鼻をなでるのは草の香り。耳に届くのは草木の揺れる優しい音。
そして、頬に伝わるのは――硬くやや冷たい何か。
しかも、伝わるというよりは、突かれていると言った方が適当な気がした。
 開くことを拒絶していたまぶたを、半ば無理やり持ち上げる。
そうして視界に映ったのは青葉生い茂る木と――灰色の大きな鳥の姿。
一瞬は見たことのない生き物の姿に「なんだ?!」と思ったけれど、
「鳥」というキーワードにおよそ反射的にそれが紅尾であると理解すれば、不安は一気に解消された。
 またそれに加えて――

 

「ムクホーク――だったっけ」

 

 灰色の鳥――ムクホーク。それを、私は知っている。
そしてこのムクホークが目の前にいるということで、この世界がポケモンの世界だとも理解できた。
 ――ただ、私が知っていることはそれくらい。
広大なポケモンの世界から見れば、私が知っていることなど爪の先――程度もあるか怪しいぐらいのことだろう。

 

「紅――お?」

 

 状況を確かめようと紅尾に声をかける――けれど、
それよりも先に紅尾は白に黒のアクセントが入った少し小さめのスポーツバッグを私に差し出してくる。
一瞬、意味がわからなかったものの、とりあえずそれを受け取ってバッグを開いてみると、
そこに紅尾がズボと頭を突っ込み――ごそごそと中をあさると、紅尾は折り畳まれた紙の束を咥えてバッグから頭を出した。
 バッグから取り出した紙の束を、無言で私の手の上に落とす紅尾。
その紅尾の様子に思うところがあり、思い切って「話せないの?」と尋ねてみれば、紅尾はコクリと頷いた。
…そういえば、前にポケモンたちと出会ったときも、「チルチル」「キャモキャモ」とポケモンたちは鳴いていた。
おそらく、ポケモンは私にとっての動物と同じで、言葉が通じなくて当然の生き物なのだろう。
 今まで紅尾と言葉を交わせていただけに少し寂しく感じるけれど、それはただの贅沢だ。
本来、私と紅尾は言葉での意思疎通ができなくて当たり前。
それが元の形に戻っただけなのだ。これは当然と受け入れなければダメなところだ。
 僅かに胸に残る寂しさを誤魔化すように、紅尾の胸を撫でれば、それに紅尾は甘えたような声を出す。
その様子にやはり自分の寂しさは贅沢だったと反省する。
贅沢さびしさを心の中から追い出し、心を改めてから、
紅尾に「今回もよろしくね」と言葉をかければ、紅尾は「ムクッ」と自信を持った様子で大きく頷いてくれた。
 頼もしい紅尾の姿に改めて感動しつつ、改めて私は紅尾が渡してくれた紙の束に目を向ける。
折り畳まれその束を丁寧に開いていけば――紙の束は一枚の地図になる。
そして、何気なく地図を地面に広げると、不意に紅尾が片方の翼を広げ、ピッとある場所を指した――かと思うと、
翼を器用に動かして羽の先を地図に書かれた道路に沿って動かしていき、あるところでトントンと地図を叩いた。

 

「…つまり、最初に指した場所が現在地で、最後に指した場所が目的地ね?」

 

 私の問いにまた紅尾はコクリと頷く。
どうやら私の予想は当たったよう――だけれど、紅尾が最初に指した場所から最後に指した場所までは結構な距離がある。
…正直、徒歩で移動した数日――どころか数週間かかるのではなかろうか。

 

「……紅尾、飛んで移動っていうのは――」
「ムクー」

 

 フルフルと、首を左右に振る紅尾。どうやらそれはできないらしい。
…どうみても紅尾の体格であれば人一人乗せて飛ぶくらいなんはないと思うのだけれど……――と、思っていると、
紅尾がまたバッグに頭を突っ込み何かを探している。
そしてすぐに一冊の本をバッグから取り出すと、それを私に手渡してくれた。
 紅尾がなにを説明したいか――その詳細はわからないけれど、
とりあえず紅尾から渡された本――「冒険の心得」と書かれた本に目を通してみる。
すると目次に「ポケモンでの移動について」という項目を見つけ、急いでそのページをめくった。

