天神町には毎年ある次期になるととある芸人一座がやってくる。
国中に名が知れ渡っているような有名な一座ではないが、その芸の質は非常に高く、毎年毎年この一座の公演は大盛況。
娯楽の少ない土地というわけではないのだが、多くの人間がこの時期になるとこの芸人一座の訪れを待ち焦がれた。
その芸人一座を待ち焦がれる人間の1人に、なぜかも含まれていた。
別に、一座の芸に惚れ込んでいるとか、一座の芸人に惚れているとか言うわけではない。
色々な諸事情では一座の訪れを待ち焦がれていた。
まるで、恋する乙女かのように…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

慕の彼

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ………」

 

思い切りため息をつく。簿帳整理を任されているはずなのだが、全くそれが手につかない。
というか、なにをしても集中できないのだ。
まぁ、気を抜くことを許されない裏の仕事では流石に集中力が途切れることはないが、
気を張る必要のない診療所の仕事では、ついつい気が緩んで物思いにふけってしまう。
頭の片隅で「ガザンに見つかったら――」という考えもよぎるが、
それよりも気になることがすぐに浮上してガザンの機嫌のことなどすぐに消えた。
そんな考えがぐるぐるぐるぐると見事にループして、はひたすらにため息をついてばかりだった。
因みに、ガザンはもうすでにこの時期の「風物」と認識しているようで、
特別を注意したり、叱ったり、仕置きすることはない。
ただ、ことの流れに任せているようで、ある意味でいつも通りの生活をしていた。
それに、いくらの集中力が散漫としているからといって、
簿帳をつけ間違えたとか、薬の処方を誤ったとか、砂糖と塩を間違えたなど、
そういった事態は起きていなかったので、放置しても問題ないのが一番の理由だろう。
まぁ、かなり仕事の進みは遅くなっているが。

 

「よー、ビャクヤさんの登場ですよー」
「…………」
「無視ですか」

 

いつもであれば、嫌な顔はしても視線ぐらいはこちらに寄越すというのに、
は視線すらよこさず明後日の方向をただ呆然と見つけている。
…いや、明後日どころかこれは明々後日かもしれない。

 

「こんな状態でも確り仕事してんだから、あんたの調教は相当なもんだってことだよな」
「とりあえず、褒め言葉として受け取っておきますよ」

 

ビャクヤが言うと不意にガザンが現れ、ビャクヤに笑顔で言葉を返す。
突然のガザンの登場ではあったが、端からビャクヤはそれを予期していたようで、
全く驚いた風はなく、極々普通の光景だとでもいうかのように平然としている。
そのビャクヤの対応も当たり前のようで、ガザンも特別驚いた様子はなかった。
そして、その場にいながら2人とは違う世界にいるに関しては、論外だ。

 

「しっかしまぁ、四金一座が来るまでこのままか。…つまんないねぇ」
「仕方ありませんよ。にとって四金は人生唯一の楽しみですからね」

 

ガザンの言葉を聞き、ビャクヤは心の中で「原因お前だけどな」とつぶやきながら再度に視線を移す。
やはりは一人違う世界にいる。おそらく、ビャクヤたちがいるということ自体、気づいていないだろう。
完全に人間として機能していないを乾いた笑みを浮かべながら眺めていると、
不意にビャクヤの横に長身の男が姿を見せた。

 

「ぉんや?若大将じゃないですか、お久し」
「………」

 

気楽な調子でビャクヤが隣に現れた男――ユウゼンに声をかけるとユウゼンはこの上なく嫌な顔を見せた。
なにを隠そう、ユウゼンはビャクヤが嫌いなのだ。それはもう、非の打ち所がないくらいに。
なにをしても、なにを言っても気に触る。
しかも、殴ってもすぐに起き上がってくるのでいくら殴ってもきりがない。
一度、完膚なきまでに叩きのめして屈服させようと試みたが、
意外にもビャクヤは武術の才があるらしく、ユウゼンと互角で渡り合ったのだ。
因みに、最後の最後は、「店を壊すつもり?」とカシンに凄まれて決着はつかず仕舞いだった。
なのでユウゼンは、色々とわだかまりのあるビャクヤと関わることをなるべく避けている。
が、今回は少々難しいかもしれない。
しかし、ここでやりあった日にはガザンの鉄拳制裁で永眠する可能性も否めないので、
ぐっとこらえてビャクヤを無視するという結論に至った。

 

「ユウゼンくんがわざわざこちらに来てくれるとは珍しいですね」
に朗報を持ってきてやったんだよ」

 

そうユウゼンが言うと、不意にがこちらの世界に戻ってくる。
相変わらず、明後日の方向は向いているが、明々後日ではなくなったので改善はされている。
ビャクヤとガザンは「へー」と適当な返事を返してユウゼンの言葉を待つ――というよりは、のリアクションを待った。
そして、ユウゼンが口を開くと――

