古来より、日本の裏社会の中で暗躍し続けている蟲使い。
蟲を理解し、蟲を己が手足として利用することで、
蟲使いは情報収集から拷問、戦闘まで幅広い作業を行うことができる万能の存在だ。
それ故に、その能力者を人工的に――才能のない人間でも蟲使いにすることができれば、それは莫大な利益を生むだろう。
そんな、大人の勝手な思惑によって、
多くの子供たちが犠牲になった末――一人の少女に、この異端の能力は定着した。
凶暴な毒蜂であろうと、毒蜘蛛であろうと、虫たちは少女を襲うことはしない。
たとえ、興奮した状態で放たれたとしても、虫たちが少女のもとについたときには落ち着きを取り戻し――
まるで、懐いているかのように少女に身を寄せた。
ついに人工的に蟲使いを誕生させることに成功した大人たち。
これでかつての地位を取り戻せる――そう言って彼らは歓喜に沸いた。が、結局彼らの悲願は――自らが生み出した「モノ」によって潰えた。
「――こうして、顔を合わせるのは初めてですね」
聞き覚えのある声。反射的に声の聞こえた方へと視線を向ければ――そこには光を背負った人の影。
一切の光のない地下室の中で生きてきた少女にとって、その光は目がつぶれてしまいそうなほどにまぶしい。
思わず、手で目を覆う――が、それよりも先に誰かが少女のその手をとった。
鬱蒼と生い茂る草木。
それは間違っても管理されたものではなく、長年放置された末の――荒廃と呼べるものだった。
かつては、様々な娯楽施設があり、週末ともなれば親子連れなどで賑わったという――黒曜ヘルシーランド。
しかし、新しい道路ができて以来、客足が遠のいてしまったために施設は閉鎖されたが、
取り壊されることなく放置された結果――荒れ果てたこの廃墟は黒曜中の不良のたまり場となってしまっていた。
今までであれば、黒曜ランドには多くの不良がうろついていた。
しかし、最近になって不良のトップが交代したことにより、黒曜ランドから不良たちの姿は消えた。
だが――それまで以上に、黒曜ランドは人の近寄りがたい場所へと変貌していた。
人も、動物だ。動物である以上、本能というものがあり、それは時として理性を上回る。
人々が黒曜ランドへ近づきがたいと思うのも、
本能が――無意識下で働いている危機意識が、黒曜ランドが危険なものだと伝えているのだ。
そして当然、人間よりもずっと危険に対する勘の鋭い動物たちは、
とうの昔に黒曜ランドからいなくなってしまっていたのだが――今、黒曜ランドに虫たちが戻ってこようとしていた。
「待っていましたよ」
そう笑顔で言ったのは、ネイビーの髪を高い位置でまとめた特徴的な髪型をした少年。
部屋の際奥にあるソファーに腰掛けている彼の前には、
ミリタリージャケットを羽織った少年が立っており、無表情で少年を見下ろしていた。
「……遅かったね」
「へっ、どーせマフィアどもに使われてたんらろ!」
苦言とも、感想とも取れる言葉を投げたのはニット帽を目深にかぶった眼鏡の少年。
そして、一切嫌悪を隠しもせずに嫌味を投げたのは、ボサボサの鈍い金髪の少年だった。
彼らの反応を受けたミリタリージャケットの少年は、おもむろに肩に下げていたナップザックを金髪の少年に向かって放る
唐突なそれに、少年は「ぅお!?」と驚きの声を上げはしたものの、
彼の反射神経を持ってすればキャッチする程度わけもなく、難なく少年はナップザックをキャッチした。
なにすんだ!――と、一度は吼えようとした少年だったが、
人並み以上に嗅覚の優れている彼はナップザックの中身に見当がついたらしく、
急に嬉々とした表情を浮かべて乱暴にナップザックを開く。
すると、ナップザックの中には大量のお菓子と、いくつかの小型ゲーム機が詰め込まれていた。
「おお〜!大漁だびょん!」
「……まさか…これ……」
「…また、悪い癖ですか――?」
眼鏡の少年の顔に困惑の色が浮かび、笑顔だったネイビーの少年の顔に色濃い呆れの色が浮かぶ。
そんな彼らの視線を受けたミリタリージャケットの少年――に見える少女・は、やや不機嫌そうな様子でため息をついた。
「悪い癖とは何だ。ただ、ちょっとばかりゲームに熱中しすぎただけで――お前ほど『悪い事』はしていない」
