式神を使役して戦う闘神士を育成する機関――陰陽学園。
その陰陽学園の生徒と教員たちが生活する華雅荘の食堂に――異様に盛り上がっている一角があった。
「かんぱーいっ!」
「…何回乾杯すれば気が済むんだよ」
「いいじゃないかっ、なんかい乾杯したって!めでたいことには変わりないんだからさー!」
「……そうかよ」
「はっ…!もしかして嫉妬!?嫉妬なのかハニ――ごふっ」
「誰がハニーか」
「――ったく、ヤクモくんも毎度毎度ご苦労さんだよな」
「……ぅ…ううっ…!」
「…………ちょ、なんだよユウゼン…」
「これが…これが泣かずにいられるか!!お嬢様が…お嬢様が……!」
「いや、うん、わかった。わかったけどさ、ウーロン茶片手に男泣きとかひく」
「うっせぇ!この4年間、俺のどれだけ苦労したと――」
「――苦労なんて、していないでしょう」
「そうよね〜。みんな、半年で心折れてたし」
「ぬっ…!」
「思い返せば、初日から凄かったよな〜」
「だよな〜。俺も結構なおサボりさんだけど、あそこまで大胆にはなれないわ〜」
「…なってたらアンタも確実に留年してたわよ」
「ふっ、俺がそんなヘマするはずがないだろう!ギリギリで進級するともさ!」「威張るなッ!!」「ドメスティックバイオレンス!」
「つーか、低学年ってよっぽど色々酷くない限り進級できるよな?」
「それに…あの子、テストの成績はまぁまぁよかったんでしょ?」
「…ええ、ナナの言うとおり成績、あと登校日数は足りていたらしいのだけど………」
「じゃあなんで留年になったのよ?」
「…出席日数について、タイザン先生たちから猛反発があったらしいわ…」
「「「「…………」」」」
どんちゃん騒ぎから一転して、食堂の一角で静まり返るのは――第5学年の面々だった。
陰陽学園第八十八期生――現・第五学年は、黄金世代と呼ばれている。
5体の式神を使役する吉川ヤクモをはじめ、
極の力に近いとされる大神マサオミや稀代の陰陽師の子孫である心皇ビャクヤなど、
多くの有能な闘神士が在籍しており、教員はもちろん、学園関係者も彼らの健やかな成長を期待した。
そして、その次期である八十九期生は――魔の暗黒期と呼ばれている。
しかし、八十九期生の数が例年よりも少なかったとか、出来が悪かった――とかいうことではない。
八十九期生が「魔の暗黒期」と呼ばれる由縁は――たった一人の生徒の存在によるものだった。
「後輩…だったんだよな」
「ああ、後輩だったんだよな――一学年だけ」
しみじみといった様子で語るのは、ビャクヤとマサオミ。
彼らの表情はとても穏やかだが、その両隣に座っていたヤクモとユウゼンの表情はこの上なく疲れきったもの。
そして、ビャクヤたちの前の席に座っているナナとリリは彼らに対して、呆れた表情を向けていた。
今、彼らの間で話題に上がっているのは、
自分たちの一期下に当たる八十九期生が「魔の暗黒期」と呼ばれる原因になった存在、
元・八十九期――現・九十四期生である心皇について。
彼女はビャクヤの従妹であり、ユウゼンの未来の主ということもあり、
ヤクモたちは彼女と特別親しい関係にあり、彼女が入学した初日からの関係だった。
授業をサボり倒し、教師たちの手を大いに焼かせ――ているにもかかわらず、
筆記・実技共に試験では好成績を残して同期生のモチベーションを馬鹿げた勢いで削ぎ落とし、
まさしく「暗黒期」を作り上げた。
某学園ドラマでいうところの、生徒に悪い影響を与えるだけの「腐ったみかん」であったであったが、
4度目の第1学年でついに――(まわりが)夢にまで見た進級を迎えようとしていた。
「改めて考えると、3年って長いわよね…」
「…低学年が高学年になるわけだからな……」
「ってゆーか、なんだかんだで『普通』に戻っただけだよな」
「…身も蓋もない統括はやめなさいよ……」
「……まさかとは思うが…はじめからは今年の進級を目指してたんじゃないだろうな…?」
「あーその可能性も否めないけど、やっぱ一番の原動力はダブル宗家くんの存在でないかねー?」
「「ああ〜」」
ダブル宗家――天流宗家太刀花リクと神流宗家ウツホの存在をビャクヤがあげると、
マサオミとナナが納得の声をもらし、ヤクモたちはやや複雑そうな表情を見せた。
