人間の営みを脅かす吸血鬼――だが、その吸血鬼の多くは元々人間だったものが多い。
しかし、元人間であった吸血鬼が人間を襲うのは、人間であった頃に受けた恨みを返すため――ではない。
彼らが無暗に人間を襲うのは――彼らが、吸血鬼として中途半端な存在だからだった。
始まりの吸血鬼――それは真祖と呼ばれ、数いる吸血鬼の中でも最も力を持つ吸血鬼。
そして、この真祖の吸血鬼たちが人間を吸血し、自分の眷属とした存在が被害体吸血鬼――元人間であった吸血鬼たちであり、
吸血鬼と呼ばれる存在の大多数を占める存在でもあった。
被害体吸血鬼が吸血し、眷属とした元人間であった吸血鬼は二次被害体とされ、
その更に被害体が――となれば、三次被害体が生まれる。
こうして被害体が人間を――という構図が続いたことにより増えていったのが、吸血鬼の血よりも人間の血が濃い吸血鬼だった。
人間よりも優れた能力を持つ吸血鬼。
それは生命力や腕力に限ったことではなく、知性や理性に関しても同じで。
本来であれば、吸血鬼は魔物としての暴力的な本能を、
その高い知性で制御することができ、本来であれば無闇に人間を襲ったりはしない魔物なのだ。
しかし、眷属が眷族を増やすという構図が進み、
吸血鬼の血が薄れた吸血鬼たちは本来吸血鬼が持つ知性が欠落し、
魔物としての暴力的な本能を抑えられなくなり――人の営みを脅かす吸血鬼となったのだった。
人間を理性なく襲う吸血鬼――それは一般人からすれば恐ろしい。
しかし、その吸血鬼たちはある程度の訓練を積んでいる人間であれば、十分に退治することができる。
だが、理性を持ってなお人間を襲う吸血鬼――真祖ともなれば、
熟練のヴァンパイアハンターであったとしても、その討伐は困難を極めるものだった。
ロウソクがまばらに灯る暗い石畳の地下室。
その地下室の石壁の一角には淡い光がともり、スクリーンとして機能しているらしい石壁には、
革張りのイスに腰掛けている無表情の鈍いグレープ色の髪の男が映し出されていた。
「アルトゥムって…どれだけ遠くに行かせるんですか」
男の映し出されているスクリーン少し距離を置いた場所におかれているデスクに腰掛け、
はこの上なく面倒くさそうな表情を浮かべ、男に対して無遠慮に文句をもらす。しかし、の文句をまともに受け取るつもりのないらしい男は、少しも表情を変えずに――自分の話を続けた。
「ジェイラ・クレックス。夫の前で妻を襲うという形で吸血行為におよび、そのまま妻を殺害し逃亡。
およそ5年で20件以上の被害が上がっている。
協会でも賞金首として追っているが、多くのハンターが返り討ちにあっている現状だ」
「…ミチヤさーん?私、猟奇犯は専門外なんですがー」
「これまでの調査でジェイラは真祖と被害体の間に生まれたクォーターであることが判明している。
この両親は猟奇的な吸血鬼行為が原因で賞金首となり、ハンターに討伐されている。
…そのせいか、ジェイラの言動は協会に対して挑発的なものが目立っている」
清々しいほどに綺麗さっぱりの抵抗を無視する男――ミチヤ。
悪びれもせずに吸血鬼の情報を並べる彼に、怒りよりも諦めの勝ったは、苦笑いでため息をついた。
理性を持ってなお人間を無闇に襲う吸血鬼――
彼らは人間を「家畜」と位置づけ、人間が動物を狩るように人間を狩り、そして喰らう。
だがそれは、人間よりも優れた吸血鬼という種にとって当然の権利である
――という主張の元、彼らは自らを「原初の吸血鬼 」と呼び、誇りと狂気を以って人間を襲った。
しかし、同じ吸血鬼であっても、その傲慢な振る舞いを「良し」としない吸血鬼も存在している。
彼らはヴァンピールとは違い、己の欲に任せて人間を襲うようなことはせず、また不必要に眷族を増やすこともしない。
だがそれは、秩序と規律を以って闇の貴族としての品格を守る――という掟の元、
自らを律しているからであって、人間に対して温情的であるというわけではなかった。
ヴァンピールと、秩序と規律を重んじる――ヴァンパイア。
この吸血鬼の二つの勢力のうち、ヴァンパイア派閥の家系に身をおくは、
無意味に人間を襲うことなく静かに暮らしている――はずだった。が、様々な事情が重なった結果、は吸血鬼でありながら吸血鬼を討伐する組織――
