラーたち。
一年と三年、さらに二年メンバー数名が欠けているが、数分もしないうちに全員が集合することだろう。

 

「あ!オイコラ辺見!それは俺のエビフライだぞ!」
「バーカ!先に食ったヤツのモンなんだよ!」
「…その隙に俺は出汁巻きを」
「渋いな咲山。――それじゃ俺は菜の花の和え物を…」
「いや寺門、お前の方が断然渋いだろ」

 

 テーブルに広げられた重箱のおかずを取り合う佐久間と辺見。
そして、そんな彼らを尻目に自分の食べたいおかずに箸を伸ばす咲山と寺門。
そして、そんなマイペースな4人をどこかおろおろとした様子で見ている源田と、呆れた様子の鬼道。
若干カオスとかしている状況だが、残念ながら毎度のことであるため、状況は好転しない。
ただし、悪くもなりはしないのだが。
 本来であれば、私は一人で昼食をとりたい。というか、もうだいぶ静かな空間で食事をしたい。
しかし、それは小学4年生への進級を機に、叶わぬものとなってしまっていた。
 それというのも――先ほどまでエビフライひとつを取り合っていた佐久間と辺見が原因だ。
 
 佐久間と辺見は、私への嫌がらせを行っていたグループの主要な人物。
彼らはとにかく負けん気が強く、非常に我が強かった。
それ故に、自分たちの力に屈しない私が気に触り、なんとしても私を屈服させるべく、彼らは私への攻撃を行った。
 しかし、4年への進級を気にサッカークラブへと入部した佐久間たちは、
中等部のサッカー部で活動する私を見て――真っ向から勝負を仕掛けてきた。
 おそらく彼らは、サッカーで私を圧倒することで、自分たちの実力をアピールするいい機会になるとでも思ったのだろう。
 ――ただ残念ながら、その勝負は私の圧倒的な勝利で幕を閉じたのだが。
 
 それ以降、彼らからの嫌がらせはなくなった。
が、その代わりに彼らはことあるごとに私に対して勝負を仕掛けてくるようになってしまった。
 体育の授業における競争ごとはもちろん、テストに、通知表に――
登校時間やら、早食いやら、意味のわからない勝負を吹っかけられることも多々。
そんな彼らを適当に無視しながらすごしていたはずなのだが――
気づけば私の傍に佐久間と辺見がいることは、当たり前のことになってしまっていた。

 

「おい御麟!もっと肉料理増やせよ!」
「――文句があるなら食べなくていい」
「文句じゃない、注文だっ」

 

 勝ち誇ったような笑みを浮かべてそう言うのは佐久間。
 …なにを勝ち誇った気でいるのだろうか。
これは私にとって義務ではなく、120%善意で行っている――「勝手」なのだが。

 

「…なら、明日からは食堂の料理人に頼みなさい」
「ぇ」
「要望通りの料理が食べたいなら、それが一番でしょう」
「…………」
「…御麟、それは佐久間だけに有効か?」
「いいえ、全員に有効よ」
「そうか――よし、謝れ佐久間」
「はぁ?!」
「そうだ、謝れ佐久間。お前の我侭で俺たちまで御麟の弁当が食べられなくなるのは納得いかないからな」
「ほー、納得いかないのかよ」
「まあな。御麟の弁当は食堂の定食と違って季節感があるし――何より和食が美味いのがいい」
「おっさん…」
「なっ、だ、誰がおっさんだ!大人と言え!大人と!」
「つーか、咲山の好みもどっちかって言ったら寺門よりだろ?」
「…俺は見かけが老けてないからセーフ」
「なにがだ!?」

 

 完全に脱線した会話。
先ほどまで佐久間が話題の中心にいたはずなのだが、今では話題の中心にいるのは寺門と咲山。
しかも、もう弁当のことからも話題がずれて寺門の外見が老けてるだの老けてないだの。
 ここのままいけば、この話は流れて終わる――
そう思っているのか、佐久間の顔にはほんの少し安堵の色が見える。
しかし、私にそれを――この話をなかったことにするつもりは毛頭なかった。

 

「それで――どうなの佐久間」
「「「あ」」」
「…………くそっ、見逃せよ…!

