「………」

 

 これは――お約束、なんだろうか?いや、お約束になってしまったと言った方が正しいか。
またしても目覚めは木の上――布団の如く二つ折りで干された格好。
幸いにして前回よりも目覚めが早かったらしく、頭に値が上って起きるあの不快な感覚はなかった。
 文句はある――ものの、それを言葉として口から吐き出すことはせず、ため息と一緒に吐きつくす。
ほとんど気は晴れないけれどそれでも少しは胸に溜まったモヤモヤは解消されて、現状に目を向ける精神的余裕ができた。
 ぶら下がっている(?)木の枝に手をかけ、思い切って身体を持ち上げる。
そこから間髪を容れずに枝に右、左と足をかけ、なんとか木の枝に腰掛ける格好になる。
実は結構高いところにある木の枝だったので「失敗したら――」と少し不安に思っていたのだけれど、
それも杞憂ですんでホッと安堵の息をつく――けれど、そこで時間をとるのは生産的ではないと、
自分に言い聞かせ、私は足元を確かめながらその場で立ち上がった。

 

「(森だ……)」

 

 眼下に広がるのは深い緑。そして目の前に広がっているのは――澄み切った青空。
自然の美しさをこれでもかというほど感じられる風景だ――が、
言い換えればこの近くに人が暮らしているような場所はないということ。
それは最悪の場合、サバイバル生活を強いられるということでもある。…しかも何も持たずに、だ。
 もう一度、あたりを見渡してみる。
希望にすがるようで情けないが、今更情けないやら何やらと気にする繊細な精神は持ち合わせていない。
なんとしても帰らなくては――ただ、その一点だった。
そして、その粘りが功を成したのか――ある方向にうっすらとタワーらしき建物が見えた。

 

「…………」

 

 見間違いかと思うが、そのタワーは天まで伸びていた。
青空を越え、雲をつきぬけ――人の目では追えない空の果てまで伸びた塔。
正直、物理的にありえないんじゃないかと思うのだけれど――人智を越えた技術があればそれも可能なのかと思い直す。
…まぁ、ウチにもトンデモ技術はありますけどね。人の枠内で。…アレ?これだとウチの方がよっぽど異質??
 ――なんて、どうでもいい話題コトを頭の中から追い出して、改めて一考する。
とりあえずあのタワーを目指すことは決定だが、どうやって目指すかが問題だ。
まぁ、徒歩で移動するしかないのは仕方ない――にしても、木々の密集した森の中では方向感覚が狂うのは必至。
そんな状態で森の中を歩き回っても余計な体力を消耗するだけ――…とはいえ、
モンスターが現れる可能性のある世界である可能性もある以上、方角がわかるからといって夜に移動するのもまた危険な話。
…まぁそもそも、私の知っている星座があるかどうかすら怪しいところなんだけど……。

 

「可能性としては……」

 

 センカさんから手渡された護衛役を呼び出す道具・闘神機。
球状だったそれなのだが――今は球状ではなく、丸みを帯びた逆三角形の形をした山吹色とシルバーを基調としたメタリックな機械に変わっている。
その機械の形状としては、中央より少し上に丸い画面があり、その下に密集しているが左右と上下に分けられたボタンがある。
そしてなにより私の疑問に引っかかったのは、機械の右側面部分にある隙間――なにかを通すために作られたような溝だった。
 この機械を使えば、状況は多少なり好転するのだと思う。――でも、残念ながら使い方がわからない。
正直、割とゲームも機械は説明書を読みながら使い方を覚えていくタイプなので、何もわからない状態で無闇に機械を使うことには抵抗がある。
…と、思っても、状況が状況だ。情況が好転する可能性があるなら――一か八か、使ってみるしかないだろう。
 山吹色の右ボタンを押す、無反応。
同じく左ボタンを押す、無反応。それからシルバーの上と下のボタンを押してみるけれど――無反応。
…なんだ、ヒーローの変身ベルトみたいに掛け声がないとダメなタイプですか?
……いや、そんな世界なかったと思うんですけど……。
 うんともすんとも言わない機械に若干げんなりしながら、右のボタンを長押ししてみる――と、
画面からヴンと音を立てて一定の間隔で細かく区切られた円状の表示が、画面から水辺にスクリーン状に表示される。
――が、具体的な表示はまったくなく、なんというか「通常起動はできましたよー」、といった感じだった。
 さて、ここからどうすれば――と、心の中でつぶやきながら、
何の気なしにもう一度右ボタンを押してみる――と、