ヴァンパイアハンター協会にハンターとして席をおき、人間の手には負えない吸血鬼を討伐している現状だった。
「はぁ〜…やっと帰ってきたっていうのに……。
…ミチヤさんもセイゴーさんも私のこと便利使いしすぎなんですよ!!」
「実力があって且つ、身動きのとれる存在が不足している。――文句を言うなら弟子の一人も育てたらどうだ」
「ハンターになりたい真祖の子がいるのならッ」
人手不足を理由にと一蹴し、
文句ばかりを並べるをたしなめる形でミチヤは弟子の存在を持ち上げたが、
はそれを鼻で笑って嫌味交じりにミチヤに向かって吼える。
すると、今までまったくと言っていいほど表情に揺らぎのなかったミチヤの眉がピクリと動いた。
吸血鬼 としての品格を守ることを絶対とするヴァンパイア。
彼らは非常にプライドが高く、血統を重んじる純血志向であるものが多い。
それ故に、ヴァンパイアの人間に対する認識はヴァンピールと大差なかった。
人間の生活を脅かす吸血鬼を討伐するために組織された――ハンター協会。
この組織には数十名の吸血鬼が、秘密裏にではあるが席を置いており、人間のハンターには手に負えない吸血鬼を討伐している。
――しかし、その半数以上が、まともにハンターとしての役目を果たしていなかった。
そもそもヴァンパイアがハンター協会に力を貸しているのは、
あくまで吸血鬼の品格を汚すヴァンピールを粛清するにあたって都合がいいからであって――
人間を助けようとかいう意図はまったくない。
さらに彼らは、真祖 の吸血鬼以外は相手にしないという、高すぎるプライド故の問題もあって――
吸血鬼のハンターは常に人員不足であり、新人も増えない現状なのだった。
「…眷属を持ったと聞いたが」
不意に顔の前で手を組み、改まった様子でに問いを投げるミチヤ。そのミチヤの様子から、はミチヤがこの話題がどういった部類のものか理解していると踏むと――
気まずそうに「ええ」とミチヤに肯定の言葉を返した。
「一次被害体であれば、十分にハンターとして活躍できるはずだが」
「…――本人にやる気があれば、ですけどねぇ…」
「ないのか?」
「…いや、そもそも『吸血鬼』であることすら認めてないような状態なので……」
苦笑いを浮かべミチヤの視線から逃れるようにスクリーンから顔をそらす。しかし、ミチヤの無言の責めは画面越しであっても、
たとえ顔を背けていたとしても十分なプレッシャーを放っており、
を責めるミチヤの視線がの後頭部にぐさぐさと刺さる。そして極めつけは――
「主人 としての自覚が足りないのではないか?」
の痛い所 を的確に抉るミチヤの言葉。
その的確すぎる一言に、思わずはその場に崩れ落ちた。
「ぅうっ…わかってますよ……わかってはいるんですよ…!」
「分っているならなぜ迎えに行かない」
「うー…それは山々なんですけど、ここ数年は任務が立て込んで――……」
言葉を止め、はっと顔を上げる。
スクリーンの向こうのミチヤは相変わらずの無表情ではあったが――また眉がピクリと動いた。
「ミチヤ卿!ジェイラ・クレックス討伐の任はお任せを!私しか動けないのでしたら――仕方がない!」
「…………………頼む」
勢いよく立ち上がり、キラキラとした表情である意味での正論を口にする。そんなを前にミチヤはなにか色々と言いたげではあったが、
それらをすべて呑み込んでにジェイラ討伐の任務を任せると、
はこの上なく明るい笑顔で「了解です!」と答え――そのままスクリーンの機能を終了させた。
「(わかっては……いるのよ…)」
逃げるようにしてミチヤとの交信を切った。
自身、悪いことだと――逃げているだけだとは分っている。だがそれでも、にはまだ考えたいことが――
「――逃げてたんですか」
「ほあぁ!?」
気配なく、前置きなくの背に抱きつく何か。
思考を遮られてパニック状態になりながらも、が慌てて振り返れば、
そこにいるのはオリーブ色の髪の少年――の姿をした、と契約を結んでいる悪魔・ユーキ。相当にご機嫌斜めらしく、いつもであれば愛らしいその顔は、完全にむくれていた。
「ユ、ユーキ…」
「そういう理由で、オレはずっと蔑ろにされてたんですね」
「な、蔑ろって…。ちゃんと定期的に連絡とってたでしょ?それに、ユーキもいそが――」
「あんな木っ端仕事どうでもいいんです!
