「――はあ、私がゆら様の護衛役ですか?」
竜二の前でぽかんとした表情で首をかしげる少女――。あんまりな彼女の間抜けな表情に、
竜二は本当に彼女に自分の妹であるゆらの面倒を見られるのか不安に思った
――が、よく考えるほど、ゆらの面倒を見られる人物は彼女以外に適当な人物はいなかった。
「世話役兼護衛役だ。あくまでお前の一番の仕事はゆらの身の回りの世話をすること。
護衛はよっぽどの有事のときだけでいい――でないと、ゆらの修行にならんだろうが」
「それもそうですね」
「…………」
これでもかと言うほどに、あっさりと竜二の言葉を肯定した。
謙遜することもなく、素直に自身の実力の高さを肯定するに、
竜二は若干の苛立ちを覚えながらも――それを口には出さず、竜二はの前に一通の封筒を差し出した。
「これは?」
「浮世絵町行きのチケットだ」
にやりと笑う竜二に促され、
封筒の中身をが確認すれば――そこには青春18切符が一枚入っていた。
百鬼の主として語り継がれる大妖怪――ぬらりひょん。
その大妖怪が住まうとされている土地が、日本の中心である東京のある場所にある浮世絵町だという。
数百年前の記された文献からの情報ではあるが、他の場所に移ったという文献や情報もないので、
今もぬらりひょんは浮世絵町に潜んでいるのだろう――死んでいなければ。
花開院家の宿敵である大妖怪――羽衣狐との大一番の中で、
肝を奪われその命を大きく削られたと言うぬらりひょん。
妖怪の命は人間と比べ物にならないほど長い。が、その命にリミットがないわけではない。
なのだから、百鬼の主になって以降も戦いはいくつかあったはずなので――
妖力を使い果たして闇へ還っていても何の不思議はなかった。
ただ――羽衣狐討伐の後、ぬらりひょんは公家の娘を娶り京都を去った
――との記述があったことを考えると、子を、孫を残している可能性が高い。
となると、百鬼の主 は現存している可能性の方が高かった。
「(でもそうなると――人間を殺すことにもなるよねぇ)」
妖怪 と人間 の間に生まれた子。
それは当然、妖怪と人の血を半分ずつ受け継いだ存在――半妖。
そして、もしその子がまた子を成していたならば――
そのぬらりひょんの孫に当たる子は、おそらく妖怪の血を四分の一しか受け継いでいない。
その体に流れる血の半分以上が人間のもの――四捨五入すればその孫の存在は人間だ。
人を守るために妖怪を滅す陰陽師一族――花開院家。
妖怪を絶対的悪とし、自らを正義と自負しているが――
この限りなく白に近い黒を、いったい彼らはどうやって裁くのだろうか?