同級生や先輩がなにを言っても動かず、式神たちの説得にも応じることなく、
挙句、教師たちにどれだけどやされても前進の「ぜ」の字も見せなかった。
しかし、この度入学したリクとウツホ、
そして多くの同級のはたらきかけによって――彼女は3年越しの進級を迎えようとしていた。
「…この調子で、順調に進級を続けてくれればいいんだが……」
「今更、サボり癖はどうにもならないだろうが……進級は、ちゃんとしてくださるだろう」
「また留年しちゃ、リクたちと一緒にいられないもんな」
「ふふっ、意外とも可愛いところあるわよね」
「ナナ、何を言っているの。お嬢様は最初から可愛いくてカッコいい素敵な方よ!」
「はいはいはいはい」
ナナを相手に拳を握ってについて熱弁するリリ。
それを聞いているナナはすでにこうなったリリの対処法を熟知しているらしく、
少し呆れた笑みを浮かべながらも適当なところで「うんうん」と相槌を打ちながらも、リリの話を流している。そんな女子2人を前に、ヤクモがクスリと笑みを浮かべると――不意にヤクモの手をビャクヤがとった。
「安心していいぞヤクモっ!俺の一番は年中無休でヤク――ぷべろっ!」
「年中有休にしろっ…!」
懇親の力でビャクヤの右頬をグーで殴ったヤクモ。
それを受けたビャクヤは殴られた瞬間こそ黙っていたが、ふとヤクモに視線を向けると、
頬を抑えながら「酷いわダーリン!」と少女のような声――裏声で声を上げた。
いつもと違う方向にぶっ飛んいったビャクヤだったが、
ビャクヤとのこのやり取りに残念ながらなれてしまっているヤクモはある意味で冷静で、
いつもの調子で「誰がダーリンだ!」とビャクヤに突っ込むと同時に、またビャクヤにグーパンチを決めた。
「なんかさ、入学当初からあんま変わってないよな、このやりとり」
「…まぁ、基本は変わってないが――ナナにしてもヤクモしても、リリたちのあしらい方に磨きがかかってるよな」
「ナナはだいーぶスマートになったけど……ヤクモくんはなんか…エスカレートしてない?」
「――もう、あの人は口で片付けられないレベルだからだ」
「ぅわおぅ!?」
「おおお、お嬢様!!?」
ナナとリリ、ヤクモとビャクヤのコンビの様子を眺めながら
話していたマサオミたちに会話に割り込んできたのは――先ほどまで話題の中心にいた。原因はわからないが、なかなかにはご立腹の様子で、彼女の顔には無表情が張り付いていた。
「お、お嬢様っ、い、いつからそこに!?」
「今さっきだ。…本当なら、無視して帰るつもりだったんだが、な」
「え……なんかあったのかい…?」
「わからないか?この状況で」
「ヤクモくんとビャクヤのやり取りが目に余った?」
「いつものことだな」
「んじゃ、リリのちゃん賛美が聞くに堪えなかった?」
「……それもある、が――それよりも堪えられないものがある」
「う〜ん……ちゃんが堪えられないこと…ねぇ……あ、ユウゼンの碌でもない執事っぷ――ぐは!」
「いつだ、あ?いつそれをオレが露呈したんだ?あぁ?!」
「今だな」
「あ゛っ!」
「…まったく、お前たちにまともに話をふった俺がバカだった」
いつまで経っても「答え」にたどり着きそうにないマサオミとユウゼンに対して、
この上なく呆れた視線を向け、は大きなため息をつく。その完全に馬鹿にされている格好に、
ビャクヤ張りの復帰力を発揮したマサオミは「馬鹿はないだろー」と文句をもらすが、
は「うるさい」と一蹴すると――おもむろにポケットから闘神符を取り出した。
「え、ちょっ、こんなジョークで闘神符持ち出すのはやりすぎじゃないか!?」
「…本当にわかってないのか。――安心しろ、標的は――お前たちじゃないっ」
そう言って闘神符を標的――
「祝!三年越しの心皇進級!おめでとう!脱・暗黒期八十九期生!」と書かれた垂れ幕に向かって投げつける。
ああ、こんなものも準備してたっけなー、と思いながらマサオミとユウゼンが垂れ幕の無残な未来を想像していると、
闘神符が垂れ幕に命中し、効力を発揮する――その瞬間、闘神符の効果が何らかの力によってかき消された。
「おおっ?」
「…なんだ?!力がかき消されたように見えたが…」
「ふっふっふー!どうだ!ビャクヤお兄さんプロデュースの素敵な垂れ幕は!
