重い。
とにかく――重い。
 体にかかる意図しない重さに呼吸が苦しくなり――少女・は思わずはっと目を開いた。

 

「…………」

 

 目の前にあるのは、
大きな楕円の目と裂けたような大きな口がインパクト抜群すぎる紫の顔。
 強烈過ぎるその顔のインパクトに、思わずは言葉を失う
――が、不意に聞きなれた声に「起きたか?」と問われ、そこでの思考は一気に明瞭なものになった。

 

「………ロスト、寝起きにお前のどアップは心臓に悪いんだが…」
「あ?オレのどこが心臓に悪いってんだよ?」
「…鏡で自分の顔を見てろ…」
「あ〜…の気持ちわかるかも。ケラモンって独特の威圧感があるもんね」
「あ?」

 

 苦笑いをもらしながらの言葉に同意するのは、のひざに手をかけているレオルモンのエン。
そんなエンの肯定を受けて不機嫌な声を漏らしたのは、の首元に巻きついているケラモンのロストで。
 よほどエンの言葉が気に入らなかったのか、
ロストはに手足(?)を巻きつけたまま、器用にずいとエンに顔を近づけた。

 

「お前の顔だって、十二分に威圧感あんだろーが」
「ロッ、ロストさんほどの威圧感はないよ!その無感情な目とデカイ口!間近で見るとホントに怖いから!!」
「んだと〜?」
「――やめろロスト。何を言ったところで、お前の顔が寝起きにはキツいことは事実だ」
「アベル……。…そんなにキツいか?」
「…鏡で自分の顔を見てみろ」

 

 少し呆れた様子でロストに静止をかけたのは、
に与えられている執務室に置かれている応接用のソファーに座っているガジモンのアベル。
 冷静なアベルの言葉によって、冷静な思考を取り戻したらしいロストは、
から離れると部屋の壁にかけられた鏡へと近づいていく。
そして、ずいと鏡に自ら顔を近づけた。

 

「…………」
「…どうだ?とエンの言っていることがわかったか?」
「………おう」

 

 アベルの問いに、意気消沈といった様子で答えるロスト。
どうやら、自分の顔のインパクトを理解したらしい。
しかし、そこまで落ち込むとは思っていなかったとエンは、ずぅーん…と黒い影を背負うロストに思わず顔を見合わせた。
 思いがけず落ち込んだロストを前に、「寝起きにはキツい」と言った手前、どうフォローしたものかとが悩んでいると、
不意にデスクに置かれた通信機から来客を告げるコールが鳴る。
そのコールによっての思考は一気に仕事モードに切り替わり、
通信機に表示されている来客のデータに目を向ければ、
を尋ねてきているのは、と同じクラウンテイマーのリョウだった。
 まだ授業時間中だったはず――と思いながらも、は執務室のドアを開けるコードを通信機に入力する。
するとすぐに通路と執務室をつなぐドアが開き、DPGの制服を着たリョウが部屋へ入ってくる――が、

 

「ぅえおあうおわぁ――!!?!?」

 

 唐突に眼前に現れたロストに驚いたリョウは大声を上げて後ずさり、
そのまま体をバランスを崩して――すっ転びながら通路へと消えた。

 

「くくっ、今更ながらいい武器見つけたもんだ」

 

 この上なく邪悪な笑みを浮かべ、ケラケラと笑うロストを前に――深いため息をつくだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デジモンが暮らすデジタルワールドを守り、
人間が暮らすリアルワールドの平和を侵そうとするデジモンを取り締まる機関「Digital Protect Guardians」
――通称・DPGは日本政府が管理運営する国家組織だ。
 有事となれば、パートナーデジモンと共に戦いの場へと駆けつけるDPGの隊員たちだが、
その大半は義務教育すら修業していない少年少女。
日夜、二つの世界のために働いているDPG隊員たちだが、
国の運営する国家組織だからこそ――学業に対する取り組みは中々にシビアであった。

 

「――で、どうして私たちが借り出されるんだ」

 

