お約束。そう、お約束、なんだろう――次の世界への到着が、木の枝にぶら下がっている状態、というのは。まぁ、気持ち悪くなったり、落ちそうになったりと、
けして良いとはいえない環境だけれど、百歩譲れば我慢できない話じゃない。
それに、落ちそうになったのは私の落ち度もあるのだし。しかし…、しかしこれは許容できない…!自走する木の枝にぶら下がっているのは!!
「…………」
私を見てニマリと笑う――獣のような顔をした木の幹。
その笑みはこちらを弱者と見定め、なんらかの害を私になそうとしている顔――だ。
それは誰の目から見ても明らか――とは思うけれど、だからといって今の私ができることは非常に少ない。
だって既に私は相手の手中――いや、腕中にいるのだから。
少しでも変な動きをすれば最悪、もう片方の腕――細かく枝分かれした手で串刺しにされて終わりだ。
そんな緊張状態で軽率な行動はできない――けれど、このまま沈黙していたところで事態が好転しないこともまた事実だった。
…一応、私の護衛役である紅尾を呼び出す――という手立てはあるのだけれど、
先ほどと同様に紅尾を呼び出す装置はこの世界に適応したものに変わっている。
当然、使い方も変わっている以上、このピンチの中いきなり使いこなすというのは至難の業。
できることなら、サルでも使える危機回避アイテムを――
「(…!ビャクヤさんから貰ったお札…!)」
――と、思って思い出したのは、寧ろ夢主のピンチを作る人 の顔。
これならどうにか使えるのでは――と、希望を持ってしまったことが、
…いや、その希望を顔に出してしまったことが、迂闊だった。
自分への害意を敏感に感じ取った獣の顔を持つ木は、
その顔に狂気を波乱はものに変え、おもむろに私がぶら下がっている腕とは逆の腕を持ち上げる。
あの何秒後かには私はきっと串刺しになっている――そう諦めるのが後か先か、
不意に「一角!」という声が聞こえた――と思ったら、青っぽい何かが豪速でおそらく木の妖怪であろうそれの腹に突っ込んできた!
「ぅおうっ?!」
青い何か――虫のようでありながらトビウオのような羽を尾を持つ、
一角と呼ばれたおそらく妖怪の突撃の衝撃によって木の妖怪の腕から宙へと放り出された私。
このまま落ちれば全身骨折――当然、串刺しになって終わるよりは全然マシではあるけれど、
それでも全身骨折というのは穏やかじゃなかった。
せめて、近くに壁のようなものがあれば、
前回のような対応もできるけれど、今回はまったくなにもないまさしく空中。
何の力を持たない人間にはどうすることもできない空間だった。
体が重力に従い落下する。その感覚に思わず苦笑いする――と、唐突に重力以外の力が私の体に奔る。
その衝撃の強さに思わずカエルが潰れたかのような「ぐぇ」という声が漏れ、一瞬だけれど強い吐き気に見舞われる。
唐突な上、強烈なその衝撃に意識が沈みかける――けれど、
そこをぐっと堪えて状況を確かめようと目を開けば、そこには酷く慌てた様子で林の中へと逃げていく木の妖怪の後姿があった。
「…………」
木の妖の後姿を見送り、ふと視線を上げてみれば、そこには細く鋭い牙と赤い肉。
一瞬、ワケがわからなかったけれど――不意にゆっくりと動き出した私の体を支えている何かに、
その何かが先ほどの青い妖怪であり、見上げた先に見えたものが青い妖怪の上アゴだと理解した。
青い妖怪が流れるような動きで地上へと降りていく。
そして、地上 には――赤いキャップに赤いと白のジャージを羽織った黒髪の少年が、笑顔で「オーイ!」と手を振っている。
…おそらく、彼が今私を咥えている青い妖怪を――要は私を助けてくれた存在なんだろう。
「おい、お前!危ないところだったな!」
「ええ、危ないところ助けてくれてありがとう。本当に助かったわ」
「いいって!こういう時はお互い様だ!気にすんなよっ」
本当に、大したことをしたという認識がないのか気楽に笑う赤キャップの少年。
…なんていうか………ちょっと円堂に似てるわね、この子。…だからつい、彼の言葉が上辺ではなく本心だと思って、
それ以上のお礼を言うことをせずに名前を名乗ってから彼――多聞三志郎に問う。ここはどこなのか――と。
「? お前、ぷれい屋じゃないのか??」
「ぷれい屋?」
「おう、妖逆門の参加者――それがぷれい屋だ」
「…ごめんなさい、その妖逆門っていうのは?」
「なんだ?お前、そこまでわからないのか??」
「ええ、ちょっと色々あって……」
「…まぁ、オレも詳しく知っているわけじゃねぇんだけど…。
妖怪が主催する人間のためのげえむ――それが妖逆門、なんだってさ」
「……敗者は妖怪の餌食?」
「いや、噂だとここでの記憶を消されて元の世界に戻されるんだってさ」
「…………」
…なんとも、理解に苦しむ設定だ。
妖怪が主催する敗者は妖怪が喰われ、勝者だけが生き残れる――そんなバトルロワイヤルならまだわかる。
でもそうではなく、敗者はただ記憶を消されて元の世界へ戻るだけ――であれば、妖怪に一体何の得があるのいうのか。
…ああでも、最後に勝ち残った勝者の魂を喰らった方が妖怪的には格が上がるのかな?