 

「ポケモンでの移動は取得したジムバッチの数で決められており――…『空を飛ぶ』はジムバッチ3つの取得が必要…?!」

 

 面倒な事実に驚いている――と、またがさごそと音が聞こえ、
反射的にそちらへ視線を移せば、そこにはまたしてもバッグに頭を突っ込んでいる紅尾。
今度は――と待っていると、紅尾はバッグから長方形のケースらしきものを取り出し、私の手の上に落とす。
そしてそれは私が開いてみれば――8個のくぼみがあるだけで、何も入っていなかった。
 …要するに、私はそのジムバッチというものを一つも持っていないということなのだろう。

 

「…ここから一番近いジムバッチを取得できる場所は?」
「ムク」

 

 そう鳴いて紅尾が羽で指した場所は、出発地点と目的地の丁度の間にあるヒウンシティと書かれた都市らしき場所。
嫌な予感が止まらないながらも「次は?」と問えば紅尾はヒウンシティから北に進んだ街――ライモンシティを指す。
それを見てから再度紅尾に視線を向ければ、
紅尾は次に近いであろうジムバッチの取得ポイント――であり、私の目的地であるホドモエシティを指した。

 

「なんじゃそりゃ!」
「ムクー」

 

 あまりにあんまりな展開に思わず手に持っていた冒険の心得を放り投げる。
すると、その私の心からの叫びに対して紅尾は「だよねー」とでも言いたげに鳴き、
私の放り投げた本を見事にキャッチして私に返してくれた。…くっ!よくできた子!
 「はぁ〜…」と、盛大にため息をつきながら、今度は私自らバッグをあさる。
そして、バッグの中から財布らしきものを取り出し、その中身を確認する。
すると、中にはあまり多いとはいえないお金と、私の身分証明書らしきものだけが入っていた。
…一応、車なんかでの移動を考えたのだけれど、この金額ではかなり難しいだろう。
バイトをして――とも考えたけれど、それだとおそらく歩いた方が早いくらいだろう。
…やはり、どーにかこーにか徒歩で目的地まで向かうしかないようだ。

 

「なんだって松本さんもこんな面倒なことに……」
「クルゥ〜」
「…紅尾は嬉しい――のか、一緒にいられる時間がいっぱいだものね」

 

 遠いゴールにげんなりしていたけれど、甘えた声で擦り寄ってくる紅尾に少し心が軽くなる。
 確かに見知らぬ世界をほぼ一人で旅するというのは中々に億劫なこと――だけれど、
最近は最低限の時間しか一緒にいられなかった紅尾との時間をたっぷり取れるかと思えば、
少しはこの時間も有意義なものだと思えてきた。
 前向きに――前向きに考えよう。
可愛い紅尾と可愛いものもいるポケモンの世界で旅ができるのだ。
もちろん平坦な旅ですまない可能性もあるけれど――こうなればもう波乱どんとこいだ。
すべて楽しく喰らいきってやる。――そう思えば、自然と気分がよくなり心がワクワクしてくる。
現金だとは思うが今ばかりは自分のこの性格に救われた。
 さぁ、未知のポケモンの世界へ飛び出そう――と、する前に、

 

「…まずはルールを勉強しておかないとねぇ」
「クルルゥ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鮮烈な赤が目に眩しい大きな跳ね橋は――ホドモエ跳ね橋。
その美しい赤から別名・リザードン跳ね橋とも言う――らしいけれど、
リザードンって体色は赤ではなくオレンジと言った方が適当なような気がするので、
個人的にはリザードン跳ね橋よりもハッサム跳ね橋の方がいいような気がする。ほら、ハッサムって鋼タイプだし。
 ――と、このように、もうすっかりポケモンの世界に馴染んでしまった私。
はじめのうちはそれなりに戸惑うことが多かったけれど、
基本的にこの世界は親切な人が多くて、本格的に困る――ということはなく、カノコタウンからここホドモエ跳ね橋を越えた先――
――目的地であるホドモエシティにたどり着くまで、かなり楽しい旅路を歩むことができていた。

 