 

ー!』
「ッ!?」

 

 前置きなくスクリーンに表示されたなんかよくわけのわからないもの。
そして、いきなり元気よく私の名前を呼ぶ聞き馴染みのない声。
唐突なビックリ2コンボに思わず驚いてしまい――体が浮遊感に包まれた。
 幸福な浮遊感から、ふと希望を潰す重力が体を襲う。
確実に落下している――が、体と世界にスローがかかり、この事態を打開するべく思考だけが高速でぐるぐると回る。
どうしよう、どうしたらいい、ああすればいい、それでは間に合わない――
――くるくる、くるくる思考を回転させても、思考はただただ空回るだけ。
 ――でも、不思議と心は死の恐怖を感じてはいなかった。

 

「ほっ――とッ!!

 

 空中で体を動かし木の幹に足をかけ――落下のスピードを落とす。
そしてその体制を保てる限界のところで、幹を渾身の力で蹴り、バック転の要領で体勢を整え――なんとか着地する。
思考のスイッチが本能から理性に切り替わり、どっと疲労と恐怖が体に降りかかる――
――けれど、私の心は安堵とは別の嬉しさに少しだけ沸いていた。
 これもあの日の経験故のものだねか――。
あの時はただただ無抵抗に落ちるだけだったけれど、今回は運もよかったけれど無残な落ち方はしなかった。
思わぬところで知れた自分の成長に思わず笑った――が、すぐに表情を整えて、私が落ちた原因に視線を向けた。

 

『さっすが〜♪』

 

 まったく、まったくもって自分のしたことを、
自分が私の落ちる原因であることを気にした様子のない、スクリーンの向こうにいる――鳥らしき生物。
自覚がないのであればまだいいものを、自覚があるのに悪びれていないというのはなかなかにいい性格をしている。
 …しかし、今私の命を散らさんとした彼(?)が、今後の私の命を守ってくれることはおそらく間違いない。
大体、木の上で使ったこともない機械を不用意にいじった時点で私の注意不足――だろう、と納得することにする。
まぁ、実際私が悪いんだけど……。
 自分が悪いという結論から、軽い自己嫌悪を感じながら、
鳥らしき生物に彼(?)をこちら側へ呼び出す方法はないのか?――と、尋ねてみれば、
もう一度この機械の右ボタンを押せばいいのだという。
 ふむ、そうなのか――と、即実行に移そうかと思ったけれど、
なんとなくこのスクリーンから真正面にポーンと飛び出してきそうな気がしたので、
画面を自分とは逆の方向に向けて――右ボタンを押した。
 バサリ――と羽音を立て姿を現したのは、赤の羽根を持った――やはり鳥らしき・・・生物。
全体的に鳥、っぽいのだけれど、翼らしき部分は羽根が横ではなく縦に生えた上に爪らしきものがあり、
鳥類の特徴である足は物を掴むために必要な後ろ指がない。
そしてなにより「らしき」になってしまうのは、彼(?)が人間的二足歩行だから――なんだけれども、

 

「わーい、やっと会えたぁ〜」
「…っ……!」

 

 先ほど出会ったタカマルさんよりはずっと鳥――いや、動物っぽいこの鳥らしき生物。
鳥か人かとと割れれば断然鳥で、鳥かほ乳類どうぶつかと問われればやっぱり鳥。
厳密な鳥ではないけれど、鳥であることには間違いない。――であれば、ここでひとつ仮説が立つ。

 

「…名前は?」
「ん〜?種類、は――『ホークモン』だよっ」

 

