「さぁ…目覚めるのです……」

 

 暗闇に響く――目覚めを促す声。
その声は優しく、慈愛に満ちており、その声に促される形で眠りから覚めることに躊躇などありはしない――
――はずなのだが、ある人物は頑なにこの眠りから覚めることを拒絶している。
その人物とは――御麟と言う名の少女だった。
 弱冠14年という短い歳月しか歩んでいないではあるが、その歩んだ人生はけして平坦とは言えないもの。
それもあり彼女は過去の経験から培われた危機感知能力――いわば「嫌な予感」に関しては多少の自信があり、
その「嫌な予感」が今まさにけたたましくに警鐘を鳴らしているわけだった。
 これは事が流れるのを待つべき場面――そう自分に言い聞かせると、は寝たふりを決め込む。
目を開いた時点で、現実を向かい合った時点で、おそらくは完全に逃げ場を失う。
となれば、全てが終わるまで固く目を瞑り――亀の如く、目の前の嵐が過ぎ去るのを時に任せ待つしかなかった。

 

「…賢きことは良きことです。しかし――…」

 

 がこの事態を危険と察知した――それを理解してらしい声の主。
が自分の思惑に気づいたことに対して称賛の言葉を送りながらも、
ここで自分の思惑を流すつもりはさらさらないようで、ガタガタ、ゴトゴトと妙に現実じみた音を立てはじめる。
 そして――

 

「どれほど知能が発達していようとも、人間が動物であることには変わりありません――
――さぁ、堪えられますか?この魔性の香りに…!」

 

 フワリとの鼻を撫でるのは――炊き立てのご飯の香り。
それに続いて味噌と鰹節の香りが調和するお味噌汁、出汁と醤油の香りが香るふろふき大根、香ばしい焼き魚。
そして何よりの食欲を誘ったのは――醤油とゴマの香りが香ばしいきんぴらごぼうだった。
 起き掛けに、ザ・日本の朝ごはん――は、反則だ。
猛烈な食欲がの中で大暴れし、「起きろ起きろ」との全てを起こし、の意思を無視して目覚めを迎えようとする。
だがそれをが「はいそうですか」と認めるわけもなく、理性を総動員して食欲――からなる目覚めの衝動を押さえ込んだ。
 カラカラの喉で灼熱の砂漠をさまよっている――そんなイメージがの脳裏に浮かび、思わずは自嘲する。
最悪の状況――ではあるが、自嘲できる――自分を嗤っているにしても笑える余裕があるのだからまだ自分は頑張れる。
そうは自らを鼓舞すると、ぐっとまぶたに力を込めた。
 ――が、

 

「じゃ、御麟さんのコスプレ大会に企画変更で」
「ッ!!?」

 

 嫌だった。確かに嫌だった――コスプレ大会なんぞ。
けれど、先ほどまでの食欲に対するアプローチに比べれば、堪えることはそれほど難しいことではない。
では、なぜが飛び起きたかといえば――ただの反射おやくそく、だった。
 飛び起き、顔を上げた先でキャッホホイと喜びの舞を舞うのは、細い手足の生えた黄色い四角生物――松本。
その能天気かつこちらを小ばかにした動きは非常に腹立たしい。
殴り倒せるものなら殴り倒したい――が、ある種の不死身であるこの四角には暴力でものを言っても無意味。
それをわかっているだけに、やはり起き上がった時点での負け――逃げ場などありはしなかった。

 

「はぁああ〜〜〜〜……」
「やーねー御麟さん。若いのにこの世の終わりみたいなため息ついて」
「…どれからトンデモ企画に巻き込まれると思うとため息も出るわよ……」
「あははー、トンデモの塊である御麟さんに言われたくなーい」
「付属した張本人が言うんじゃねぇわ」

 

 ちゃぶ台の上に用意された食事に箸を伸ばしながら、怒りに任せては松本を睨む。
すると、それなりにの睨みは松本に対して効いたらしく、
松本は黄色い顔を青くして怯えた声で「あい…」と小さく返事を返した。

 

「――で?一体私になにをさせようっていうのよ」
「えーとね、今年は12周年ってことで、『ヘラクレスの12の難行』にかけて『メイン夢主の12の難行』でいきます」
「……………」
「ん?『お前の夢主やってる時点で難行だ』?知ってますよ、そんなこと。
じゃあなんだね?『メイン夢主の超難行』にタイトル変更しようか?」

 

 思い切って伝えてみたものの――やはり無駄だった。
二次創作の主人公――とはいえ、主人公と銘打たれている以上、試練なんぎょうはあって然るべき。
そう考えれば、の身に降りかかった試練はある種当然のものだろう。
そもそもその試練があるからこそ――その見返りとして、幸せな話こうふくもあるのだから

 

「……はぁ…」
「うむうむ、納得してくれてお母さん嬉しいよ」
「……私が安上がりでよかったわね」
「うん」
「…………」
「ぐぼふっ!!」

 

 平然と肯定を返してくれる松本に、思わずイラッとしたは手にしていた箸を松本の頭へと突き刺す。
謎の叫び声と共に赤い液体が松本の頭から噴出すが――まぁ問題ないだろう。
というか、問題あったらそれはそれでありがたい。
ここで松本がどうにかなれば、はトンデモな企画に巻き込まれることなく――日常に戻れるはずなのだから。
 …アレ?でもここで松本が死んだら、一生この謎空間に閉じ込められるんじゃないか??