「(さーて、ここからどこへ行けばいいんだ?)」

 

 紅尾からホドモエシティが目的地だと聞いていたけれど、
だからといってホドモエシティに到着して「はい、おしまい」ということでもない。
もしそうであったなら既に私の意識はないはず。だが、未だに意識があるということは、
やはりここはこの世界の主人公ゆめしゅたちに会わなくては、ことは終わらない――ということなんだろう。
ただ、その方法がまったくもってわからないわけだけれど。
 ここでつい紅尾と言葉がかわせたら――と、贅沢な望みを願ってしまう。
諦めたはずの贅沢を、頭を振ることで振り払い、とりあえず私は紅尾の体力を回復するため、ポケモンセンターへと向かう。
すると、いつもであれば穏やかな活気に包まれているポケモンセンターのロビーに、妙に浮ついた興奮が漂っていた。

 

「……なにかあるんですか?」
「ええ、PWTで明日から色々な地方のジムリーダーが参戦するの。だからみんな興奮しているのね」
「…PWT?」
「あら、あなた知らないの?街の南――
――以前、冷凍コンテナがあった場所にある、ポケモンジムとは違うポケモンバトルの施設よ。
ああ、ライモンシティにあるバトルサブウェイみたいな感じかしら?」

 

 ジョーイさん曰く、ポケモンバトルに特化した施設「PWT」で
各地のジムリーダーが集まる――というイベントが明日から開催されるらしい。
 数いるポケモントレーナーの中でも強者と認められるジムリーダー。
そんな存在が地方とはず集まってくる――となれば、それはポケモントレーナーなら誰だって興奮するだろう。
現に、私だってちょっとワクワクしているし。

 

「あなた、連れているポケモンはこのムクホークだけなの?」
「はい」
「…じゃあ、PWTには出場できないわね……」
「ええ、バトルサブウェイでも言われました」

 

 数週間に亘る旅の中、私は自分の傍に置くポケモンを紅尾一羽だけと決めていた。
本来であれば、ポケモントレーナーは最大6体までのポケモンの所持が許されるいるけれど、
それでも私はポケモンをゲットするという行動をとらなかった。
それはなぜかと言えば、ゲットしても数週間後にはそのポケモンと別れなければならないからだ。
 自分が辛い――のもあるし、ゲットして数週間で野性に還すなんていうのは、
あまりにポケモンに対する誠実さに欠けているし、ポケモントレーナーとしてのモラルにも欠けている。
ゲットした以上、最後の最後まで面倒を見る――ぐらいの心持でいなくてはならないのだから、
私がポケモンをゲットするのは変な話がご法度だろう。
 そんな思いで今の今までポケモンをゲットしてこなかったわけだけれど、それ後悔したことはない。
バトルサブウェイにせよ、PWTにせよ、私の旅にはまったく必要ない施設モノだ。
チャレンジしてみたくもなかった――と言えば嘘になるけれど、
目的達成のために必要なものではない以上、不必要に首は突っ込むべきものではなかった。

 

「――でも、見学ぐらいはできますよね?」
「ええ、有料だけれどどの試合も観戦できるわ。因みに、チケットはPWTのロビーで受付しているからね」

 