……いや、そう考えたら敗者も勝者も全員が喰われて終わるED だ。
そもそも、記憶を消されてもとの世界に戻されるというのもあくまで噂――
――実際は妖怪に喰われるている可能性もゼロではないだろう。
「…なんだか物騒な世界 に来ちゃったわね……」
「……なぁなぁ、お前――コレもってないか?」
先ほどまで自分の影に視線を向けなにやらブツブツと話していた多聞くんが不意に、
黒のベースに中央と中央から左に向かって赤のラインが入った長方形の機械を取り出し、それを私に持っていないかと尋ねてきた。
見たこのない機械――だが、おそらく私はこれを持っている。
いつもであれば携帯電話の入っているホルダーに、おもむろに手を伸ばせば、指先に触れるいつもとは違う角ばった感覚。
ああ、やっぱり――と思いながらソレをとりだせば、多聞くんと同じ形をしながらも、ラインの色が山吹色の機械が姿を見せた。
「うーん…撃盤を持ってるのに妖逆門のことがわからないって……どういうことだ??」
「…記憶が、すっぽ抜けているのかもしれないわね」
「え?」
「だってあの状況自体、私には原因がわからないんだもの――
――ああなった過程の中で記憶を失った、と考えれば不思議はないでしょ?」
「……それは…そうだけど……さ…」
「なに?」
「いや、記憶を失ったかもしれないってのに冷静だから……」
「…元々、図太い性格なんでしょうね」
記憶を失ったのに冷静すぎる――それは私もよくわかっている。
けれど私の性質的に、記憶を失ったところで、それよりも大きな問題があれば慌てない――気がするのだ。現状ここは妖怪が跋扈するのであろう世界。
妖怪たちの意図がわからない――自分の身の安全も定かではない環境で、
自分の記憶うんぬんを気にするよりも、まずは自分の命を守ることが先決だ。
おそらく、私だとそちらの思考にいたる気がする。
…ぶっちゃけ、こんな異常な空間だと自分の記憶の有無なんてどーでもいいだろうし。
自嘲まじりに「図太い」というなんとも大雑把な答えを返すと、
多聞くんはポカンと唖然とした表情で私を見ていた――けれど、
不意にこの上なく面白そうな表情を浮かべて、そのまま「面白いな、お前!」と率直に感想を口にした。
…この子も大概に大雑把だなぁ…。
「…ところで多聞くん、キミはどうしてここに?」
「三志郎でいいって!――オレはげえむの途中で……あ゛ー!げえむー!!」
「……そんな叫ぶほど大事なげえむの時に――私 を助けたの?」
「だ、だって!困ってるヤツを見つけたら助けないわけにはいかないだろっ!」
なんとも正しい 答えを当たり前のように口にする多聞――いや三志郎くん。
真っ直ぐな彼の言葉に思わず笑みが浮かんだ。明るく熱血、素直にして一本気――やっぱり円堂に似ているけれど、当然のように少しばかり違うところもある。
ただそれでも、彼が私の好きな人種であることには変わりはなかった。
「そう――それじゃ、今度は私に三志郎くんを助けさせて?