「(竜二様は躊躇なく滅すだろうけど、ゆら様は――迷うだろうなぁ…)」
とあるアパートの一階。その左端にある部屋のチャイムをは押す。
凡庸なピンポーンという音が響き数秒後――聞き覚えのある少女の「はい〜」と言う声が聞こえた。
開けられたドアの向こうから姿を見せたのは、真っ黒な黒髪をショートカットにした少女。
ドアを開けた当初はぼんやりとした表情を見せていたが、
の姿を見るや否や――少女・ゆらはこの上なく怪訝そうな表情を見せた。
「お久しぶりです、ゆら様」
「……」
「もーなんですかそのお顔は〜。いたるところに妖怪が跋扈する浮世絵町に
頼もしい幼馴染がやってきたんですからもっと嬉しそうな顔をしてくれてもいいじゃないですか〜」
「はぁ?なに言うてんねん。頼もしいやなくて物騒の間違いやろ」
「えー?物騒なのは妖怪と見るや否や
問答無用で攻撃態勢に入ってしまうゆら様の方だと思いますよ〜?あ、竜二様も大概ですね」
「………で、なんやねん?わざわざこないなとこまで嫌味言いにきたんか?……それとも仕事、か?」
「はい、お仕事ですよ。ゆら様をお世話するという――あ」
バタン!と勢いよく閉じられたドア。
それはゆらのへ対する明らかな拒絶の意思だった。
花開院家の中でも特に武術に優れた一族である衛ヶ杜流に名を連ねる。
幼少よりその才能を発揮していたは、ゆらの兄である竜二の盾となるべく本家で修行を積んでいる。
そして、いずれ自分の主になる竜二の修行に付き合うことも多く――幼い頃から多くの時間を竜二と共有していた。
ただ、ただそれだけなら――ゆらもに対して苦手意識など持ったりはしなかった。
しかし、は「それだけ」ではすまなかったのだ。
「も〜どうしてこんなことするんですかゆら様ー」
「帰り!あんたと一緒に生活するやなんて――胃に穴開くわ!!」
「大丈夫ですよ〜。ゆら様は竜二様と兄妹をやっていられるんですから――
私、まだ竜二様ほど性格捻じ曲がってませんし!」
そう言って、はドアノブに一枚の札を貼る。
そして、躊躇した様子もなくドアノブをまわせば――ひとりでに鍵が開けられ、チェーンが外れる。
そして当たり前のようにドアが開き――顔を真っ青にしたゆらの前に、満面の笑みを浮かべたが姿を見せた。
ゆらの苦肉の抵抗も、あっさりと払いのけた。
万策尽き果てたのか、のゆらを見る顔には絶望すら伺える。
とことんゆらに苦手に思われていることを改めて実感しながら――は手に下げていた袋をゆらに差し出した。
「とりあえず、お茶でも飲みながら落ち着いて話しましょうか」
陰陽師――といっても、その戦闘スタイルには様々な形がある。
術を主体にして戦うもの、武器を持ち己が肉体で戦うもの、式神を使役して戦うもの――陰陽師にも様々な形がある。
花開院家においても、式神の使役に長けた愛華流、結界などの術に長けた福寿流、
妖刀作りとその使用に長けた八十流など、流派によってそれぞれの特徴があった。
陰陽師には様々な戦闘スタイルがある
――が、陰陽師というのは強力な術を用いて妖怪を滅すのが基本的であり、最も多い戦闘スタイルだ。
しかし、その妖怪を滅する術というものは、強力であればあるほど、その力を発揮するまでに多くの時間を必要とする。
そして、その術を発動するまでに術者が妖怪からの攻撃を受ければ――多くの場合、術はおじゃんになってしまう。
けれども、術を発動するまでの術者というのは――どうしても、無防備だった。
そこで大きな役割を担ったのが、妖怪との相対に特化した戦闘スタイルを持つ――衛ヶ杜流だった。
「ゆら様〜、お昼ですよ〜」
「…………」
笑顔で浮世絵中1年3組の教室に入ってきたを迎えたのは、この上なく不機嫌な表情を浮かべたゆら。
しかし、当然のようにゆらの無言の抵抗など、痛くも痒くもないは笑顔のまま――
ゆらの前の席に座っている生徒に一言ことわってから席に腰を下ろした。
ゆらの気持ちをきれいさっぱり無視して、ゆらの机に手製の弁当を笑顔で広げる。
その様子は多少頭が浮ついている女子中学生に見えるが――