 

 苦虫を噛み潰したような表情で悪態をもらす佐久間。
かなり小声で言っていたが、残念ながらこの個室という狭い空間では難なく聞き取れた。
まぁ、私が若干の地獄耳ということもあるけれど。
 否応無く佐久間に集まる視線。
この上なく苦々しい表情を浮かべ、私はおろか、辺見たちからの視線すらも逃れる佐久間。
しかし、その「逃げ」も私が相手では無駄と理解している佐久間だけに――
彼がこちらに視線を戻すのに、そう時間はかからなかった。

 

「…その………だな……」
「…………」
「…悪かった」

 

 口は、謝っている。が、佐久間の表情は完全に謝らされている感しかない不貞腐れたもの。
口先だけとはいえ、謝ったことは事実なのだから、ここはとりあえずよしとしよう。
 ――これ以上、後輩の前で情けない姿をさらさせるのもさすがに酷だ。

 

「佐久間先輩も、結局は御麟先輩に弱いよねー」
「――!!なっ、おま、洞面ー!?」
「ほらお前ら、さっさと部屋入れ」
「万丈、みんなそろって遅かったな」

 

 絶好のタイミングで部屋へ入ってきたのは、残りのレギュラー陣。
いたずらっ子のような楽しげな笑みを浮かべている一年3名が部屋に入れば、
後ろから万丈や五条といった二年生と三年がぞろぞろと入ってくる。
 いつもよりも遅い彼らの到着に、何の気なしに寺門がどうしたのかと問えば、
それに答えたのは――いつも以上に楽しげに笑っている五条だった。

 

「ククク…、少々面白いものを見学していたのですよ」
「…おい、まさか……」
「まっ、御麟先輩に謝る佐久間先輩なんて、そう珍しいもんじゃないですけど――映像に残せたのは収穫でしたっ」
「てめっ、成神!携帯よこせェ!!」
「イヤですよーっ、洞面パス!」

 

 そう言って成神は洞面へ向かって自分の携帯を投げる。
成神のよこしたそれを難なくキャッチした洞面は――
サッカーの試合中にも見せたことのない瞬発力を見せた佐久間から逃れるように私の腕に抱きついた。
 …強かな一年生である。

 

「佐久間、年下相手になにをしているの」
「…………」
「少し大人になりなさい。でないと、いつまで経ってもからかわれ続けるわよ――辺見ともども」
「お、俺もかよっ」
「…同レベルなんだから、当然でしょう」
「あ」
「ちょ、なにするんですか御麟先輩!」
「あなたたちも、こういうことはやめなさい。人間が小さくなるわよ――そこの先輩みたいに」

 

 そう言って、私は成神の携帯から佐久間が私に謝っている光景を記録した映像を消去する。
そして、私の隣に座っている咲山に携帯を渡せば、面々の手を渡って携帯は持ち主である成神の元へと戻る。
 自分の手元に戻ってきた携帯を成神は確認するが、当然先ほどの映像は跡形も無く消去されている。
しかし、それに対して成神の反応はほとんどなく――それよりも気になることがある様子だった。

 

「そこの先輩……」
「なんだよ」
「いーえ、間違っても『そこの先輩』みたいにはなりたくないなー、と思っただけです」

 

 躊躇無くはっきりと言ってよこす成神に、辺見の額に青筋が走る。
が、辺見の隣に座っていた寺門が「どうどう」と言って辺見に静止をかけたことで、辺見が怒りを爆発させることはなかった。
 しかし、成神に対する不満は当然のようにあるようで、成神を威嚇するように睨んでいたが――
睨まれている成神といえば、まったく辺見を気にした様子も無く、テーブルに広げられていた弁当に箸を伸ばしていた。
 …どうやら、私の心配は杞憂だったようだ。
 
 気づけば、レギュラーメンバー全員が集まり、事前に注文していた料理がそろっている。
キャプテンである鬼道の号令で――ということはなく、各々のタイミングで自分の頼んだ定食なり、持参の弁当を食べはじめていた。

 