 甘えるように私の腰元に抱きつき、
自分の名前ではなくわざとらしく自分の種類を答えた赤い鳥のような生物――ホークモン。
 ううむ…ホーク――ですか、これはもう確定と思っていいようですね。
確かに今までの動作を見てみれば、それらしい気がしないでもない――
――けれど、まさか性格がちょっとばかりお腹黒めの気があったとは……。ただの甘えっこかと思ってたんだけど……。
 ホークモンの脇に手を滑り込ませ、そのままひょいと持ち上げる。
私のその行動にホークモンは驚いたようだったけれど、私が彼が何者であるかに見当が付いたことに気づいたのか、
何かを期待しているかのようにその大きな瞳をキラキラと輝かせていた。
ああ、こういうところはいつもと変わらないな――なんて日常を思い出しながら、名を呼ぶ。

 

「紅尾」
〜!」

 

 パッと私が手を離せば、私の手を離れたホークモン――
――我がハリスホークあいちょう・紅尾が感極まった様子で抱きついてくる。
 どういう理屈かは知れないが、どうやら私の護衛役として私が元の世界でペットとしてた紅尾があてがわれた――らしい。
まったくの無関係の存在に命を預けるよりも、こうして信頼関係を築けている紅尾に命を預ける方が安心できる。
…でも、それに対して思うところがないわけじゃない。

 

「…ゴメンね紅尾。こんなトンモないことに巻き込んで」

 

 私のペットであるがために、こんなトンデモない状況に巻き込まれている紅尾。
これがただの楽しい放鳥だー、訓練だー、ならそこまで気に病まないけれど、
やはり命がかかっていることだけに――どうしても今更な自己嫌悪に行きついた。
 紅尾に対して申し訳なく思っている――と、不意に紅尾がトンッと私の肩を押して自分から離れていく。
呆れられたかなー…と思いながら改めて紅尾の顔へ視線を向けれ見れば、
そこに浮かんでいるのはむくれっ面――どうやら呆れを通り越して憤りに至ったらしかった。

 

「ねぇ、はボクがパートナーで嬉しくないの?ボクじゃ不安?不満?」
「…嬉しくないわけじゃないし、不安も不満もないよ?……ただ、紅尾に何かあったら………」
「だーかーらーっ!それを不安っていうの!もうは心配しすぎだよ!
今のボクはただの鳥じゃないの!を守るための力を持った――パートナーなのっ!」
「あだー?!」

 

 思いっきり決められた連続つつき攻撃。痛い。本当の紅尾の比じゃなく痛い。
多分手加減はしてくれると思うけど、頭から血が出そうな勢いです。

 

「今はこんなちっちゃい姿だけど、進化すればちゃんと戦えるんだからねっ」
「…進化?」
「そ、この世界のボク――デジモンは進化することで強くなっていく生き物なんだ」
「…じゃあその進化っていうのを紅尾はできて、自分の身を守れるぐらい強くなれるのね?」
「うんっ、が力を貸してくれればね」
「? それはどういう――」
「あー!見つけたよ〜!」
「「!?」」

 

 私のセリフを遮った――のは、私たちの発見を知らせる声。
しかしやっぱり聞いたことのない声に、反射的に体が強張る――けれど、
木々の隙間から姿を見せた上半分が明るい茶色で下半分が白い体の――おそらくデジモンと思われる生き物に、
残念ながら警戒心は芽生えなかった。だって可愛かったんだもん!!
 しかし警戒できなかったのは私だけだったらしく、
紅尾の方は私との距離を詰め、私を守るように相手の前に立ちはだかる形をとっている。
けれど、まさか警戒されるなんて思ったいなかったらしい大きな――翼?耳??とにかくそれで宙に浮いているデジモンは、
やや戸惑ったような反応を見せていた。ぅうむ…これはたぶん……。

 

「紅尾」

 