そうが言い捨てると、不意にの頭上に一匹のタランチュラが降ってくる。
唐突に降ってきた毒蜘蛛――タランチュラにも、少年たちも驚くことはない。
そして、は一切のためらいなく自分の頭に乗っているタランチュラに手を差し伸べた。
差し伸べた手にタランチュラが乗ると、はタランチュラの乗った手を胸の前まで持ってくる。
そして、今までの無表情が嘘だあったかのような優しい笑みを浮かべて「ご苦労様」と言ってタランチュラを撫でた。
「まったく――俺が来るまで待てと言っておいただろう」
「クフフ…、申し訳ない。これからはじまる世界の終末を思うと…じっとしていられなくて」
「…相変わらず子供だな、骸」
まるで悪びれた様子もなく笑顔を見せるネイビーの少年――骸の様子に、は呆れた様子でため息と苦言を漏らす。
しかし、だからといって骸がに言い返すようなことはなく、落ち着いた様子で「クフフ」といつもの笑みを見せた。
「しかし大変なことをしてくれたな。ランキングフゥ太は業界のルーキーだったというのに…」
「クフフ…、彼が能力を失ったことはキミにとってプラスかと思ったのですが?」
「バカを言え、情報を盗める情報屋が減ったんだ――プラスどころかマイナスだ」
楽しげに笑う骸を尻目に、深いため息をつく。
しかしそれ以上、骸に苦言を向けるつもりはないようで、
手の甲に乗せていたタランチュラを肩に乗せると、改まった様子で骸に視線を向けた。
「――それでどうする?もう、俺が手を貸さずともボンゴレ10代目を見つけることは容易と思うが?」
「…そうですね、このリストをしらみつぶしに当たれば――すぐにも所在が知れる」
マフィア界でも割と名の知れた情報屋である。
今回こうして骸の元へやってきたのも、ボンゴレ十代目を探し出す――という仕事を骸から依頼されたからだった。
しかし、がやってくる前に動きはじめた骸たちは、
すでにボンゴレ10代目を見つけだすための情報を得てしまっており、
の力を借りずともターゲットを捕捉することは容易な状況。
わざわざ報酬を払ってまで骸たちがを頼る理由はなくなっていた。
「では、この依頼は破約としましょう」
「……まぁ、いいだろう」
遠路遥々極東の島国にまでやってきたというのに、破約となってしまった依頼。
こちらの不備ではなく、骸たちの勝手で破約となったが――
懐かしい顔を尋ねたと思えば、にとって今回の来日はそれほど悪いものでもなかった。
それに、この日本には――
「それでは、新たな仕事を依頼したいのですが――どうでしょう?」
自分のこの後の身のふりようを考えていたの思考を、骸が遮った。
思ってもみない骸の新たな依頼の提案に、
は一瞬、驚いた表情を見せたが、すぐに顔に無表情を貼り付けると、骸に依頼内容についての説明を求めた。
「僕の計画を遂行するための情報収集と情報操作をお願いしたい」
「…期間は」
「世界が終わるその時まで」
ニコリと、笑みを浮かべて言う骸。
しかし、その彼の笑みに冗談の色はなく、至って本気で骸はに依頼を持ちかけていた。
――世界の終末に至るまでの、長期契約を。
かつて、エストラーネオファミリーの人間モルモットとして生きていたと骸たち。
しかし、骸の反逆によってファミリーは壊滅し、は骸たちと共に研究所から逃げ出した
――が、は彼らの――いや、骸の考えに賛同せず、一時までは生きるために彼らと行動を共にしていたが、
自らの力だけで生きられるようになって以降は、彼らとその袂を分けていた。
しかしそれでも、同じ苦しみを共有した存在として、
たちはある一定の距離感は保っており、こうしてビジネス上での接点は多く共有している。
だが、これは昔の好と――高額な報酬のため。
あくまでは、彼らの身を案じているわけでも、ましてや骸の考えに共感しているわけでもない。
だからこそ、の答えは――
「Sランク報酬で契約成立だ」
「――クフフ、安い方ですね」
■あとがき
並盛夢主黒曜バージョンでのお話でした。本当は、ギャグ話がよかったのですが、なんかムリでした。
この設定での夢主はかなりのめんどくさがり屋なので、骸さんがはじけるとツッコミ不在のカオスなことになる気がするんですよねぇ…。
あと、本当は髑髏ちゃんか並盛勢との絡みも書きたかったです。……妄想はつきませんね(苦笑)