げえむがどういうものかはわからないけれど、多分いないよりはマシだと思うから」
「そ、それじゃお前はどうすんだよっ」
「私は負けても問題ないから。ここので記憶を失くして元の世界に戻るとしても――元から無いものだし」
「そういう問題じゃないだろ!ここで負けたらお前の妖逆門が終わっちまうんだぜ?!いいのかよ、それで!」
「――ええ、いいのよそれで。ここで義理を果たないで終わった方がよっぽど嫌だし」
「っ〜〜〜〜」
「さ、さっさとげえむとやら攻略してしま…――ッ!?」
私のセリフを遮ったのは強烈な風。
その風を前に踏ん張りが利かず、後方へと投げ飛ばされ――無残に地面に投げ出される。
地面に擦った肌に痛みを覚えながらも、なんとか状況を把握しようと視線を前へと向けた――
――その瞬間、シュンッと音を立てて白い光の壁が私と三志郎くんを分断するように現れた。とっさに起き上がりあたりを見渡してみれば、その白い光の壁は、
分断するというよりも、私を包囲する、と言った方が適当な――直径30mほどのフィールドを作り出していた。
嫌な予感が奔る。だってそうだろう、私はこの世界にとっては異物――本来であれば存在しないもの。
それを何者かが、なんらかの意志を持って――害意を見せている。
これは完全に私を消そうとしている――そう受け取る以外、正解はないだろう。
「三志郎くん!撃盤の使い方は!?」
「ぇっ、あっ!げ、撃符を撃盤の溝に通すんだ!そうすれば妖怪が――って!お前、撃符持ってるのか!?」
「こんなんだぞ!」と言って三志郎くんがポケットから取り出したのは、呪術的な印象を受ける模様の描かれた赤い札。
当然、初見となるそれだけれど、それを私が持っている――という確信はある。
この撃盤に妖怪が入っていない のであれば、妖怪を呼び出すための道具はあって然るべきだ。
確信を持って再度ホルダーに手を伸ばせば、指先に触れる紙の触感。
状況はおそらく悪いはずのなのだが――つい笑みが浮かぶ。
赤い札――撃符を掴み、三志郎くんに言われたとおりに撃盤の溝へそれを通す。
すると撃符は独りでに私の手から離れていき、
カッと一瞬強い光を放ったかと思うと――そこには、白金の鎧をまとう紅色の巨鳥の姿があった。
おそらく紅尾であろう存在の登場に安堵する――けれど、それはものの数秒ことだった。
音もなく、どころか気配すらなく姿を現した妖怪に、心が焦りにざわつき、ゾクリと一際酷い悪寒が背筋を奔る。
…多分、あの妖怪が恐ろしい――わけじゃない。これはあの妖怪の後ろにいる何かが――畏ろしいのだ。
「月兵…?!」
中華風の鎧を着た人間――の首部分からだらりと月のように伸びた黒い頭。
手も人なぞよりもずっと長く、その手は三日月のようになった妖怪――月兵。
それが私の前に現れた妖怪らしい。そしてこの妖怪を、三志郎くんは知っている――どころか、顔見知りのようだった。
しかし、三志郎くんと顔見知りであろうが、私に対する敵意は本物らしく――
「やめろ月兵!がなにしたっていうんだよ!?」
――三志郎くんの制止も聞かず、一直線に私へと向かってきた。
だが、それを巨大な鷹――いや、巨大な隼の妖怪となった紅尾が許すわけもなく、その大きな翼で襲い掛かってきた月兵を迎撃する。
ところがこの月兵という妖怪、相当の修羅場を経験しているのか、紅尾の攻撃が当たる寸前のところで後方へと飛び――
――一切のダメージを受けず、更にそこからまたこちらへ攻撃を仕掛けてきた。
洗練された動きもさることながら、月兵の動きは戦うことへ対する一切の迷いがない。
誰が何と言おうと私を倒す――いや、命じられた命令を遂行する――そんな強い意志が感じられる。