「…ここ最近の練習試合、張り合いがないな」
「ああ、まったくだ。準備運動が精々といったところだったな」
「つーか、2軍の連中との試合の方がよっぽど練習になるよな」
「時期的に次の練習試合が組まれるころのはずだが…鬼道、何か聞いていないか?」
「…総帥から、雷門中との練習試合を組んだと聞いた」
「「「雷門中??」」」
「? 御麟先輩、何か知ってるの?」

 

 思わず止めてしまった箸。
それを見逃さなかった洞面が私の顔を覗き込む。
 本当に、この子は目聡いというか賢すぎるというか…。
次代の帝国を担ってくれる逸材としては嬉しいことだが、そばにいる後輩としては――少々可愛くない。

 

「聞いたことのない名だったから」
「…御麟でも知らない学校か。……だがどうして総帥はそんな学校との練習試合を?」
「さあな。総帥の意図はわからないが――誰が相手であれ、俺たちが勝つのは絶対だ」
「ふっ、確かにな」

 

 彼らの輪に広がる勝利への絶対的確信。
 きっと、それは間違っていない。
今の、雷門ではこの帝国イレブンに勝つことなど、まず間違いなくできはしない。
どんな奇跡が起きたとしてもそれは絶対に――。

 

「…午後の授業、面倒だな……」
「だな、早く放課後にならんもんか…」
「オイ、情けないこと言うな。学業との両立ぐらい、帝国の生徒ならやってのけろよ」
「簡単に言ってくれるよなぁ」
「…意外に、佐久間頭いいんだよな、意外に」
「意外言うなっ。しかも二回言うな!」
「そして意外に勉強できない源田先輩」
「ぱっと見、佐久間や辺見より絶対勉強できそうなんだがな」
「ちょい待て寺門っ、俺と佐久間を一括りにすんな!」

 

 わいわいと、また他愛のない話題で盛り上がりはじめる帝国レギュラー陣。
今の姿を見る限り、40年間無敗を誇る帝国サッカー部レギュラーとは思えない――だがこれが、彼らの本質なのだろう。
 求めているのは地位や名誉ではなく、価値と充実感のある仲間たちと一緒に手にする勝利
――結局、彼らはサッカーという競技を愛する少年たちなのだ。
 
 だからきっと、彼らは変わってしまうだろう――雷門との試合を機に。

 

「よーし成神っ、今日の練習で俺がみっち鍛えてやるぜェ…!」
「うわっ、ちょ、食べてるときに…!」
「鬼道さん、いーんですかー?今日ボクら、フォーメーションの確認する予定でしたよね?」
「あっ」
「…辺見がやる気なら、それは後日にしよう」
「えぇーっ!」
「さっすが鬼道さん!話がわかる!」
「それじゃ、ボクらはどうするんですか?」
「デスゾーンのレベルアップを図る。――いいな、佐久間、寺門」
「もちろんだ」
「――それじゃ、俺らは引き続き源田のレベルアップの手伝いだな」
「ああ、よろしく頼む」

 

 これが今の私のありふれた日常――だが、これは偽りの平穏だ。
私は、「平穏」をなげうって――大切なものを守っているのだから。
 それでも――

 

「御麟、俺たちの練習に付き合ってもらえるか?」
「…源田の苦手なコースに思いっきりシュート決めたい」
「お、おい、咲山、なんか目的違ってないか?!」
「…気のせいだ」
「ククク、キングオブゴールキーパーに死角があってはいけませんからね、私もお手伝いしますよ」
「…お前らホント、ナチュラルにドSだよな」
「…いや、」
「――御麟くんには及びませんよ」

 

 一斉に私に向く視線――この期待には、応えなければいけないだろうか。

 

「そうね」
「「「(すげぇ笑顔…)」」」

 

 たとえ偽りの中で芽生えた信頼だとしても大切にしたい――そう思っている私がどこかにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 すみません。長いですね。ついうっかり気合が入ってがっつり書いてしまいました…。
でも、物凄く楽しかったです。夢主一人称もですが、帝国イレブンを書くのも(笑)
またこの設定で書きたいとは思うのですが、ネタがなぁ……。佐久間が不憫な目に合うネタしか思いつかない(真顔)
 ……あれ?名前変換……ない…?