 DPGに数ある会議室の一室――中学二年生に割り当てられた教室で、やや不機嫌そうにもらしたのは
彼女の横には、怪訝そうな表情を浮かべたトーマがおり、
と同様に自分がこの場所にいることに納得していないようだった。
 本来であれば、とトーマがこの教室にいることは普通のこと。
だが、この2人に限ってはすでに義務教育を修業しているためDPGで行われる授業に出席する必要がない。
なので、2人がこの教室にいることは普通ではなく――異例的なことだった。
 しかし、この2人がこの教室に集められたのは――とある隊員たちの窮地を救うためだった。

 

「このままじゃと太一たちは成績不振でリアルワールドへ強制送還じゃぞ?」
「…………」
「ダブルリーダーの弟と、クラウンテイマーの友人と、英殿の息子のルーキー
――成績不審で手放すには惜しい逸材と思うがのぉ?」

 

 ふぉっふぉっふぉ――と特有の笑い声を漏らすのは、中学二年生クラスの担任教師役のジジモン。
 尤もと言えば尤もなジジモンの言葉には苦虫を噛み潰したような表情を見せ、恨めしそうにジジモンを睨む。
しかし、そんなの睨みなど痛くも痒くもないらしいジジモンは、変わらず「ふぉっふぉっふぉ」と笑う。
 ――が、そんなところにジジモンよりも尤もな意見をトーマのパートナーであるガオモンが口にした。

 

「そうならないように指導するのが、そもそも貴方の役目では?」
「ぎくっ」
「…そう言われれば……そうだな。――ジジモン、自分の失態を私たちに押し付けるつもりか?」
「なっ、なにを言っとるんじゃ!誰が責任転嫁なんぞ…!
大体のぉ!お主がサボりのイロハなんぞを教えるから、太一たちがまともに授業を受けんようになったんじゃろうが!」
「………」
「――なんのことやら」

 

 ジジモンの主張を受け、トーマは責めるよう視線をジジモンからへと変える。
トーマの非難の視線を浴びたは、涼しい表情を浮かべ――ているが、その顔は可能な限りトーマの視線から逃れようとしている。
要するに、ジジモンの主張は正しく――が太一たちに授業のサボり方を教授したことは事実なのだろう。
 大きく分類すれば太一や大と同じ穴の狢――サボり魔であったにトーマはため息を漏らす。
そのため息に、これ以上の誤魔化しは無意味と判断したらしいは、
平然とした様子で視線をジジモンに戻すと、新たな問題を提示した。

 

「――とりあえず、私の落ち度は認める。だが、お前がこの場を離れるのはまた話が違うんじゃないのか?」
「ぅ…む……。…それは…そう、なんじゃが…のぅ……」
「ぅん?」

 

 先ほどまでのボルテージが嘘の様に大人しくなったジジモン。
その急激なジジモンの変化にが首を傾げれば、ジジモンは手にしていたステッキで
ぐいとを引き寄せて自分の近くに座らせると、ごにょごにょと小声でに耳打ちしはじめた。
 ガオモンの聴力をもってしても聞き取れないジジモンの話。
一体になにを伝えているのだろう?――と、トーマとガオモンは顔を見合わせていたが、
不意にジジモンの話を聞き終えたらしいがため息を漏らしながら立ち上がった。

 

「…わかった、その件については考えておく――行ってくれ」

 

 疲れた様子ではあるものの、ジジモンへのGOサインを出した
それを受けたジジモンは、よほど急いでいるのか、
「頼んだぞ!」と一言だけ言って目にもとまらぬ速さで教室から出て行ってしまった。

 

「……一体ジジモンと何の話をしていたんだ」
「いや、なに……女は面倒くさい、という話だ」
「…………」

 

 何か言いたげな様子のトーマだが、それをはあえて無視する。
彼が言いたいこと――いや、突っ込みたいことにはおよそ見当はついているが、その点についての議論は今更であり無意味。
そう判断したの意図はトーマにも伝わったらしく、呆れを含んだため息を漏らしながらも、
トーマはの後に続き――学業の成績不審でリアルワールドへ強制送還されかかっている太一たち、
そしてそんな彼らに勉強を教えているヤマトたちの輪に加わった。

 