 

「――まぁ、いいや」
「……いいんだ…」
「もしかすれば、救助がくるだろうし――今更私がどうこうするのは無理だし」
「…松本さんを助ける、という選択肢は一片たりともないのね……」
「そんなことしたらどれだけの夢主さんせんぱいがたを敵に回すことになると思ってるのよ」

 

 さらっとが松本に事実を言ってやれば、松本は哀愁漂う自嘲の表情を浮かべる。
ことあるごとに暴力を振るわれ、罵られ――ているだけに、
以外の夢主たちからもマイナスな感情を持たれていることは確り自覚しているらしい。
ただ、それを理解した上で自分の願望モエたちにぶつけることをやめるつもりは――まったくもってなさそうだ。
 この松本の願望によって、自分が碌でもない目にあうことはもよくわかっている。
しかし、この松本と行為を、は強く非難できなかった。
なにせ、も松本同様に、自分の願望を遂げるために他人を利用し、自分の意思を貫き通している人間だ。
人のふり見て我がふり直せ――ではないが、自分と類似する悪癖を持つ松本を、が咎めていい道理はないのだから。
 ――かといって、前向きに付き合ってやる道理もまたないが。

 

「…知っていたかい、御麟さん……。
松本は打撃や火やら氷やらには強いけれど――出血には弱いということを…!」
「へー」
「すっげーどうでもいい感じだね!!わかってたけど!!」
「はぁ」
「ゴメン!もうちょっとやる気出して!打っても響かないとこの空間2人しかいないから色々キツイ!!」
「えー」
「さすが年がら年中反抗期娘!!」

 

 出血多量で逆にハイになってしまっているのか、最初より増してハイテンションで話す松本。
そして、それに比例して松本の頭から噴出す赤い液体の量も増している。
それはもう噴水――もしくはクジラの潮吹きのようだった。…まぁ、赤い時点で色々アレだが。

 

「くっ…!御麟さんがまともに相手してくれないから、体力モエのげ、限界が……!」
「(……そういえば、この箸引っこ抜いたらどうなるんだろ?)」
「ちょ、御麟さん?!なに恐ろしい場所に熱視線!?」

 

 ひょろひょろと松本の頭から噴出している赤い液体。
当然、その原因であり、その噴出を抑制しているのは――が突き刺した箸。
おそらく、この箸を引っこ抜けば、今以上の赤い液体が松本の頭から噴出すだろう。
――しかし、その量とはいかほどのものだろうか?
 人――おそらく、常識の粋にとどまるものではないはずだ。
なんと言ってもこの生物は人間ではない上に、とんでもないギャグ体質だ。
たとえ自身の命がかかっていたとしても、
笑いを生むためであればそれはもう盛大に、派手に散り際を演出してくれることだろう。

 

「ええいっ!こうなれば仕方あるまい!!ちゃんと説明してあげたかったけど――!」

 

 松本が自分の頭に刺さった箸に手をかけた――と思えば、それを松本は左右へと開く。
四角い物体から出た2本の箸――それはどことなくアンテナを必要とする旧式のテレビに見えなくもない。
ただ、そのアンテナに見える部分から赤い液体が噴出している時点でなににも例えられないが。

 

「まぁつもとてれびじょお〜んっ」

 

 ぐんぐんと、その大きさを増していく松本。
気づけばその大きさは優にの5倍ほどにまでなっている。
――挙句、松本の大口がの目の前まで迫っていた。
 喰われるのか、潰れるのか――いずれにしても碌な目には合わない、そうは諦めた。
割と、諦めは悪い方なのだが、こういう場合に限っては諦めは結構早い――その代わり、報復の算段を練り始めるのも早いが。
 目と鼻の先にまで迫った松本の大口を前に、は僅かに後悔する。
下手に茶化すより、せめてこの企画のルールぐらいは聞いておくべきだった――と。だが、その後悔とほぼ同時にの顔に笑みが浮かぶ。そしてそれは――らしい不適なものだった。
 恐怖か諦めか、力の入らなかった足に力を込めれば、確りと立ち上がれる。
しかし、何度も言うようだが、はこの事態から逃れることはもう完全に諦めている――
――目の間に迫った大口から逃れることは、どうあっても物理的に無理な相談なのだ。
だがやはり、その流れを「はいそうですか」と受け入れられるほど――は利口な性質ではなかった。

 

「そいやっ」
「!?」

 

 ダンッと地を蹴りは迫ってくる松本の大口に向かって――自ら飛び込んでいく。
そのの行動はさすがの松本も予想していなかったようで――

 

「ゲッホゲホッ!!」

 

 ――と、が気管にでも入ったのか大きく咳き込む。
 そしてそれによっては松本の口から吐き出されるが――

 

「はいぃぃ!!?」

 

 ――謎空間をぶち破り、は真っ黒な世界へ放り出されてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 そんなわけで始まりました【メイン夢主の12の難行】です。
この企画では、稲妻11夢主がキノコの隠れ家及び、雑旨。で取り扱っているジャンルにトリップしまくる企画です。
誰夢というより、世界観夢と言った方が適当な作品ですが、楽しんでいただけら幸いです。