 警戒を解かない紅尾に、名前をだけを呼ぶ。
すると紅尾は私の声にピクリと反応してこちらへ振り返る――が、その顔には「でも」と言いたげな表情が浮かんでいる。
それでも私が手まねいて――自分の隣に収まるように指示すると、
紅尾は少しむくれた表情を浮かべながらも私の隣に収まった。
 自分を殺して私の指示に従ってくれた紅尾に、
感謝の意味を込めて彼の頭を撫でてやれば、僅かにだが紅尾が自ら私の手に擦り寄ってくる。
そこまで彼の不況を買ったわけではないことに安心しながら、改めて茶色のデジモンに視線を向ける。
すると、私の視線を受けたデジモンは少しビックリしたような表情を見せた――けれど、

 

「キミ、八神さんか、香雲院さんって知ってる?」
「わー!やっぱりたちの知り合いなんだねー!」

 

 さん――この世界の住人である人たちの名前を挙げると、
茶色のデジモンは一瞬で警戒心を解いて笑顔でこちらへやってくる。
そのすがら「タケル早くー!」と仲間、か人の名前を呼んでいた。
 確証はないけれど、ここから面倒な展開に――ということはないだろう。
あとは、さんたちを知っている彼らに適当に事情を説明して、
さんたちのところへ連れいってもらえれば万事解決だ。…渋られは――しないよね…?
 ――なんて考えていると、ガサガサという草の揺れる音と共に、
「パタモン!」と声を上げるやや跳ねた金色の短髪の少年と、芋虫のようなデジモンを抱いた襟首程まで伸びた黒髪の少年が姿を見せる。
すると金髪の少年に呼ばれたらしい茶色のデジモン――パタモンは嬉しそうに
「この子だよ!」と言って定位置らしい少年の頭にちょこんと収まった。…可愛いなぁ!!

 

「はじめまして。ボクたちはDPGに所属する隊員です――あなたが御麟さんですね?」

 

 パタモンを頭に乗せた金髪の少年に問われ、戸惑うことなく肯定を返せば、彼らは「よかった」と笑顔を見せる。
どうやらこの世界は私が思っているよりもずっと危険な世界らしい。
紅尾やパタモン、そして黒髪の少年が抱いているデジモンを見ると、
それほど恐ろしい世界とは思えないけれど――そうではないんだろう。
 捜索していたたいしょうを発見し、金髪の少年は彼らが所属しているDPGと呼ばれた組織への連絡をしている――中、
不意に黒髪の少年が私の元へ近づいてくる。
…どうしても警戒する紅尾を手で制し、あえてこちらから「なにか?」と勤めて穏やかに尋ねてみる。
すると、黒髪の少年は一瞬驚いたようだったけれど、すぐに平静を取り戻して「これを」と私の前に一枚のカードを差し出した。

 

「……これは?」
「ボクにはわからないんですが――さんから預かってきました」
さんから、か……」

 

 黒髪の少年からさんから預かり物――謎のカードを受け取り、眺めてみる。
けれども、機械の基盤を思わせる模様が描かれた面と、
赤いフロッピーディスクが描かれた面だけで、どちらの面にもこのカードの説明らしいものはなかった。
さん、どうせなら使い方のフォローまでして欲しかったです――けど、まぁ使い方・・・は一択だろう。

 

「紅尾」
「なに?」
「…紅尾はその『進化』っていうのを、私が力を貸せば――できるのよね?」
「うん!」

 

 私の言葉の意図を理解したのか、紅尾は上機嫌で返事を返して私から離れていく――それも結構な距離を。
それだけの距離が必要だということは、デジモンの進化というのはかなり急激なものなのかもしれない。間近にいては危ないくらいに。
…それを考えると、確かにこの世界は人間が一人でさまよっていい世界ではないだろう。

 

「――この後はDPG――その基地なのかな?そこに戻るのよね?」
「は、はい。ワームモンが進化したスティングモンの力を借りて戻る予定です」
「…それはデジモンので戻るってことよね?」

 