「――まったく、あれほど言っておいただろう。サボる程度は弁えろと」
「いや、?そもそもサボりを認めるのはどうなんだ??」
「ヤマト、にそんなこと言っても無駄よ。だって現実世界での学校ではサボり魔なんだからっ」
「おかしいよなぁ〜。は授業サボり倒してるのに授業免除なんてさー」
「昔からなんだよな、授業態度悪いのにテストと通知表の成績よくてさぁ〜」
「…授業態度が悪くとも勉強はしていたんだ、当然の評価だろう」
「だが、学校は協調性を養う場でもある――その中での君のその態度はいただけないだろう」
「成績はよくても問題児ってわけだな!」
「…両方の意味で問題児よりは救いようがあると思うが」

 

 ここぞとばかりにを問題児扱いする大だったが、
冷静なは態度的にも、成績的にも欠落がある問題児――大よりは問題ではないと、ある意味での正論を返す。
 顔色一つ変えずに正論を返してきたに、大は吠え掛かる
――が、それよりも先に、空の一言によって2人の言葉は一蹴された。

 

「どっちにしても、問題児には変わりないでしょ!」
「…確かにな」
「尤もな意見だ」
「空せんせー、俺たちも問題児に含まれますかー?」
「含まれますっ」
「俺もかぁ?結構俺、先生たちからの評判よかっただろ?」
「それはサッカー部のことで大目に見てもらってたからよっ」

 

 大とに続いて、太一とリョウまでもが空によって問題児認定される。
それに対する本人たちからの弁明や弁解はなく、その不名誉なレッテルを甘んじて受け入れるつもりらしい。
 ――そんな問題児パートナーたちを、傍から眺めていたデジモンたちは苦笑い交じりにため息を漏らしていた。

 

「DPGの幹部クラスが問題児って…どうなんだろうね、これ」
「一応、勉強がすべてってことはないけど……サボり癖はどうなんだろ…」
「…端的に言えば、協調性に欠けているとも、自己中心的とも言えるからな」
「でも、アニキも太一も大輔たちから慕われてるぞ!」
「そうそう、太一はリーダーとしてちゃんとチームをまとめてるし、
大も最近はちゃんとチームの一員としての自覚が芽生えてきてるから問題ないんじゃないかな?」
「ってことは……」

 

 否が応にもに集中するデジモンたちの視線。
 太一たちのペースに合わせて、根気強く彼らに勉強を教えている
自身の無思慮が引き起こした事、ジジモンから任された事
――そういった責任感からは真面目に太一たちに勉強を教えているのだろう。
 責任感の強さは人の上に立つ人間に必要不可欠な要素。
だが、その責任感こそが、の協調性の欠落につながっていることを――パートナーたちは知っていた。

 

「はぁ〜、こんなことやってるうち、ずっと問題児のままだな、
「…太一たちがか?」
「お前がだ」
「うわ、パートナーズ一の問題児のロストに言われるとか超心外」
「――うーわっ、クラウンテイマーの底辺のバカリョウに言われるとかマジ心が――」
「ロスト、邪魔をするなら戻ってもらうぞ」

 

 の頭に乗っているロストと、の隣に座っているリョウの間で勃発しそうになった口喧嘩。
しかし、毎度の流れ故に早々にその不穏な空気を感じ取ったは、
強制力を持ってロストを半ば脅す形で流れを断ち切った。
 の強制的な幕切りに、ロストは不機嫌そうに舌を打つ。
そして、それを見ていたリョウは「ざまあみろ」と言わんばかりにニヨニヨと笑みを浮かべていたが――

 

「リョウ、お前も真面目にやらないと――任務減らしてここに缶詰にするぞ」
「ぅお!職権乱用!?」
「上司としての適切な判断だ」

 

 取り付く島もないといった様子のと、そんなが相手でも食い下がるリョウ。
 とめどなくコント紛いのやり取りを平然と続けるクラウンテイマーの2人に――
アドベンチャーセクションの主要メンバーは思う。

 

「「「(これじゃあ、優吾さんが苦労するわけだ……)」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 超久方ぶりのデジモン作品でした。
うちの子たちはさすがの安定感でしたが、版権キャラたちの口調やらが合っているのか不安だぜ…。
 最近、デジモンはゲームで賑わっているようですが――松本的に、アドベンチャーでゲーム作っちゃうのはいただけないぜ!