 欲しかった情報をジョーイさんから貰い、
更にトレーに入れられたモンスターボール――回復が終わった紅尾の入ったモンスターボールを受け取る。
そして情報をくれたこと、紅尾を回復してくれたことに対して「ありがとう」とお礼を言い、私はそのままポケモンセンターを後にした。
 私は参加できないPWT――だけれど、普通のポケモントレーナーなら参加はいくらでも可能だ。
だってとりあえずポケモンを3体所持していればジムバッチの個数に関係なく、参加できるのだから。
――と、いうことはポケモントレーナーである夢主かのじょたちがPWTの会場にいても何の不思議はない。
更に言えば、おそらく彼女たちはポケモントレーナーとしてはジムリーダーに並ぶ実力者。
――であれば、なんらかの理由で他地方からジムリーダーに引っ付いてイッシュ地方こっちに来ている可能性も……。
 …まぁ、たとえそれがなくともバトル好きが多いと聞く夢主たちひとびとだ。
誰かに連れてこられずとも、自らの力できていそうなくらいだ。そんな血気盛んな夢主かのじょたちがいる世界で、
私が呼び寄せられたのがPWTのあるホドモエシティ。
もうこれは完全に「ここにいるよー!」と言われている様なものだった。
 ジョーイさんに聞いたとおりにホドモエシティを南に向かって進んでいく――と、不意にゲートが姿を見せる。
ゲート前にある看板を調べてみれば、この先にPWTがあるとの情報。「よし」と心の中で頷いて、私はゲートへと足を進める。
そしてゲート抜けて更に少し歩いた先に――巨大なスタジアムが姿を見せた。
 一瞬、その大きさに気圧されたけれど、
ポケモンを戦わせるための施設なのだからこれぐらいの大きさがあって当然。
ふるふると体を振って驚きを体から追い出す。そして改めてPWTを見上げてから――私はその中へと足を進めていった。
 足を踏み入れたPWTの中は、ポケモンセンターの比ではないほどにポケモントレーナーたちの熱気と興奮に支配されていた。
本当にその熱気たるや半端ではなく、無条件にこちらの興奮まで引き上げられるような――それほどのものだった。
しかし、参加もできないし、観戦するつもりもないのに、この熱気に当てられて興奮している場合じゃない。
この興奮がイライラに変わらないうちに知った顔を見つけなくては――って、

 

「(…どうやって探そ――)」
「みぃっけたー!!」
「ぅぎゃー!!」

 

 唐突に、それはもう唐突に、どっしーん!と背後から突撃してきた何か。
…いや、声でわかっているんだ。これが誰かなんて。

 

さん?!」
「よっ!久しぶりだな!我らがルーシーよ!」

 

 ズビシ!と親指を立て、バチコーンとウィンクを決め、私を間違った肩書きで呼ぶ――のは、
イッシュから遠く離れたホウエン地方に暮らすポケモントレーナー――さん。
 ようやく出会えた知った顔に安堵する――よりも、
どっかの誰かと同じボケを同じテンションでかまると――げんなりしながも指摘せずにはいられなかった。

 

「…いえ、たぶんルーキーです……」
「なな、なに真面目な顔して言ってんの〜。
ボケだよボケ!ここは景気よくつっこんでもらわないと、ほんとに間違ったみたいじゃあないかぁ〜」
「(マジか)」

 

 私の指摘に、わかりやすい動揺を見せるさん。
どうやら、アレはボケではなく本気の間違いだったらしい。
…あれかな、言葉をなんとなく音で覚えちゃってるタイプの人なのかな…。
 ――なんて思ってたら、ふと私たちに変な視線が集まっていることに気づく。
そりゃまぁ、コントまがいのやり取りを大勢の人が集まる公衆の面前で恥ずかしげもなくかませば――奇異の視線も集まるだろう。
 居心地の悪い視線から逃れるため、外に出ようと私はさんに提案する。
けれど、さんはなぜか微妙に必死な表情で手を左右に振る――と、
そのままなにも言わずに私の手を引いてPWTの奥へとどんどん進んでいく。
明らかに一般人が入ってはいけないエリアまで入ってしまっているが――まぁたぶん大丈夫なんだろう。

 

「だっはー!」

 

 声を上げてさんが飛び込んだのは――とある部屋。
部屋はクールな印象を受ける黒を基調としている――が、何より目を引くのは部屋の一番奥にある前面ガラス張りの壁。
そしてその窓から見えるポケモンたちが戦う姿――どうやらここはバトル観戦のための個室のようだった。

 

「お迎えご苦労だったな、くん」
「いやー、ちょーっとハッスルしたら死ぬ目に合っちゃいましたっ」
「…そうか、それは自業自得だな」
「うわあ!さん超厳しい!」

 

 ご苦労、とさんの労をねぎらいつつも、
ハッスルした――調子に乗った部分は自己責任だと一刀両断したのは、オレンジ色の髪の女性――さん。
 ある意味当たり前だが、ある意味で厳しいさんの言葉にさんは「厳しい!」と声を上げると、
次に上がったのはさんへの同調とも、さんへのフォローとも思えない――クセのある紫髪の女性・さんの声だった。