 改めて確認すれば、黒髪の少年は「はい」と肯定を返してくる。
デジモンの力を使って転移ワープする、ではなくて、デジモンの機動力を活かして移動する――
――というのであれば、ここで紅尾の言葉を試してみてもいいだろう。
 少年の腕に抱かれたデジモン――ワムモンが進化したスティングモンが、
どれほど素早いデジモンかはわからないが、その辺りの面倒なことを抜きにして、紅尾の言葉を確かめたかった。
だって確かめなければ――私が前へ進めないから。
 名を呼べば紅尾は自信に満ちた表情でコクリと頷く。
その反応に自分の心配は、ただ自分が弱いばかりの過保護――紅尾の可能性を潰すだけのものに感じてしまう。
心配は杞憂――そう心の中で自分の弱さを嗤って、
右手に紅尾が出てきた機械を、左手にさんが用意したというカードを持ち――私は一気にカードを機械に通した。
 カードを機械に通して0.数秒。
カードは宙に分解し、跡形もなく消える。
けれどそれよりも意識を向けるべきは、カードが宙に解けると同時に強い光を放ちはじめた紅尾のことだった。
 機械にしろ、カードにしろ、使い方は間違っていなかったと思う。
それに紅尾の姿が見えないほどの強い光を放ってはいるが、
だからといって熱を放っているわけでも、紅尾が苦痛の声を上げているわけでもない。
更に付け加えれば、デジモンの「進化」に慣れているのであろう少年たちに焦りの色が見えないということは、
おそらく紅尾の進化は問題なく進行している――はずだ。
 …まったく、これだけの材料があるっていうのにまだ安心できないのか。
ああもう本当に私の過保護はどうにかならんのか――

 

「――!」

 

 ――なんて、私のくだらない心配ぐちを吹き飛ばしたのは、真紅の巨鳥へと「進化」した紅尾。
その雄々しく精悍な姿は心配、なんて野暮なものを抱く余地はなかった。
 なんとも現金なヤツだと自分を罵りながらも、私は紅尾の元へと近づいて――彼の前までたどり着く。
先ほどまで見下ろしていた顔を見るためにぐいと顔を上げる――よりも先に、紅尾の方が顔を私の前にまで下ろしてきた。

 

「これで文句はないよね?」
「ええ、文句なし」

 

 謝罪と感謝の意を込めて、紅尾の顔を撫でる――と、紅尾は心地よさそうに喉を鳴らす。
その大きくなっても昔と・・変わらない姿に胸の奥が少しむず痒くなって、
誤魔化すように更に紅尾と撫でようとする――けれど、それよりも先に紅尾が急に頭を上げるた。
とっさのことにどうすることもできず、状況に流されるまま――
――最終的に落ち着いた場所は真紅の羽根の絨毯――紅尾の背の上だった。
あっれー?こんなやんちゃな子だったかなー?!

 

「ほら早く戻ろうよ――急がないと日が暮れちゃうよ?」

 

 誰に似たのか、なんとも勝手な紅尾の発言に――私は苦笑いで謝るしかできないのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 DPG――それは「Digital、Protect、Guardians」の略称であり、人間とデジモンが協力して両方の世界――
――人間界リアルワールド電子世界デジタルワールドの調和を保つことを目的とした組織なのだという。
 私を発見してくれた金髪の少年――石田タケルくんと、黒髪の少年――一乗寺賢くんは、
このDPGの「アドベンチャーセクション」というデジタルワールドで起きた様々な問題を解決する部門に配属されているのだという。
そしてそのDPGのおよそトップに立っているというのが――

 

「災難だったな、…色々と」

 

 ――銀のスツールに腰掛け、薄っすらと苦笑い…
いや、同情の表情を浮かべ私にそう言った――八神さん、だ。
 同情される――なんて、普段であればとてもでもはないが許容できないところだけれど、今回ばかりは同情されてもしかたがない。
それに、さんはなんだかんだいってこの事態に対して複数回の経験を持つ経験者だ。
それ故に苦労は知っている――のだから、その苦労を連続で12回もさせられるという難行に挑まされる・・・・・私に同情するのは――本当に仕方ない。
だって私がさんの立場だったら、相手に悪いと思っていてもしてしまうと思うのだから――私にさんを非難する道理はない。