そしてそこに恐怖による支配はなく、ただただ厚い信頼があるように感じられた。……これは非常に不味い。
薙ぎ払うように振るわれた月兵の剣を、しゃがむ形で避け――そのまま転がるようにして月兵から距離をとる。
しかしそれによって月兵に背を向けてしまうことになり、その隙を逃さんと月兵が攻撃してくる――が、
そこを旋回した紅尾がカウンターの要領で大きく翼を揮う。
しかしこれも月兵は器用にかわし、無傷で終わる――が、私たちの目的はそこじゃなかった。私と紅尾の目的。それは――
「も〜ちょこまかちょこまか〜…!」
「落ち着いて紅尾。アレは力任せに攻めてもダメなタイプだから」
「でも火力はこっちの方が上なんだよっ」
「それも当たらなければ意味がないでしょ」
こちらを見上げる月兵の姿を見下ろしながら――紅尾の背の上で、興奮する紅尾を宥める。
そう、これが私たちの目的――私が紅尾の背に乗ること、だった。
相手も目的が私を倒すことである以上、紅尾を危険に巻き込んでしまうことにはなるが、
外見的に月兵の一発の攻撃で紅尾が瀕死に追い込まれる――とは思えない。
であれば、紅尾が攻撃される可能性を増やしたとしても、私という紅尾の戦いにとっての足手まといはいなくなった方がよかった。
攻撃されるようにはなるが、紅尾も私を守る必要がなくなり、相手へ攻撃する体勢が完全に整うのだから。
バサリと大きく翼を羽ばたかせた――と、思った次の瞬間、紅尾は月兵へ向かって一気に滑空する。
その速さといったらなく、あやうくその加重でブラックアウトしそうなところだったが、
その寸前で紅尾がまたバサリと翼を羽ばたかせて動きを止めた。
「…、大丈夫?」
「…ゴメン、結構大丈夫じゃないっ……!」
「それじゃ、ちょっと戦い方を変えてみよう――かッ!」
そう言って紅尾が口から放ったのは――灼熱の火球。
相当の威力を秘めているのか、紅尾の放った火球が落ちた跡は焼け焦げ、僅かにだがへこんでいる。
…しかし、その強力な攻撃も月兵には当たっておらず、ボコボコと浅い窪みは増える一方だった。
「紅尾、小さい火球をたくさん撃てる?連続じゃなくて、散弾的に」
「うん、でき――?!」
「ぅわっとい!?」
不意に紅尾の言葉を遮ったのは真空の刃――いわゆるカマイタチ。
反射的に地上にいる月兵に視線を向ければ、月兵は剣を持っていない方の腕を振るい――
「くぅっ…!」
――カマイタチをこちらへと飛ばしてくる。
それをなんとか紅尾はかわす――けれど、目に捉えにくい上に、
俊速で飛んでくるそれをかわすことはやはり容易なことではないらしく、紅尾は苦しげな声を漏らした。
幸いにして、月兵がカマイタチを放つにはややタイムラグがあり、
息つく暇もないほどの連続攻撃が叩き込まれることはない――けれど、相手が飛び道具を持っているのはとにかく厄介だ。
しかも、弾切れがないから更に厄介だ。…まぁ、それは相手にも言えることだろうけど。
本来であれば、地上にいる相手に対して空を飛べるというのは大きなアドバンテージだ。
しかし、今はそのアドバンテージも飛び道具という要素によってほぼない元になってしまっている。
鳥の形状をしている以上、地上にいるよりも空にいる方が機動力は保てるが、
それを回避にばかり使っていては――こちらの体力切れでジリ貧だ。
「紅尾、突っ込んで――で、相手にゼロ距離で最大出力の火球」
「!でもそんなことしたらが…!」
「大丈夫――なんとかなる」
「……――ッ!わかった!いくよ!!」
月兵のカマイタチを避け、即座に紅尾は火球のエネルギーをチャージしながら月兵へと突っ込んでいく。
月兵のカマイタチには次の放つまでにライムラグがある――