 

「仕方ないよ。それが姉さんの通常運行だからね」
「ううっ…ちょっとぐらいお優しい言葉をかけてくれてもバチは当たらないじゃないですか……」
「…私にバチは当たらないけれど、くんには甘やかされたツケがくるだろうね」
「うげっ…それまたそれで………」
「あはは、くんじゃまだまだ姉さんには勝てそうにないね――ま、ボクもまだまだだけどね」

 

 至極平然とした様子のさんに、何故だか楽しげなさんに、なにやら考え込んでいる様子のさん――に、

 

「……さん、大丈夫?」
「ええまぁ……さんのテンションにはちょっとぐったりしたけど」

 

 そう言う私に困ったような表情を見せるのは、蒼銀の髪の少女――ちゃん。
…いや、本当は年上だからさん――なんけれども、色々なんか「さん」って感じではないのでちゃん付けで呼ばせてもらっている。
ちゃんと本人の了解も得ているのでこれは問題ない――けれど、彼女を困らせるような発言をしてしまったのはよろしくない。
ちゃんの腰元――モンスターボールからひしひしと殺気が伝わってくるよ!
 ――と、いうことで早々にちゃんに困らせてしまったことを冗談だといって謝罪する。
するとちゃんはあれが冗談ではなく本心だったと悟ったのか苦笑いを浮かべたけれど、「うん」と納得の言葉を返してくれる。
それによってモンスターボールから放たれる殺気もプツンと途絶えた。

 

「カノコタウンからここまで遠かったでしょ?」
……ええ、中々に長い旅路だったわ」
「でもジム戦してない分、私よりも全然早いよ〜。それにポケモンも育ててなかったみたいだし」
「ああまぁ…紅尾しか育ててなかったわね…」

 

 ラフな感じで私に声をかけてきたのは、青い髪をサイドでくくった少女――
私にとっては同期、とも言える存在で。
会った回数こそ少ないけれど、多少の年齢差が開こうともラフな態度で話せる相手だった。

 

「……それにしても、今回も全員集合じゃないのね」
「うん、松本さんの都合もだけど、当人の都合もあるんだって」
「当人の…都合?」
「そ、なんかまだちょっとごたついてるんだって。――ですよね?さん??」
「…ちゃん、できればカロスの話はボクにふらないでもらえるかな……」
「えー?カロス地方に行ってきたのさんだけ――むぎゅっ」
、ここは大人しくしなさい」

 

 遠くを見つめ、力なく笑うさん――を前に、
思わず更に話を追求しようとするの口を物理的に手で押さえ込む。
突然のことには当然「むーむー」と抵抗するけれど、そこはちょっと頑張って「はい黙ってー」と無理やり宥める。
するとしばらくして抵抗は無意味とも悟ったらしくやっと静かになった。
 …しかし、あのさんがあんな表情するなんて……なにがあったんだろう…?
……いや、やぶ蛇だ。そこは絶対に突いてはいけない場所だ。

 

「…さん、本当なにがあった――がふぅ!!」

 

 思わず、状況を弁えずにヘビ――
――通り越してヤマタノオロチが潜んでいるであろう藪を突こうとしたさんに、思いっきりラリアットを決めてしまう。
何故、何故この人は…この中じゃ三番目に年上なのに――

 

「空気読めィ!」
「――…それは無理な相談だろ」
「!?」
「まぁ、そーゆー天真爛漫なところがのいいところっちゃーいいところなんだけどな〜」
「…けれど危機管理ができないのはどうかな……」

 

 思わずイラっとして怒鳴ったら――後ろからかかった声。
振り返ってみればそこには、金やら青やら銀やら黒やらのイケメンたちがぞろぞろぞろ。
誰も来ないと思っていただけに、彼らの登場は驚きも驚きで。
リアクションに困ってガチンと固まっていると、さんが――「どうだった」となにやら彼らに新たな話題をふっていた。
…これは助けてもらったんだよね?!
 さんの投じた問いに、赤いキャップを被った黒髪の男性が「微妙」と応えれば、
その隣にいた赤髪の男性が「酷いなぁ」と言って苦笑いを漏らした。
――そんな会話の裏で私はとりあえずさんの介抱に向かう。…といっても、できることなんて大したないけれど。
 耳元へ顔を近づけ「さーん」と声をかければ、「ペッパぁー、堪忍してぇなぁー」と意味不明な返答。
どうやら私のラリアットで夢の世界へ飛んでしまったらしい。
ううむ…これはもう一発ラリアット――いや、目覚ましビンタで起こしましょうか――