 

なら大丈夫ですよ。
何事も最後には楽しんじゃうタイプです、し――ほら現に今、ホークモン撫でくり回して悦ってますもん」

 

 さんと同じく銀のスツールに腰掛けて悪戯っぽく笑みを浮かべ、
否定できないけど若干失礼なことを言った――のは、香雲院さん。
歳若いけれど、デジタルワールド内でDPGと連携と取っていない土地への連携の働きかけをしたり、
未開拓の土地に町や村を作る活動を援助したりする「フロンティアセクション」のトップを勤めているDPGの実力者だ。
 さんの言っていることは――確かに間違ってはいない。
最初、グチグチ文句を言っていても、最終的には適応して楽しんでしまっている――正直、よくある話。
加えて、割と追い詰められると燃えるタイプなので、ピンチの連続は案外平気な性質なのだ。
…それに、こうして紅尾という「癒し」もいてくれるので、
多分最終的にはさんの言った通りになる可能性が高い。……認めたくはないけれど…!ど!

 

「だってデジモンって可愛いじゃないですか!!」
「うわー逆ギレー」
「キレたくもなりますよ!なんですかアレ!動くぬいぐるみじゃないですか!!
あの子たちを可愛いと言わずして何を可愛いと言いますか!!」
「…一旦落ち着け。…その可愛い子たち、が全力でドン引いてるぞ……」
「はっ!」

 

 さん言われて視線を私たちの座っているテーブルから、
少し離れた一角から見守っていたDPG隊員さんたち――の、パートナーと呼ばれるデジモンたちに向ける。
すると元いた場所より後ろに後退したり、パートナーである少年少女の後ろに隠れたりしていた。
 …うん!完全に変人認定入ったね!ここ、私の域じゃないから名誉挽回は無理ダヨ!――なんてことだぁ…!

 

は欲張りだよね〜。ボクがいるっていうのにさっ」
「紅尾は可愛いけど、他の子たちも可愛いんだもん……」
「…まぁ、これで難行たびは終わりじゃない――次の世界きかいに期待すればいい」
「うー…それって結局、今回は諦めろってことじゃないですか……」
「でもそもそもの原因はが暴走したから――なんだから、さんに絡んじゃダメぇ〜」
「あ゛だっ!?ちょ、さッ…!痛いっ!いたたたた!!

 

 いつの間にか私の背後に移動したさんが、私の左右のこめかみをグーでグリグリと挟むようにして圧迫する。
さんに絡んだ――つもりはなかったのだけれど、さんからみるとアウトだったらしい。
…ホントにさんのこと好きなんだな、さん…。ただ、そのさんは若干渋い顔しているけど……。
 なんて、状況を冷静に観察しつつも、頭に奔る激痛を堪えるのにも限界はある。
限界手前のところでさんに謝罪の言葉を向ければ、
さんは「よろしい」と満足げな表情で言い、私をこめかみグリグリ地獄から開放してくれた。
…ああ……年上なのにこの仕打ち…。
 ――なんて思っていると、不意に私たちの前に茶髪をオールバックにした一人の少年がやや緊張した面持ちでやってくる。
一瞬、彼の視線は私に向けられたけれど、すぐにその視線はさんに向けられ、
少年は改まった様子でさんの名を呼ぶ――けれど、

 

「すっこんでくださいリョウさん。今は女子会中です」

 

 用件を言うより先に、お見事にさんにセリフを断ち切られてしまっていた。
――が、断ち切られた少年の方も慣れているのか、タフなのか、
立ち直り早く「ちょっと待て!」とさんの乱暴なセリフにツッコミをいれた。

 

「女子会はいいけどっ、彼女について何らかの説明なり、紹介なりあってもいいだろ?!」
「説明……ですか。…さん、これってどう説明すればいいんですか?」
「…世界ワールドレベルの渡り鳥――いや、迷い鳥といったところか…」
「……迷わされ鳥じゃないですか」
「………そうだな」