――が、紅尾の飛行速度をもってしてもそのラグの間に月兵に攻撃を加えることは無理だった。
もう少し高度を下げればそれも可能――だが、それでは相手のカマイタチをかわしきれなくなってしまうのだから元も子もない。
だから、ここはなんとしても相手の攻撃を受けきる――
――もしくは、無効化して相手との距離を詰めなければ、私たちに勝ちは――生き残る手段はないのだ。
月兵が腕を振るい、カマイタチが発生する。
真空の刃は真っ直ぐに自分に向かってくる敵――紅尾へと同じように真っ直ぐ向かってくる。
この攻撃を鎧が弾き返せる保証はない――だからそれだけに自分の命にかけるつもりはなかった。
準備していた札――ビャクヤさんからもらったそれを握り、強く強く念じる。紅尾を、そして私を守って欲しい――と。
すると、それに呼応したのか札が一気に強い光を放ち――次の瞬間にはバリィイン!!と強烈な破壊音が鼓膜を貫く。
だが、そこで立ち止まることは許されず、そのまま紅尾は無防備となった月兵へと突っ込み――
「ハァッ!!」
「ッ――――!!」
――最大にまでチャージした火球を、まさしくゼロ距離で紅尾は月兵へと打ち込む。
紅尾の火球を喰らった月兵は、声にならない叫び声を上げながら吹っ飛ばされ――光の壁へと叩きつけられる。
そして壁に叩きつけられた月兵の体がずるりと壁から地面へと落ちる――
――と、周囲を囲っていた白い光の壁が宙に融けるようにして消滅した。
おそらくこれで、私の命の危機は去ったんだろう――と、安堵した。しかしそれは迂闊の安堵だった。
なぜなら光の壁が崩壊しただけで、月兵が――戦闘不能に陥ったわけではなかったのだから。
紅尾の火球を受け、ボロボロになった月兵。
だがそれでも彼の目から闘志は消えていない。あくまで、自分の目的を達成するつもりらしい。
それは私だけでなく三志郎くんも感じ取ったようで、「もうやめろって!」と焦りの混じる声で
三志郎くんは月兵を止めるけれど、やはりそれでも月兵が退くことはなかった。――が、
「もうよい月兵。ご苦労だったの」
声に、ゾクリと悪寒が奔る。
知らない女の声――けれど私の本能が告げている。これは危険だと。
けれど、その声への恐怖で体が強張り身動きが取れない私に逃げる――なんて高等なことはできない。
頼みの紅尾――は、この声の主を危険と思っていないのか、平然とただ前を見据えていた。
ああ万事休すか――と、全てを諦めかけたその時、不意に三志郎くんが安心したような様子で「!」と声を上げた。
「くく、三志郎お主も数奇な運の持ち主よな。この珍事に巻き込まれるとは」
「珍事じゃねーよっ。なんだったんだよ今のは!」
「なに、ただの力試しよ――そこの娘の程が気になってのぅ」
ニヤリと弧を描く口元に――嫌な汗が流れる。
何かを企んだような笑みを浮かべこちらを見るのは、セミロングの黄枯茶の髪の少女。だが、その少女、という姿に反して、その紅色の瞳から感じられる威圧感は
年下、同年――それどころかそんじょそこらの年上から感じられるものではない。
…なんというか、年齢の次元を超えた年季を感じるというかなんというか………。
しかしとりあえずわかっていることは一つある。おそらく彼女が――
「よいの、よいのぅ〜。ワシ以上の強欲――いや、傲慢者と言った方が適当か?くくく…自分に素直なようで何よりだの」
「……っ、アナタは……!?」
「うむ、ワシは『』――この妖逆門に参加するぷれい屋の一人よ」
そう言って、楽しげにニカッと笑って言う――この世界の第二の主人公 であろうさん。
その正体がわかってなお感じる畏れ――なんなんだこの人!?いや、これ、人なのかな!!?