…オレにとって、マスターとの契約がすべてなんです――ずっと一緒にいたって足りないぐらいなんですからー!」
むくれていたかと思ったら、今度は泣きながらの背に顔をうずめるユーキ。
はじめは抱きついていたはずのユーキだったが、
いつの間にかおぶさるような格好での背にしがみついており、そう簡単には離れてくれそうになかった。
わんわんと泣きながら、の背で今まで溜め込んできたらしい不満をぶちまけるユーキ。
わずらわしいことこの上ないが、彼がこうなってしまったそもそもの原因はにある。
その自覚があったは、適当に相槌を打ちながらユーキの不満を聞き流してはいたが、ユーキを止めることはしなかった。
「大体!どうして契約悪魔のオレがマスターに同行できなくて、
マスターのなんでもないシローさんがずっと一緒なんですか!」
「――だってボク、ユーキくんと違って自由人だから」
叫ぶように新たな不満を吐いたユーキに返ってきたのは、ニコニコと笑みを浮かべるシローの一言。
ユーキに続いてまたしても気配なく現れたシローに、は引きつった表情でシローに視線を向ける。
しかし、ユーキは突然のシローの登場にまったく驚いても、動揺してすらもいない。
それどころか、表情をムッとしたものに戻すと平然とした様子でシローに言葉を返した。
「シローさん、自由人じゃないじゃないですか。白狼一族の皇子様じゃないですか」
「うん、でもその役目は弟に任せてあるし」
「アツヤさん、それに納得してないですよね」
「そんなことないよ?ちゃんと『わかった』って納得してくれたよ」
「それはシローさんがアツヤさんにプレッシャーをかけたからじゃないですか」
「うん。でもそれも『納得』の形だよね」
「…………」
シローの一言によって言葉の止まるユーキ。
それはユーキの敗北を明らかにするものであり、それを理解しているシローはその笑顔のまま――
「降りたらどうかな?」と、ユーキに対して提案 した。
降りたらどうか――
直訳すると、から離れろ、というシローの提案を受けたユーキ。敗北した以上、勝者であるシローの言葉に従うのは道理。
悔しそうに表情を歪め、ユーキはにしがみついていた腕から力を抜いた
――が、すぐにそれ以上の力を以ってにしがみついた。
「イヤです!絶対離れません!!」
「はぐっ!」
「えー?それはルール違反だよユーキくん。
――はルール違反するような子は嫌いだと思うんだけどなー?」
「だったら!――オレがマスターを変えます」
「あはは――傲慢だなぁ」
「っ、!…っ……!…ちょ、や、めっ…、シ、ロォ…!
…ユゥ、キ、を……!しげっ……き…すっ……!!」
「え?キスして欲しい??」
「なあっ?!な…なんでですかマスター!
なんでオレじゃなくてシローさんなんですか?!シローさんとなんていつでもできるじゃないですか!!」
「うん。だから今、したいんじゃない?」
「そっ、そんな…!っ、今ぐらいオレを優先してくれたって――」
ユーキの言葉を遮ったのは、身をかがめた――。唐突なの動きにユーキの反応が追いつかず、ユーキの体は一瞬、浮遊感に包まれる。
そのふわりとした感覚にユーキは慌てて腕に力をこめようとするが――
それよりも先にユーキ、そしてシローの脳天に激痛が奔った。
ゴイン!と鈍い音を立ててぶつかった――というかぶつけられたユーキとシローの頭。
お互いに相当の石頭だったらしく、2人は「ほぐっ」「ぎゃふっ」という間抜けな声をあげて気を失った。
気を失いどさりと床に崩れ落ちるユーキとシロー。
その2人を見下ろすのは、2人の頭をぶつけ合わせた張本人の。
しかしも危うく気を失う――どころかお花畑の向こう側へと向かいそうになったのだから、お相子だろう。――たぶん。
「まったく、仲が良いんだか悪いんだか…」
ため息混じりにはそう言い、ユーキたちを抱えて地下室を後にするのだった。
■あとがき
そんなこんなのお話でした。一応時間軸としては、ゲームよりちょい前の話になります。
ゲームあたりの話を書く気がないのでバラしちゃいますが、このジェイラっつーのが、豪炎寺の仇の吸血鬼です。
して、この吸血鬼を追っている折りに――ゲームの話にいきつくわけです。
…ただまぁ、この吸血鬼折っているって設定は、ぶっちゃけ後付設定なんですけどね?