癒火一族の羽と、白銀一族の鋼を、柊一族の呪術で編んで、
甘露一族の加護の清水で仕上げた垂れ幕に、芽吹のバンナイ先生直筆の文字!
闘神符程度じゃあどうにもなりませんなぁ〜」
「うわ〜…コネの無駄遣い……」
「や、それがそうでもないのよ?発注したらみんなノリノリでさー。みんな加護系の式神なのにSとかわけわかんね!」
「――言いたいことはそれだけですか?なら――無に還せミロ――」
「待て待て待て待て!
食堂でなに物騒なことを言ってる!今すぐこの垂れ幕は片付けるから神操機をしまえ!」
垂れ幕を片付けようと――いや、無に還そうと式神である阿修羅のミロクを降神しようした。
だが、それを寸前のところでヤクモが羽交い絞めにする形で止めたことにより、
ミロクが降神されることはなく――食堂が戦場になることはなんとか防ぐことができた。
――が、の気は垂れ幕が完全に片付けられるまで治まってはくれないようで、
無言で少女とは思えない力でヤクモの拘束に対して抵抗した。
「ビャ、ビャクヤ!今すぐその垂れ幕を片付けろ!!」
「えー、せっかく今日のために多方面にご協力いただいて用意したのにー」
「いいからっ!さっさと片付けろって!!」
「えー」
「っ…!ユウゼン!片付けてくれ!が嫌がってるんだから、片付けるのもお前の仕事だろ!?」
「あ、ああ!それもそ――ってマサオミ?!」
「ふっ…ユウゼン、お前はオレのマブダチだ――だがオレは、今回はビャクヤの味方だ!」
「…今回?こういうときはいっつもでしょ」
「――どっちだって構わないわ。あばら2、3本もっていけば黙るもの」
「やめる!やっぱやめる!!」
「うわー、オミーくんってば根性ないー」
「何言ってんだよ!あばら2、3本もってくとか言われたら誰だって退くだろ!?」
「ふっふっふー、ビャクヤくんはハニーの愛に鍛えられてますからなー!そう簡単に骨なんて折れませんぞー!」
「――だそうだが?」
「いやぁ、腕が鳴りますねぇ」
「「「「!!?!」」」」
わいのわいのと浮ついた空気に、漬物石の如く重く圧し掛かってきたのは
――怒りを押し殺したタイザンの声と、嬉々と楽しげなガザンの声。学園の中でも特に恐れられている教師たちの登場に、
ヤクモたちはもちろん、食堂にいるすべての生徒の背筋にゾクリと悪寒が奔った。
「貴様ら、こんなところで騒いで――覚悟はできているんだろうな?」
タイザンの背後にゆらりと揺れる怒りの炎。
それと一緒に押し殺していた殺気も若干漏れだし――
楽しく食事をとるための空間であるはずの食堂に、一触即発のピリピリとした空気が張り詰めていた。
しかし、黄金世代の筆頭であるヤクモたちと、
暗黒期の名を背負うにとって――この程度の死線は、乗り越えられないものではなかった。
「とりあえず逃げろ!」
ヤクモとマサオミが放った闘神符がかち合った瞬間、闘神符から噴出す煙幕。
それは一気に食堂中に広まり、あっという間にタイザンたちの視界を奪った。
しかし、遠ざかっていく気配と、ヤクモが放った「逃げろ」という一言によって、彼らがこの食堂から逃亡したことは明らだった。
不機嫌そうに舌を打ち、タイザンは闘神符を放つ。
キ゜ンという音が響き、闘神符が効力を発揮すると、食堂に充満していた煙幕が風によって今度は一気に排除される。
一応程度にタイザンがあたりを見渡せば、そこにいるのは無関係の一般生徒とナナとリリの2人だけだった。
「さてタイザン、どうします?」
「俺はビャクヤとマサオミを追うっ」
「おやおや、タイザンにしては勇敢な選択ですねぇ」
「ふんっ、これが問題になってまたアイツに留年でもされては堪らんからな」
そう言って、ずんずんと食堂を出て行くタイザン。
そんな彼の後姿を見送りながら、ガザンはこの上なく楽しげな笑みを浮かべた。
■あとがき
我が家の夢主が進級したよ!ネタでした。
本当は、よそ様のお子さんも交えたかったのですが、ほとんどの方がもう陰陽大戦記を取り扱っていないので自重しました。
久々に陰陽大戦記キャラを動かせて凄く楽しかったです!つか、ビャクヤ兄さんのギャグ感がパねぇです…!