彼女はゆらと同い年でありながら、すでに一人前の陰陽師として実力を認められたいっぱしの陰陽師だ。
――現状、その片鱗すら一切見られないが。
「今日はちょっと寝坊しちゃったので――卵焼きオンパレードですけど堪忍してくださいね!」
「ちょっ、あんた!TKG の分の卵は残っとるんやろな!?」
「もー卵かけご飯は昨日も一昨日もその前の日も食べたじゃないですかー。
ほら、さっきの授業でも言ってたじゃないですか、個食と偏食はよくないって」
「くっ…それはそうやけど………って!なんであんたがさっきの授業のこと知ってんねん!」
「ああ、それですか?盗聴器です」
「盗聴器?!正気!?」
素っ頓狂な声を上げたゆらを前に、笑顔で「冗談ですよ〜」と答える。
しかし、相手が相手だけに冗談とは思えないのか、ゆらの表情はこの上なく怪訝。
そんな、「疑う」という行為を少しだけ覚えたゆらに、
心の中では感心しながら、ゆらに「とりあえずお昼にしましょうよ」と言ってゆらに箸を手渡した。
先ほどまで怪訝そうな表情を見せていたゆらだっが、美味しそうなの弁当に食欲の方が勝ったらしく――
仕方ないといった様子で「しゃーないな」と言って、ぱんと手を合わせた。
「いただきます!」
そう言うや否や、弁当におかずに箸を伸ばし、猛然と弁当を食べはじめるゆら。
そんなゆらの様子を「あははー」と笑顔でが見守っていると、
不意に後ろから「ちゃんじゃーん」と言う声が聞こえた。
「あ、巻さんに鳥居さん。こんにちはー」
「よーっす」
「うわ〜今日もちゃんのお弁当、気合入ってるー」
「いえいえ、そんなことないですよー?あ、よかったらお2人も食べていってくださいな」
「さんきゅ〜。それじゃ遠慮なく!」
に声をかけてきたのは、ゆらと同じクラスに在籍する巻と鳥居。
彼女たちはゆらが特別顧問(?)を務める清十字探偵団の団員であることもあり、
も何度も顔を合わせており、このクラスの中では親しい存在だ。
に弁当を勧められた巻と鳥居。
2人は笑顔でそれに応じると、近くの席からイスだけを拝借すると、ゆらの机の近くにイスを置いてそのまま腰掛ける。
そして、持参した弁当を広げながら、の弁当にも箸を伸ばした。
昼休みも終わり、5時限目の授業がはじまった浮世絵中――その屋上にはいた。
浮世絵中の女子生徒と同じ制服を着ているだが、ゆらのように浮世絵中に在籍はしていない。
生まれてこの方、陰陽師としての修行に明け暮れすぎたため、は学校というものに通ったためしがない。
さらに言えば、通いたいとも思っていなかった。
ゆらを守る――それを最優先とすれば、も学校に通う必要がある。
だが、の最大の目的はゆらの世話を焼くことであって、彼女に降りかかる火の粉を払ってやることは二の次の仕事。
故に、がゆらの傍にいる絶対的な必要はなく、ましてゆらと同じ学校に通う必要もなかった。
では、どうしてゆらに昼食を届け終えたが浮世絵中に残っているのかと言えば――
「(ゆら様、鈍感だよなぁ…。
…まぁ、だからこそのあの精神力なのかもしれないけど……)」
浮世絵中の敷地内に点在する微かな妖気。
限りなくゼロに等しいそれ、だが――ゼロを装っている時点で、それはゼロではなかった。
人間としての学業に、
陰陽師としての修行に、
学校でのクラブ活動。意外にやることが多いゆら。そんな彼女なのだから、
この浮世絵町――ひいては東京内の妖怪たちの現状を探っている暇はない。
故に、ゆらはなにも知らない――こんなにも近くに、己の標的がいることを。
「ま、人間も妖怪も――無駄な殺生はよくないよねぇ」
好戦的な笑みを浮かべ言うの視線は――
1年2組 の前をうろつく妖怪 の姿を映す水鏡に向けられていた。
■あとがき
本編夢主が花開院家の陰陽師だった場合の設定で書いてみました。
絶妙な感じで頭のネジ一個抜けてる感じの夢主に仕上がって個人的にはとても満足です。
個人的には、京都編(?)あたりの時間軸で竜二兄さんとの絡みも書きたかったりするんですけどね(笑)