 

「み――」

 

ユウゼンが口を開いた瞬間だった。
目にも留まらぬ速さでは診療所から飛びだし、あっという間にその姿を確認できなくなる。
とりあえずという感じで、ビャクヤは目の上に手をかざして遠くを眺めるような仕草をするが、無意味なのは明らか。
本当に、目にも留まらぬ速さ――というのはこのことなのだと面々は改めて認識した。

 

「妬けちゃうねぇ〜」
「(死ね、色ボケクソ変態)」
「…若大将、いくら温厚なビャクヤさんでもその視線は怒っちゃうわ」
「いつぞやの決着つけてやろうか?」
「いいねぇ〜、気が立ってるから本気でやれそう」
「そうですねぇ、僕も今なら素手で熊も殺せそうですよ」

 

いがみ合う2人の間にぬっと姿を見せたのはガザン。
気持ちが悪いぐらいに穏やかな笑顔に2人は思わずたじろぎながら思う。

 

「「(いや、いつもだろ)」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ただ、ただ、ただ、ひたすらには走る。
流石に町中なので、診療所を出たときのような猛スピードでは走ることはできないが、歩くよりは断然早かった。
の目的が今すぐにいなくなってしまうことはない。
だが、そういう問題ではない。はただ、早く会いたいのだ。
尊敬するあの存在に――

 

「ツクモ殿っ!!」

 

突然、華玖屋に飛び込んできたのは蒼髪の少女。
相当急いできたのか、息が上がって肩で息をしている。加えて、少々服装や髪も乱れている。
しかし、この少女の登場に誰一人として驚くものなどなく、寧ろ、「やっときたか」と歓迎する空気が満ちていた。

 

「…女子が服装を乱してはしたない。まだまだ子供ですね、

 

そう言っての元へやってくる男。
それはが会うことを待ち焦がれた相手――四金一座の一員であるツクモ。
呆れたような笑みを浮かべながら優しくの頭を撫でると、は心の底から嬉しそうな笑みを浮かべた。
だが、それがどうしても面白くない面々がいた。

 

「なんだい、はあちきに会えたことは嬉しくないのかぃ?」
「まったくだの!の目にはツクモしか入っておらんようじゃ。寂しいのぉ」
「チ、チヨロズ…っ、それにミソヒト殿まで…!!」
殿!拙者は無視でございますか!」
「俺も無視ー?」
「リ、クドッ…、ナナヤ……っ…!」
「…物凄い勢いでもみくちゃだな」

 

一座の面々から物凄い勢いでかまわれる
もみくちゃにされているを、傍から見ているのは一座の座長であるイツム。
面々がを気に入っていることは知っているが、ここまで盛大にもみくちゃにするとは思っていなかったので、
少々予想から外れた状況に一瞬は困惑したが、放っておいても問題ないと判断すると、華玖屋の主であるカシンに目を向けた。

 

「あ〜…、やっぱりちゃん欲しいわぁ…」
「………」

 

恍惚とした様子でに視線を送るカシンに、心の中でイツムは「お前もか」と突っ込みを入れた。
もみくちゃにされているは、抵抗するに抵抗できず、ただされるがまま。
それが面白くてチヨロズたちは、言うまでもなくもみくちゃにする。
謎の状況にイツムは深いため息をついて頭を押さえた。
不意にその場の空気がずんっと重苦しくなる。
その原因に心当たりのある面々は、バッと原因であろう人物に視線をやる。
すると、そこにはどす黒い笑みを浮かべている――ツクモがいた。

 

これ以上をもみくちゃにすると……その脳天、細蟹で――
「ツ、ツ、ツ、ツクモ殿!そのようなことをしては公演がっ…!?」

 

真っ黒なオーラをまとって面々を威圧するツクモ。それをジュウゾウが慌てて止めに入る。
が、ジュウゾウに止められた程度でツクモの気が収まるはずもなく、逆にツクモのサディズムを刺激してしまったようで、
ガッとジュウゾウの肩を掴むと、そのまま華玖屋の奥へと消えていった。
そして、その数十秒後にジュウゾウの断末魔が盛大に響いた。

 

「ああ…、やっぱりかっこいい…!」

 

の一言に、流石の面々もどん引きするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 物凄くやりたいことがやれました。楽しかったです。とても楽しかったです。この上なく楽しかったです。
またこんな阿呆な作品を書きなぐりたいです。誰にも望まれていないとわかっていても、楽しいのでやります。
オリ設定万歳ー!キャッホーイッ!(病気+ハイテンション)

 古の過去作品より蔵出しでした。文章は酷くて涙目ですが、ネタ的には今読んでも燃えます。
オリキャラどものからみも楽しいですが、なによりウハウハするのはやはりツクモ氏の横暴感かな…!
やはり陰陽大戦記はよかですね。もっというと式神勢が燃えすぎて死ぬる…!!