 

「起きてまーす!!」
「ぶお!」

 

 唐突に額に激突したのは――さんの頭。
なにがどういう経緯か知れないが、もしかすると私の心の声がテレパシー的にさんに伝わったのかもしれない。
 …なんですか、危機感知能力あるんじゃないですか…!
だったらさんのくだりから発揮してくださいよ…!ああもう…っ、おかげで色々と余計なイタイ思いを……!

 

さん…!さん…!」
「心配いらないよ…。結構頭の硬さには自信あるからっ」
「くぅ〜〜〜……!なんなのよ、その余計な設定とくちょうは……!」
「痛みわけ――だねっ」

 

 ニッコーと悪気ゼロで言って寄越すに若干イラッとする――が、ここでまた暴力に訴えるわけにはいかない。
周りの目もある――けれど、それで痛い目を見たばかりなのだ。
学習能力なく同じ過ちを繰り返すわけにはかなかった。
 ジンジンと痛む額を押さえながら何とか立ち上がる――けれど、その途中で頭がズキリと痛んで足元がふらつく。
ああこれ倒れるな――と他人事のように思っていると、不意に左右からフォローが入る。
それは――私を支えてくれたのは、平然とした表情のさんと、どこか申し訳なさそうな表情のさんだった。

 

「場所を変えるか」
「…いえ、もうお家帰りたいです」
「う〜ん、それは受け入れられないなぁ〜。
せっかく明日からボクたちもポケモンワールドトーナメントに参加できるんだからね」
「い゛っ」
「ポケモンは私の手持ちを貸し出す予定だ。さぁ、今から打ち合わせといこうか?」
「え、な゛っ…?!なんでさんがそんなに乗り気なんですか!」
「乗り気…というか、ポケモンたちが暴れられる機会を提供できるのはトレーナーとしてありがたいことだからね」
「……、そいつの練習相手――オレがやる」
「あはは、お気遣いまったく結構だよレッド兄さん。兄さんじゃ、手加減なんて器用なことできないでしょ?」
「………」
さん!さん!私もとバトルしてみたい!」
「…それは明日にとっておいた方がいいんじゃないのかい?」
「明日バトルできるとは限らないし、の力になりたいの!」
「ふむ、そういう事なら。――いい同期をもったな、?」
「まぁ…それはありがたい話ですけど……。もうバトルに参加するのはもう確定なんですね…」
「だってせっかくのお祭りだもんっ、にも楽しんでいって欲しいからね!――ほらチェレンも一緒に行こうよっ!」
「えっ、ボ、ボクも…?!い、いいんでしょうか……?」
「ああ、キミはスクールの講師と聞く。プロの参加は心強い――是非頼むよ」
「はっ、はい…!それじゃ、ご一緒させてもらいますっ」
「………はいいのか?」
「……ぅ、ん…………」
「………?」
「ほれー!もいくどーい!」
「!?ユ、さっ……!?」
「!あ、オイっ、――って…ホント、空気の読めないヤツだな……」
「――でも、今のはちゃんにとってはありがたかったんじゃないのかな?」
「!ダイゴさん…」
「時に迷惑な強引さも、時にはああして誰の助けになる――不思議な子だよね、彼女は」
「……のろけですか」
「はは、どうだろうね」

 

 この騒がしくも暖かい世界から離れることを、惜しんでいる私が――どこかにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■あとがき
 ポケモン族は人数が多くて全員を出すのは無理だったので、いつもの慣れたメンツでまいりました。
なんとなく、このメンツならPWTにやってきそうだったので(苦笑)
 可能であれば、稲妻11夢主の旅話とか書いてみたいです。ガチで(笑)