 

 思わず思い切り遠くを見つめて言ってしまったが、
自らの意思で渡ってないから――渡り鳥じゃないし、偶然の産物じゃないから――迷い鳥でもない。
だから私は世界を迷わされる旅人トリ――迷わされ鳥だ。
ああ、我ながらなんという自虐的なネーミングか――もう若干どうでもよくなってきてるけどさ。

 

「迷わされ鳥って……さん?結局どういうこと?」
「わからないならわからなくていいですよ、リョウさん」
「ちょ、なんだよ?!やけに今日は絡んでくるな!?」
「はい、今日はちょーっと特別仕様なので♪」
「なんだよその怖い特別仕様!!つか、っ!」
「……はぁ…要は別世界からの来客だ」

 

 さんに「リョウさん」と呼ばれた茶髪の少年の質問――
――私が何者であるかという質問に、包み隠さずただ真実を答えたさん。
 思ってもみないさんの回答に、さんも私もビックリしたけれど、
ふっと我に返って「いいんですか?」とさんに尋ねてみれば――

 

「『デジタルワールド』は有限の世界じゃない――という話だ」

 

 そう言って更に、さんは私と香雲院のつながりを指摘する。
確かに、香雲院なんて苗字が偶然で在るものじゃない。
――であれば、私の世界に繋がるデジタルワールドが、またはそんな過去があってもおかしくはない。
…まぁ、あくまで過程の話だけれど。
 でも、それはそれでちょっと楽しそうだと思ってしまう私がいるから――まったくもう。

 

「えーと……要するに、ファイブ以降のデジタルワールドと繋がるリアルワールドからきた――ってことか??」
「…まぁ、そんなところだ」
「ふむふむなるほど――って!暢気にお茶飲んでていいのか!?新しいワールドが出てきたんなら――」
「――問題ない。…私の説明不足もあるが、彼女はデジタルワールドの有無が不明の、リアルワールドからの客人だ。
帰還時にデジモンの因子を持ち帰らなければ、彼女の世界に『デジタルワールド』は生まれない――意味はわかるな?」

 

 さんの冷静な説明に、リョウさんは驚いた様子ながらも「おう」と納得の言葉を返す。
 なんとも面白い世界だと思う。
現実世界の数だけある異世界――それを統率、管理する組織を構成するのは、成人にも満たない少年少女。
そして彼らを支えるのは異世界の異形の生き物――デジモンたち。…確かに、松本さんが好きそうな世界観だ。

 

「ああ因みに――?」
「はい?」
「これはパラレルへいこうだぞ」
「なんとっ!?」
「そーだよ〜。元々私とさんは別世界の人間なんだよ〜」

 

 唐突に、唐突になんか前提を思いっきりくつがえされる。平行世界パラレルなら当然だ。
松本さんの好む世界観で。あの人の好みで色々が捻じ歪められできた世界なんだから。
 …しかし、パラレル設定の世界に突っ込まれることがあるのか……。
ええと…あとパラレルがある世界って………?

 

「うぎゅっ?!」
「……?どうした
元の世界ウチに帰りたくないです……」

 

 うっかり思い出した微妙に嫌な記憶に、全てを拒絶するように紅尾を抱きしめそのまま紅尾の頭に顔を埋める。
おそらく相当暗くなっていたであろう私を心配して声をかけてくれたさんに家出少女のようなセリフを返すと、
さんはなにを言うことなく――慰めるように軽く背をさすり、励ますようにポンポンと叩いてくれた。

 

「…………さん」
「なんだ」
さんって…意外とお母さんみたいですね」
「…………」
「………、あれって褒めてるか?」
「どー…なんでしょ…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 2話目はデジモンでございました。そして、この企画における夢主の相棒が登場となりました。
 どうせならデジモン両夢主を登場させたかったので、我が家のパラレル設定を舞台に書いてみました。
リョウさんの扱いが散々ですが、これが通常運行です(笑)これにパートナー組が混じったらえらいことになっていたかと思います(笑)