「ふっふ〜ん。の月兵に勝つだなんてアナタやるわね〜ん」
「ッ――!!?」
「ッ!」
ぬっと、唐突に真正面に現れた黄色と緑のおそらく妖怪に意表を突かれ、無様に紅尾の背から転がり落ちる。
幸い、とっさに紅尾が身をかがめてくれたおかげでだいぶ緩やかに転がり落ち、
その結果さして体を痛めることなく地面へと到着し、私の体は停止した。
鈍い痛みの奔る体をさすりながら顔を上げれば――また緑と黄色、そして赤の太陽を思わせる顔をしたきぐるみのような妖怪の顔。
妙な威圧感のある顔に何も言えずに沈黙で通していると、
さんが酷く楽しそうに「離れてやれねいど」と言うと、私の目の前にいた妖怪――ねいどはすぅっと顔を引っ込めると、
そのままピヨーンと斜め後ろへと跳び、その頂点へ至ったところフワリと止まり、宙へと留まった。
「さぁさぁ、ぼーなすイベントをクリアしたアナタには特別ぼーなすをあげちゃうわよ〜ん」
「と、特別ぼーなす……?」
「そ、勝ち星を一つあげるわ〜ん。因みに、このげえむもクリア扱いよん」
「おおっ!よかったな!」
「え、ええ…」
「ふふふ〜ん、確かによかったわね〜ん。
――でも、アンタはこのげえむクリアしてないのよ?三志郎ちゃん?」
「あ゛!」
「あひょひょ!ついでにげえむは終了間近――もうクリアは絶望的よ〜ん!」
この上なく、楽しげな様子で三志郎くんのげえむクリアは絶望的だと告げるねいど。
そのアナウンスを聞いた三志郎くんは、悔しげな表情で「う〜…」とねいどさんを睨んでいた――けれど、
不意にブンブンと大きく頭を振った、かと思うとパンッと両頬を叩き、気合の入った様子で「よしっ」と声を上げた。
「…諦めの悪い童よ」
クリアは絶望的だと言われたにもかかわらず、諦めようとはしなかった三志郎くん。
その三志郎くんの姿を見てさんは「諦めが悪い」と嘲笑うような、咎めるような言葉を口にする――けれど、
そういう彼女の瞳の奥に宿るのは、悲しみを含んだ愛おしげな色。彼女と三志郎くん――いや、
さんの過去になにがあったかはわからないけれど、やはり彼女は私と似たような存在のようだ。
「あの」
「んん〜?なにかしらん?」
「…このげえむの勝ち星って、譲ることは出来ないんですか?」
「!」
「……ま、前例がないわけじゃないのよねん。
それじゃなあに?アンタの勝ち星を三志郎ちゃんに譲るって言うの?」
「はい」
迷いなくねいどに肯定を返すと、それ受けたねいどは
酷くつまらなそうな表情を浮かべて「ふぅ〜ん?」といい――ながら、ちらりとさんに視線を向ける。
するとさんは平然とした様子で小さくコクリと頷き、ねいどに了承のサインを出したようだった。
さんの了承が得られ、三志郎くんへ勝ち星の譲渡が成立する。
すると、やはりねいどはつまらなそうな様子でパチンと指を弾く――と、
不意に三志郎くんの立っていた地面からサークル状の光が湧き上がった。
「いいのかよ!」
「ええ、いいのよ。元々、三志郎くんが助けてくれなければ得られなかった勝利なんだし」
「でも……」
「大丈夫よ。すぐに遅れは取り戻すから」
「!――へへっ、そうだな!よーしっ、次会う時はライバルだ!」
「ええ」
光の輪の中から三志郎くんから握手を求められ、私はそれに応えようとする。
…けれど、それは光の消失――三志郎くんの消失によってそれは叶うことはなかった。……まぁ、これは寧ろ善意なんだけどね。ありがたい。
「いらぬ気遣いだったか?」
「…いえ、お気遣いありがとうございます」
「そうか、ならよい」
三志郎くんと、握手はしたかった――私がこの世界の住人だったなら。
けれど私はただの迷わされ鳥――この世界に居続けることができない存在だ。
当然、私に次のげえむなんてものがない以上、あそこで三志郎くんと握手をしていれば、私は完全に嘘をつくことになる。
すぐにでも、「私」の記憶が消えるとしても――彼に対して、私はあまり嘘をつきたくはなかった。
思考の海に沈んでいた――私の視界に不意に入ってきたのは一枚の札。
ただそれは紅尾が出てきた札とはまったく別の、
白地に呪術的な模様が描かれたビャクヤさんから貰ったお札に近いものだった。
「お主との対撃、なかなかに楽しかったぞ」
「…それは何よりです」
本当に。本当に楽しげに笑うさん――に、やっぱり苦笑いが浮かぶ。
悪い人ではない――というのはわかっているが、それでもこの人は正直苦手だ。
…まぁ、ある種の同族嫌悪なのかもしれないけれど。
札が光を放ち、私も光のサークルに包まれる。
そしてさんが「ではの」と言った次の瞬間――私の意識は静かに闇に沈んだ。
■あとがき
ひっさかぶりのガチ(?)戦闘描写で脳味噌パァーン!でした。でも楽しかった。
これまた久々に動かした妖逆門勢ですが、個人的には結構気楽に書けました(笑)
特に妖逆門主の安定感たるや異常(笑)もっとお話書けたらよかったんですけどねぇ(苦笑)